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3章 天空寮(ダイジェスト版)

月明かりの下で~とある純血の後悔~

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 ……、てあれ?

 ああ、ごめん。
 気付かなくて。
 ちょっと集中してた。

 え? 邪魔したかって?
 珍しいね。君がそんなことを聞くなんて。
 ふふ、もちろん君を邪魔に思うことなんてないよ。

 で、今日はどうしよっか?
 原稿もあるけど話もちゃんとできるよ。
 え?とりあえず話せって?

 ああ、わかったよ。
 じゃあ、あの夜の広場の蒼矢会長の話をしようか。

 環と桃李が立ち去った広場に蒼矢会長は戻って来るんだけど、当然のように入れ違って会長は環に会えなかった。
 そのことが腹立たしくて、すぐに寮に帰る気になれなかった、蒼矢会長はそこにあったベンチに座って、もの思いにふける。

 もちろん考えるのは幽霊に似た環のことだ。
 え? まだ気づいていないのかって?
 そりゃ、残念会長様ですから。

 でも、同一人物と思っても、全身で拒絶されたら別人だと思いたくなるのもわかる気がしない?
 蒼矢もそんな無意識の臆病な思考から、環は幽霊とは別人だと思い込もうとした。
 それでも、あんなに似てるのに赤の他人とは思えず、辿り着いたのが幽霊の身内という考えだ。

 え? 馬鹿じゃないのかって?
 君も攻略対象に対して結構言うね。
 ……う~ん。なんだか僕の語りだと、ちょっと会長の残念ブリを切り取って話しちゃうみたいだね。
 せっかくだから、すこし読んでみなよ。
 はい、これ。
 時間は少しだけさかのぼって、その日の会長のアンニュイな日常からだよ。


 * * *


 今日の蒼矢は朝から月下騎士会会長として仕事に追われていた。気を抜けば幽霊のことを考えてしまう。そのため仕事に逃げた。
 ここ数日の蒼矢は仕事と時々幽霊のことばかりで、聖利音やその周辺のことなど気にも留めていなかった。
 しかし、仕事をまじめにしているというのになぜか不機嫌な緑水に怒られたり、と最近は執務室内はあまり空気がよくない。
 ぎすぎすした空気の漂う中、それでも門限ぎりぎりまでかかってその日の仕事を終わらせた。
 疲れた体を引き摺り、寮に帰ってくれば、なぜか天空寮の方が騒がしい。
 一瞬面倒だと、部屋に去りかけたときに、男女兼用のエントランスでよりにもよって真田に見つかった。
 真田は従兄弟の花嫁であり、幼いころから知っているため、蒼矢とも幼馴染と言える立場の女子生徒だったが、正直蒼矢は彼女が苦手だった。
 真田の方も蒼矢にあまり良い感情を抱いておらず、会えば嫌味の応酬が飛ぶ。しかし今日の彼女の開口一番は嫌味ではなかった。

「会長!多岐さん見なかった?」

 真田の言葉の意味がまるで分からず、思わず怪訝な顔になる。

「多岐?誰だ?」

 すると、なぜか真田は目を吊り上げ、「君までそんなこと言うの?全く今日の男どもは」とわけのわからないなじられ方をする。
 それが鬱陶しくて、思わず力を込めて睨みつけた。

「なんなんだ、藪から棒に。多岐とは誰だ?」
「だから、多岐さんが門限迫ってるのに帰ってこないんだよ」

 聞いていることの回答と思えない言葉に舌打ちしたい気分になる。
 面倒だしこのまま無視したいが、寮長である手前それもできない。
 蒼矢は意図的に力を籠め、真田をにらんだ。

「落ち着け。一つ一つ順を追って説明しろ」

 さすがに花嫁と言えど、ただの人間でしかない真田は蒼矢の力の一瞬言葉を失い青ざめたが、付き合いの長いせいかすぐに立ち直り話し始めた。
 そこで蒼矢は初めて天空寮に多岐環という女子生徒が移ってきていて、その彼女が門限の迫った現在行方が知れないということを聞かされた。
 その話に時計を見れば、ちょうど門限の時刻になっていた。

「ルームメイトには何も言っていなかったのか?」
「利音には何も。いつ抜け出したのかもわからないみたい」

 蒼矢とは犬猿の仲とはいえ、基本誰にでも面倒見のいい真田は心配とばかりに溜息を吐いている。

「ああ、もう、こんな時に円がいれば……」

 苛立ちに爪を噛んでいる真田に蒼矢はふと不思議に思った。なぜ、円なのだろうか。
 蒼矢の従兄弟は決して面倒見の良い性格ではない。その生い立ちから交友関係の目的がやや打算的だった。
 権力者や付き合っていれば何らかの恩恵を受けられそうな相手には自分から近づき、機嫌もとってみせるが、利のない関係には時間も労力も割かない合理主義者だ。
 もちろんそればかりとは言わないが、ルームメイトの一存で入寮してきただけの市民階級の女子生徒の捜索に積極的に関わるとは蒼矢には思えなかったし、彼が役に立つとは思えなかった。

「円は確か今日は外泊だったな」

 また母親に呼び出されたのか、と問えば真田は頷いている。
 円の母親は最強の吸血鬼に愛された稀有な人間だ。
 生まれた時からいた女吸血鬼の許嫁を差し置いて、円の父親と強引に結婚した。
 だがその彼女も円という力の弱い吸血鬼しか産まなかったことで親族一同から嫌がらせを受け、精神的に不安定になっているらしい。
 そのため頻繁に円が母親の様子を見に帰っていた。たまに呼び出しもあるらしく、全寮制の学園の中でかなりの頻度で実家に帰っている。
 そのため円が学園にいないことはそんなに珍しいことではなかった。
  今まで真田から「円がいてくれたら」などという殊勝な言葉など聞いたこともなかったので違和感を覚えて、どうして円なのか尋ねたら、なぜか驚いた顔をされた。

「え?だって……」
「何かそいつ……ええと、多岐?そいつと円が関係あるのか?」

 聞けば、真田がなぜか蒼矢の顔を一瞬じっと考えるように凝視する。
 しかし次の瞬間慌てて首を振った。

「え?それは……いや、会長には関係ないことだから」

 なぜか警戒の色を見せて真田は理由を濁す。
 真田の態度に疑問は覚えたが、追求はしなかった。
 さほど気にならなかったし、ちらりと時計が見えて、それどころではないと思ったからだった。
 時計は門限の時刻を示していた。
 この時間に戻らない生徒というのは割りといる。
 もちろん問題行動だが、それでも所詮はいろいろある年頃の高校生だ。
 ただ自分の意思で遅くなっているのであれば、むしろ問題はない。反省文を書かせて、寮長から注意を受けて終わりだ。
 しかし、万が一何らかの事故に巻き込まれるか、或いは夜間に森に迷い込んでいては危険だった。
 裏戸学園は山奥にあるため、新入生などが帰り道に迷った挙句、遭難することが年に一件か二件は報告されている。
 真田の話を聞けば、門限破りの少女は新入生ではないが、天空寮に越してきたばかりだという。迷っている可能性が否定しきれないのが問題だった。
 もし迷っているのであれば、動かずじっとしていてくれればいいが、人間はじっとしているほうが不安なため、動いて更に事態を悪化させる可能性がある。山奥に迷い込まれては捜索が困難だった。だからこれはある意味時間の問題でもあった。
 蒼矢は瞬時に考えをめぐらせ、真田に聞いた。

「桃李先生は?」

 寮監の桃李にとりあえず報告しようとしたが、真田は悲しそうに首をふった。

「今、月影寮に誰もいないんだ」

 真田の言葉に舌打ちしたくなった。
 そういえば、緑水は蒼矢が帰るころにはまだ仕事があると残っていた。
 月下騎士会は仕事の都合上、何かと残ることが多く、門限が免除されている。
 紅原は外泊。双子はどうした、と聞くがこちらも部屋にはいなかったとのこと。
 いくら門限が免除されているとはいえ、一体どこをほっつき歩いているのか。そろそろあの双子にも少し説教が必要かと思ったが、今は構っていられない。
 動ける人間が自分しかいない現実は変わらず、蒼矢は頭を押さえた。

「わかった。俺が探しに行ってくるからお前は寮の中で待ってろ」
「ああ、ごめんな。会長。私も行きたいのはやまやまだが利音が……」
「希!やっぱりあたし、環ちゃんを探しに行ってくるわ!」

 天空寮に通じる扉が突然開いて、中から小柄なツインテールの少女が飛び出してくる。
 あまりに唐突な登場にぎょっとする蒼矢だったが、慣れているのか真田は冷静に彼女をおさえた。

「だから、利音。駄目だって。下手すれば二次遭難になるから」
「で、でも。環ちゃんが門限破るなんて一度もなかったことなんだよ?」

 ぜったい、何かあったんだよ、とわずかに涙目になっている聖利音を蒼矢は冷静な目で観察した。
 さすがに学園でも有名で、転校初日にも遭遇したため蒼矢は聖のことを知っていた。
 ルームメイトを心配する瞳に嘘の色はない。やや過剰ともとれる行動だが、それだけ心配していると思えばほほえましいと思えなくもない。
 しかし蒼矢はその気配にわずかな嘘が含まれていることに気付いた。

 蒼矢はその女性遍歴はお世辞にもきれいとは言い難いが、その分女の嘘を見分けるのは得意だった。
 その割に先日幽霊のついた嘘を見抜けず、泣きを見たのは記憶に苦いが、あれは幽霊だったからだとカウントしていない。

(なんだ?これは?)

 蒼矢は四月の初めにも彼女と会っている。薔薇園で式典のあいさつをこっそり練習していた時に彼女が突然迷い込んできたのだ。
 その時も快活に話す彼女から漂うわずかながら嘘臭さというものを感じていた。
 その時は短時間の遭遇であったし、その後接する機会などないと思っていたので特に気にも止めなかった。
 しかし今、この天空寮にまで来ることになった彼女の違和感は放っておけなかった。
 普通、人間は嘘をつくとその瞳に色が現れる。極微かな色なので普通の人間には気付かないが、吸血鬼として目がよくさまざまな女の嘘を見てきた蒼矢にはその見分けがついた。
 だが不思議なことに聖という少女の瞳に嘘はない。なのに全体的にわずかな嘘臭さが漂う。彼女の周囲にまとわりつくような微かな違和感がなんなのか蒼矢には見当もつかなかった。こんな人間は初めて見た。

(これは<古き日の花嫁>だからか?)

 不思議な気配を探ろうと自身の力を動かそうとした。しかしその直前約一月前に円に聞いた言葉が蘇る。

『……なんというか、百合の香りが。……なんか、嗅いだとたんものすっごい理性を失いそうになって、人目がなかったら噛み付いてたかも』

 思い出した言葉に蒼矢は力の行使を躊躇った。
 円ですら狂うその匂いにはたして自分の理性が耐えられるかわからなかったからだ。
 思い出すのは無理やり血を奪った時の幽霊の苦痛にゆがむ顔。あれ以来蒼矢は血液パックからしか血を得ていない。それはとても珍しいことで世話役の妙にも心配されたが、今後も人の肌から直接血を得る行為がどうにも躊躇われた。
 それまで無意識にしていた血を得るという行為が、あの日以来ひどく残酷な行為に思えてできなくなっていた。
 もちろん両親のように親愛の情をこめて、相手をいたわりながらする吸血があることは知っている。
 だが、理性を崩すほどの香りに自分が耐えきれるかの自信はない。
 しかも自制の聞かない吸血衝動によって奪ったかもしれない幽霊の存在が蒼矢の心に重くのしかかる。
 さらには今の蒼矢の牙は思い出の中のただ一人の肌しか求めていなかった。
 ただ本能のまま相手を傷つけるだけの行為など二度としたくもないし、彼女以外の肌から血を得たくもなかった。

 聖から漂う違和感の正体は気になったが、蒼矢は探るのをあきらめた。
 だが、先日の薔薇園での遭遇で会話程度なら聖と接しても問題はないとわかっていたため、蒼矢は聖を睥睨して言葉を発した。

「なんだ、騒々しい」
「っ!え、あなたは、あの時の……?」

 わざと大きくした蒼矢の声に利音が初めて気付いたとばかりに声を上げる。
 彼女の言葉からおそらく薔薇園であったことを思い出しているのだろうと推測できたが、今は思い出話などするつもりはない。
 蒼矢は冷やかな視線を聖に送った。

「ここは、高等部の寮のエントランスだと思っていたが?いつの間に小学部の生徒が紛れ込んでいるんだ?」

 冷笑を含んだ蒼矢の言葉に、利音が一瞬で顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。

「あ、あたしは!高校生よ!小学生なんて、失礼だわ!」
「自覚があるならこんなところで騒ぐな。ここは共用スペースだ」

 間髪告げる蒼矢の言葉に聖が悔しそうに唸った。その様子を蒼矢はあくまで冷やかな態度で見つめた。
 聖に対する蒼矢の態度に驚いているのか、少し戸惑い気味の真田が視線だけをおろおろと彷徨わせている。
 普段蒼矢は女に対してこのように冷たく接することはないのでおそらく驚いているのだろう。
 母親や妙から常日頃「女性には優しく」と言われて育った蒼矢だ。
 しかし先程から聞いていれば、宥める真田に対し自分の思いばかりをわめき散らす聖の姿に不快感を覚えた。
 更に今の蒼矢は仕事で疲れている。それも相まって優しくしてやる気分ではなく、声が尖った。

「一体何を騒ぐことがある?」
「それは、環ちゃんがいないから!」

 環。……一瞬誰だと感じたが、先程真田がいなくなったと騒いでいた女子生徒がそんな名前だったことを思い出す。
 いちいちヒートアップしようとする聖を面倒に思いつつ、蒼矢はその言葉を遮った。

「多岐の件なら聞いている。これから俺が探しに行くところだ」
「あなたが?」

 蒼矢の言葉に初めて聖が口を閉じた。それまでの間、登場からずっと騒々しい様子の聖に蒼矢は頭が痛くなった。
 蒼矢は基本騒がしい女が好きでない。こんな女のどこがいいのだろう?最近彼女に会いに来ていると噂のある緑水の女の趣味を盛大に疑った。

「そうだ。だからお前は寮で大人しく待っていろ」
「そ、そんなのあなたに指図される覚えはないわ!あたしだって環ちゃんを探しに……」

 全く自分の立場を知らない様子の聖の様子に、苛立ちが増した。

「俺は頭の悪い女は嫌いだ」

 蒼矢の一言に聖が目を見開き、次いで目尻を釣り上げた。

「なんですって!なんでそんなことをあなたに言われなきゃ……」
「あと立場をわきまえない女もな」
「立場って、あなた何様……!」

 聖の言葉に蒼矢は頭痛を感じる。
 確かこの女と出会ったのは一月ほど前だったはずだ。
 すでに一月以上、この学園で過ごしているだろうに、この無知さはなんなのだろうか。
 蒼矢はこの学園でもトップクラスに位置する権力者だ。そして純血の吸血鬼でもある。
 彼に楯突いたり、口答えする人間などほとんどいない。
 もし彼女が女でなければ、この場に真田がいなければ、この場で二度と逆らえないような目に合わせていたかもしれない。
 ひと月もいて学園の構造を知らないとは考えられない。意図的に忘れているのだとしたら悪質だ。
 どちらにしても自分の状況を理解できない女は不快でしかない。

「立場をわきまえろと言っている。俺は月下騎士会会長、蒼矢透だぞ?」

 指を突き付けてやれば、さすがに蒼矢の名前は知っていたのか、生意気な女が驚いたように口を噤んだ。

「月下騎士会会長って、あの……?」

 初めて蒼矢を認識したとばかりに、驚いた様子の聖だが、正直蒼矢はこの時点でかなり相手にするのが嫌になっていた。
 まさか、この学園で生活しておきながら、蒼矢の顔と名前が一致していない生徒がいると思っていなかったのだ。
 蒼矢は常に学園内の有名人であり、入学前から学園に在籍するすべての人間から顔と名前を知られていた。
 もちろん、それが外の世界でまで通じるなどと思っているわけではないが、一月以上学園にいる生徒に認識されていないとは思っていなかった。そして更に疲れることに目の前の女はまだ自分の立場が分かっていなかったようで反論してくる。

「で、でも。だからなに?月下騎士会って生徒会のことでしょ?生徒会長ってだけで偉いわけじゃないわ!」

 だんだん相手にしているのが面倒になってきた。一体この女は裏戸学園で一月どうやって生活してきたのだろう。
 ルームメイトなり、クラスメイトに何も聞かなかったのだろうか?それとも鳥頭過ぎて覚えていないのか。
 不可解すぎる生態をさらす目の前の女子生徒から目をそらし、いつの間にか一歩離れたところで高みの見物を決め込んでいた幼馴染の名前を呼ぶ。

「真田」
「なんだい。会長?」

 名前を呼べば返事はするものの、真田の顔は完全に面白がっていた。その顔に苛立ちを覚えつつ、丸投げた。

「面倒だ。あとで、おまえが説明しておけ」
「まあ、状況的にあんまり時間かけてるわけにもいかないしね」

 少し残念そうだが、了承した真田に、とりあえず目の前でまた何かわけのわからない言葉を吐こうとしている女を黙らせるために蒼矢は口を開いた。

「兎に角!俺は天空寮の寮長でもある。門限破りも俺の管轄だ」

 そこで鋭く睨みつければ、流石の聖も気まずそうに言葉を飲み込む。そんな彼女を睥睨し蒼矢はきっぱり言い放つ。

「一歩でも外に出てみろ。罰則かけた上で懲罰室に拘束するぞ?」

 懲罰室とは問題行動を起こした生徒を罰として閉じ込める部屋だ。
 窓はなく陰鬱な部屋で、大抵の生徒は半日も閉じ込められれば、自分の罪を悔い改める。
 各寮に存在し、寮監、寮長、寮母の権限で使用することができた。
 さすがにそのことは知っているのか、あるいは知らなくても言葉の雰囲気で理解したのか、聖が顔を青ざめさせた。
 それから急に不安そうな表情をして蒼矢を見上げる。

「な、……なんで?」

 その一言に含まれた感情に蒼矢は引っ掛かりを覚えて、聖を伺えば一瞬目を眇めた。聖を覆っていたどこか嘘を孕んだ空気がわずかだが濃くなっている気がした。目を凝らしてみるが、変化がかすかすぎて気のせいと言ってしまえばそれまでのような僅かな変化に首を傾げる。
 そんな蒼矢の様子に気付いた様子もなく、聖は驚愕にただ目を見開いている。その表情は罰則に怯えるというよりもまるで蒼矢の態度に驚いているように見えて、蒼矢は眉をひそめた。

(まさかとは思うが、この状況で自分に優しくしてくれるとでも思っていたのか?)

 もしそうだとしたら一体どう言う思考回路をしているのか。頭の中を覗いてみたい気がした。
 しかし、不安そうに驚いていたのは結局短い間だけだった。ショックから立ち直った聖は再び顔に朱を走らせ、睨み上げてきた。

「横暴だわ!そんなの!それより人探しなら人が多い方がいいに決まってるじゃない!」

 果たして目の前の女の耳は機能しているのだろうか。蒼矢は頭痛を感じた。

「真田の話を聞いていなかったのか?お前、確か学園に来てまだ間がないだろう」

 問えば「それが何か?」と怪訝そうな顔をされる。蒼矢はその理解力の無さに本当にこいつは裏戸学園の生徒なのかと首をひねりたくなった。

「ここが普通の平地ならいいが、山の中だ。遭難の危険性があるんだ。道に不案内なお前に万が一迷われたら迷惑なんだよ」

 呆れたように告げれば、まだ分かっていないのか。それともわかった上で自尊心から引けないのか、なおも聖は自分の正当性をがなり立てる。

「な、迷惑ですって?あたしは環ちゃんを心配してるだけで……」

 明らかに頭の悪い人間のような言葉を口にする利音に蒼矢は溜息を吐いた。

「心配すれば何をしてもいいとでもいうつもりか?」

 蒼矢の言葉にさすがに自分の失言に気付いたようで、目を泳がせている。
 さすがにそこまで馬鹿ではないらしい。だがそれでも何か言いたい様子で、もごもごと口を動かしている。

「そ、そんなわけじゃないけど、でも環ちゃんはあたしの親友なの。環ちゃんがいないときにあたしがじっとしているなんて……」

 彼女の言葉に蒼矢は目を細めた。
 一見すると美談のように聞こえる話だが、そんなものは自分の美徳のようなものに酔っているだけだ。
 全く賢くなく、寒気がするほど薄っぺらい。そして独りよがりすぎる理由に思わず冷笑が漏れた。

「親友?その割には相手がどうでもよさそうに見えるな」

 冷たく言い放てば、聖は蒼矢を睨んでくる。

「あなたに何が分かるの?あたしと環ちゃんは……」

 まだ状況を理解していない聖に蒼矢は冷たく目を細めた。

「こうしている間にも、その親友とやらが無事に見つかる可能性がどんどん減っているとわかっているか?」

 蒼矢の言葉に流石の聖も言葉を失う。

「言っただろ?ここは山奥なんだよ」

 蒼矢は子供にでもわかるような優しい口調で語った。
 万が一山中で遭難している場合、搜索の初動が早ければ早いほど生存確率が上がる。
 今はまだ気候の良い時だからまだマシだが、裏戸学園の制服を着ているだけの人間がこの山中で迷った場合どうなるか。
 なんの準備もなく登山に挑戦しているようなものだ。

「山を侮った結果に命を落とす人間がこの国に年間何人いるのか知ってるか?」

 そう告げれば、さすがの聖も顔を青ざめさせ、肩を震わせている。
 そんな聖を見ていると、この女を助けるために必死になっていた幽霊を思い出した。

(こんな愚かな女を命懸けで救ったのか?あいつは?)

 あの時、あの誘拐事件の時はもっと切羽詰った状況だった。
 だが、あの幽霊の少女は決してこんなふうに自分の思いを押し付けるだけの無謀で愚かなことなど口にしなかった。
 彼女は自分の力量をきちんとわかっていた。その上で自分の無力を嘆きながらも、蒼矢を頼った。
 決してただ、丸投げにすることもなく、最後まで冷静に状況を判断し、それでも逃げることなく必死に頑張っていた。
 実際に今みたいに日常に起こり得る場面でもなく、透けこそしないが、抱いた感じ力もなさそうな幽霊には荷の重い状況だっただろうに。
 蒼矢ですら失敗したあの場面で彼女はそれでも必死になって行動していた。ぼろぼろになりながらも蒼矢や双子、それにこの目の前の聖を救おうとしていた。
 彼女の力を考えれば、それはやや向こう見ずと言えるところも確かにあったかもしれない。しかし目の前にいるこの愚かな少女のように止める周りを振り切って自分の我が儘ばかりを押し付けるような醜さは微塵も感じなかった。
 正直、蒼矢は聖に幻滅していた。あの幽霊が命を賭してまで救出を望んだ相手がこんな独りよがりでしかない相手など一体何の冗談だろう。
 それはやや八つ当たりに近い考えだったかもしれない。
 だが、震える目の前の少女の代わりに消えたのがあの存在だったのかと思うと、蒼矢はやりきれない思いで、胸が張り裂けそうだった。
 だからというのはいいわけだろうか。ひどく震える愚かな目の前の少女の姿に嗜虐心をそそられ、普段はできるだけ隠すようにしている牙をむき出しにして笑った。

「それとも友人の命もどうでもよくて、ただ自分だけが助かりたい、と望むような女なのか。その多岐ってやつは?」

 蒼矢の言葉に聖はびくりと肩を震わせた。しかし震える唇で、俯きながらも言葉を紡ぐ。

「そ、そんなわけ……」

 あとで考えればもしかしたらこの時の蒼矢は自分でも気付かないうちに聖の<古き日の花嫁>の香りに酔っていたのかもしれない。
 膨れ上がった嗜虐心は理性の箍が外し、言わなくてもいいことを口にした。

「そんな馬鹿な女、助けに行く価値もないな」

 そう皮肉気に笑えば聖の顔が今まで以上に真っ赤になって、手を振り上げた。

「た、環ちゃんを悪く言わないでよ!」

 月下騎士会会長に手を上げようというのか。それがどういう結果を生むのか知らない様子の少女に現実を知らしめるにはよい機会かと思ったが、好きにされるのも気に食わない。
 蒼矢はあっさり聖の両手首をつかんだ。

「は、離してよ!」

 流石の体格差におびえているのか恐怖を目に宿しつつ、それでも気丈に見上げてくる聖に嗜虐心が湧く。こんなのに関わらなければ今もあの幽霊はあの校舎裏にいたのだろうか。
 そんな暗い感情が胸を支配しかけたときだった。

「いい加減に……」

 しろ!と言う言葉とともに突然すっぱーんと大きな音な音がした。
 続いて後頭部に鈍い痛みが走る。そのことでどうやら背後から何かで叩かれたらしいことが分かった。
 あまりに突然のことに、思いがけず緩んだ蒼矢の手から両手を引き抜いた聖が一目散に部屋の隅に逃げたのが見えた。
 しかし今はそんなことはどうでもいい。
 音の割には痛みはないが、叩かれたショックはあり、蒼矢はゆるゆるとなぜか背後で黄金の紙をジャバラに折って根元で止めている武器のようなものを構えている真田を睨みつけた。

「真田、お前……」
「会長!いくら何でも、それは言い過ぎだろう。利音と多岐さんに謝れ」

 いつになく目尻を釣り上げた真田が憤った様子で睨みつけてくる。その視線に、自分が言い過ぎた自覚があるだけに言い返せなかった。
 だが謝るにもこの場にいない多岐に対してはともかく聖にはしたくない。子供っぽいのは百も承知だ。

「なんでお前、そんなものを持っているんだよ?」

 黄金色の何かを指差せば、真田はなぜか得意げだ。

「二代前の先輩の置き土産さ。黄金のハリセンだよ」

 なかなか便利なんだ、となぜか得意げに降ってみせる真田を蒼矢は睨みつけた。

「どこからそんなものを?」

 聞けばあっさりと部屋の一角を指さされる。その指先を追えば、蒼矢はなるほど、と納得する。
 月影寮と天空寮は別々の建物だが、間にある玄関塔と呼ばれる建物でつながっている。
 今彼らがいるのがそこであり、ここからそれぞれの寮と行き来ができた。
 玄関塔はその名のとおり玄関の役割をしているのだが、実はそれぞれの寮には別に玄関がある。
 そちらの方が使い勝手が良いため、玄関として使われることがほとんどない。
 更に、多忙のため、ほとんど寮に人がいることが少ない月影寮に天空寮から訪ねる人間などおらず、連絡通路としての使用頻度も低い。
 やたらと大業な建物の割には実はかなり利用頻度の低い空間だった。
 蒼矢は玄関を使うよりこちらから入った方が部屋が近いため、こちらを利用している。その蒼矢もここで他人を見たのは、実はかなり久しぶりだった。そのためここには代々の月下騎士や親衛隊が持ち込んだわけのわからないものが積み上がっている倉庫のような区画がある。
 しかしその内容は蒼矢から見ればほとんどガラクタとしか言い様がないものだ。片付ければいいと思うのだが、中にはどうやら高価なものも混じっているという噂のせいで下手に手が付けられないらしい。どうやら真田の手にあるハリセンとやらはそこからの発掘品らしい。

「それより利音に謝る!ほら」

 月下騎士会会長の名が泣くよ、と言われればもはや道はない。
 言いすぎた自覚はあるので、仕方なく部屋の隅に逃げている聖に一度だけ目をやり、聞こえるか聞こえないかの声で謝った。

「さすがに言い過ぎた。悪かった」
「んー、八十点」

 頭下げれば完璧なのに、だの本当は多岐さんにも謝らせたい、だのと不満そうな真田だが、それ以上の要求を言ってはこなかった。ハリセンをガラクタの山に放り投げると、隅に逃げていた利音に近づいた。

「ほら。利音も、そろそろ君だってわかっているだろ?」

 真田が声をかければさすがに落ち込んだ様子で聖は頷いて、蒼矢をおずおずと見上げた。

「……う、うん。……あの、ごめんなさい。あたし大人しくここで環ちゃんの帰りを待ちます」

 おびえながらも、しっかりと蒼矢を見返す聖の様子を見て蒼矢はその姿からわずかに例の嘘くさい空気が薄れているのを感じ取った。
 しかし、その意味は分からず、何より現在の気まずい空気に気を取られ、そのことを気にする余裕はなかった。蒼矢は「ああ」と頷き返すことしかできなかった。
 それから気まずい空気の中、一応入れ違いに帰ってきたときの連絡方法を確認し合って、蒼矢はその場を後にした。

 寮から外に出て寮と学園の通学路を見て回る。しかし、そのどこにも真田から特徴を聞いた多岐らしき女子生徒の姿はない。
 一体どこをほっつき歩いているというのか。聖にああは言ったものの、蒼矢は遭難の可能性をそれほど信じていたわけではない。
 基本的にきちんと舗装された道を歩いていれば迷うことなどないのだ。
 しかしそう思っていたのも先程までのこと。一通り舗装された道を探しても見つからない。
 まさかの山狩りを覚悟すべきかと考えた。しかし時計を見れば、探し始めてまだそう時間が経ったわけでもない。
 もう少しだけ探して、それでも見つからなければ学園に報告するか、と見回る範囲を広げようと歩きだした時だった。
 不意に蒼矢は妙な気配を感じた。
 それは天空寮と智星寮をつなぐ道の中程だった。匂い立つような圧倒的な力の残滓を感じ取り、蒼矢は思わず足を止めた。
 その場を見渡せば、人の目で確認できる範囲にはただ、木々と道が一本通っているだけに過ぎない。
 しかし蒼矢の感覚は、何か強い力を放つものがこの場にいたことを示す足跡のようなものを感じ取っていた。
 蒼矢はその感覚であることを思い出す。それは一時間ほど前のこと。
 まだ仕事中の蒼矢は、突然湧き上がった圧倒的な力を感じ取って、背筋を凍りつかせた。
 一緒にいた緑水も感じたらしく、珍しく驚いた顔をして固まっていた。その力はその強大さを見せつけた後、一瞬のうちに消えた。
 消えた瞬間、硬直も解けた蒼矢たちだったが、あれがなんだったのか考える前に電話が鳴った。受話器を取れば慌てた様子の声で、一部の生徒たちが突然痙攣し、失神するという原因不明の現象が起こっていると、告げられた。考えられる原因はおそらく先ほどの力か。
 力を感じ取った一部の人間がその負荷に耐えられずに失神したのだろう。それが一部だったのは感知能力のない普通の人間はそもそも気づかないからだ。
 だが、そんなことを考えていられたのはその一瞬だけで、救急車の手配などであっという間に二人は忙殺された。その後は他の仕事もあり考えることすら忘れていた。
 今更ながら力の余韻に考えを巡らせる。
 あれから時間が経過しているため、この場に留まる気配は残滓だけだろう。しかしその濃密さはどうか。一体どれだけの力がここで使用されたというのか。あの時学園にいた吸血鬼たちはおそらく全員この力に気付いただろう。
 蒼矢はこの力の原因になりそうな人物に考えを巡らせる。こんな途轍もない力を持つもの限られている。
 わずかに残る力の色のようなものから、とある人物が思い浮かぶ。ただその人物がどうしてこの場所にいたのか、わからなかった。その人物は何を考えているのかわからないことが一族でも有名な吸血鬼であり、行動原理も一つ以外が今ひとつはっきりしない謎の存在だ。
 どうしてこんな何もない場所でその凶悪なほどの圧倒的な力を使ったのか、蒼矢には想像もつかなかった。
 ただその人物を思い出したついでに思ったことは、あの力を感じ取った瞬間に紅原がいなくてよかったということだ。
 あの最強と呼ばれる父親とは対照的なまでに力の弱い、しかし感知能力だけはある従兄弟があの場にいたらきっと人間と同じように失神していただろう。さすがに人間と混じって失神したなど、吸血鬼として不名誉極まりない。
 おそらくあの底意地の悪い親族たちがここぞとばかりに責め立ててくることなど容易に想像がついた。
 呼び出され帰宅する直前の紅原は「仕事が溜まってるのに」とブツブツ文句を言っていたが、今回の騒動を考えれば彼にとって今回の帰宅は幸いとしか言えない出来事だ。実に絶妙なタイミングだったと感心することしきりだ。

(いや、でもまてよ)

 そこまで考え、蒼矢は自分の考えを否定する。考えてみればあまりにも都合がよすぎる気もする。
 それにもしこの力を解放した人物が蒼矢の想像通りの人物なら、紅原が失神する可能性を考慮し、わざと実家に呼び戻した可能性がないわけではない。
 だがそう考えても、やはり蒼矢には件の吸血鬼がここでなにをしていたのか想像もつかなかった。
 一族からもその力を敬われつつ、敬遠もされている最強の吸血鬼が裏戸学園に一体何の用事だったのだろうか。
 理由を頭の中で模索していると、ふと道の端に獣道が見えた。
 獣道は実は舗装された道路からいくつも伸びたものがある。
 大抵行き止まりだったりするため使う人間はいない。しかし、ごくたまに近道になる道もあるらしい。
 蒼矢はあまり知らないが、代々受け継がれる近道を示した地図のようなものまであると聞く。
 しかし大抵の生徒は知らないし、また山は危険なため、舗装された道以外の使用は生徒に禁止されている。
 蒼矢が見つけた獣道は割合しっかりとしていて人が二人ほど並んでも通れそうなものだった。
 そして、そこで蒼矢はまだつけられて間もない足跡を発見した。
 一瞬探している人物のものかと思ったが、よく見てみると一人分のものではない。
 だが、こうして足跡がある以上、誰かがこの奥にいる可能性は高い。
 一通り道路を探しても見つからなかったのだ。
 蒼矢は一縷の望みを託して獣道に足を踏み入れた。

 木々のトンネルを抜けて、しばらくすると、人の話し声が聞こえて蒼矢は立ち止まった。
 どうやら二人以上の人間が話し合っているようで、男女のようだ。そのどちらにも聞き覚えがあり、蒼矢は驚いた。
 男の声は月下騎士会の顧問である桃李火澄の声であるようだ。何かを話している様子ではあるが、内容までは聞き取れなかった。
 そしてもう一人の女の声。その聞き覚えのあるトーンに蒼矢は頭の中を殴られたような衝撃を受けた。

(……似ている?)

 ショックでグラグラする思考の中で、少ないながらも短い会話の中で聞いた彼女の声を思い出す。女の声はあの幽霊の声によく似ていた。
 だがそれが絶対という確信はなかった。その声は桃李のものより小さく、蒼矢の耳にかろうじて届く程度で、しかも泣いた後のようにしゃがれていた。
 その事実に蒼矢の鼓動が嫌な音をたてて早くなる。
 泣いたあとのような声は再会を望んでやまない女とよく似ているのにその目の前にいるのが自分ではないという事実がなぜか蒼矢にはショックだった。

 思わず、すぐに飛び出して確かめたい衝動に駆られるが、理性が押しとどめる。
 なにせ、似ているとは言え、この声が幽霊である確証はない。
 しかも飛び出すには状況が不味い。人気のない場所に桃李と女性という組み合わせだ。
 女の声に湿り気が見られる以上、あまりいい話でない可能性は否定できず、万が一修羅場だった場合、いくらなんでも教え子にそんな場面を見られたら桃李の立つ瀬がないだろう。
 もちろん桃李が学内で修羅場になるようなことを行う教師だとは思っていないが、可能性はあくまで否定できないのがつらい。
 本来であればここは気づかなかったことにして、さっさと立ち去るべき状況なのかもしれない。しかし、どうして蒼矢には聞こえた女性の声が気になった。
 もし違っていた場合状況によってはかなり危険なのだが、確かめたい気持ちの方が強い。数瞬、迷った挙句蒼矢は意を決して、一歩足を踏み出した。
 そうして声をかけた先。蒼矢は出会う。なぜか桃李と一緒にベンチに座る幽霊によく似た容姿の多岐環を。だが、その瞳には幽霊の面影はなく、まるで鬼でも見たかのように怯える少女の姿に蒼矢は思いがけず固まってしまった。

 * * *

 ……どうしたの?まだ続きあるけど顔上げて。

 え? なんで何も聞かないのかって?
 もしかして悩み事の話?

 いきなり立ち上がって説明もせずに走り去ったのに、何も聞かない態度が気になるって。
 いや、だってそんなのお互い様じゃない?
 僕だって、雨に打たれてた時、君は理由について何もきかなかったじゃないか。

 そりゃ、気にならないと言ったら嘘になるよ。
 だって、あんなふうに君が一目散に話しに行く相手だもん。
 もし相手が男だったら僕は……。

 え? 女の子?

 喧嘩してて、ずっと向き合えない日が続いていた?
 ああ、だから前の話で思い立って、謝りにいったんだ。
 人間は面と向かい合わなきゃみたいな話をしたからね。

 ……ふふ。
 え? 突然笑い出して気持ち悪いって。
 本当に君は僕に対して失礼だね。
 でもいいよ。君なら許せるから。
 
 でもやっぱり君は僕の思っている通りの人なんだね。
 え? どういうことかって?

 それは、ちょっと語るには早いかな。
 でも、悪い意味じゃない。
 信じてよ。

 それよりお話はどうかな。
 何か気になる点はあった?
 え? 会長があまりにも残念すぎる。

 いや、彼を書いてると、どこまでも残念ぶりがでてきてねえ。
 どうもならないんだよ。本当に残念すぎるよねえ。

 どうせ集中力途切れたんなら、ちょっと語って説明しようかな。
 でも環との一件は前に話をしたところだから、蒼矢会長が一人でベンチに座って物思いにふけっているところからかな。

 何はともあれ、蒼矢会長はベンチで憤りを感じていた。
 理由は当然桃李先生にまんまと追い払われたからだ。
 でもその理由を蒼矢会長は桃李が環に何か特別な感情を抱いて、それゆえに蒼矢を追い払ったのだと、邪推する。

 とはいえ、流れから見ても十分的を得ている推論なんだけどね。

 君も知っているだろう?
 桃李は生徒に対して別け隔てなく接して、生徒間の揉め事は当事者に解決させようとする。
 でも彼が特別な感情を抱くとその平等性は失われる。
 残念ではあるけど、鈍くはない蒼矢会長だからね。

 幽霊に似た環を守る桃李に手球にとられて蒼矢会長は、これは身から出た錆なのかと思う。
 だって、蒼矢会長は知らなかったとはいえ、寮での聖さんとの言い争いで、彼女のことを悪く言ったからね。
 ヒロインの口からそれが伝わることに、自業自得とはいえ落ち込むんだ。

 落ち込みつつ、環のことを考える蒼矢会長は、最終的に彼女は幽霊の親戚であると結論付ける。
 似てるけど当人でないという前提から入れば、当然の帰結点かと思うね。
 でもその後はどうアプローチをとっていいかわからず思い悩む蒼矢会長だけど、不意に、自分の座るベンチの横に紙袋が置き去られていることに気づく。
 それを拾って中身を確認すれば……。

 と、あ、もうこんな時間だね。
 君も用事あるんでしょ? 僕もそろそろいかなきゃ。

 え? いいところで区切るな?
 いいじゃない。次回の楽しみができるってね。

 少しは君も思い知るといいよ。
 君に会いたいってこがれる僕の気持ちが。
 そのうちぜひとも、焦がれる気持ちが、物語の続きを気にしてじゃなくて、僕に会いたくなてくれたらいいけど。

 何度でも君にこの言葉を言いたから、またね。
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