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第七章 悠久

血狂い

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「可哀想な悲鳴ね」

 エディスは、ギルド本部一階へと降りた所でそう呟いた。

 上の階からは、冒険者達の悲鳴が漏れ聞こえてくる。三階フロアで戦っている筈なのに、一階まで聞こえるほどの絶叫という事は、相当酷い目トラウマ必死にあっているのだろう。

「エディスは、主様にも言ってますよね?」

 アシェリが若干呆れ顔で、悲鳴が聞こえる階段を見ながらエディスに確認していた。

「いいえ、あの人にAランク試験の時の事を話そうとしたら……」


『何聞かない方が、面白そうだから言わないでくれ』


 エディスがAランク試験を受けた時の事を、参考にでもなるかと思い話そうとしたが、ヤナは知らない方が面白そうだと言って断っていた。

「その結果が、上の犠牲者の方々ですか……ヤナ様は罪な男ですね、ウフフフフ」

 セアラは若干、何故かうっとりとした表情で天井を見上げた。

「セラお姉ちゃんが、変な顔してる」

「「良い子は、見ても聞いてもダメです」」

 エディスとアシェリが一斉に、セアラを見ていたライの目と耳を其々が塞いだ。

 そして、セアラが落ち着いた所でエディスが全員に声をかける。

「あの人も、半分・・は冗談交じりでしょうから、一階で待っていればいいでしょ。ん? あの人は、確か……」

 エディスの目線は、ある女性を捉えていた。

「黒髪の長い髪に、目まで隠れる長い前髪……ボロボロの皮鎧レザーアーマーに、自分の身長よりも長い大太刀……まさか……」

 エディスは、その女性が天井を見た後に、嗤ったのを見た途端、全員に指示を出す。

「皆んな、直ぐにギルド本部の建物から外に出るわよ」

 そう言うや否や、エディスは外に向かって歩き出した。

 他の四人は不思議な顔をしながら、取り敢えずエディスに付いてギルド本部の外へと出た。

「エディス、一体どうしたんですか? 態々外に出なくても、そこまでヤナ様でも無茶しないので……」

 セアラがエディスに話しかけ、外へと出た理由を尋ねようとした瞬間だった。

「え!? 何ですか!?」

 ギルド本部から轟音が聞こえ、アシェリが尻尾を逆立てながら警戒した時、今度は建屋が揺れた・・・

「怖い……」

 ライがエディスの腕にしがみつき怯えていた。

「大丈夫よ、多分……」

 エディスは、ライの頭を撫でながらギルド本部を見ていた。

「現役Sランク……『ブラッド狂いマッドネス』アヤメ……」

 エディスの心配そうな呟きは、再び建屋の外にまで聞こえる轟音にかき消されたのだった。



「ちぃ! なんだこいつは! 完全に本気殺す気じゃねぇか!」

 俺が突如現れたボロい革鎧レザーアーマーを着た黒髪の女を見た瞬間、死神の危険/気配慟哭自動感知が警告を発し、その瞬間に文字通り目に前に刀が迫っていた。

『天』『地』で、その異様に長い大太刀による剣戟を迎え撃ち、互いの剣戟が重なった瞬間。轟音と共に衝撃がフロア全体に広がる。

「くっ! なんつぅ重い斬り込みだよ……あんた、誰だ?」

「……アヤメ……」

 長い前髪で目元が隠れている為、表情が読めないが、間違いなくヤバイ雰囲気が場を支配し始めた。

「アヤメ殿!? 何故Sランクの貴方が、ここに!」

 ゴンベエがアヤメを見て、驚愕の表情を隠さずに取り乱していた。

「……此処に来たら……面白そうな気がしたから……」

 ダラリと身の丈以上の大太刀を手に持ちながら、そう答えている間も殺気が俺をロックオンしている。

「現役のSランクか、通りでヤバイ感じがする訳だ」

 元Sランクのガストフ支部長でさえ、あの限定された空間で起死回生窮地:能力倍増を使って、何とか一撃食らわせられたのだ。それが、現役のSランクとなると、何とも楽しみ・・・だ。

「俺は、襲撃犯らしいぞ? しかも緊急クエスト発令で、そこのゴンベエは俺を止めて欲しいらしい。あんたも、俺を止めてみるか?」

「……勿論……その為に来たの……」

「とんだ命懸けの、試験・・になっちまったな」

 俺はそう呟きながら、『天』『地』を構える。

「アヤメ殿! ヤナ殿! ちょっと待ってくだ……」

 俺は、目の前のアヤメに全神経を集中させる。

 そして、俺の周りから音が消え去り、雑音・・が聞こえなくなる。


「……行くよ……」

「あぁ、来いよ」


 お互いの言葉が相手に届くやいなや、俺とアヤメの姿が消え去り、それと同時にフロアの真ん中から激しい刀と刀がぶつかり合う轟音が響き渡った。



「ぬお! 二刀の隙間を縫って来やがる!」

 正に『物干し竿』と言わんばかりのアヤメの大太刀は、俺の『天』『地』の二刀による連撃の隙間を縫いながら、俺へと迫る。

 そして、俺がアヤメの斬撃を交わすごとに、周りから悲鳴が上がっている気がするが、構ってなぞいられなかった。

「ほら! 『物干し竿』らしい・・・技を見せてみろ! 『狂喜乱舞ヤナ流二刀剣術』『飛燕ツバメ』!」

 俺はアヤメに向かって、『天』『地』其々で燕が飛ぶように、縦横無尽に飛び回る斬撃をアヤメに放った。

「……ん……『燕帰し』……」

「そのまんまかよ! って、俺の斬撃燕が帰って来た! "帰し"ってリターンの方かよ!」

 俺の不規則に飛びながら迫る斬撃『飛燕』に対し、そっと優しくアヤメは自分の斬撃を重ねたかと思うと、次の瞬間には俺に燕が向かってきていた。

「ちぃ!」

 俺は自分に向かってきた斬撃燕を迎え撃ち、斬撃を弾き飛ばした。

「「ぎゃぁあ!」」

 弾き飛ばした方向から、何やら悲鳴が聞こえるが、気のせいだろう。

「……『蜃気楼』……」

「ん? アヤメが揺らめいて…」

 アヤメが『蜃気楼』と口にした瞬間、アヤメの身体が揺らめいた。

「そっちか!」

 俺はすぐ首の後ろまで、迫っていたアヤメの物干し竿を交わしながら、返す刀で斬り込むがアヤメの身体は再び揺らめいて、斬った手応えがなかった。

「何処にいるか分からんのなら、何処にいても良いようにすれば良いだけだ」

 アヤメに揺らめく身体を見ながら、俺はそう呟く。

「『明鏡止水精神統一』『三重トリプル』『神殺し限界超越』『天下身体能力/魔力無双増幅増強』……『狂喜乱舞ヤナ流二刀剣術』『隙間無ギチギチ』」

 俺はガストフ支部長の時と同じく、全方位に対して何処に居ても良いように斬撃を隙間無く飛ばした。

「「「死ぬぅうううう!」」」

 微かに断末魔が聞こえて来たような気がしたが、気のせいだろう。

 俺が、アヤメがどう動くかと考えた瞬間、一部分の斬撃が俺に帰って・・・きた。

「そこか!」

 アヤメの『燕帰し』で帰ってきた俺の斬撃を躱しながら、アヤメに迫る。

「……『横一文字』……」

 俺がアヤメに肉薄する瞬間、アヤメは鞘に物干し竿を納め、剣技の名を放つ。

「伏せろぉおおおお!」

 俺は、叫びながら飛び上がった。

 アヤメの抜刀術により放った『横一文字』が、正にその名の通り水平に剣戟が広がり、そのまま本部の壁が斬れた。

「やめてくれぇええ!」

 ゴンベエの悲痛な叫びが聞こえたような気がしたが、スルー無視だ。

 そして、俺は飛び上がった空中から剣技を放つ。

「『狂喜乱舞ヤナ流二刀剣術』『猫騙し』」

 俺は空中からアヤメに対して、剣戟を飛ばした。

「……『燕帰し』……ッ!?」

 アヤメが俺の斬撃を『燕帰し』で、俺に帰そうと斬撃を重ねた瞬間に、大音響と強烈なフラッシュがフロア全体を襲った。

 勿論俺は、こうなる事が分かっていたので、音と光が炸裂する瞬間に耳を塞ぎ、目を一瞬閉じていた。

「………」

 アヤメは目の前で発生した衝撃に一瞬身体が硬直し、隙が出来る。

「終いだ」

 そして、俺はアヤメが死なない程度に着地と同時に袈裟斬りに斬りつけた。

「……か……はっ……」

 十分戦闘不能程度までは斬りつけていたので、アヤメの身体が真っ赤に染まっていた。

「ゴンベエ、そろそろ終わりでいいか? これも、Aランク試験の一つなんだろ?」

「知っておられたのですか!」

「まぁ、明らさまな煽りだったしな。面白そうだから乗ってみた。半分はマジだが」

 俺は笑いながら、ゴンベエにそう言うとゴンベエは震えていた。

「どうした?」

「気付いていたんなら……途中でやめろぉおおおお!」

「ん? 何をそんなに、今度はマジで怒ってるんだよ」

 俺が不思議そうな顔をしていると、ヤナビが近づいて来ていた。

「マスター、周りをよく見て下さい。正に死屍累々の惨状に、アヤメ様との戦闘で、お二人とも建物破壊しまくってますから」

「いやいや、そんなもんは当たり前だろ? 俺を煽ったんだぞ? 必要経費だこんなもん。もし、ガチで煽ってきたんだったら、腕輪と指輪も外して、この建物ごと塵にしてやったんだぞ?」

 俺がそうヤナビに答えながら、ゴンベエに嗤いかける。

「ひぃいい!?」

「そう、怯えるなって。あんたの演技が一生懸命だったんだから、これくらいで済ま……ないかもな。やっぱり、悪い。ここギルド本部は壊れる運命にあるみたいだ」

 俺はヤナビ達を全員解除リリースし、すぐさま腕輪と指輪を外し『黒炎のヘルフレイム全身鎧プレートアーマー』を、瞬時に『神火のセイクリッドアーマー』に切り替えチェンジした。

 俺は、真っ赤に染まっているアヤメの両目・・を見ていた。

「血……私の血……あひゃははははは! 血ぃいいいいい!」

 アヤメは、自分の血糊で前髪をかき揚げ、狂気に満ちた両目を露わにし、俺に向けていた。そして血だるまの状態で狂ったように、自分の血を見ながら嗤い、腕についていた血を舐めていた。

「しまった! アヤメ殿の血を、浄化クリーンで除去するのを忘れていた!」

 ゴンベエがアヤメの様子を見て、慌てていた。

「……『ブラッド狂いマッドネス』……」

 アヤメが『ブラッド狂いマッドネス』と呟いた瞬間に、アヤメの身体からこれまで以上の威圧と殺気を感じた。

「俺の起死回生窮地:能力倍増と、似たようなスキルかな?」

「恐らくそうでしょう。マスター、戦闘継続ですか?」

「あちらさんが、ヤル気満々だから仕方ないだろ。丁度良い鍛錬相手にもなってくれそうだ。ここギルド本部は、諦めて貰おう」

 俺は嗤いながら、ヤナビに答える。

「マスターも、大概狂ってますけどね」

 ヤナビの呟きをスルー無視して、俺とアヤメは嗤い合う。


「あひゃひゃひゃひゃひゃあぁああ!」

「付き合ってやるよぉおお!」


 そして、『ブラッド狂いマッドネス』と『鍛錬狂い変態』が、再び激突する瞬間だった。



「やれやれ、俺様の職場ホームを壊すなよ」



 一陣の風がフロアを駆け抜けた。

 そして、死地と化していたフロアは、静寂に包まれた。
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