上 下
28 / 58
3章 天空寮(ダイジェスト版)

寮案内4

しおりを挟む

 紅原の背中を見送り、廊下に一人になった真田はそっと幼馴染の様子を思い出す。
 普段軽いキャラクターを演じている紅原だが、実際にはかなりの人見知りだ。
 卒なく人をあしらう技術だけは高いため気づかれにくいが、決して自分の本当の感情を軽々しく表に出すことはしない。
 十年以上の付き合いのある真田にさえ、たまに感情を隠すところのある彼である。
 それなのに、今日の彼は素に近い表情を浮かべていた。

 その原因について思いつくのは一人しかいなかった。
 多岐環。今日入寮したばかりの同い年の少女だ。
 彼女が天空寮に転寮してきた経緯ははっきりとは聞いていない。

 利音だけであればまだ、納得出来た気はする。
 はっきりとわからないが、利音はなんとなく吸血鬼の花嫁である気がしていた。
 雰囲気があまりに薄いのは気にはなるが、それでも彼女はおそらく何らか吸血鬼とつながりがある。
 真田は、それにはおそらく緑水副会長が絡んでいるのではと睨んでいた。

 最近たまに緑水副会長を天空寮で見かけるのだ。
 出くわして声をかければ、散歩だと口を濁すのだが、下手な口実であることは彼の視線の先に常に一人の少女がいるのを見れば明らかだった。
 緑水副会長はその吸血鬼の中でも群を抜く美貌のためか、異性どころか同性にもやや敬遠されがちだ。
 本人もあまり他人と馴れ合うことをよしとしない質なので、普段から月下騎士以外とは一緒にいる姿を見ることはなかった。
 特に女性が嫌いらしく、仕事以外の接触を避けている。
 円から伝え聞いた彼の生い立ちを考えればわからなくもない。
 そのため女の園である天空寮に来ることなどなかったというのに、利音が来てからというもののわかりやすく姿を見かけるのだ。
 あまりに珍しい光景に真田などは驚いていつも遠巻きにするだけなのだが、そんなことを知らない利音は見かけるたびに普通に声をかける。

 最初は戸惑う様子だったが、最近では大分慣れたのか、見かければ挨拶と雑談に興じる姿も見かける。
 真田たちほかの花嫁とはすれ違っても最初は挨拶すらしないかった。
 まあ、声をかけられても困るだけなのでよかったのだが、最近どうもそれで利音に怒られたらしく渋々ではあるが挨拶をするようになっている。
 そのあまりの変わりように、こちらとしては呆気にとられるしかない。
 だがそれほど利音に執着しているのだと、見て取れた。
 利音と共にいる副会長の見たこともない穏やかな表情を見れば、今まで花嫁を決して持とうとしなかった彼の心変わりを疑って当然だろう。

 だが、そんな緑水だが、利音は彼の花嫁でも親衛隊でもない。
 あれだけ、思いが駄々漏れで、利音もさほど嫌っている様子もないし、さっさと花嫁としてしまえばいいのにと思う。

 だって、彼女たちの立場はそうしなければあまりに危ういのだから。

 利音も環も今は『親衛隊候補』でしかない。
 天空寮に住まう権利はあるが、それ以外はほとんど一般の生徒と変わらないのだ。
 そうであるのに天空寮にいるという言うだけで、今後彼女たちは学園中の羨望と嫉妬を受けることになる。
 身を守るにはあまりにも立場が弱いと真田は思わざるを得ない。
 それでも、利音ならば誰かが守るだろうという妙な安心感があった。

 それはいい。だが、環は?
 もともと自立心の強そうな女子生徒だ。
 誰かに頼るような雰囲気はなくそれがなおさら危うい気配を漂わせる。
 普通の学校で陥るような危機であればなんとか自力で解決しそうなバイタリティは感じるが、ここは良くも悪くも普通の学園ではない。
 そのことを彼女が理解しているのか、真田は甚だ怪しいと思っていた。

 それでも彼女を気にしている、紅原あたりはいざとなったら助けるかもしれない。
 しかし、彼自身は吸血鬼の中でも力が弱い。それに伴っての発言力が弱いのだ。
 彼には悪いが、彼女の身を守るにはあまりに頼りないと言わざるを得ない。
 それにあの幼馴染が他人を積極的に守ろうとする姿も想像できない。
 そうなれば彼女だけが一人、その悪意に身を晒されることになる。
 なんの変哲もない人間にしか見えない彼女である。
 あっさり悪意に飲み込まれ、身も精神こころもボロボロにされかねない。
 どうしてそんな状態においておく必要があるのか、真田などは理解に苦しむが上の決定は絶対なので真田に反論の自由などない。

 真田ができるのは精々寮の中で彼女たちが心穏やかに過ごせるよう環境を整えてやることくらいだ。

 異例だらけの現状に先行きの見えない不安を覚えて、真田はそっと溜息を吐いた。
 実はこういった空気は初めてではない。しかしだからと言って慣れるものでもない。
 過去に思いを馳せると大切なモノを失った記憶に行き着く。
 記憶を行き過ぎるとある面影に、なぜか今日初めて言葉を交わした黒髪の少女の面影が重なる。
 なぜなのかはわからない。姿、形も顔も何もかも似通ったことのない二人だというのに。
 少しだけ懐かしいかつての友の面影に真田は目を閉じた。

(……しずか

 もう二度と会えないその面影に懐かしい反面寂しい思いにかられるが、同時に先ほどの幼馴染の様子を思いだし、胸に苦いものが広がる。

(……円、いつまで君は…)

 思い出せる友人の性格を考えればいつまでも彼があの状態であることをよしとするとは思えない。
 しかし、真田にはそれを指摘することはできなかった。
 口止めされているのだ。
 しかしそうでなくてもあの頃の紅原の様子を思えば決して口にすることはできなかった。

「…まあ、それは自分の無力さへの言い訳かな?」

 思わず漏れた自嘲に口元が歪む。
 もし万が一口止めされていなくても真田が何を言っても届くとは思えなかった。
 大切な友に何もできない自身の無力感を感じるが、それは今に始まったことではない。

 脳裏に浮かぶのは、普段はあまり感情を乱すことのない円に変化を与えた少女。
 黒髪の理知的な彼女であれば、もしかして変えてくれるだろうか。
 あの馬鹿で寂しがり屋の、朴念仁で愚かな幼馴染の思い違いを。
 他力本願過ぎて自己嫌悪に入りかけるが、それすら無意味であることを知っているのでやめにする。
 そう教えてくれた大切な友人に思いを馳せながら、真田は利音の元に戻るべく歩き出した。

◇ ◆ ◆

 環の寝室での一連の顛末でした。
 ほらほら、なでてなでて。
 あた、あだだだ! 
 そんなかきむしるような感じじゃなくて、もっと優しく。

 え?出てくる分量が多い?
 どうせ隠してたんだろうって?
 
 うわあ、君って目ざといねえ。
 確かにその通りだけど。

 で、どうだった?
 え? 文章がちょっとエロいって?
 それは仕方ないよ。
 ほら、僕は環を書くとき、君を想像してあれこれ……。

 わあ! 嘘だって。
 冗談だから、椅子は凶器だから!

 はあ、本当に君って恥ずかしがり屋さんなんだから……サーセン。

 あれ? もうこんな時間。
 じゃあ、僕はこれで。
 え? どこに行くのかって?
 ちょっとね、実家。
 おや、……もしかして心配してくれるの?

 え?早く行けって? うわあ、素直じゃないなあ。
 わかってるよ。もう二度と雨にぬれるような真似はしないから。
 悲しくなったら君の家に行く。
 
 そんな事、約束していない?
 やだな、あの日に君が僕を部屋に上げたんだから、最後までめんどうみてよ。
 拾った動物の面倒は最後までってね。
 拾ってないなんて言わせないから。
 覚悟しておいてよね。

 あ、そろそろ本当に行くね。
 じゃあ、またね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。 こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。 完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。 この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。 ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。 彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。 ※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい(勇者学園の西園寺オスカー)

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。

処理中です...