海鳴り

野瀬 さと

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明希子と行信の話

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「さあ、明希子あきこちゃん行こうよ」

おっさんは明希子の顔をのぞむと、にちゃあと笑った。
歯が茶色くて、気持ち悪い笑顔だった。

「まあまあ、高木たかぎさん…」
「いやあ、なんとか話がまとまって安心ですよ」

明希子のじいさんとばあさんが、おもねるように高木とかいうおっさんに話しかける。

「もう僕が来たからには安心ですよ」
「ええ…もう、本当にどうしようもない息子で…」
「高木さんにはご迷惑をおかけします」

じいさんとばあさんが頭を下げると、男は得意とくいげにふんぞり返った。

「いいんですよ。お父さんとはえんを切ってもらいますし」
「ええ…それはもう。後のことは私どもでいたしますので…」
「明希子ちゃんは、身ひとつで来てくれればいいからね?」
「……」

明希子の表情がこちらからは見えないが、明希子はさっきから一言もしゃべっていなかった。

「高校も辞めてもらって、うちに来てもらえばいいし。すぐに僕の子を産んでくれれば、うちの父さんや母さんが大事にしてくれるからね?」



は……?

僕の子、だと…?




一瞬いっしゅん、頭が真っ白になった。

もしかしてこれ…このおっさんのよめに、明希子がなるって話なのか…?
こんな20もとしが離れていそうなおっさんの嫁に…?

しかも子を産めって…足入あしいこんとかそういうやつなのか?

その時、俺の携帯電話けいたいでんわが鳴った。
間抜けに、闘魂とうこんのテーマがひびき渡る。

怪訝けげんな顔をして、そこにいた全員が俺の方を見た。

慌ててケツポケットから携帯を取り出して切った。
親父のバカ野郎!なんでこんなときに電話なんて掛けてくるんだ!

顔を上げると、明希子が俺のこと見ていた。

「明希子……」

左のほおがひどくれ上がっていた。
なぐられたことは明白めいはくだった。

また父親に殴られたのか?

「なんだ、おまえは」

白豚しろぶたが明希子をかばうように前に出てきた。

「ああ…春田はるたさん。今日はなんの御用かしら?」
「話があるなら後で聞くから、今日は帰ってくれないか」
「今日は明希子のお見合いでしてね。邪魔しないでいただける?」

じいさんとばあさんが交互に話しかけてくるが、とんと内容が入ってこない。

「明希子ちゃん、荷物持っておいで?ここで待ってるから」

白豚野郎しろぶたやろうが話しかけているが、明希子は目を見開いて俺を見ている。


おい…
おまえ、正気なのか?

高校で本をたくさん読むのが好きだって言ってたじゃねえか。
図書室としょしつで本を読んでると、時間を忘れるって。

それが高校辞めて…結婚だと?
そんな年の離れたおっさんと。

こっちで出来た友達と遊んでいるのがとっても楽しいって…
この子達と一緒に成人式せいじんしき出たいんだって言ってたじゃねえか。


いいのか?それで。


いろんな思いがこみ上げてきて、でも言葉にならなかった。
なんとか明希子に言葉を掛けようと頑張ったのだが、のどが張り付いたみたいになって声が出ねえ。

「……それでいいのか?明希子あきこ

しぼって出てきた言葉は、これだけだった。

なんて俺は間抜まぬけなんだ。
こんなときに咄嗟とっさに何も言えない。
情けない男なんだ。

「う……」
「明希子ちゃん?」
「うわぁあああああああああっ…」

明希子が叫んだ。
全部の力を、振り絞ったような叫びだった。

「ゆきっ…行信ゆきのぶくんっ…」

真っ赤な顔をしてボロボロと泣きながら俺の方に来ようとしている。

「ちょ、ちょっと!どうしたんだよ、明希子ちゃん!?」
「明希子!?」
「春田くん、帰ってくれ!邪魔しないでくれ!」

じいさんやばあさんが、明希子を抑え込もうとしている。

「明希子っ…」

駆け寄ろうとした俺に、明希子は手を伸ばしてきた。




たすけてっ…行信ゆきのぶくんっ…」




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