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光はここに
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こうして、数日が経って、僕はここの暮らしになれてきた。休日は昼なども、敦道君の部屋にいて、本を読んだり、音楽を聴いたりしている。家にいる時、彼は僕を決して放そうとしない。だから、彼が奥さんといっしょにいる時間は、ほとんどないはずだ。僕は、どんなふうに思われていることだろうか。
年が改まって、旧暦正月一日。行事があるらしく、家の中が忙しそうだ。取り残されたようでつまらないので、僕も宣旨さんに手伝ってもらって、羽織袴を着てみた。羽織の紐を結んでいたら、敦道君が部屋に入ってきた。
「うわあー。和泉君! びっくりした! さすが、似合うねー」
「せっかく着たのに、だめだよー」
くっついてくる彼をおしとどめた。
「ごめん、あんまり素敵だから、夢中になっちゃった」
「そういう敦道君だって」
面と向かってこんなことを言い合うのは、照れてしまう。
「そう?」
彼は仕立てのいい洋装で正装をしていて、その姿に、溜め息が出そうだ。
「よし、あなたも連れて行く」
「え?」
彼は僕の手を引いた。
何の集まりなのか、僕にはわからないが、政財界の重鎮が大勢集まっているようだ。敦道君を見ると、たくさんいる他の誰よりも、間違いなく若く美しい。彼の家族なのか知り合いなのか、僕の方をちらちら盗み見る人もいる。
日が暮れて、家に帰った。華やかな一日に、寂しく暮らしていた日々が対比されて思い出され、帰りの車内で、僕は黙りがちだった。
このように、敦道君と僕は夜昼となくいっしょにいるので、家族や使用人が、彼にとやかく言ってくるようで、彼は気にくわないらしい。奥さんとは、口もきかないようだ。こんなことになって、彼の奥さんに対して、申し訳ない気がして居たたまれない。でも、どうしようもなく、ただ敦道君にまかせている。
敦道君には、亡き為尊さんの上に、居貞さんという兄がいる。その一番上のお兄さんは、財界のお偉いさんである。そして、居貞さんの妻は、敦道君の妻の姉である。つまり兄弟、姉妹で、二重の姻戚関係を結んでいると言うことだ。なので、敦道君は、居貞夫妻を気にしなければならない立場に置かれているようだ。
奥さんの姉、つまり敦道君の兄嫁が、敦道君の奥さんを実家に帰らせようとしているらしい。僕と敦道君のうわさを耳にして、心配しているのだろう。
「本当に嘆かわしいことです。若様は世間の笑い者ですよ」
「敦道さんが、わざわざ出向いて、連れて来なさったのだとか」
「急に家の改築をなさったのも、そのためだったのですね」
「北の離れに住まわせて、敦道さんは、昼も夜も入り浸っていらっしゃるそうだ」
などと、使用人や家の人たちは言っているに違いない。僕は想像して、心を痛めた。
敦道君の部屋に二人でいると、宣旨さんが来て
「奥様がご実家に帰る仕度をなさっています。お兄様のお耳にも入るでしょう。敦道様、いらっしゃって奥様をおとめになってください」
と言う。彼は、部屋を出て行った。
僕は窓から見ている。
彼女は、敦道君との結婚に積極的だったという。
いったいどちらが幸せか、わからない。
僕は彼女の手を取って泣きたい気持ちになった。でも、そんなことはできなかった。
僕はかつて、為尊さんを手に入れたかに思えた。しかし、それは束の間で、結局最後の鉈を振り下ろしたのは、為尊さんの命を召したのは、神の御業。
そして僕はこの時、知らなかった。五年後に、再び僕の手から最愛の人が奪われるという、神の計画を。
敦道君は、ぼんやりしている。
僕は何を手に入れたのだろうか?
もう、あれこれ思い悩むのは、やめよう。彼女が去って行ったことは、僕にはどうしようもなかったのだもの。
「敦道君」
呼びかけると、彼は顔をあげた。
「僕はここにいるよ」
彼は僕の顔を見た。
「また、どこかに行ってしまいたいなんて、思っている?」
僕は彼に尋ねた。答えない彼に、僕は相変わらず不安を覚える。僕は怖い。だから、僕は扉を開けない。そして、たぶん、今、彼も、行く末の不安に心を閉ざしている。
無理に開けようとすることはない。光は扉から入るのではない。光は閉じた扉の内側にも、平等に差し込むのだ。
(完)
年が改まって、旧暦正月一日。行事があるらしく、家の中が忙しそうだ。取り残されたようでつまらないので、僕も宣旨さんに手伝ってもらって、羽織袴を着てみた。羽織の紐を結んでいたら、敦道君が部屋に入ってきた。
「うわあー。和泉君! びっくりした! さすが、似合うねー」
「せっかく着たのに、だめだよー」
くっついてくる彼をおしとどめた。
「ごめん、あんまり素敵だから、夢中になっちゃった」
「そういう敦道君だって」
面と向かってこんなことを言い合うのは、照れてしまう。
「そう?」
彼は仕立てのいい洋装で正装をしていて、その姿に、溜め息が出そうだ。
「よし、あなたも連れて行く」
「え?」
彼は僕の手を引いた。
何の集まりなのか、僕にはわからないが、政財界の重鎮が大勢集まっているようだ。敦道君を見ると、たくさんいる他の誰よりも、間違いなく若く美しい。彼の家族なのか知り合いなのか、僕の方をちらちら盗み見る人もいる。
日が暮れて、家に帰った。華やかな一日に、寂しく暮らしていた日々が対比されて思い出され、帰りの車内で、僕は黙りがちだった。
このように、敦道君と僕は夜昼となくいっしょにいるので、家族や使用人が、彼にとやかく言ってくるようで、彼は気にくわないらしい。奥さんとは、口もきかないようだ。こんなことになって、彼の奥さんに対して、申し訳ない気がして居たたまれない。でも、どうしようもなく、ただ敦道君にまかせている。
敦道君には、亡き為尊さんの上に、居貞さんという兄がいる。その一番上のお兄さんは、財界のお偉いさんである。そして、居貞さんの妻は、敦道君の妻の姉である。つまり兄弟、姉妹で、二重の姻戚関係を結んでいると言うことだ。なので、敦道君は、居貞夫妻を気にしなければならない立場に置かれているようだ。
奥さんの姉、つまり敦道君の兄嫁が、敦道君の奥さんを実家に帰らせようとしているらしい。僕と敦道君のうわさを耳にして、心配しているのだろう。
「本当に嘆かわしいことです。若様は世間の笑い者ですよ」
「敦道さんが、わざわざ出向いて、連れて来なさったのだとか」
「急に家の改築をなさったのも、そのためだったのですね」
「北の離れに住まわせて、敦道さんは、昼も夜も入り浸っていらっしゃるそうだ」
などと、使用人や家の人たちは言っているに違いない。僕は想像して、心を痛めた。
敦道君の部屋に二人でいると、宣旨さんが来て
「奥様がご実家に帰る仕度をなさっています。お兄様のお耳にも入るでしょう。敦道様、いらっしゃって奥様をおとめになってください」
と言う。彼は、部屋を出て行った。
僕は窓から見ている。
彼女は、敦道君との結婚に積極的だったという。
いったいどちらが幸せか、わからない。
僕は彼女の手を取って泣きたい気持ちになった。でも、そんなことはできなかった。
僕はかつて、為尊さんを手に入れたかに思えた。しかし、それは束の間で、結局最後の鉈を振り下ろしたのは、為尊さんの命を召したのは、神の御業。
そして僕はこの時、知らなかった。五年後に、再び僕の手から最愛の人が奪われるという、神の計画を。
敦道君は、ぼんやりしている。
僕は何を手に入れたのだろうか?
もう、あれこれ思い悩むのは、やめよう。彼女が去って行ったことは、僕にはどうしようもなかったのだもの。
「敦道君」
呼びかけると、彼は顔をあげた。
「僕はここにいるよ」
彼は僕の顔を見た。
「また、どこかに行ってしまいたいなんて、思っている?」
僕は彼に尋ねた。答えない彼に、僕は相変わらず不安を覚える。僕は怖い。だから、僕は扉を開けない。そして、たぶん、今、彼も、行く末の不安に心を閉ざしている。
無理に開けようとすることはない。光は扉から入るのではない。光は閉じた扉の内側にも、平等に差し込むのだ。
(完)
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