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第五章 刀と竜
兄と妹
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「マスター、格好良くドヤ顔しているところ申し訳ありませんが、恐らくお二人共最後までちゃんと聞こえたか怪しいですよ?」
「え? なんで?」
「ほら、よく見てください。お二人共、歯までガチガチ震わせてますから」
ヤナビに言われ、二人を見るとブルブルと身体を震わせ、カチカチと歯を打ち合わせていた。
「どうした? そんなに怖かったのか?」
「「……寒…い……」」
「え? 寒い?」
「マスターは、紅蓮の鎧で防寒してますからね。ここは相当に温度が低いですから、防寒機能が無い通常装備のお二人は、放っておけば、身体を裸で温め合う展開に発展するでしょうね。あぁ、それが狙いですか、マスター。ゲスいですね、流石むっつり」
「誰がむっつりだ誰が……ったく、『明鏡止水』『三指』『焔豪壁』『形状変化』『紅蓮外套』『空間温度調節』『限定対象空間:紅蓮外套で覆われた空間』」
俺が全員に防寒の為に、『紅蓮外套』を羽織わせた。これまで神火魔法以外の火魔法は温度の調節が難しかったのだが、『明鏡止水』により他の魔法も、俺以外にも纏わせる事が出来るまで火魔法の温度を変える事が可能になった。
更に生活魔法の『空間調節魔法』も、明鏡止水により、これまで以上に更に限定的な空間制御が可能になった。その為、紅蓮外套で覆われる内部空間のみを対象とすることで、全員に快適な温度を提供しているのだ。
勿論、獄炎魔法ではなく焔魔法を使っているのは、ディアナに俺が漆黒の騎士だとバレるのを、極力避ける為である。攻撃の際に使う時は、仕方ないがそれ以外は極力、漆黒の騎士に繋がる獄炎魔法は避けようと決めていた。
「とことんヘタレですね、まさにマヘター」
「やかましいわ。意味わからん混ぜ方をするな」
俺がヤナビと軽口を言い合っていると、紅蓮外套と空間温度調節で身体が温まった二人が、改めて自分の状態に驚いていた。
「何これ……魔法なの?」
「しかも、とても暖かい……まるで暖炉のある部屋にいるかのようだ……」
「取り敢えず、これで凍死する事はないから安心しろ。それに、ここで一度落ち着いて、朝飯にしよう。霊峰の何処まで落ちたか分からんが、幸い発光性のある苔か何か分からんが、困らん程度には明るいしな」
迷宮と異なり通常普通の洞窟は、何もしなければ暗闇なのだが、霊峰の内部は至るところに発光性の苔や草が生えていたので、特に視界に関しては問題はなかった。
「ねぇ、さっきからあんたから、女の子の声が聞けるんだけど、何?」
俺はヤナビの事を二人説明すると、再度二人は固まった。
「スキルが、自我を持つように話をするだと? 古代の魔剣の類では、そのような事があるとは聞いているが……だが、何故少女の声なのだ?」
ディアナが、気付かなくとも良い事に気付き俺が誤魔化そうとする前に、本人が先に声を出した。
「勿論、マスターの趣味です。因みに魔法で私の身体を創る事もマスターは可能です。その容姿はまさに、マスターの欲望を体現したと言ってふさわしい躰つきと顔になっております。機会がありましたら、是非ご覧ください」
「「うわぁ……」」
「待て、下がるな! そんなGを見るような目で、俺を見るな! そんな訳ないだろが!」
そんな目で見られても、俺は喜ぶような性質は持っていない。
「……兎に角だ、ちょっと待ってろ、朝飯を作るから。っと、その前に『明鏡止水』『三重』『十指』『火球』『形状変化』『火鼠』『自動操縦』『接続』『案内者』『自動迷宮階層記録』」
ここは迷宮ではないが、自動迷宮階層記録は使用出来るのは、霊峰に入った時点で、二人から逃げながら確認済みだった。
「取り敢えず、ここがどうなっているか分からないから、地図の作成からだ。頼むぞ火鼠』!」
「「「チュー!」」」
俺は走り出していく火鼠の様子を見ていて大満足だった。何故なら、創り出した火鼠が鳴いたからだ。
「フフフ、また一段とクオリティがあがったぞ」
「マスター……そこまで本気で、そんな細かいところに力を入れなくても……」
三十匹の火鼠が駆け出していき、その様子をニヤニヤしていると、更に二人に距離をあけられた。何故だ。
「『明鏡止水』『十指』『焔豪壁』『収束』『形状変化』『紅蓮のDK』『空間温度調節』『限定対象空間:紅蓮のDK』」
俺は、朝食を作る為に紅蓮のDKを創りだし、料理を始めた。勿論、食事をするテーブルや椅子も創りだし、更に俺が紅蓮のDK内と認識している空間を空間温度調節で暖かくなるように調節した。ヤナビから「そこまで、しますか……」と呆れられた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。
水は生活魔法の『蛇口』で確保し、食材はなんだかんだと溜め込んでいる鞄から取り出し、テキパキと料理をしていた。
俺に促され、紅蓮のDKの椅子に座っていた二人から、か細い呟きが聞こえる。
「え?……なに、この手際の良さ……」
「料理だと……そんな……」
クックルさん直伝の『胃袋を掴む料理レシピ』から朝食を作り、テーブルに並べる。量は取り敢えず、どれ位ここを捜索するかわからないので、いつもよりは少なめだ。結構溜め込んでいるので、三人なら一ヶ月ぐらいは食いっぱぐれない量はあるのだが、念のためだ。
「いただきます。さぁ、食っていいぞ」
「「……っ!? 美味しい!?」」
二人が一口食べて、固まっているので食事を促す。
「固まってないで、早く食べろ。折角、あったかい料理なんだから」
「えぇ……凄く美味しいんだけど……何? この絶望的なまでの、女としての敗北感……」
「あぁ……途轍もなく美味いんだが……何故だか、ボロボロに叩きのめされた様な敗北感を感じる……」
俺は、二人が美味しいと言ってくれた事を嬉しく思い、自然と微笑んでいた。
そして、その俺の様子に気づいた二人が呟く。
「くっ……だ……騙されないわよ……」
「本当に嬉しそうで、なんて純粋そうな笑顔なのだ……」
取り敢えず、朝飯を食べ食後のカーシーを飲みながら、ヤナビに『自動迷宮階層記録』の進捗を訪ねた。
「ヤナビ、どんなもんだ?」
「迷宮よりもやはり時間がかかりますね。確実に下り階段があるという訳ではありませんので、人が通れそうで且つ戦闘も出来そうな通路を重点的にマッピングしています。ただ、マッピングが終わってから動くというのは、時間がかかりすぎるかと」
俺が少し考えていると、ディアナが真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「どうした?カーシーのおかわりなら、作ればあるぞ?」
「そうじゃない……本気で、氷雪竜を討伐し、更に最奥にあると言われる神鉄を、採りに行くつもりなのか?」
「さっきも言ったが、冗談でこんな所まで来ない」
「そうか……」
何やらディアナが何やら考え込み始めた時に、今度はカヤミが口を開いた。
「初代刀工……つまり勇者様でも命を賭けて辿り着くような場所なのよ?……異世界から来た英雄ぐらいじゃないと、行けるような場所じゃないのよ……」
「それは違うな。お前の兄弟子だって辿り着き、そして帰ってきたじゃないか」
「……でも、その後……死んだわ」
「だが、約束した通り、帰った来たんだろ? ちゃんと神鉄だって、お前に持って帰ってきたじゃないか」
「……お師匠が、話したのね……でも、死んじゃったら意味ないじゃない……」
その言葉を聞いた瞬間、ディアナも呟く。
「そうだ……死んだら、意味がないんだ……」
「ディアナ、お前の兄貴が試みた氷雪竜の討伐だが、数名が生き残ったと言ったな」
「……あぁ、それがどうした」
「お前がそこまで尊敬するような騎士なんだったら、おそらく退却する際は殿を受け持ったんだろ?」
「……そうだ」
「その生き残った人間から、氷雪竜の情報は、わかったのか?」
「あぁ、氷雪竜は霊峰の奥深くに竜の巣を作っている。ブレスは二種類、全てが凍てつくような凍えるブレスと、全てを押し潰すか雪崩の如き雪のブレスだ。そして、追い詰められると自分の分身を大量に生み出す。そこまで追い詰めた所で兄達は、その大量の竜の分身に数で押され退却したそうだ」
俺はそこまで聞いて、ゆっくりと口を開いた。
「カミヤの兄弟子は、伝承通りここに神鉄がある事と、最奥まで行って帰ってこれる事を証明した。ディアナの兄貴は、氷雪竜の戦い方と相手の切り札まで暴き、その情報を持ち帰らせた」
そして、俺は二人に対する怒りをグッと我慢しながら、言葉を吐き出す。
「お前たちの兄貴が生きた意味を……妹が否定するんじゃねぇよ。それに兄貴はな、別に自分を超えてほしいとか、追いついてほしいとかなんざ思っちゃいねぇよ」
俺はじっと二人を見ながら、言葉を紡ぐ。
「いつまで、兄貴の背中を見てるつもりだ。妹はどれだけ頑張っても兄貴にゃ成れないんだ」
二人は、黙って俺の言葉を聞いていたが、ディアナが先に口を開いた。
「一つだけ、答えろ。貴様は、自分の武器を作る為に、神鉄がいるのだろう?」
「あぁ、そうだな」
「その為に、神鉄の実物を知っている鍛治師のカヤミを連れてきたのは分かる。だが、お前は私も救うと言ったな……何故だ? 私を巻き込む事に、お前に一切の利がない」
それを聞いて、俺は思わず声を上げて、笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「いやいや、悪い悪い。そんなの当たり前じゃないか」
「あたり前?」
「兄ちゃんが、妹を放っておける訳がないって事だ」
「は?」
「ははは、気にするな。そういう性分だと、思ってくれればいいさ。ほら、火鼠がそれらしい道を見つけたみたいだから、そろそろ出発するぞ」
ディアナは、俺の答えを聞いてポカンとした顔をしていたが、俺が紅蓮のDKを解除して、出発の声をかけると何も言わずに着いてきた。
「待ちなさいよ! まだ私は付いていくって、決めてないわよ!」
歩き出した俺に向かって、カヤミが叫んだ。
「前に進む事が恐ろしいなら、俺のすぐ後ろを付いて来い」
「何を言って……」
俺はカヤミの元へと、歩いて近づいた。
「カヤミの兄貴の見た景色を、俺がお前と一緒に見てやる。だから、何も怖くなんかない。必ず一緒に、神鉄を持って帰ろう」
俺はカヤミの頭をポンポンと優しくトントンとしながら、笑顔でそう告げた。
「あんた……」
「それと二人とも! いい加減、人の名前を覚えろ!」
俺は、今日一番の熱量を込めて告げる。
「俺の名はヤナだ! 決して倒れ諦めることの無い『不屈』の男だ! 覚えとけ!」
「「……不屈の……ヤナ……」」
霊峰の奈落の底で、二人の呟きが息を揃えた様に重なった。
「さぁ二人とも、俺について来い!」
ヤナは二人を守る様に、先頭を歩き出した。
そして、二人はヤナの背中をじっと見つめ、決心した様な顔をして歩き出すのであった。
元の世界に妹を残し異世界に召喚された兄と、兄に先立たれこの世界に残された妹達が、其々の想いを胸に霊峰の最奥へと向かう。
そして、これまで止まっていた刻を、自ら進めるかのように、一歩一歩と二人は歩き出した。
「え? なんで?」
「ほら、よく見てください。お二人共、歯までガチガチ震わせてますから」
ヤナビに言われ、二人を見るとブルブルと身体を震わせ、カチカチと歯を打ち合わせていた。
「どうした? そんなに怖かったのか?」
「「……寒…い……」」
「え? 寒い?」
「マスターは、紅蓮の鎧で防寒してますからね。ここは相当に温度が低いですから、防寒機能が無い通常装備のお二人は、放っておけば、身体を裸で温め合う展開に発展するでしょうね。あぁ、それが狙いですか、マスター。ゲスいですね、流石むっつり」
「誰がむっつりだ誰が……ったく、『明鏡止水』『三指』『焔豪壁』『形状変化』『紅蓮外套』『空間温度調節』『限定対象空間:紅蓮外套で覆われた空間』」
俺が全員に防寒の為に、『紅蓮外套』を羽織わせた。これまで神火魔法以外の火魔法は温度の調節が難しかったのだが、『明鏡止水』により他の魔法も、俺以外にも纏わせる事が出来るまで火魔法の温度を変える事が可能になった。
更に生活魔法の『空間調節魔法』も、明鏡止水により、これまで以上に更に限定的な空間制御が可能になった。その為、紅蓮外套で覆われる内部空間のみを対象とすることで、全員に快適な温度を提供しているのだ。
勿論、獄炎魔法ではなく焔魔法を使っているのは、ディアナに俺が漆黒の騎士だとバレるのを、極力避ける為である。攻撃の際に使う時は、仕方ないがそれ以外は極力、漆黒の騎士に繋がる獄炎魔法は避けようと決めていた。
「とことんヘタレですね、まさにマヘター」
「やかましいわ。意味わからん混ぜ方をするな」
俺がヤナビと軽口を言い合っていると、紅蓮外套と空間温度調節で身体が温まった二人が、改めて自分の状態に驚いていた。
「何これ……魔法なの?」
「しかも、とても暖かい……まるで暖炉のある部屋にいるかのようだ……」
「取り敢えず、これで凍死する事はないから安心しろ。それに、ここで一度落ち着いて、朝飯にしよう。霊峰の何処まで落ちたか分からんが、幸い発光性のある苔か何か分からんが、困らん程度には明るいしな」
迷宮と異なり通常普通の洞窟は、何もしなければ暗闇なのだが、霊峰の内部は至るところに発光性の苔や草が生えていたので、特に視界に関しては問題はなかった。
「ねぇ、さっきからあんたから、女の子の声が聞けるんだけど、何?」
俺はヤナビの事を二人説明すると、再度二人は固まった。
「スキルが、自我を持つように話をするだと? 古代の魔剣の類では、そのような事があるとは聞いているが……だが、何故少女の声なのだ?」
ディアナが、気付かなくとも良い事に気付き俺が誤魔化そうとする前に、本人が先に声を出した。
「勿論、マスターの趣味です。因みに魔法で私の身体を創る事もマスターは可能です。その容姿はまさに、マスターの欲望を体現したと言ってふさわしい躰つきと顔になっております。機会がありましたら、是非ご覧ください」
「「うわぁ……」」
「待て、下がるな! そんなGを見るような目で、俺を見るな! そんな訳ないだろが!」
そんな目で見られても、俺は喜ぶような性質は持っていない。
「……兎に角だ、ちょっと待ってろ、朝飯を作るから。っと、その前に『明鏡止水』『三重』『十指』『火球』『形状変化』『火鼠』『自動操縦』『接続』『案内者』『自動迷宮階層記録』」
ここは迷宮ではないが、自動迷宮階層記録は使用出来るのは、霊峰に入った時点で、二人から逃げながら確認済みだった。
「取り敢えず、ここがどうなっているか分からないから、地図の作成からだ。頼むぞ火鼠』!」
「「「チュー!」」」
俺は走り出していく火鼠の様子を見ていて大満足だった。何故なら、創り出した火鼠が鳴いたからだ。
「フフフ、また一段とクオリティがあがったぞ」
「マスター……そこまで本気で、そんな細かいところに力を入れなくても……」
三十匹の火鼠が駆け出していき、その様子をニヤニヤしていると、更に二人に距離をあけられた。何故だ。
「『明鏡止水』『十指』『焔豪壁』『収束』『形状変化』『紅蓮のDK』『空間温度調節』『限定対象空間:紅蓮のDK』」
俺は、朝食を作る為に紅蓮のDKを創りだし、料理を始めた。勿論、食事をするテーブルや椅子も創りだし、更に俺が紅蓮のDK内と認識している空間を空間温度調節で暖かくなるように調節した。ヤナビから「そこまで、しますか……」と呆れられた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。
水は生活魔法の『蛇口』で確保し、食材はなんだかんだと溜め込んでいる鞄から取り出し、テキパキと料理をしていた。
俺に促され、紅蓮のDKの椅子に座っていた二人から、か細い呟きが聞こえる。
「え?……なに、この手際の良さ……」
「料理だと……そんな……」
クックルさん直伝の『胃袋を掴む料理レシピ』から朝食を作り、テーブルに並べる。量は取り敢えず、どれ位ここを捜索するかわからないので、いつもよりは少なめだ。結構溜め込んでいるので、三人なら一ヶ月ぐらいは食いっぱぐれない量はあるのだが、念のためだ。
「いただきます。さぁ、食っていいぞ」
「「……っ!? 美味しい!?」」
二人が一口食べて、固まっているので食事を促す。
「固まってないで、早く食べろ。折角、あったかい料理なんだから」
「えぇ……凄く美味しいんだけど……何? この絶望的なまでの、女としての敗北感……」
「あぁ……途轍もなく美味いんだが……何故だか、ボロボロに叩きのめされた様な敗北感を感じる……」
俺は、二人が美味しいと言ってくれた事を嬉しく思い、自然と微笑んでいた。
そして、その俺の様子に気づいた二人が呟く。
「くっ……だ……騙されないわよ……」
「本当に嬉しそうで、なんて純粋そうな笑顔なのだ……」
取り敢えず、朝飯を食べ食後のカーシーを飲みながら、ヤナビに『自動迷宮階層記録』の進捗を訪ねた。
「ヤナビ、どんなもんだ?」
「迷宮よりもやはり時間がかかりますね。確実に下り階段があるという訳ではありませんので、人が通れそうで且つ戦闘も出来そうな通路を重点的にマッピングしています。ただ、マッピングが終わってから動くというのは、時間がかかりすぎるかと」
俺が少し考えていると、ディアナが真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「どうした?カーシーのおかわりなら、作ればあるぞ?」
「そうじゃない……本気で、氷雪竜を討伐し、更に最奥にあると言われる神鉄を、採りに行くつもりなのか?」
「さっきも言ったが、冗談でこんな所まで来ない」
「そうか……」
何やらディアナが何やら考え込み始めた時に、今度はカヤミが口を開いた。
「初代刀工……つまり勇者様でも命を賭けて辿り着くような場所なのよ?……異世界から来た英雄ぐらいじゃないと、行けるような場所じゃないのよ……」
「それは違うな。お前の兄弟子だって辿り着き、そして帰ってきたじゃないか」
「……でも、その後……死んだわ」
「だが、約束した通り、帰った来たんだろ? ちゃんと神鉄だって、お前に持って帰ってきたじゃないか」
「……お師匠が、話したのね……でも、死んじゃったら意味ないじゃない……」
その言葉を聞いた瞬間、ディアナも呟く。
「そうだ……死んだら、意味がないんだ……」
「ディアナ、お前の兄貴が試みた氷雪竜の討伐だが、数名が生き残ったと言ったな」
「……あぁ、それがどうした」
「お前がそこまで尊敬するような騎士なんだったら、おそらく退却する際は殿を受け持ったんだろ?」
「……そうだ」
「その生き残った人間から、氷雪竜の情報は、わかったのか?」
「あぁ、氷雪竜は霊峰の奥深くに竜の巣を作っている。ブレスは二種類、全てが凍てつくような凍えるブレスと、全てを押し潰すか雪崩の如き雪のブレスだ。そして、追い詰められると自分の分身を大量に生み出す。そこまで追い詰めた所で兄達は、その大量の竜の分身に数で押され退却したそうだ」
俺はそこまで聞いて、ゆっくりと口を開いた。
「カミヤの兄弟子は、伝承通りここに神鉄がある事と、最奥まで行って帰ってこれる事を証明した。ディアナの兄貴は、氷雪竜の戦い方と相手の切り札まで暴き、その情報を持ち帰らせた」
そして、俺は二人に対する怒りをグッと我慢しながら、言葉を吐き出す。
「お前たちの兄貴が生きた意味を……妹が否定するんじゃねぇよ。それに兄貴はな、別に自分を超えてほしいとか、追いついてほしいとかなんざ思っちゃいねぇよ」
俺はじっと二人を見ながら、言葉を紡ぐ。
「いつまで、兄貴の背中を見てるつもりだ。妹はどれだけ頑張っても兄貴にゃ成れないんだ」
二人は、黙って俺の言葉を聞いていたが、ディアナが先に口を開いた。
「一つだけ、答えろ。貴様は、自分の武器を作る為に、神鉄がいるのだろう?」
「あぁ、そうだな」
「その為に、神鉄の実物を知っている鍛治師のカヤミを連れてきたのは分かる。だが、お前は私も救うと言ったな……何故だ? 私を巻き込む事に、お前に一切の利がない」
それを聞いて、俺は思わず声を上げて、笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「いやいや、悪い悪い。そんなの当たり前じゃないか」
「あたり前?」
「兄ちゃんが、妹を放っておける訳がないって事だ」
「は?」
「ははは、気にするな。そういう性分だと、思ってくれればいいさ。ほら、火鼠がそれらしい道を見つけたみたいだから、そろそろ出発するぞ」
ディアナは、俺の答えを聞いてポカンとした顔をしていたが、俺が紅蓮のDKを解除して、出発の声をかけると何も言わずに着いてきた。
「待ちなさいよ! まだ私は付いていくって、決めてないわよ!」
歩き出した俺に向かって、カヤミが叫んだ。
「前に進む事が恐ろしいなら、俺のすぐ後ろを付いて来い」
「何を言って……」
俺はカヤミの元へと、歩いて近づいた。
「カヤミの兄貴の見た景色を、俺がお前と一緒に見てやる。だから、何も怖くなんかない。必ず一緒に、神鉄を持って帰ろう」
俺はカヤミの頭をポンポンと優しくトントンとしながら、笑顔でそう告げた。
「あんた……」
「それと二人とも! いい加減、人の名前を覚えろ!」
俺は、今日一番の熱量を込めて告げる。
「俺の名はヤナだ! 決して倒れ諦めることの無い『不屈』の男だ! 覚えとけ!」
「「……不屈の……ヤナ……」」
霊峰の奈落の底で、二人の呟きが息を揃えた様に重なった。
「さぁ二人とも、俺について来い!」
ヤナは二人を守る様に、先頭を歩き出した。
そして、二人はヤナの背中をじっと見つめ、決心した様な顔をして歩き出すのであった。
元の世界に妹を残し異世界に召喚された兄と、兄に先立たれこの世界に残された妹達が、其々の想いを胸に霊峰の最奥へと向かう。
そして、これまで止まっていた刻を、自ら進めるかのように、一歩一歩と二人は歩き出した。
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