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おまけ~秘密の給湯室~①
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今年の夏は、クソ暑い。
いつもの夏の比じゃない。
観測史上最高を叩き出したほどだった。
頭が茹だるとはこういう事を言うのだろう。
こんなに暑いと、ついあの夏のことを思い出してしまう。
「船見…ちょっと」
同僚の渡辺が、こそこそと話しかけてきた。
「なに?ケーキまだ…」
「いいから…」
ぐいっと腕を引かれると、もうすぐ閉店してしまうマキシム・ド・パリのいちごのミルフィーユをトレーに乗せたまま、給湯室に逆戻りした。
「なに…渡辺…」
「しっ…」
人差し指を口に当てて、怖い顔をした。
思わず黙ると、渡辺は派手なキャラ物のタオルハンカチを口に当てている。
私にもハンカチを口に当てろと動作で示す。
なんだどうした?
しょうがないから、廊下の自販機のある休憩スペースまで戻った。
空気清浄機付きのテーブルにケーキの乗ったトレーを置いた。
ハンカチをポケットから出して口に当てると、渡辺の顔を見た。
渡辺は、ひとつ頷いて給湯室に向かう。
その後ろについていった。
ドアが付いていないけど、入り口から中は見渡しにくい構造になっている。
訳がわからないながらも、渡辺に続いて給湯室の中をそっと覗き込む。
「!?…」
慌ててハンカチを口に押し当てた。
なんとあの天野さんが、コーヒーを持ったままの桜木課長にグイグイ迫っているではないか!
「移動の話…」
「あ、ああ…」
「本当ですか?伸びたって」
「え、うん…って、言えないって俺からは…」
「大事なことなんです」
「え…?」
どうやら、移動のことを聞いているらしい。
しかしこれは…なんと麗しい風景なんだっ!
そう…私と渡辺は…
腐っている。
入社5年目。
事務員としてはベテランの域に達している私達。
態度が昔からでかいから、局やら大御所やらと陰で呼ぶ輩もいる。
同期入社で、いろんな修羅場を一緒に乗り越えてきた戦友とも言える。
そして私達には「腐っている」という共通の趣味があった。
それを知った瞬間、私達は握手したものだ。
今では年に2度、東京ビッグサイトに出かける程の仲になっている。
だが、これは周囲には極秘になっている。
だって、私達の楽しみは…
『課内BL妄想ごっこ』
たまたま配属されたマーケティング部中部統括課。
死ぬほどラッキーなことに、課長を筆頭に見目麗しい男性が集結していた。
そんなオフィス内で、課内の男性たちを使ってイケナイ妄想をしているのが楽しいのだ。
男性陣だって、勝手に女性陣の胸のサイズやウエストのサイズを目測しているのだから、おあいこだ。
もちろん、とてつもなくキモチワルイことだから、渡辺と私の秘密になっている。
誰にも言ったことはない。
「(船見…これは…)」
「(ヤバイ。渡辺…)」
目で会話すると、再び給湯室内に目を戻した。
ハンカチ当てといてよかった。
危うく歓喜の歌を歌い出すところだった。
「移動の話は…もう動かないんですか…?」
「そう、だね…」
「まだ俺…課長と一緒に仕事がしたいです……課長……」
天野さんが更に桜木課長に詰め寄り、二人の距離がキスでもしそうなほど近くなった。
「…駄目だ…」
「え?」
「これは、決まったことだよ…天野さん」
なんか…え?これ…
マジ臭くない?
「…どう思う?渡辺…」
いちごのミルフィーユを配り終わって、給湯室に戻るとあの二人の姿はなかった。
「…あれは…」
渡辺はちょっとぽわんとした顔をしている。
手をキャラ物のハンカチで拭きながら、妄想が頭を駆け巡っているようだ。
「リアルリーマンBLじゃんね?」
「だよね。あのさ、あれ覚えてる?」
「ん?」
「天野さんが忌引明けて出勤してきた日…」
「あっ…」
飲み会などの誘いは断らないが、天野さんは自分から誰かを誘うなどということは一切なかった。
その天野さんが、自ら課長を「晩飯どうですか?」と誘った事件だ。
課内は騒然として、中には尾行しようとしたものまで居た。
私と渡辺はそれを全力で阻止したあと、カラオケボックスにしけこんで、妄想を思う存分語ったものだ。
その時は、まさか課長と天野さんが…って思ってたし、現実でそういう方々に会ったこともなかったから、妄想しただけで、その後の観察はしていなかったのだが…
「…もしかして…あの日、なんかあった…?」
「もしかしてちゅー…しちゃった、とか…?」
そう言うと、渡辺はなんだか一人で悶えて照れている。
「ぐああっ…やべえ!あたし、ヤバイもんみた!」
「あああ…やっぱそうだよね。あれは、やばいわ…」
あの後、天野さんは桜木課長に食って掛かるように腕を掴んで。
そしたら課長の手に持ってたカップからコーヒーが溢れてしまった。
天野さんは慌ててペーパータオルで拭いていたけど…
なんだか二人は、目を合わせると不自然に逸して…
「あれって、恋の始まりってやつじゃん?」
「船見もそう思う?」
「渡辺もそう思う?」
だって、誰がどう見ても…
二人は気まずそうにしながらも、お互いのこと気になってしょうがないって感じだったし。
それに、ほっぺたが赤かった。
「これは…」
渡辺と私は目を合わせた。
そしてがっしりと握手を交わした。
「やっほーいっ!OLやってて良かったーーー!」
「こんなことあるわけ無いと思ってたけど…!生きててよかったーーーーー!」
ノンケが覚醒する瞬間など、絶対に見られない。
貴重なものを、我々は見てしまったのだ!
いつもの夏の比じゃない。
観測史上最高を叩き出したほどだった。
頭が茹だるとはこういう事を言うのだろう。
こんなに暑いと、ついあの夏のことを思い出してしまう。
「船見…ちょっと」
同僚の渡辺が、こそこそと話しかけてきた。
「なに?ケーキまだ…」
「いいから…」
ぐいっと腕を引かれると、もうすぐ閉店してしまうマキシム・ド・パリのいちごのミルフィーユをトレーに乗せたまま、給湯室に逆戻りした。
「なに…渡辺…」
「しっ…」
人差し指を口に当てて、怖い顔をした。
思わず黙ると、渡辺は派手なキャラ物のタオルハンカチを口に当てている。
私にもハンカチを口に当てろと動作で示す。
なんだどうした?
しょうがないから、廊下の自販機のある休憩スペースまで戻った。
空気清浄機付きのテーブルにケーキの乗ったトレーを置いた。
ハンカチをポケットから出して口に当てると、渡辺の顔を見た。
渡辺は、ひとつ頷いて給湯室に向かう。
その後ろについていった。
ドアが付いていないけど、入り口から中は見渡しにくい構造になっている。
訳がわからないながらも、渡辺に続いて給湯室の中をそっと覗き込む。
「!?…」
慌ててハンカチを口に押し当てた。
なんとあの天野さんが、コーヒーを持ったままの桜木課長にグイグイ迫っているではないか!
「移動の話…」
「あ、ああ…」
「本当ですか?伸びたって」
「え、うん…って、言えないって俺からは…」
「大事なことなんです」
「え…?」
どうやら、移動のことを聞いているらしい。
しかしこれは…なんと麗しい風景なんだっ!
そう…私と渡辺は…
腐っている。
入社5年目。
事務員としてはベテランの域に達している私達。
態度が昔からでかいから、局やら大御所やらと陰で呼ぶ輩もいる。
同期入社で、いろんな修羅場を一緒に乗り越えてきた戦友とも言える。
そして私達には「腐っている」という共通の趣味があった。
それを知った瞬間、私達は握手したものだ。
今では年に2度、東京ビッグサイトに出かける程の仲になっている。
だが、これは周囲には極秘になっている。
だって、私達の楽しみは…
『課内BL妄想ごっこ』
たまたま配属されたマーケティング部中部統括課。
死ぬほどラッキーなことに、課長を筆頭に見目麗しい男性が集結していた。
そんなオフィス内で、課内の男性たちを使ってイケナイ妄想をしているのが楽しいのだ。
男性陣だって、勝手に女性陣の胸のサイズやウエストのサイズを目測しているのだから、おあいこだ。
もちろん、とてつもなくキモチワルイことだから、渡辺と私の秘密になっている。
誰にも言ったことはない。
「(船見…これは…)」
「(ヤバイ。渡辺…)」
目で会話すると、再び給湯室内に目を戻した。
ハンカチ当てといてよかった。
危うく歓喜の歌を歌い出すところだった。
「移動の話は…もう動かないんですか…?」
「そう、だね…」
「まだ俺…課長と一緒に仕事がしたいです……課長……」
天野さんが更に桜木課長に詰め寄り、二人の距離がキスでもしそうなほど近くなった。
「…駄目だ…」
「え?」
「これは、決まったことだよ…天野さん」
なんか…え?これ…
マジ臭くない?
「…どう思う?渡辺…」
いちごのミルフィーユを配り終わって、給湯室に戻るとあの二人の姿はなかった。
「…あれは…」
渡辺はちょっとぽわんとした顔をしている。
手をキャラ物のハンカチで拭きながら、妄想が頭を駆け巡っているようだ。
「リアルリーマンBLじゃんね?」
「だよね。あのさ、あれ覚えてる?」
「ん?」
「天野さんが忌引明けて出勤してきた日…」
「あっ…」
飲み会などの誘いは断らないが、天野さんは自分から誰かを誘うなどということは一切なかった。
その天野さんが、自ら課長を「晩飯どうですか?」と誘った事件だ。
課内は騒然として、中には尾行しようとしたものまで居た。
私と渡辺はそれを全力で阻止したあと、カラオケボックスにしけこんで、妄想を思う存分語ったものだ。
その時は、まさか課長と天野さんが…って思ってたし、現実でそういう方々に会ったこともなかったから、妄想しただけで、その後の観察はしていなかったのだが…
「…もしかして…あの日、なんかあった…?」
「もしかしてちゅー…しちゃった、とか…?」
そう言うと、渡辺はなんだか一人で悶えて照れている。
「ぐああっ…やべえ!あたし、ヤバイもんみた!」
「あああ…やっぱそうだよね。あれは、やばいわ…」
あの後、天野さんは桜木課長に食って掛かるように腕を掴んで。
そしたら課長の手に持ってたカップからコーヒーが溢れてしまった。
天野さんは慌ててペーパータオルで拭いていたけど…
なんだか二人は、目を合わせると不自然に逸して…
「あれって、恋の始まりってやつじゃん?」
「船見もそう思う?」
「渡辺もそう思う?」
だって、誰がどう見ても…
二人は気まずそうにしながらも、お互いのこと気になってしょうがないって感じだったし。
それに、ほっぺたが赤かった。
「これは…」
渡辺と私は目を合わせた。
そしてがっしりと握手を交わした。
「やっほーいっ!OLやってて良かったーーー!」
「こんなことあるわけ無いと思ってたけど…!生きててよかったーーーーー!」
ノンケが覚醒する瞬間など、絶対に見られない。
貴重なものを、我々は見てしまったのだ!
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