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第七章 悠久
はい/いいえ
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「はぁはぁ……まだ大丈夫、落ち着いて……ふぅ……行ったわね……」
私は、ヤナ達の会話から自分の今いる場所を確認する事が出来た。
「流石、最深最古迷宮のほぼ最下層ね……階層主でも無い通路にいる迷宮魔物でさえ、一人で勝てるイメージが湧かない……」
最深最古迷宮デキスラニアの四九九階層が、今の私のいる場所らしい。どうして九階層で鬼に追われていた私が、気づいたらこんな深層までワープするようにいたのか。ヤナ達の会話から察するに、空間の落とし穴みたいなものに、偶々運悪く私が落ちたという事で良さそうだった。
「どれだけ運が悪いのよ……はぁ……なんで異世界に来てまで迷子に……ッ!?」
私は、思わず愚痴をこぼそうとした瞬間、私がいた通路の両側から、ここの階層の迷宮魔物の阿修羅男が近づいて来た。その為、咄嗟に見えていた部屋へと飛び込んだ。
「……行ったわね……両側からあの阿修羅男が近づいていたなんて……もっと集中しなくちゃ」
既に、ここの階層に落ちてきて数時間は経っているはずだった。常に極度の緊張と集中を強いられ、迷宮魔物の気配を必死で探りながら、自分は気配を消し続けた。
ヤナとつながっている通話からは、時折コウヤの「もう、これ以上は逝っちゃうよ!?」とか、ヤナの「まだ、もうちょっと大丈夫だから……な?」とか聞こえてきて、色んな意味であっちも危ないんだなと感じていた。
「ふぅ、最下層付近だからかしらね? やたらとここの部屋も広いわね。学校のグラウンドぐらいあるんじゃない? こんな部屋、今まで入ったことなかったわね」
私は、咄嗟に入った部屋がかなり大きな空間であるにも関わらず、魔物の気配がしないため、少しここで休む事とした。
「ヤナ達も頑張ってるんだから、私も頑張らないとね」
私は、マジックバックの中から持っていた水と食料を口に入れて、気持ちを落ち着かせようとした。
「それにしても、こんな部屋があったのね。休憩部屋かしら? 全く魔物が、外から入ってくる気配が無いわね」
大部屋には四方向に出口があったが、どの方向の出口からも魔物が入ってくる気配を感じることはなかった。その為、周囲を警戒はしながらも、心を休ませようとした瞬間だった。
「ッ!? 出口が埋まりはじめた!? 何なの!?」
急に部屋に轟音が鳴り響いいたと思ったら、四方向にあった出口が迷宮の壁で埋まり始め、亜然として固まっている隙に完全に閉じてしまった。
「……何が起こるの?」
完全に出口が全て閉じると、部屋は再び静寂に包まれた。
「閉じ込めるだけ罠って訳じゃないわよね?……え?」
私が、状況を考え始めた時に、部屋中のいたるところで光の粒子が集まりだした。
「そんな……ははは、ほんと運が悪いよね、私って……」
集まりだした光の粒子は、全て阿修羅男になり始めた。そして、学校のグランドほどの広さの空間に、見渡す限り阿修羅男で一杯になった。
「「「ウォオオオオオオオ!」」」
「約束したわよね……ヤナ……だから、私も頑張るわ」
そして、私は最後の足掻きを始めた。
「はぁはぁ……ぐぬぅ……あとアリスまで何階層だ……ヤナビ……」
俺は両脇に、白目をむいて色々酷い状態になっているコウヤと、気絶しているルイを抱えながらヤナビに尋ねた。ルイは、幾度となく限度を超えてしまった俺の傷をギリギリ治すという職人技を続け、遂には魔力切れ起こし気絶していた。
因みに肩車をしているシェンラは少し前に「こんなに……誰かに乗るとは苦しいとは……」と呟いた直後、無言で身体を震わせながら必死にしがみついているだけになっていた。
「次の階層がアリス様がいるはずの階層です。マスター、ここまで来たのですから一旦回復薬飲んだほうが良いのでは? 流石に、いくら死中求活を維持しないと最速で移動出来ないと言っても、スキル効果が切れる度に斬られていた結果、本気で重症ですよ?」
死中求活を実際に使いながら検証した結果、一度発動したら長時間維持できるというものではなかったのだ。更に、発動が切れた時には、相当魔力を消費している事も判明した。俺の魔力を回復する為に、魔力回復薬もかなり使用しており、既に最後の一本になっていた。これは、今魔力切れで気絶しているルイに、目を覚ましたら使う予定にしているものだ。
「しょうがないだろ……死ななきゃ良いんだよ……それにまだ、発動時間中だ……回復したら死中求活が解けるから却下だ……」
俺はそうヤナビに言いながら、アリスがいる筈の階層へと降りる階段を見つけ降りて行った。
「ここが最下層の一つ手前か……さぁ、アリス来たぞ……何処だ……」
俺は、ここまでの階層と同じく俺の死神の祝福で得られる迷宮の階層の気配を『案内者』が瞬時に地図へと反映した。
「マスター、直ぐにアシェリ様に呼出で確認してください!」
「どうした? まさか……」
「はい、アリス様のマーカーがこの階層の何処にも見当たりません」
「『アリス! 大丈夫か!』」
「『……』」
アリスとの通話は切れていなかったが、アリスからの返答はなかった。先ほどまで多少声は聞こえていたから、大丈夫だろうと安心していたのが悔やまれた。
「アリスから返答がない。通話は意識して話さないと、声が明瞭に聞こえないからな……さっきアリスの声が小さく聞こえたから、さっきまでは少なくとも話せる状況だった筈だが……」
そして、俺はアシェリへ呼出した。
「『アシェリ! ぐ……アリスの表示は……何階層になっている!』」
「『マスター! 声の様子が……いえ、いつもの事ですね……今もアリス様の階層表示は四九九階層になっています。主様達も到達したのですね』」
「『あぁ、今到着したが……わかった、そっちも気をつけろ』」
「『わかりました。ご武運を』」
俺は、アシェリとの通話を切ると、再び死神の祝福で気配を探ったが、やはりアリスは発見できなかった。
「しまったな……嫌がると思って念話モードの使い方は教えてなかったのが、ここに来て痛いな」
念話は、基本的に訓練しないと思っていることが、そのまま全て相手に聞こえてしまう。その為アシェリ達以外には、まだ教えていなかった。
「しょうがありませんよ、マスター。念話モードは使いこなすまで、かなり苦痛を伴います」
「……あぁ、あれは悶絶する……」
俺は自分のスキルという事もあってか、割と簡単に念話モードを普通の会話と同じように使えたが、万が一の備えの為にアシェリ達を訓練した時は、色々と厳しかった。
「アシェリ様たちでさえ、流石のマスターも彼女達から伝わってくる念話の内容を言うのを、本人に伝えるのを躊躇うくらいですからね……」
「……記憶は封印した。もう二度と念話の訓練はしないと誓ったからな……」
俺はアリスに対して、最後の最後までは念話を強制しないと決めていた。同級生の女子の心の声を聞くほど、怖いものはない。
「とはいえ、最後の手段としては、覚悟しなきゃならんな……さてと、どうするかだが」
俺がアリスを探す手段を思案していると、肩の上でぐったりしていたシェンラが震える声で、声をかけてきた。
「それなら……うぷ……妾がなんとかしてみるのじゃ……うぅ……喉元まで……うぷ」
「……降りろ……」
「……無理じゃ……態勢を変えたら……うっ」
「やめろ! わかったから、アリスの居場所を教えろ!」
俺はあまりにあんまりなシェンラの状態に恐怖しながらも、アリスの居場所がわかるというシェンラの指示で移動を始めた。当然、高級車さながらに振動を極力抑えて移動した。
「……止まるのじゃ……どうやらここの先にいるらしいのじゃ……けぷ」
「……頼むから我慢しろ……ここの先? ここって言うが、壁だぞ?」
シェンラが指差した場所は、何処からどう見てに迷宮の壁であり、ライとコウヤを下ろした後に自分の手で触ってみたが、特に異常な所は感じなかった。
「実際、ただの壁なのじゃ……うぷ……『魔物の狂宴』に囚われたみたいだの……運が悪かったのじゃ……」
「なんだ、その『魔物の狂宴』ってのは?……うぐっ……正直……良い予感はしないが」
「うぷ……そのまんまだの……この階層の迷宮魔物が、狂ったように部屋中を覆い尽くし……対象が死ぬか、出現した数百体の全ての迷宮魔物を狩り尽くさぬと、部屋から出られぬ凶悪な罠じゃよ……うっ……もう限界……」
「やめろ! 話の腰をおるな! うっ! 傷がまた開いて……ぐあ!」
「二人とも何してるんですか……」
ヤナビに呆れられながら、頭が汚れる前に強制的にシェンラを振り落とした。その結果は、シェンラの尊厳の為に、口を噤む。
「……鬼じゃ……鬼畜なのじゃ……コウヤに続き、妾までも汚れてしまったのじゃ……」
「……浄化……死ぬか殲滅しないと出られないということは、まだ通路がしまっているという現状では、少なくともアリスは死んでいないということでいいな……どうしたら、外からその『魔物の狂宴』が起きている罠部屋に入れるんだ?」
「お主……綺麗にすれば済むと思わないことじゃぞ……外から入るのは、無理じゃ」
「は? 無理?」
「うぷ……迷宮の壁で隔離されておるという事は、別次元に隔離されたということじゃ。壁の向こうにアリスはいるが、壁をもし砕いたとしてもおらぬよ」
俺は、シェンラの言葉を聞き、安心した。
「なんだ、壁に向こうにはいるんだろ? 次元が違うだけで……うぐっ…….なら、問題なく助けに行けるだろ」
俺は血塗れの腕で、『天』『地』を抜いた。
「お主は、何を嗤っておるのじゃ? 次元を斬る程度じゃ言っておくが無理じゃぞ? ここは迷宮中じゃ。そもそも、迷宮の壁自体が人の力で切れる類のものではない」
「そんなことは……がふ……やってみなくちゃわからんさ。ただ、問題はここからアリスの気配がわからんという事だ……アリスを間違って斬っても、意味がないからな」
ここにいながら、アリスの居場所を確認する方法があるにはあるんだが、あまり行いたい方法ではなかった。
「マスター、贅沢言ってはいられないのでは? 命と引き換えとしてはしょうがないかと」
「……俺の心が持つかどうか……だな……」
「お主は、何をいっておるのじゃ」
そして、俺はアリスに対して、先ずは話しかけた。
「『アリス、声を出しての返事が出来ない状況なのだろう。そのまま聞いてくれ。今、俺たちはお前がいる部屋のすぐ外に来ている』」
「『……』」
さっきから私は、ヤナ達の会話を聞いていて泣きそうになりながらも、今の状況を把握していた。聞こえにくいが、さっきまでの会話は聞こえていたからだ。
「『今からその部屋に乱入しようと思うんだが、そのためにアリスの今いる場所が知りたい……ぐぬ……そこ……でだ、この通信を利用してアリスと『接続』したいと思う……変な意味ではないぞ?』」
この場面で、変な意味で言うなんてありえないだろうに、何をヤナは心配しているのだろうか。その事が可笑しく、私の顔に微笑みが浮かぶ。
「『変な意味ではないんだがな……おそらく接続をするとだな、アリスの考えや思っている事が、強制的に発動者である俺に流れ込むだろうと思う。その代わり、アリスが俺の一部となったと判断されるため、そちらの様子が分かり、アリスの今の居場所もわかるんだ』」
ヤナは言いにくそうに、私に『接続』の必要性と、その結果起こる事について説明していた。
「『同級生の男子に自分の事が知られるのは辛いだろうし、俺も本当は御免なんだが……時間もなくてな……ぐぅ……今から『接続申請』をアリスに送る。決心できたら、『接続許可』を選択してくれ』」
ヤナが説明を言い終わると、目の前に『接続申請です。許可しますか?はい/いいえ』という表示が現れた。
私が助かるには、きっと『許可』するしかないのだろう。
しかしそれと引き換えに、私の事がヤナに知られてしまう。
本当の自分
今までの自分
今の自分
私は考える
そこまでして生きていきたいのかと
そんな時、再度ヤナの声が聞こえた。
「『他に方法が思いつかない、申し訳ない。『接続』で知り得たアリスの事は、当然誰にも明かさず墓まで持っていく……そういう契約書を書くから……頼むから、生きる選択をしてくれ』」
ヤナは、苦しそうに声を出していた。
これまで漏れ聞こえてきた声から察するに、ヤナは相当無茶してここまで来てくれているのは、分かっていた。
だから、私は接続を躊躇っていた。
ここで彼に助けられたら
彼にどんな想いを抱いてしまうのだろう
その想いを、私がきちんと理解できる前に、彼に伝わってしまうのではないだろうか
死ぬか生きるかの今の状況で、私は何を考えているのかと思わず苦笑してしまった。
そして、選択をする前に、ヤナの最後の言葉が聞こえた。
「『俺は、アリスに会いたい』」
私は、その言葉を聞いた瞬間に選択していた。
『はい』
私も、ヤナに会いたい
私は、ヤナ達の会話から自分の今いる場所を確認する事が出来た。
「流石、最深最古迷宮のほぼ最下層ね……階層主でも無い通路にいる迷宮魔物でさえ、一人で勝てるイメージが湧かない……」
最深最古迷宮デキスラニアの四九九階層が、今の私のいる場所らしい。どうして九階層で鬼に追われていた私が、気づいたらこんな深層までワープするようにいたのか。ヤナ達の会話から察するに、空間の落とし穴みたいなものに、偶々運悪く私が落ちたという事で良さそうだった。
「どれだけ運が悪いのよ……はぁ……なんで異世界に来てまで迷子に……ッ!?」
私は、思わず愚痴をこぼそうとした瞬間、私がいた通路の両側から、ここの階層の迷宮魔物の阿修羅男が近づいて来た。その為、咄嗟に見えていた部屋へと飛び込んだ。
「……行ったわね……両側からあの阿修羅男が近づいていたなんて……もっと集中しなくちゃ」
既に、ここの階層に落ちてきて数時間は経っているはずだった。常に極度の緊張と集中を強いられ、迷宮魔物の気配を必死で探りながら、自分は気配を消し続けた。
ヤナとつながっている通話からは、時折コウヤの「もう、これ以上は逝っちゃうよ!?」とか、ヤナの「まだ、もうちょっと大丈夫だから……な?」とか聞こえてきて、色んな意味であっちも危ないんだなと感じていた。
「ふぅ、最下層付近だからかしらね? やたらとここの部屋も広いわね。学校のグラウンドぐらいあるんじゃない? こんな部屋、今まで入ったことなかったわね」
私は、咄嗟に入った部屋がかなり大きな空間であるにも関わらず、魔物の気配がしないため、少しここで休む事とした。
「ヤナ達も頑張ってるんだから、私も頑張らないとね」
私は、マジックバックの中から持っていた水と食料を口に入れて、気持ちを落ち着かせようとした。
「それにしても、こんな部屋があったのね。休憩部屋かしら? 全く魔物が、外から入ってくる気配が無いわね」
大部屋には四方向に出口があったが、どの方向の出口からも魔物が入ってくる気配を感じることはなかった。その為、周囲を警戒はしながらも、心を休ませようとした瞬間だった。
「ッ!? 出口が埋まりはじめた!? 何なの!?」
急に部屋に轟音が鳴り響いいたと思ったら、四方向にあった出口が迷宮の壁で埋まり始め、亜然として固まっている隙に完全に閉じてしまった。
「……何が起こるの?」
完全に出口が全て閉じると、部屋は再び静寂に包まれた。
「閉じ込めるだけ罠って訳じゃないわよね?……え?」
私が、状況を考え始めた時に、部屋中のいたるところで光の粒子が集まりだした。
「そんな……ははは、ほんと運が悪いよね、私って……」
集まりだした光の粒子は、全て阿修羅男になり始めた。そして、学校のグランドほどの広さの空間に、見渡す限り阿修羅男で一杯になった。
「「「ウォオオオオオオオ!」」」
「約束したわよね……ヤナ……だから、私も頑張るわ」
そして、私は最後の足掻きを始めた。
「はぁはぁ……ぐぬぅ……あとアリスまで何階層だ……ヤナビ……」
俺は両脇に、白目をむいて色々酷い状態になっているコウヤと、気絶しているルイを抱えながらヤナビに尋ねた。ルイは、幾度となく限度を超えてしまった俺の傷をギリギリ治すという職人技を続け、遂には魔力切れ起こし気絶していた。
因みに肩車をしているシェンラは少し前に「こんなに……誰かに乗るとは苦しいとは……」と呟いた直後、無言で身体を震わせながら必死にしがみついているだけになっていた。
「次の階層がアリス様がいるはずの階層です。マスター、ここまで来たのですから一旦回復薬飲んだほうが良いのでは? 流石に、いくら死中求活を維持しないと最速で移動出来ないと言っても、スキル効果が切れる度に斬られていた結果、本気で重症ですよ?」
死中求活を実際に使いながら検証した結果、一度発動したら長時間維持できるというものではなかったのだ。更に、発動が切れた時には、相当魔力を消費している事も判明した。俺の魔力を回復する為に、魔力回復薬もかなり使用しており、既に最後の一本になっていた。これは、今魔力切れで気絶しているルイに、目を覚ましたら使う予定にしているものだ。
「しょうがないだろ……死ななきゃ良いんだよ……それにまだ、発動時間中だ……回復したら死中求活が解けるから却下だ……」
俺はそうヤナビに言いながら、アリスがいる筈の階層へと降りる階段を見つけ降りて行った。
「ここが最下層の一つ手前か……さぁ、アリス来たぞ……何処だ……」
俺は、ここまでの階層と同じく俺の死神の祝福で得られる迷宮の階層の気配を『案内者』が瞬時に地図へと反映した。
「マスター、直ぐにアシェリ様に呼出で確認してください!」
「どうした? まさか……」
「はい、アリス様のマーカーがこの階層の何処にも見当たりません」
「『アリス! 大丈夫か!』」
「『……』」
アリスとの通話は切れていなかったが、アリスからの返答はなかった。先ほどまで多少声は聞こえていたから、大丈夫だろうと安心していたのが悔やまれた。
「アリスから返答がない。通話は意識して話さないと、声が明瞭に聞こえないからな……さっきアリスの声が小さく聞こえたから、さっきまでは少なくとも話せる状況だった筈だが……」
そして、俺はアシェリへ呼出した。
「『アシェリ! ぐ……アリスの表示は……何階層になっている!』」
「『マスター! 声の様子が……いえ、いつもの事ですね……今もアリス様の階層表示は四九九階層になっています。主様達も到達したのですね』」
「『あぁ、今到着したが……わかった、そっちも気をつけろ』」
「『わかりました。ご武運を』」
俺は、アシェリとの通話を切ると、再び死神の祝福で気配を探ったが、やはりアリスは発見できなかった。
「しまったな……嫌がると思って念話モードの使い方は教えてなかったのが、ここに来て痛いな」
念話は、基本的に訓練しないと思っていることが、そのまま全て相手に聞こえてしまう。その為アシェリ達以外には、まだ教えていなかった。
「しょうがありませんよ、マスター。念話モードは使いこなすまで、かなり苦痛を伴います」
「……あぁ、あれは悶絶する……」
俺は自分のスキルという事もあってか、割と簡単に念話モードを普通の会話と同じように使えたが、万が一の備えの為にアシェリ達を訓練した時は、色々と厳しかった。
「アシェリ様たちでさえ、流石のマスターも彼女達から伝わってくる念話の内容を言うのを、本人に伝えるのを躊躇うくらいですからね……」
「……記憶は封印した。もう二度と念話の訓練はしないと誓ったからな……」
俺はアリスに対して、最後の最後までは念話を強制しないと決めていた。同級生の女子の心の声を聞くほど、怖いものはない。
「とはいえ、最後の手段としては、覚悟しなきゃならんな……さてと、どうするかだが」
俺がアリスを探す手段を思案していると、肩の上でぐったりしていたシェンラが震える声で、声をかけてきた。
「それなら……うぷ……妾がなんとかしてみるのじゃ……うぅ……喉元まで……うぷ」
「……降りろ……」
「……無理じゃ……態勢を変えたら……うっ」
「やめろ! わかったから、アリスの居場所を教えろ!」
俺はあまりにあんまりなシェンラの状態に恐怖しながらも、アリスの居場所がわかるというシェンラの指示で移動を始めた。当然、高級車さながらに振動を極力抑えて移動した。
「……止まるのじゃ……どうやらここの先にいるらしいのじゃ……けぷ」
「……頼むから我慢しろ……ここの先? ここって言うが、壁だぞ?」
シェンラが指差した場所は、何処からどう見てに迷宮の壁であり、ライとコウヤを下ろした後に自分の手で触ってみたが、特に異常な所は感じなかった。
「実際、ただの壁なのじゃ……うぷ……『魔物の狂宴』に囚われたみたいだの……運が悪かったのじゃ……」
「なんだ、その『魔物の狂宴』ってのは?……うぐっ……正直……良い予感はしないが」
「うぷ……そのまんまだの……この階層の迷宮魔物が、狂ったように部屋中を覆い尽くし……対象が死ぬか、出現した数百体の全ての迷宮魔物を狩り尽くさぬと、部屋から出られぬ凶悪な罠じゃよ……うっ……もう限界……」
「やめろ! 話の腰をおるな! うっ! 傷がまた開いて……ぐあ!」
「二人とも何してるんですか……」
ヤナビに呆れられながら、頭が汚れる前に強制的にシェンラを振り落とした。その結果は、シェンラの尊厳の為に、口を噤む。
「……鬼じゃ……鬼畜なのじゃ……コウヤに続き、妾までも汚れてしまったのじゃ……」
「……浄化……死ぬか殲滅しないと出られないということは、まだ通路がしまっているという現状では、少なくともアリスは死んでいないということでいいな……どうしたら、外からその『魔物の狂宴』が起きている罠部屋に入れるんだ?」
「お主……綺麗にすれば済むと思わないことじゃぞ……外から入るのは、無理じゃ」
「は? 無理?」
「うぷ……迷宮の壁で隔離されておるという事は、別次元に隔離されたということじゃ。壁の向こうにアリスはいるが、壁をもし砕いたとしてもおらぬよ」
俺は、シェンラの言葉を聞き、安心した。
「なんだ、壁に向こうにはいるんだろ? 次元が違うだけで……うぐっ…….なら、問題なく助けに行けるだろ」
俺は血塗れの腕で、『天』『地』を抜いた。
「お主は、何を嗤っておるのじゃ? 次元を斬る程度じゃ言っておくが無理じゃぞ? ここは迷宮中じゃ。そもそも、迷宮の壁自体が人の力で切れる類のものではない」
「そんなことは……がふ……やってみなくちゃわからんさ。ただ、問題はここからアリスの気配がわからんという事だ……アリスを間違って斬っても、意味がないからな」
ここにいながら、アリスの居場所を確認する方法があるにはあるんだが、あまり行いたい方法ではなかった。
「マスター、贅沢言ってはいられないのでは? 命と引き換えとしてはしょうがないかと」
「……俺の心が持つかどうか……だな……」
「お主は、何をいっておるのじゃ」
そして、俺はアリスに対して、先ずは話しかけた。
「『アリス、声を出しての返事が出来ない状況なのだろう。そのまま聞いてくれ。今、俺たちはお前がいる部屋のすぐ外に来ている』」
「『……』」
さっきから私は、ヤナ達の会話を聞いていて泣きそうになりながらも、今の状況を把握していた。聞こえにくいが、さっきまでの会話は聞こえていたからだ。
「『今からその部屋に乱入しようと思うんだが、そのためにアリスの今いる場所が知りたい……ぐぬ……そこ……でだ、この通信を利用してアリスと『接続』したいと思う……変な意味ではないぞ?』」
この場面で、変な意味で言うなんてありえないだろうに、何をヤナは心配しているのだろうか。その事が可笑しく、私の顔に微笑みが浮かぶ。
「『変な意味ではないんだがな……おそらく接続をするとだな、アリスの考えや思っている事が、強制的に発動者である俺に流れ込むだろうと思う。その代わり、アリスが俺の一部となったと判断されるため、そちらの様子が分かり、アリスの今の居場所もわかるんだ』」
ヤナは言いにくそうに、私に『接続』の必要性と、その結果起こる事について説明していた。
「『同級生の男子に自分の事が知られるのは辛いだろうし、俺も本当は御免なんだが……時間もなくてな……ぐぅ……今から『接続申請』をアリスに送る。決心できたら、『接続許可』を選択してくれ』」
ヤナが説明を言い終わると、目の前に『接続申請です。許可しますか?はい/いいえ』という表示が現れた。
私が助かるには、きっと『許可』するしかないのだろう。
しかしそれと引き換えに、私の事がヤナに知られてしまう。
本当の自分
今までの自分
今の自分
私は考える
そこまでして生きていきたいのかと
そんな時、再度ヤナの声が聞こえた。
「『他に方法が思いつかない、申し訳ない。『接続』で知り得たアリスの事は、当然誰にも明かさず墓まで持っていく……そういう契約書を書くから……頼むから、生きる選択をしてくれ』」
ヤナは、苦しそうに声を出していた。
これまで漏れ聞こえてきた声から察するに、ヤナは相当無茶してここまで来てくれているのは、分かっていた。
だから、私は接続を躊躇っていた。
ここで彼に助けられたら
彼にどんな想いを抱いてしまうのだろう
その想いを、私がきちんと理解できる前に、彼に伝わってしまうのではないだろうか
死ぬか生きるかの今の状況で、私は何を考えているのかと思わず苦笑してしまった。
そして、選択をする前に、ヤナの最後の言葉が聞こえた。
「『俺は、アリスに会いたい』」
私は、その言葉を聞いた瞬間に選択していた。
『はい』
私も、ヤナに会いたい
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