傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

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第二章 常磐

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話し合いが一段落すると、正広さんは自分の部屋に引き上げていった。
昼間の仕事が多いから、急いで寝ないといけないんだ。

俺はこれから朝まで、帳場で店番をする。

帳場のデスクに座っていると、帰り支度をした祐也さんがそっと俺の後ろに立った。

「湊…」
「はい」

見上げると、少しだけ憂いを帯びた目で俺を見てる。

「朽葉のこと、好きなのか…?」

いきなり核心を突かれて、何も答えられない。
突然右腕を引かれて、袖が捲れ上がって肘が丸出しになった。

「やっ…」

慌てて手を振り払う。

「忘れたのか…おまえは…」
「違う…忘れてなんか…」


右肘の内側に、大きな傷跡がある───


…常磐と呼ばれた昔…


まだ小学生だった弟が起こした事故が元で、途方もない賠償金を払うことになってしまった。
必死に働いていた親を助けるため、反対されたがここに身を売った。

これが一番手っ取り早かったんだ。

今でも後悔はしていない。


大抵の奴がそうであるように、俺はここで10年近く勤めた。
長いと思うが、ここだったから…たった10年で済んだんだと俺は思ってる。

最終的にはお職にまでなって、借金の返済は少しだけ早まった。

本当に…有難かった。


その年季が開けるという年に…

長年通いつめていた客に、身請けの話を持ちかけられた。
でも俺はそれを断った。

だってもうすぐ借金も完済できる。
なにより俺は美容師に戻りたかった。

もうすぐ娑婆に出られると思って…
俺はわかってなかったんだ。



あいつが、どんなこと考えてたのか



最後だからと、あいつが来た夜。

俺は知らないうちに睡眠薬を飲まされて、深い眠りに落ち込んだ。
酒も入っていたし、とても深く眠っていたんだと思う。


右腕の猛烈な痛みで目が覚めた
いつの間にか、そこは奴の車の中で

俺は外に連れ出されていた

朝日が滲む中、俺は車のシートの上で血まみれになっていた

あいつは…俺の隣で…
頸動脈を掻き切って、死んでいた



俺の右手は…美容師として役に立たなくなっていた。



「違う…祐也さん、朽葉は違うんだ…」
「何処が違うんだ…なあ、湊…」
「違う…違うよ…朽葉は…」

また強引に腕を引かれた。

「痛っ…」
「またあんなことになったらどうするんだ」

朽葉が俺と無理心中するとでも言いたいのか。
反論しようとした俺の顎を、祐也さんが強い力で掴んだ。

「おまえはわかってない…おまえは…」

祐也さんの顔が近づいてきた。


…そういえば…あいつの死体、どうしたんだろう…


あの時、祐也さんが必死に動いてくれて、事件にはならなかったのは覚えてる。
どこ、行ったんだろ。

あいつ…


「なに、考えてる…」

唇が重なる寸前、祐也さんが呻くように言った。

「…なにも…?」

見つめ返すと、祐也さんはゆっくりと俺から離れて行った。
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