6 / 17
疑い
しおりを挟む
次の夜、敦道君が訪れたらしいが、僕は気づかなかった。たまたま来客があったのを、僕の恋人だと勘違いしたらしい。
──僕が来たとは知らなかったでしょう。本当に悲しいです。
──あなたが浮気者とは聞いていましたが、昨夜は見てしまいました。今日は僕の心に雨が降っています。
と怨みごとが書いてある。
雨が降っていた。
何てことを言うのだろう。心ない人のうわさ話を信じているのだな、と思って
──君こそ浮気者だと聞いています。僕が同等ということはないですよ。
と言ってやった。
長い間何も言ってこなかったが
──つらいとも、恋しいとも思って忙しいです。
と言ってきて、いろいろ言いたいことはあるが、何を言っても言い訳ととられるだろうから
──このまま会わなくなったとしても、仕方はないですが、お互い恨んだまま別れるのは残念です。
とだけ送った。
こうした後も、なお互いに連絡しなかった。月が明るい夜、横になりながら、ああ、月の光は、あんなに澄んでいてうらやましい。濁りない僕の気持ちを信じて欲しいのに、などと思い、敦道君にメールを送ることにした。
──月を見て寂しく想っている僕のことを、見に来なくても、せめて何かひとことくらい、かけてくれてもいいのに。
返事がないので、あきらめかけていた頃、月の明るい庭に、人影が見えた。それは、何度見ても、見るたびに初めて見たときのような驚きを感じさせる、あの敦道君の姿だった。細い番手の上質なシャツの生地がくたっとして身体の線がうかがえるのがセクシーだ。何も言わずに、彼は、手紙を差し出した。僕も黙って受け取った。彼は部屋に上がらずに、庭を歩きまわり、
「あなたは、草の露なのか、近づくと悲しみばかり」
などと口ずさんでいる。その様子がつくづく優雅で美しい。彼は一旦は部屋に上がったものの、
「今宵はこのまま帰ります。この間の車のことを確かめに来ただけだから。明日は用事があるから帰らないといけないし」
と帰ろうとするので
「試しに雨が降ってくれればいいのに。空行く月が雨宿りしてくれるかどうか。」
と呼びかけると
「僕の愛しい人」
と言って、僕を抱きしめた。
帰るといって
「月は出て行くけれど、心はここに」
と僕の目を見つめた。
彼が帰った後、さっきの手紙を開いて見ると
──月を見て僕を想っていると言ったから、本当かどうか見に来ました。
とある。やはり、敦道君は、ほかの人なんかとは違う。どうかして、誤解を解いてくれないものだろうか、と思う。
少年が用事で来た。
「敦道君からの手紙、ある?」
と聞くと、
「ないです。前来た時に、他の人の車があったから、手紙を書かないんでしょう。別の人とつきあっていると思っているようです」
と言って帰ってしまった。
僕は、まだそんなふうに疑われているのか、と思うと悲しくて、どうしてこんなことになったんだろう、と嘆いていると、メールがあった。
──この所、気分が悪くて。この間も行って見たけれど、都合が悪そうなので帰りました。まともに扱われていない気がします。もう恨みません、沖に出てはなれて行く小船を。
敦道君は、人のうわさを信じているから、事実を捻じ曲げて解釈しているのだろう。僕は、言わずにおれない。
──小船の綱を切ったのは君なのですね。僕を沖に漂わせ、どこに行けというのでしょう。
そうこうするうちに、七夕の季節になった。
こんなときに、敦道君だったら必ず連絡して来るはずなのだけど、来ないということは、本当に忘れてしまったんだ、と思う頃、メールがある。見ると、ただ次のようにあった。
──天の川をながめながら、僕らみたいだな、と思うことになろうとは。
僕を疑ってはいても、忘れたわけではないらしい。
──七夕にすら会えないと思うと、空をながめる気にもなりません。
──僕が来たとは知らなかったでしょう。本当に悲しいです。
──あなたが浮気者とは聞いていましたが、昨夜は見てしまいました。今日は僕の心に雨が降っています。
と怨みごとが書いてある。
雨が降っていた。
何てことを言うのだろう。心ない人のうわさ話を信じているのだな、と思って
──君こそ浮気者だと聞いています。僕が同等ということはないですよ。
と言ってやった。
長い間何も言ってこなかったが
──つらいとも、恋しいとも思って忙しいです。
と言ってきて、いろいろ言いたいことはあるが、何を言っても言い訳ととられるだろうから
──このまま会わなくなったとしても、仕方はないですが、お互い恨んだまま別れるのは残念です。
とだけ送った。
こうした後も、なお互いに連絡しなかった。月が明るい夜、横になりながら、ああ、月の光は、あんなに澄んでいてうらやましい。濁りない僕の気持ちを信じて欲しいのに、などと思い、敦道君にメールを送ることにした。
──月を見て寂しく想っている僕のことを、見に来なくても、せめて何かひとことくらい、かけてくれてもいいのに。
返事がないので、あきらめかけていた頃、月の明るい庭に、人影が見えた。それは、何度見ても、見るたびに初めて見たときのような驚きを感じさせる、あの敦道君の姿だった。細い番手の上質なシャツの生地がくたっとして身体の線がうかがえるのがセクシーだ。何も言わずに、彼は、手紙を差し出した。僕も黙って受け取った。彼は部屋に上がらずに、庭を歩きまわり、
「あなたは、草の露なのか、近づくと悲しみばかり」
などと口ずさんでいる。その様子がつくづく優雅で美しい。彼は一旦は部屋に上がったものの、
「今宵はこのまま帰ります。この間の車のことを確かめに来ただけだから。明日は用事があるから帰らないといけないし」
と帰ろうとするので
「試しに雨が降ってくれればいいのに。空行く月が雨宿りしてくれるかどうか。」
と呼びかけると
「僕の愛しい人」
と言って、僕を抱きしめた。
帰るといって
「月は出て行くけれど、心はここに」
と僕の目を見つめた。
彼が帰った後、さっきの手紙を開いて見ると
──月を見て僕を想っていると言ったから、本当かどうか見に来ました。
とある。やはり、敦道君は、ほかの人なんかとは違う。どうかして、誤解を解いてくれないものだろうか、と思う。
少年が用事で来た。
「敦道君からの手紙、ある?」
と聞くと、
「ないです。前来た時に、他の人の車があったから、手紙を書かないんでしょう。別の人とつきあっていると思っているようです」
と言って帰ってしまった。
僕は、まだそんなふうに疑われているのか、と思うと悲しくて、どうしてこんなことになったんだろう、と嘆いていると、メールがあった。
──この所、気分が悪くて。この間も行って見たけれど、都合が悪そうなので帰りました。まともに扱われていない気がします。もう恨みません、沖に出てはなれて行く小船を。
敦道君は、人のうわさを信じているから、事実を捻じ曲げて解釈しているのだろう。僕は、言わずにおれない。
──小船の綱を切ったのは君なのですね。僕を沖に漂わせ、どこに行けというのでしょう。
そうこうするうちに、七夕の季節になった。
こんなときに、敦道君だったら必ず連絡して来るはずなのだけど、来ないということは、本当に忘れてしまったんだ、と思う頃、メールがある。見ると、ただ次のようにあった。
──天の川をながめながら、僕らみたいだな、と思うことになろうとは。
僕を疑ってはいても、忘れたわけではないらしい。
──七夕にすら会えないと思うと、空をながめる気にもなりません。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる