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内線電話が鳴る。
書類やらなにやら積み重なってる中をほじくり返して、やっとのことで受話器を取ると部長からだった。
「はい、桜木です」
『ああ、俺だ』
「お疲れ様で…どぅあっ…」
途端にどしゃあっと内線電話の上に重ねていた荷物がデスクから落ちていった。
「うひゃあっ……」
『桜木?どうした?』
「あっ…ひゃっ…な、なんでも!」
デスクの固定電話なんて最近滅多に鳴らないもんだから、油断していた。
片付けられない俺がいけないんだが……。
なんで社用スマホに掛けてこないんだよ…部長…。
課員が一斉にこちらを振り返って目を丸くしている。
なんでもないと、手でしっしってやってみたが、気がついた奴から笑いが伝染していっているのがわかった。
笑い事じゃねえんだって。
最後にカランと、『マーケティング部 中部統括課長』と書いてある札がデスクから転がり落ちていった。
それを機に課内の笑いは、いよいよ全体に広がった。
『ちょっとな。中途採用の件で話があるんだ。こっちまで来てくれるか』
「あ、はい。すぐ……」
すぐに受話器を置くと、床に散らばった書類やらペンやらをかき集めて、わさっとデスクに載せた。
「いいか!触んなよ!」
下を向いて笑いをこらえている課員に伝えると、部屋を出た。
部長のいる島は、俺のいるフロアの隣の部屋で。
廊下に一度出て、そっちに入って部長のデスクに向かう。
上司に会う前に、一応廊下の窓に映る自分を確認する。
スーツよし。ネクタイは曲がっていない。
毎週末、ジムで鍛えてるから腹も出ていない(自慢)。
髪型は今日は緩めのオールバックで整えてきた。
…いや、不器用だからこれ以外できる髪型ないんだけど。
焼けども焼けども、黒くならない色白のお肌は今日もテカテカと絶好調だ。
…ちょっとだけ、脂ギッシュなだけだからな。
パソコンのモニターを眺めながら、辣腕で有名なうちの部長は書類を広げていた。
俺と違って、デスクの上は無駄な物がなくスッキリとしている。
…やっぱり、出来る男ってこういうとこもきっちりしてるよな。
デスクに置いてある、『マーケティング部長』の札も光輝いて見える。
「部長、お待たせしました」
「お、桜木。悪いな。わざわざ…」
「いえ。中途採用の件ということですが」
「ああ。予定通りおまえにつけるから」
やっぱり。いつも突然決まるから準備が間に合わないことが多いが。
今回ばかりは俺のところに来るのが濃厚だったから、準備しておいて正解だった。
「わかりました。準備はしてあります」
「流石だな。頼りになる。すまんな、急で」
そう言うと、部長は広げていた書類を俺に渡した。
職務経歴書だった。
「あまの…さとるさん…ですか?」
「午前は小平のトレセン(研修センター)に寄ってくるそうだから、午後になる」
「あ、はい。スケジュールは空いてます」
「詳しい経歴はこっちだ」
そう言うと、社名の刷り込んである角2封筒を渡してくれた。
「大型新人だ。頼んだぞ」
西新宿のオフィスビル群の一角。
俺の勤める会社は、自動制御機器を製造販売する会社で。
新卒から足掛け15年以上。
俺はマーケティング部の中部統括課長という役職になっていた。
中途採用はあまりしない会社なのだが、アメリカ帰りの優秀な奴とかで、採用が決まったらしい。
8月から一ヶ月の研修に入っていて、やっと終わったという事だ。
「ヒエ…マジモンのエリートだわ…」
部長から手渡された書類にはびっちりと彼の経歴が書かれていた。
日本の高校卒業後、アメリカの大学に進学し、そのまま院で学び、アメリカの総合商社に就職。
その後、いくつかの企業を渡り歩く。最後はニューヨークの大手IT系の企業にて就業。
家庭の事情により、日本に帰国したということだ。
簡単に言うと、そんな経歴の持ち主だから、課長である俺に教育係が回ってきたってわけだ。
「天野 悟さんね…俺の一個上。幹部候補生か…」
あまり例はないが……
部長面接っていうこの待遇を見ていると、もう最初から出世街道に乗っかってるってことだ。
「俺で大丈夫かな…」
とは言っても、俺もここでは十分期待されている社員だと思ってる。
マーケティング部は、この会社では一番重要な部署で。
他の企業と違い、営業部よりも地位が高い。
コマーシャルなどの宣伝広告は一切打たないで、他にはない製品をマーケティングの結果企画し、ニーズに合った製品だけを生産して狙って売り込むという手法なのだ。
営業利益率は常に国内トップクラスだ。
一般の人には知られていないが、知る人ぞ知る企業なのだ。
そんな会社の花形部署の課長なのだから、出世街道は明るいと思ってる。
「エリート様の教育係か…いっちょ、やってやっか…」
書類をデスクに放り投げたら、また荷物が崩れた。
「桜木課長!いい加減にしてくださいよ!」
「どあーっ…崩れるぅぅ…」
期待の課長は、片付けが最悪にできないのが玉に瑕…
どころじゃなかった。
とほ……
昼飯が終わってオフィスに戻ると、ミーティングルームに明かりが灯っていた。
「あ、もう来てるのかな」
大型新人のツラを拝もうと、少し開いているドアの隙間から中を伺い見た。
ずいぶん細身の男だ。
ネイビーのスーツに身を包んで、ミーティングルームから外を眺めている後ろ姿が見えた。
少し長めの髪は嫌味にならないくらいの茶髪で、柔らかく陽の光を反射していた。
不意に、男が振り返った。
端正な顔立ち…
今どきのイケメンってやつじゃないけど、シュッとしてる。
少しタレ気味の目は切れ長で。
眉はキリっと細めに整えられている。
男にしては細い顎に細い首。
でもガリガリってわけじゃなさそうなのは、スーツ越しの体躯から見て取れた。
ジムでも通っているのかな。
なにか運動をやっていそうな感じ。
会議机の上に手を伸ばすと、銀縁のメガネを手に取った。
メガネを掛けると、また窓の外を眺めた。
そのまま飽きもせず、外を眺めている。
「ちょっと…変わった人なのかな…」
別になんてことないビル街の風景を、あの後もずっと熱心に眺めていた。
アメリカ帰りだから珍しいんだろうか。
でも彼の最終職歴…ニューヨークだったんだけどもな。
西新宿よりも見てるだけで楽しい街だ。
「やっぱ、変人…?」
覗き見していた分際で、よくこんなことが言えたものだ。
課に戻ると、課員が数名俺のデスクを囲んでいた。
「あ?何してんだ?」
「桜木課長いい加減にしてくださいよ…また雪崩起こしたんですから…」
「ほわっ!?」
ほんと、人のこと言っちゃいけない……
書類やらなにやら積み重なってる中をほじくり返して、やっとのことで受話器を取ると部長からだった。
「はい、桜木です」
『ああ、俺だ』
「お疲れ様で…どぅあっ…」
途端にどしゃあっと内線電話の上に重ねていた荷物がデスクから落ちていった。
「うひゃあっ……」
『桜木?どうした?』
「あっ…ひゃっ…な、なんでも!」
デスクの固定電話なんて最近滅多に鳴らないもんだから、油断していた。
片付けられない俺がいけないんだが……。
なんで社用スマホに掛けてこないんだよ…部長…。
課員が一斉にこちらを振り返って目を丸くしている。
なんでもないと、手でしっしってやってみたが、気がついた奴から笑いが伝染していっているのがわかった。
笑い事じゃねえんだって。
最後にカランと、『マーケティング部 中部統括課長』と書いてある札がデスクから転がり落ちていった。
それを機に課内の笑いは、いよいよ全体に広がった。
『ちょっとな。中途採用の件で話があるんだ。こっちまで来てくれるか』
「あ、はい。すぐ……」
すぐに受話器を置くと、床に散らばった書類やらペンやらをかき集めて、わさっとデスクに載せた。
「いいか!触んなよ!」
下を向いて笑いをこらえている課員に伝えると、部屋を出た。
部長のいる島は、俺のいるフロアの隣の部屋で。
廊下に一度出て、そっちに入って部長のデスクに向かう。
上司に会う前に、一応廊下の窓に映る自分を確認する。
スーツよし。ネクタイは曲がっていない。
毎週末、ジムで鍛えてるから腹も出ていない(自慢)。
髪型は今日は緩めのオールバックで整えてきた。
…いや、不器用だからこれ以外できる髪型ないんだけど。
焼けども焼けども、黒くならない色白のお肌は今日もテカテカと絶好調だ。
…ちょっとだけ、脂ギッシュなだけだからな。
パソコンのモニターを眺めながら、辣腕で有名なうちの部長は書類を広げていた。
俺と違って、デスクの上は無駄な物がなくスッキリとしている。
…やっぱり、出来る男ってこういうとこもきっちりしてるよな。
デスクに置いてある、『マーケティング部長』の札も光輝いて見える。
「部長、お待たせしました」
「お、桜木。悪いな。わざわざ…」
「いえ。中途採用の件ということですが」
「ああ。予定通りおまえにつけるから」
やっぱり。いつも突然決まるから準備が間に合わないことが多いが。
今回ばかりは俺のところに来るのが濃厚だったから、準備しておいて正解だった。
「わかりました。準備はしてあります」
「流石だな。頼りになる。すまんな、急で」
そう言うと、部長は広げていた書類を俺に渡した。
職務経歴書だった。
「あまの…さとるさん…ですか?」
「午前は小平のトレセン(研修センター)に寄ってくるそうだから、午後になる」
「あ、はい。スケジュールは空いてます」
「詳しい経歴はこっちだ」
そう言うと、社名の刷り込んである角2封筒を渡してくれた。
「大型新人だ。頼んだぞ」
西新宿のオフィスビル群の一角。
俺の勤める会社は、自動制御機器を製造販売する会社で。
新卒から足掛け15年以上。
俺はマーケティング部の中部統括課長という役職になっていた。
中途採用はあまりしない会社なのだが、アメリカ帰りの優秀な奴とかで、採用が決まったらしい。
8月から一ヶ月の研修に入っていて、やっと終わったという事だ。
「ヒエ…マジモンのエリートだわ…」
部長から手渡された書類にはびっちりと彼の経歴が書かれていた。
日本の高校卒業後、アメリカの大学に進学し、そのまま院で学び、アメリカの総合商社に就職。
その後、いくつかの企業を渡り歩く。最後はニューヨークの大手IT系の企業にて就業。
家庭の事情により、日本に帰国したということだ。
簡単に言うと、そんな経歴の持ち主だから、課長である俺に教育係が回ってきたってわけだ。
「天野 悟さんね…俺の一個上。幹部候補生か…」
あまり例はないが……
部長面接っていうこの待遇を見ていると、もう最初から出世街道に乗っかってるってことだ。
「俺で大丈夫かな…」
とは言っても、俺もここでは十分期待されている社員だと思ってる。
マーケティング部は、この会社では一番重要な部署で。
他の企業と違い、営業部よりも地位が高い。
コマーシャルなどの宣伝広告は一切打たないで、他にはない製品をマーケティングの結果企画し、ニーズに合った製品だけを生産して狙って売り込むという手法なのだ。
営業利益率は常に国内トップクラスだ。
一般の人には知られていないが、知る人ぞ知る企業なのだ。
そんな会社の花形部署の課長なのだから、出世街道は明るいと思ってる。
「エリート様の教育係か…いっちょ、やってやっか…」
書類をデスクに放り投げたら、また荷物が崩れた。
「桜木課長!いい加減にしてくださいよ!」
「どあーっ…崩れるぅぅ…」
期待の課長は、片付けが最悪にできないのが玉に瑕…
どころじゃなかった。
とほ……
昼飯が終わってオフィスに戻ると、ミーティングルームに明かりが灯っていた。
「あ、もう来てるのかな」
大型新人のツラを拝もうと、少し開いているドアの隙間から中を伺い見た。
ずいぶん細身の男だ。
ネイビーのスーツに身を包んで、ミーティングルームから外を眺めている後ろ姿が見えた。
少し長めの髪は嫌味にならないくらいの茶髪で、柔らかく陽の光を反射していた。
不意に、男が振り返った。
端正な顔立ち…
今どきのイケメンってやつじゃないけど、シュッとしてる。
少しタレ気味の目は切れ長で。
眉はキリっと細めに整えられている。
男にしては細い顎に細い首。
でもガリガリってわけじゃなさそうなのは、スーツ越しの体躯から見て取れた。
ジムでも通っているのかな。
なにか運動をやっていそうな感じ。
会議机の上に手を伸ばすと、銀縁のメガネを手に取った。
メガネを掛けると、また窓の外を眺めた。
そのまま飽きもせず、外を眺めている。
「ちょっと…変わった人なのかな…」
別になんてことないビル街の風景を、あの後もずっと熱心に眺めていた。
アメリカ帰りだから珍しいんだろうか。
でも彼の最終職歴…ニューヨークだったんだけどもな。
西新宿よりも見てるだけで楽しい街だ。
「やっぱ、変人…?」
覗き見していた分際で、よくこんなことが言えたものだ。
課に戻ると、課員が数名俺のデスクを囲んでいた。
「あ?何してんだ?」
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