上 下
136 / 165
第七章 悠久

素手喧嘩

しおりを挟む
「ギルドの訓練場を、今から使うことは出来るか?」

 俺達は、迷宮からギルドへと移動し、総合受付でギルドの訓練場が使えるかを尋ねた。

「大中小の内、中は使われていますので、大か小の訓練場が使えますが如何されますか?」

「大訓練場で頼む。時間は、今から夕飯ぐらいまでだから……一時間ぐらいでいいかな」

 俺が時間を受付の職員の女性に伝えると、背後から何故か溜息のようなものが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。遊ぶのに溜息なんて、絶対に出るわけがない。

「承知しました」

 俺は、訓練場の使用料を自分の口座からの引き落としで頼み、大訓練場へと向かった。小中訓練場は四階、五階にあるらしいが、大訓練場は地下一階にある為、俺達は地下へと階段を下って行った。

「おぉ、フロア全体が全て訓練場になっていて、広くていいな。天井も案外高いんだな。地下だからと低いかもと思ったが、これなら結構思いっきり行けそうだ」

 そして、俺は床や訓練場の壁を、コンコンと拳で硬さを確認していった。

「主様、どうされたのですか?」

「いやな、さっき総合受付でギルド本部の訓練場の特徴を聞いてきたんだが、床も壁も相当硬い素材を使っている上に、対物理魔法障壁やら強度強化やらが何重にもかけてあるらしいんだよ」

 俺が、感心したように話していると、エディスも同じように感心している様子だった。

「流石、本部の訓練場ね。前来た時は、使わなかったからここには来なかったけど、支部の訓練場の比じゃない頑強さがあるわね」

 俺と、エディスが訓練場の仕様に感心していると、セアラがスカートの中から鬼の金棒を取り出し、思いっきり壁を叩きつけた。

「これは……おそらく衝撃緩和系の障壁も重ね掛けしてありますね。これなら、ヤナ様も思いっきり出来るかもしれませんよ?」

 セアラは、俺の思考を読んだかのように、そう告げてきた。

「ふふふ、セアラよく分かっているじゃないか、俺もそれを丁度考えていたところだ」

 俺とセアラは嗤いあう。

「あの娘、大丈夫なのか? 違った意味で、ヤナよりも怖い顔で嗤っておるのだが……」

「シェンラちゃん、セアラお姉ちゃんのあの顔は見ちゃダメだって、みんなに教わったよ」

「……そうだの、それはきっと正しい事なのじゃ……」

 ライとシェンラは、しっかりセアラの嗤い顔から目を背けていた。

 そして、俺は期待を込めて腕輪と指輪を外し、ランニング・・・・・してみた。

「おぉ! 壊れない! 抉れない! 地面が割れない! 素晴らしいぞ! ギルド本部の訓練場はぁあああ!」

 俺は徐々に速度を増しながら、縦横無尽に駆けてみたが、訓練場は全く壊れなかった。

「なんか、逆に壊れないと悔しいな……今度は『天』『地』で斬りつけ……」

「「「やめなさい!」」」

「ヤナ、悔しそう」

「唯のアホだの」

 三人に止められたが、気分は良かった。これで、一層激しく鍛錬が出来る事に、完全に気を良くしていた俺は、早く腕輪と指輪の無い状態で鍛錬をするべく準備をする。

「まぁ、あれだ、時間も一時間しか・・ないし、今日は遊ぶって言ってたし、良いよな? 遊んでも? な? 今度からはさ、ちゃんと抑えるからさ、な?」

 俺はウキウキが止まらず、顔が自分でも分かるほどに嗤いで歪む。

「「「ひぃ!?」」」

「アレも見ちゃ駄目なやつじゃな!?」

「アレは、かっこいいかな」

「「「「え!?」」」」

 ライの呟きに、俺は一層気分が乗ってくる。

「『明鏡止水精神統一』『三重トリプル』『神殺し限界超越』『天下身体能力/魔力無双増幅増強』」

 本気で身体強化を行い、更に魔法を唱える。

「『神火のセイクリッド断崖クリフ』『形状変化デフォルマシオン』『神火のセイクリッドアーマー』」

 更に、神殺しの刀『天』『地』にも、神火で表面加工オーバーコートを施した。

「……マスター、ガチじゃないですか」

 俺は、自由に制御出来ない『死中求活死地覚醒』と『六倍重ね掛け』を除き、今の最高の状態を創り上げた。

「あぁ、ガチだ。いい機会だからな、一度この状態であいつらの今の状態を見ておきたかったしな」

 俺は嗤いながら、アシェリ達を見る。


「あなたのも、全部見せてね」
「主様の全部を、受け止めたいです」
「ヤナ様の全てを、頂きます」


 三人も、俺を見て嗤い返す。

「若干、あの娘達もおかしい気がするが、気のせいかの?」

「ヤナビ先生が、お姉ちゃん達が変になったら、あんまり真似しちゃダメだって言ってた」

 シェンラがライの言葉を聞き呆れているが、何を呆れる事があると言うのだ。

「シェンラは三人の相手をしてから、遊んでやるよ」

「妾と遊ぶ・・とは、言いよるのぉ」

「シェンラちゃんも、似たような人だったんだね」

 シェンラの嗤い顔を見て、ライが少し離れて呟いていた。

「さぁ、みんな俺と遊ぼうか」

 次の瞬間、訓練場の中央で轟音が鳴り響いた。



「あやつは、一体何者なのじゃ?」

 ヤナが身に纏った魔法を見て、余裕の表情を作りながらも、実際はかなりの衝撃を妾は受けていた。

「神火魔法なぞ、妾達の領域じゃぞ? よもや、人の身で使える者がおったとはの……」

 古代の時代から、悠久の刻を生きる者が過酷な死地を幾つも乗り越え、その中でも極一部の者だけが至る事の出来る境地。


『神』の名を冠した魔法。


「しかも、何じゃあの身体強化の状態は、すでに膂力で妾と対等か……それ以上かもしれんの……アレは、本当に人か?」

 三人の娘達も、相当な強さである事は一目して分かったが、その三人をしてヤナは嬉々として攻撃を躱し、自らの斬撃は与え三人を壁へと吹き飛ばしていた。三人は壁に激突し、戦闘不能な程に痛みつけられると、すぐさま隣にいたライと呼ばれている娘が回復に走っていき、『神聖魔法』で回復しすぐさま戦線へと娘達は駆け出していっていた。

「それにあのライと呼ばれている娘は、身体の状態が変わっている事に加えて、『神聖魔法』を使っておる。ヤナに加えて『神』の魔法を扱うとはどう言う事じゃ」

 そもそも、戦っている三人の娘自体も、異常な程に魂から発する気が清らかで、僅かな時間だけだったが、先ほどまで一緒にいた時は心地良かったのだ。

「色々興味が尽きぬ者達じゃ。これもまた、何かしらの導きかもしれんの。妾の待ち人も、もしや……」

 妾が、考えに更けようとした瞬間だった。これまでで一番の壁に激突する三つの轟音が、訓練場内に轟いた。



「うむ、成長はしているし、攻撃や防御の動きも良い。それに、一人一人が敵わないと判断するや否や、三人での連携に目配せのみで移行したのは、結構驚きだったな」


「……ごふ……それを物ともしないあなたに……驚きよ」
「かはっ……月狼フェンリルで刺し違える覚悟で行っても……届かないでしょうね」
「……フフフ……アハハハハハハハハ!」

「……取り敢えず、セアラを正気に戻そうか……」

 ライに三人を回復させつつ、セアラを宥めながら、次のシェンラの事を考えていた。

 シェンラは完全に所謂『のじゃロリ』といった感じだったが、俺を蹴り飛ばすだけの膂力がある事は既に実感している。しかも、俺に躱させていないという事実もあるのだ。

「攻撃してくる初動を感知する事が難しいんだよな。何者だ、あの幼女は」

 別にわざとシェンラの飛び蹴りを、毎回受けていたわけではないのだ。単純に、さっきまでの俺の状態では躱せなかったのだ。

「さぁ、三人の状態はよく分かったから、ここいらで休憩だ。今度は、のじゃロリと遊ばにゃならんからな」

「せいぜい、妾が遊んでやるとするのじゃ」

 シェンラは、そう言いながら訓練場の中央に先に歩いて行った。

「武器は使わないのか?」

 子供用ジュニア鱗の鎧スケイルアーマー以外の装備が見当たらなかった為、そう尋ねたが、シェンラはそれを聞いて不敵に嗤っていた。

「妾の武器は全身じゃからの、心配無用じゃ。それにお主には、少しばかり興味があっての。どうじゃ、お互いの事を知る為に『ステゴロ』とは行かぬか? これは、遊びなのじゃろ? 折角、お主と遊ぶのじゃ、楽しい方が良いと思っての」

「またそんな言葉をどこで覚えたんだか……まぁ、それもまた一興ってやつか? ふふふ、良いじゃないか『ステゴロ』」

 まさに漫画の世界のような誘いに、俺は心が躍った。

観客・・もいるんだ。こんな燃える誘いは、断れんだろう」

「そうじゃろ、そうじゃろ」

 シェンラも楽しそうに、同意している。

 俺は、サングラスヤナビと『天』『地』をライへと預ける。更に、全身に纏っていた神火セイクリッドアーマーと身体強化スキルの発動を解除した。

「使わぬのは、武器だけでよかったのじゃぞ?『ステゴロ』とはそう言うものじゃろ?」

「おいおい、スキルなんて使っていたら、ステゴロと言いながら、拳にメリケンサックつけている様なものだぞ? 『ステゴロ』と言ったら、素手喧嘩ステゴロだろ?」

 俺は、嗤いながらそう言うと、シェンラは一瞬惚けたような顔をしたが、次の瞬間には大笑いしていた。

「フハハハハ! そうじゃの! 確かに素手喧嘩ステゴロに、スキルは野暮じゃの」

「野暮とは、粋な言葉を知っているな」

「妾に勝ったら、何故妾がそんな言葉を知っているか、教えてやらんでもないぞ?」

「そこまで、知りたい訳ではないが、ご褒美くらいには考えておくさ」

 俺は、シェンラのいる訓練場中央へと足を運びながら、そう言葉を返した。

「ロリだろうが、俺は容赦しないぞ?」

「そんな事は、さっきの・・・・を見ていればわかるのじゃ」

 俺は、ちらりとアシェリを見て笑った。

「ははは、そらそうだな。ん? なんだ、驚いたような顔をして」

「お主、普通にも笑えるのじゃな……てっきり、あの嗤い方しかせんのかと思っていたのじゃ」

「……なんの事だがわからないなぁ……さぁ、ヤるか」

「……恐ろしく、ごまかし方が下手だのお主……まぁ、よい。ヤルかの」

 俺は三人に向かって、叫ぶ。

「誰か開始の合図をしてくれ!」

 それを聞いたセアラが、鬼の金棒を手に取り大きく振りかぶり、後ろの壁を殴りつけ、轟音が鳴り響いた。

 その瞬間、俺とシェンラの拳が交錯した。



 かつての出会いを再現するかのように

 悠久の刻を経て拳が重なり合う

 初代勇者と語りあった刻のように

 お互いの魂をぶつけあう


 初代勇者が創りし場所にて

 二人は笑っていた

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

処理中です...