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第七章 悠久

今日の彼

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 その日、冒険者功績査定部のゴーンベ室長は、とても疲れていた。

「ふぅ、ヤナ殿への試験内容の告知も、やっと終わった……疲れた……」

 ゴーンベ室長は、深く息を吐きながら、自分の机の椅子に力なく座った。



 この日の昼頃、総合案内の職員から、今回Aランク試験を受ける事になったヤナという冒険者が来たと、彼に連絡があり、恒例の『大成功!』を仕掛けようとした。

 彼は、この『大成功!』を行う意味が、今ひとつ理解出来ていなかったが、これも仕事だと割り切って、ヤナが冒険者功績査定部に訪れた時に、しっかり役割を果たそうとした。

 普段の彼はとても真面目で、そもそも暴言と言うのを吐くような性格ではないと、自分自身でも分かっていた。しかし、Aランクアップ試験の担当は室長の職務であった為、彼は一人になった際などに暴言の練習をしていた。


 彼は、とても真面目だったのだ。


 そして、彼の影の努力が実り、ヤナは挑発に乗ってきた。しかし、彼の予想外の事が起きていた。

 挑発に乗ってきたヤナの威圧と殺気が、想定外の強さだったのだ。

 最初こそ耐えられたが、徐々に強くなっていく威圧と殺気に『大成功!』の職務に命じた後ろの一般職員の部下達は、耐えられず失神し始めていた。

 そして、構わずヤナはどんどん威圧と殺気を強めていった。

「ぐぎゃぁ!……やめ……て……くれ……お願い……だ」

 彼は、このままでは後ろの一般職員の心が危ないと判断し、挑発の度合いを間違えた自分への・・・・怒りに燃えていた。


 彼は自分の職務誇りを持っていたのだ。


 彼の懇願を受けて、ヤナは威圧と殺気を納めた。

「はぁはぁ……俺を誰だと思ってやがる……こんな事をして、タダで済むと思うなよ!」

 息を整え、再度職務を全うする為に、彼は涙ぐましく演技を続けたのだ。その結果、さらなる悲劇を呼び込む事になろうとも、彼は全力で自分に課せられた職務を果たそうとしたのだ。

 全ては『大成功!』の看板を掲げ、Aランク試験をこれから受けるヤナの緊張をほぐす為だった。


 彼は、優しい男だったのだ。


 自分が冒険者を引退し職員となるまでは、Aランクまで登り詰めた冒険者だっただけに、彼はAランクアップ試験を受けるだけでも、どれだけ大変な事かを知っていた。

 最初にガストフ支部長から『魔物の大氾濫スタンピードの単独鎮圧』なんて言う推薦理由功績を挙げられた時は、実際は心が躍っていたのだ。そんな古代の英雄が果たすかのような偉業を人の身で出来るのかと。

 しかし、彼が申請後に調査した結果、明確な証拠が無いことが判明した。

 彼は酷く落胆していたが、本当に推薦を受ける冒険者に力がないと、試験自体を受ける事が危険な事を十分理解しているからこそ、推薦を承認しなかった。

 ガストフ支部長へ通達を、通信部の職員に頼んだ際に、どう言葉が変わったのか、かなり過激に返答したようになってしまった。これには彼も残念がっていたが、本物・・であればきっといつかまた、推薦を受けるような功績を挙げるだろうとも考えていた。

 そして、再度『霊峰に於いて氷雪竜三人パーティによる討伐』という功績を追加として、申請が来た時は逸る気持ちを抑え、彼は努めて冷静に事実確認を行った。

「凄い……彼は本物だった」

 そして、彼はヤナに試験推薦に承認をしたのだった。

 そんな本物だと感じていたヤナに、自分も恥じぬように職務を果たそうと彼は全力を出した。

 予定通り、待機していた現役のAランクを数人とBランク冒険者の集団を呼び寄せ、ヤナに向かわせた。しかし、同じく態と挑発していた冒険者の言葉が、ヤナの逆鱗に触れた為に、現場は惨状と化していた。

 このままでは、『大成功!』出来ないと判断した彼は、緊急クエストを発行したのだ。


 兎に角、彼は真面目だったのだ。


 その結果、何故かSランクのアヤメを呼び寄せてしまい、現場に今度は死地が作り出された。

 彼は、ヤナとアヤメの戦いの余波に巻き込まれながらも、既に戦闘不能になっていた冒険者達を避難させていた。

 徐々に戦いは苛烈になっていき、思わず彼は絶叫していた。

「やめてくれぇええ!」

 そして、彼の絶叫の後に、ヤナの斬撃がアヤメを斬り裂き、一旦戦いが中断・・した。

 ヤナが試験だと気付きながらも、暴れまくっていた事を告げられ、彼は流石に怒りを覚えたが、ヤナの狂気を感じ、すぐに怒りは消えていった。

 そして、ヤナの予想外の言動に呆気に取られており、『ブラッド狂いマッドネス』アヤメの事を失念していた。

 結果、更なる崩壊が訪れようとした時に、ギルドマスターがその場に現れ、現場は収束したのだった。



「片付けやら、建物の修繕依頼やらと……今日はもう、ゆっくりしたい……なんだ!?」

 彼が、一息付いた瞬間だった。轟音とともに建屋が揺れたのだ。そして、彼は建物の中の気配を探ると地下の訓練場に、尋常じゃない程の力の気配を感じた。

「地下訓練場か! 何だ! 今度は何なんだ!」

 彼は、部下から見ても可哀想な程に憔悴した顔をしながら、総合受付へと駆け出した。



 一階のフロントでは、引続く轟音と振動に騒然としていた。

 彼はいち早く総合受付に駆け寄り、地下訓練場を使用しているのは誰かと尋ねると、返ってきた答えに愕然とした。

「また、ヤナ殿か……」

 他の部署の責任者も来ていたが、ヤナだとわかると先ほどの事も踏まえて、担当・・の彼に任せたと言って、そそくさと去っていった。

「はぁ……」

 彼は溜息を出しながらも、地下訓練場へと降りていき、扉を開けた。

 そして、目の前で繰り広げられる光景を目の当たりにして固まった。

「……凄い……」

 彼は、ヤナに挑んでいる三人の少女達の実力を、一人一人がAランク冒険者の実力を超えているように判断した。そして、その三人を同時に相手取って尚、容赦なく叩き潰すヤナを見て驚愕していた。

「おぉい、ゴーンベ室長、こっちで一緒に見よう」

 訓練場の観覧席から声をかけられ見上げると、ギルドマスターが笑顔で声をかけてきていた。

「ギルドマスター! 来られていたのですか!」

 彼は、そう叫ながら観覧席へと駆け足で移動した。

「あぁ、さっきな。地下から異常な気配感じたから、急いで来てみたらコレ・・だよ」

 ギルドマスターは、わくわくしているような顔で、四人の戦いの様子を指し示した。

「ヤナ殿は、一体何者なのでしょうか?」

 彼は、ギルドマスターと同じく自分の心が躍っているのを感じながらも、ヤナの並外れた強さに同時に疑問を持っていた。

「わからんが、普通じゃないのは確かだな。中々あそこまで仲間でしかも少女を、ボコボコに出来んぞ? しかも、お互いに嗤いながら斬り合ってるからな」

「えぇ、ヤナ殿だけじゃなく、三人の少女まで同じ様な顔をされると、心の弱い者には、見せては行けない類の光景ですね」

「しかも、あの侍女姿メイドの少女はどっかで……いや、止めとこう。詮索すると碌な事が無さそうだ」

 ギルドマスターがブツブツと呟いている側で、ゴーンベ室長は四人の戦いを凝視していた。

 確かにヤナは、容赦の無い斬撃を三人に繰り出している。展開としては、一方的にも見えなくも無いが、初心者冒険者の教官も務めた事もある彼は、感動に近い感情をヤナに抱いていた。

「何と激しくも、優しい指導なのだろう……」

 三人に対して、ヤナは別々に対応していた。


 エディス対しては、徹底的に近接戦闘を

 アシェリに対しては、アシェリよりも速い動きで常に死角を狙い

 セアラに対しては、わざと障壁を破壊していた


 三人は常に自分の得意分野を上回る力で、叩きのめされていたのだ。

「普通なら、心が折れてもおかしく無いというのに……信頼関係がそれを上回り、彼女達がそれを望んでいるのが分かる。そして、ヤナ殿もそれが分かるので、女子供だろうと手抜きをしない」


 強くなる為に

 強くする為に


「何がそこまで、彼らの心を強くするのだろうか」

 彼は、ヤナ達を見て想うのであった。



「ん? 終わったみたいだな」

 ギルドマスターが、少女達三人が同時に吹き飛ばされ、激しく壁に叩きつけられた所でそう呟いた。

「そう見たいですね、ちょっと注意しに行って……ん? 子供が中央に歩き出しましたが、どうしたのでしょう?」

「ん? あれじゃ無いか、遊びについて来ていて終わったから、少し遊ぶんじゃ……無さそうだな」

 シェンラが中央で陣取り、ヤナもライに刀を預け、中央へと向かった。

「ん? ヤナの奴は、刀を置いてきたぞ? しかも、魔力を抑えたのか? スキルの発動を止めた?」

「何でしょう? 無手の組手でもあの女の子に教えるつもりでしょうか? 『ステゴロ』がどうのと言っているのが聞こえましたが、ギルドマスターは『ステゴロ』とはご存知ですか?」

「いや、俺も知らん。何かの遊びの名前か何かか?」

 彼とギルドマスターは、聞きなれない言葉に不思議に思いながらも様子を見ていると、ヤナが叫んだ。

「誰か開始の合図をしてくれ!」

 そして、次の瞬間にセアラが金棒で壁を叩きつけ、轟音が鳴り響いいた。

「「な!?」」

 彼とギルドマスターは、同時に驚愕していた。

 ヤナとシェンラが素手同士で、殴り・・合い始めたからだ。

 しかも、お互いに笑い・・あいながら、相手に拳を叩きつけていた。

 二人は防御系統のスキルの発動も止めている様に見えた。お互い殴り合うたびに、大きく仰け反り、血を吐いていたからだ。

 だが、決して二人とも倒れたりしなかった。

「狂っているのか?……だが、それにしては……」

 彼は、何故か殴り合う青年と幼女の異様な光景を見ながらも、二人が狂っているとは思えなかった。

 まるで久し振りの再会を楽しむ、戦友や悪友といった雰囲気だったからだ。

 そして、その場にいる全員が、二人の語らいが終わるまで静かにその様子を見守っていたのだった。



 二つの魂がぶつかり合う

 激しくも純粋な語らいを

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