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そんな天野さんの気持ちが、痛いほど伝わってきて。
なんと言葉を掛けていいのか、わからなかった。
ただただ、抱きしめているしかできない。
看取る覚悟で帰国したのに、ここまで乱れるほど…
天野さんにとって、母親の存在は大きかったんだ。
「すい…ませ…ん…ごめん…なさい…」
泣きながら謝って。
俺にしがみついて…
「いいから…謝るな…」
どうにか謝るのを止めさせたくて。
ぎゅっと腕に力を入れた。
背中を擦ると、段々と泣き声は小さくなり。
やがて、鼻を啜る音だけになった。
その頃には、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩いて。
天野さんの香りに酔っていた。
甘い…匂いがした。
「シャツ…ごめんなさい…」
腕の中でボソボソと言うのが聞こえた。
「気にすんな。クリーニング120円だ」
「…ふふ…」
そっと天野さんが身体を離すと、顔を上げた。
「ありがとうございました…」
さっきより、更に酷く腫れ上がった目をしていたけど、スッキリしてるようだった。
「必ず、連絡くれよ…」
プライベートの電話番号を教えていなかったから、名刺の裏に走り書きしてワイシャツのポケットにねじ込んだ。
「必ず…連絡します」
胸ポケットを押さえて微笑んでくれたから、安心した。
幾分しゃきっとした足取りの天野さんを見送って社に戻った。
本当はこの後天野さんと二人で、週末出張の予定のある部長と打ち合わせに出る予定だったんだが。
俺一人でミーティングルームに向かった。
「すいませんでした。遅くなって」
「いや、いい。俺も今来たところだ」
さすが出来る部長。
部下にも気を使わせない。
「すいません。天野代理は無事に病院に送り届けてきました」
「ああ…しょうがない。こればっかりはな」
「ええ…」
何歳になっても、母親の死というのはショックなものだと部長は呟いた。
随分年上の辣腕部長がそんなこというのに面食らってしまったが、ありがたく頷いておいた。
こういうこと、言ってくれる部長でよかった。
天野さんのことも理解しているってことだし、ほっと胸を撫で下ろした。
「で、どうだった、天野くんの様子は」
「やはりちょっと…ショックを受けていて…」
「まあ、わかっていたこととは言えな…」
「そうですね…」
どんな規模の葬儀になるかはわからなかったが、もしも必要なら課員を数人出すようにという指示を受けた。
「ま、お父上の会社のほうで人数出すんだろうがな…」
「そうですね」
「葬儀のこと、わかったら連絡くれ」
「はい、わかりました」
部長は持っていたタブレットに目を落とした。
「…昇進は…しばらく保留にするか」
「え?」
「なんやかやと忙しいだろうからな…」
「そうですけど…」
「もしかして、アメリカに戻るかもな…」
日本に戻ってきた理由が、ご母堂のことだったから…
「そうなったら…桜木、寂しいだろ」
「は、はあ?」
「ほんと、おまえは天野くんに肩入れしてるからなあ」
「いえ、だって本当に優秀なんで…」
すごく焦った…
部長が俺の気持ちなんて知るはずもないけど、なんだか見透かされたようで、めちゃくちゃ焦った。
「まあ、今はそんなこと考える暇もないだろうから」
「え、ええ…」
「葬儀のことは頼んだ。桜木に任せるから。俺は明日から出張だしな…本葬だけなんとか戻るから」
「わかりました」
その週末、天野さんのご母堂の葬儀が営まれた。
やはりうちの会社からは手伝いを出すこともなくて。
お父上の会社の方が、葬儀を取り仕切っていらした。
俺を含めた部署の者たちは個人的に参列をした。
立派なお寺での静かな葬儀で。
長年の闘病で苦しんだ妻を、静かに見送りたいという天野さんのお父上の気持ちが見えるようで。
少しなんとも言えない気持ちになった。
ちらりとしか天野さんとは話をすることができなかったけど、思ったよりもしっかりとしていて安心した。
帰り際、天野さんに呼び止められた。
でも何を言うわけでもなく、ただ黙って俺の顔を見ている。
俺も何を言っていいのかわからず、ただ二人で立ち尽くして。
雨が降ってきたから、天野さんに中に入るよう促すと、一礼して去っていった。
なにを…言いたかったんだろうな。
俺、鈍いからよくわからなかった…
肉親の忌引ということで、天野さんは一週間近く休んだ。
その間、スマホを手放すことができなくて。
また、泣いてたらどうしようって…
でも、プライベートのスマホは、一度も鳴ることはなかった。
まあ、そうだよな。
普通に考えて…
ちょっと抱きしめたくらいで、何考えてんだ…
そうは思っても、なかなかスマホから離れられなくて。
風呂に入ってる間も気になって、脱衣所にスマホを置いている始末で…
こんなこと…別れた嫁さんのときでもなかったのに…
俺、どうしちゃったんだろう
なんと言葉を掛けていいのか、わからなかった。
ただただ、抱きしめているしかできない。
看取る覚悟で帰国したのに、ここまで乱れるほど…
天野さんにとって、母親の存在は大きかったんだ。
「すい…ませ…ん…ごめん…なさい…」
泣きながら謝って。
俺にしがみついて…
「いいから…謝るな…」
どうにか謝るのを止めさせたくて。
ぎゅっと腕に力を入れた。
背中を擦ると、段々と泣き声は小さくなり。
やがて、鼻を啜る音だけになった。
その頃には、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩いて。
天野さんの香りに酔っていた。
甘い…匂いがした。
「シャツ…ごめんなさい…」
腕の中でボソボソと言うのが聞こえた。
「気にすんな。クリーニング120円だ」
「…ふふ…」
そっと天野さんが身体を離すと、顔を上げた。
「ありがとうございました…」
さっきより、更に酷く腫れ上がった目をしていたけど、スッキリしてるようだった。
「必ず、連絡くれよ…」
プライベートの電話番号を教えていなかったから、名刺の裏に走り書きしてワイシャツのポケットにねじ込んだ。
「必ず…連絡します」
胸ポケットを押さえて微笑んでくれたから、安心した。
幾分しゃきっとした足取りの天野さんを見送って社に戻った。
本当はこの後天野さんと二人で、週末出張の予定のある部長と打ち合わせに出る予定だったんだが。
俺一人でミーティングルームに向かった。
「すいませんでした。遅くなって」
「いや、いい。俺も今来たところだ」
さすが出来る部長。
部下にも気を使わせない。
「すいません。天野代理は無事に病院に送り届けてきました」
「ああ…しょうがない。こればっかりはな」
「ええ…」
何歳になっても、母親の死というのはショックなものだと部長は呟いた。
随分年上の辣腕部長がそんなこというのに面食らってしまったが、ありがたく頷いておいた。
こういうこと、言ってくれる部長でよかった。
天野さんのことも理解しているってことだし、ほっと胸を撫で下ろした。
「で、どうだった、天野くんの様子は」
「やはりちょっと…ショックを受けていて…」
「まあ、わかっていたこととは言えな…」
「そうですね…」
どんな規模の葬儀になるかはわからなかったが、もしも必要なら課員を数人出すようにという指示を受けた。
「ま、お父上の会社のほうで人数出すんだろうがな…」
「そうですね」
「葬儀のこと、わかったら連絡くれ」
「はい、わかりました」
部長は持っていたタブレットに目を落とした。
「…昇進は…しばらく保留にするか」
「え?」
「なんやかやと忙しいだろうからな…」
「そうですけど…」
「もしかして、アメリカに戻るかもな…」
日本に戻ってきた理由が、ご母堂のことだったから…
「そうなったら…桜木、寂しいだろ」
「は、はあ?」
「ほんと、おまえは天野くんに肩入れしてるからなあ」
「いえ、だって本当に優秀なんで…」
すごく焦った…
部長が俺の気持ちなんて知るはずもないけど、なんだか見透かされたようで、めちゃくちゃ焦った。
「まあ、今はそんなこと考える暇もないだろうから」
「え、ええ…」
「葬儀のことは頼んだ。桜木に任せるから。俺は明日から出張だしな…本葬だけなんとか戻るから」
「わかりました」
その週末、天野さんのご母堂の葬儀が営まれた。
やはりうちの会社からは手伝いを出すこともなくて。
お父上の会社の方が、葬儀を取り仕切っていらした。
俺を含めた部署の者たちは個人的に参列をした。
立派なお寺での静かな葬儀で。
長年の闘病で苦しんだ妻を、静かに見送りたいという天野さんのお父上の気持ちが見えるようで。
少しなんとも言えない気持ちになった。
ちらりとしか天野さんとは話をすることができなかったけど、思ったよりもしっかりとしていて安心した。
帰り際、天野さんに呼び止められた。
でも何を言うわけでもなく、ただ黙って俺の顔を見ている。
俺も何を言っていいのかわからず、ただ二人で立ち尽くして。
雨が降ってきたから、天野さんに中に入るよう促すと、一礼して去っていった。
なにを…言いたかったんだろうな。
俺、鈍いからよくわからなかった…
肉親の忌引ということで、天野さんは一週間近く休んだ。
その間、スマホを手放すことができなくて。
また、泣いてたらどうしようって…
でも、プライベートのスマホは、一度も鳴ることはなかった。
まあ、そうだよな。
普通に考えて…
ちょっと抱きしめたくらいで、何考えてんだ…
そうは思っても、なかなかスマホから離れられなくて。
風呂に入ってる間も気になって、脱衣所にスマホを置いている始末で…
こんなこと…別れた嫁さんのときでもなかったのに…
俺、どうしちゃったんだろう
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