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疑い
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次の夜、敦道君が訪れたらしいが、僕は気づかなかった。たまたま来客があったのを、僕の恋人だと勘違いしたらしい。
──僕が来たとは知らなかったでしょう。本当に悲しいです。
──あなたが浮気者とは聞いていましたが、昨夜は見てしまいました。今日は僕の心に雨が降っています。
と怨みごとが書いてある。
雨が降っていた。
何てことを言うのだろう。心ない人のうわさ話を信じているのだな、と思って
──君こそ浮気者だと聞いています。僕が同等ということはないですよ。
と言ってやった。
長い間何も言ってこなかったが
──つらいとも、恋しいとも思って忙しいです。
と言ってきて、いろいろ言いたいことはあるが、何を言っても言い訳ととられるだろうから
──このまま会わなくなったとしても、仕方はないですが、お互い恨んだまま別れるのは残念です。
とだけ送った。
こうした後も、なお互いに連絡しなかった。月が明るい夜、横になりながら、ああ、月の光は、あんなに澄んでいてうらやましい。濁りない僕の気持ちを信じて欲しいのに、などと思い、敦道君にメールを送ることにした。
──月を見て寂しく想っている僕のことを、見に来なくても、せめて何かひとことくらい、かけてくれてもいいのに。
返事がないので、あきらめかけていた頃、月の明るい庭に、人影が見えた。それは、何度見ても、見るたびに初めて見たときのような驚きを感じさせる、あの敦道君の姿だった。細い番手の上質なシャツの生地がくたっとして身体の線がうかがえるのがセクシーだ。何も言わずに、彼は、手紙を差し出した。僕も黙って受け取った。彼は部屋に上がらずに、庭を歩きまわり、
「あなたは、草の露なのか、近づくと悲しみばかり」
などと口ずさんでいる。その様子がつくづく優雅で美しい。彼は一旦は部屋に上がったものの、
「今宵はこのまま帰ります。この間の車のことを確かめに来ただけだから。明日は用事があるから帰らないといけないし」
と帰ろうとするので
「試しに雨が降ってくれればいいのに。空行く月が雨宿りしてくれるかどうか。」
と呼びかけると
「僕の愛しい人」
と言って、僕を抱きしめた。
帰るといって
「月は出て行くけれど、心はここに」
と僕の目を見つめた。
彼が帰った後、さっきの手紙を開いて見ると
──月を見て僕を想っていると言ったから、本当かどうか見に来ました。
とある。やはり、敦道君は、ほかの人なんかとは違う。どうかして、誤解を解いてくれないものだろうか、と思う。
少年が用事で来た。
「敦道君からの手紙、ある?」
と聞くと、
「ないです。前来た時に、他の人の車があったから、手紙を書かないんでしょう。別の人とつきあっていると思っているようです」
と言って帰ってしまった。
僕は、まだそんなふうに疑われているのか、と思うと悲しくて、どうしてこんなことになったんだろう、と嘆いていると、メールがあった。
──この所、気分が悪くて。この間も行って見たけれど、都合が悪そうなので帰りました。まともに扱われていない気がします。もう恨みません、沖に出てはなれて行く小船を。
敦道君は、人のうわさを信じているから、事実を捻じ曲げて解釈しているのだろう。僕は、言わずにおれない。
──小船の綱を切ったのは君なのですね。僕を沖に漂わせ、どこに行けというのでしょう。
そうこうするうちに、七夕の季節になった。
こんなときに、敦道君だったら必ず連絡して来るはずなのだけど、来ないということは、本当に忘れてしまったんだ、と思う頃、メールがある。見ると、ただ次のようにあった。
──天の川をながめながら、僕らみたいだな、と思うことになろうとは。
僕を疑ってはいても、忘れたわけではないらしい。
──七夕にすら会えないと思うと、空をながめる気にもなりません。
──僕が来たとは知らなかったでしょう。本当に悲しいです。
──あなたが浮気者とは聞いていましたが、昨夜は見てしまいました。今日は僕の心に雨が降っています。
と怨みごとが書いてある。
雨が降っていた。
何てことを言うのだろう。心ない人のうわさ話を信じているのだな、と思って
──君こそ浮気者だと聞いています。僕が同等ということはないですよ。
と言ってやった。
長い間何も言ってこなかったが
──つらいとも、恋しいとも思って忙しいです。
と言ってきて、いろいろ言いたいことはあるが、何を言っても言い訳ととられるだろうから
──このまま会わなくなったとしても、仕方はないですが、お互い恨んだまま別れるのは残念です。
とだけ送った。
こうした後も、なお互いに連絡しなかった。月が明るい夜、横になりながら、ああ、月の光は、あんなに澄んでいてうらやましい。濁りない僕の気持ちを信じて欲しいのに、などと思い、敦道君にメールを送ることにした。
──月を見て寂しく想っている僕のことを、見に来なくても、せめて何かひとことくらい、かけてくれてもいいのに。
返事がないので、あきらめかけていた頃、月の明るい庭に、人影が見えた。それは、何度見ても、見るたびに初めて見たときのような驚きを感じさせる、あの敦道君の姿だった。細い番手の上質なシャツの生地がくたっとして身体の線がうかがえるのがセクシーだ。何も言わずに、彼は、手紙を差し出した。僕も黙って受け取った。彼は部屋に上がらずに、庭を歩きまわり、
「あなたは、草の露なのか、近づくと悲しみばかり」
などと口ずさんでいる。その様子がつくづく優雅で美しい。彼は一旦は部屋に上がったものの、
「今宵はこのまま帰ります。この間の車のことを確かめに来ただけだから。明日は用事があるから帰らないといけないし」
と帰ろうとするので
「試しに雨が降ってくれればいいのに。空行く月が雨宿りしてくれるかどうか。」
と呼びかけると
「僕の愛しい人」
と言って、僕を抱きしめた。
帰るといって
「月は出て行くけれど、心はここに」
と僕の目を見つめた。
彼が帰った後、さっきの手紙を開いて見ると
──月を見て僕を想っていると言ったから、本当かどうか見に来ました。
とある。やはり、敦道君は、ほかの人なんかとは違う。どうかして、誤解を解いてくれないものだろうか、と思う。
少年が用事で来た。
「敦道君からの手紙、ある?」
と聞くと、
「ないです。前来た時に、他の人の車があったから、手紙を書かないんでしょう。別の人とつきあっていると思っているようです」
と言って帰ってしまった。
僕は、まだそんなふうに疑われているのか、と思うと悲しくて、どうしてこんなことになったんだろう、と嘆いていると、メールがあった。
──この所、気分が悪くて。この間も行って見たけれど、都合が悪そうなので帰りました。まともに扱われていない気がします。もう恨みません、沖に出てはなれて行く小船を。
敦道君は、人のうわさを信じているから、事実を捻じ曲げて解釈しているのだろう。僕は、言わずにおれない。
──小船の綱を切ったのは君なのですね。僕を沖に漂わせ、どこに行けというのでしょう。
そうこうするうちに、七夕の季節になった。
こんなときに、敦道君だったら必ず連絡して来るはずなのだけど、来ないということは、本当に忘れてしまったんだ、と思う頃、メールがある。見ると、ただ次のようにあった。
──天の川をながめながら、僕らみたいだな、と思うことになろうとは。
僕を疑ってはいても、忘れたわけではないらしい。
──七夕にすら会えないと思うと、空をながめる気にもなりません。
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