夏の終り

野瀬 さと

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朝、揺り起こされて目が醒めた。
俺は拓にいのベッドに入ってて、拓にいを腕に抱きしめたままだった。

「悠人くん……」

ベッドの横で石黒さんが俺たちをみて、なんとも言えない表情で立っていた。
もうキャップを被って作業着を着ている。

…朝、早いんだな。農家の人って。

「おはようございます……」

不思議と、焦ることもなく。
拓にいを起こさないよう、体を起こすと挨拶してた。

「…夜中、拓ちゃんが暴れたの…?」
「いえ…。そういうわけじゃないんだけど…」

石黒さんはしばらく黙っていたけど、朝食ができてるからおいでって言ってくれた。

そっと拓にいの体にタオルケットを掛けると、ベッドから出た。

部屋を出ると、石黒さんはドアに鍵をかけた。
リビングに行くと、林先生が身支度してるとこだった。

「おはよう。なんともない?」
「おはようございます。なんにもなかったです」

てっきり、拓にいのこと聞かれたのかと思ったけど、林先生は俺の体を診察し始めた。

「悠人くん、苦しくない?」
「大丈夫です」

やっぱりまだ、俺がアヘンを吸っていたと思われてるみたいだ。

「しばらく、観察させてもらうからね」
「はい」

少しキツイ口調だったけど。

でも、先生は本当に拓にいのこと心配してるんだって思うから。
素直に頷けた。


朝食を食べると、林先生は仕事に向かった。
石黒さんもこれから仕事みたいで、俺は拓にいの部屋にまた入ることになった。

「俺も健ちゃんも、昼間はここにいることができないから…。悠人くん、頼むね…」

石黒さんは朝から仕事をしてて、昼過ぎに帰ってくるということだから、それまでは拓にいとふたりきりになるみたいだ。
夕方には、また林先生もくるということだ。

石黒さんが俺のスマホを取り出した。

「これ、置いていく。拓ちゃんが目を覚ましたら、俺か健ちゃんに連絡して欲しい」

そう言って、石黒さんの番号を教えてくれた。

「わかりました。必ず、連絡します」

そう、まっすぐに目を見て言うと、石黒さんは少し強張った表情をした。

「拓ちゃんの容態が安定したら。家に、探しに行かなきゃならないんだ」
「え?」
「アヘンとか……色々……」
「あ、ああ、そうですよね。」
「その時は、悠人くんにも手伝って貰うから」

石黒さんは林先生と違って、あまり感情を隠すことも上手じゃないようだった。
俺の反応を伺っているのが、ありありと分かった。

「はい。お手伝い、します」

そう言うと、ちょっと安心したのか、笑ってくれた。

「じゃあ、部屋に入って」

拓にいの眠る部屋に入ると、外側から鍵を掛けられた。




一体…これからどうなるんだろう…




あれから、拓にいは寝てばかりだった。
たまに目が覚めても、夢のなかにいるみたいぼーっとして、喋ることすらできないようだった。
トイレは自分で行けるけど、食事も少ししか摂れない。
点滴でなんとか命を繋いでいる状態だった。

拓にいが寝てばかりだから、林先生や石黒さんの手の空いてるときに交代で拓にいの家に行って、アヘンを探す時間もあった。

でも、見つからなくて。

ただ、家の裏にある山を少し登ったところに、ケシの花畑だったところは見つけた。
多分、佐々さっさ家の祖先が、昔ここで畑か田んぼをしていたんだと思う。
少し平坦な土地いっぱいに、枯れた花が横たわっていた。

そこは石黒さんが、でっかいバーナーみたいなのを使って焼いてしまった。


それから、林先生と一緒に役場に行って、拓にいが長期病気療養が必要だということを、身内として届け出ることもした。
ただの病欠にしておくにはちょっと状況が厳しすぎる、と林先生に言われたから。

書いてもらった診断書を出して、拓にいの職場の偉い人に少し話をして。
最近、拓にいが急激に痩せたので、職場の人たちはすぐに信じてくれたようだった。

見舞いに来たいと言われたけど、林先生に教えられた通り、県外の病院に入院するというということにして、なんとか誤魔化した。

おじさんやうちのかあちゃんたちには、ギリギリまでなにも知らせないことにした。
本家の跡取りに何かあったら、あの人達飛んでくるだろうし。

拓にいの職場の人たちから、話が伝わることは予想できたから、俺はずっと石黒さんの家に潜んでるって形になってしまった。




「悠人くんが帰る頃が、限界かな」

あれから一週間ほどは、拓にいのためにバタバタと動いていて、林先生や石黒さんとはゆっくり話す時間が取れなかった。

その次の日曜、林先生も休みが取れて、石黒さんの家に集合して、やっとゆっくりと話すことができた。
拓にいはまだ、眠ったままだ。

俺のアヘン中毒疑惑については、なんとなく…もう誤解してないのかな、と思ってる。

「え?」
「佐々のおじさんたちや、悠人くんのお母さんに黙っているのも、限界だろうと思う」
「でも、話してしまったら……」
「ああ。大事になるだろうね。…でも、拓也が回復しなきゃ、正式に専門の入院させないとならないと思う。ここでできることも、限界があるから」
「そうだよね…健ちゃんがいくら医者だからって、ずっとここで拓ちゃんの面倒見るわけにも行かないよね…。患者は拓ちゃんだけじゃないし。奥さんのことも…臨月だったでしょ?」
「いや、まだだけど……。まあ、もう近いしね」

そうか、そうだよね。
林先生も石黒さんも、拓にいの幼馴染で友達だから、ここまでしてくれてる。

でもそれに、いつまでも甘えることはできないんだ。
頼ることは、できない。

「…そんな顔すんなよ。悠人くん…」
「あ、いえ。…すいません、俺。…何ができるかって思ったら…」


何もできない自分が、悲しかった。



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