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第四章 自由な旅路

奪われし自由

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 部屋に入ると、王、サーレイス大臣、ガストフ支部長、王国騎士団長ケイルさん、宮廷筆頭魔術師ライアさん、アメノ爺さん、そしてメイド服を着ていない・・・・・エイダさんが円卓に座っていた。

 円卓の中央には、ホログラムの様な映像で、三人の初老の男性と、二十代前半ぐらいの青年の顔が映し出されていた。おそらく、テレビ電話みたいな魔道具なのだろう。

 一斉に部屋に入ってきた俺を見るので、まさかと思い聞いてみる。

「もしかして……遅刻した?」

 朝食を食ってからで良いと聞いていたので、いつも通りしっかり食ってから来たのだが、皆さんの朝食は早いのかもしれない。

 俺がバツの悪そうな顔をして立っていると、王が笑いながら話しかけてくる。

「ハッハッハ! 大丈夫だぞ? ただ、この面子を前にして、開口一番に遅刻したか聞いてくるとはな、クックック」

「王よ、笑いすぎですぞ。ヤナ殿、安心なされよ。ヤナ殿は私が同席を求めただけで、参加者が揃った時点で、会議を始めただけのこと。さぁ、ヤナ殿も席につかれよ」

 俺の両隣りにはアメノ爺さんとエイダさんが座っており、画面に映る初老の男性がサーレイス大臣以外の四大諸侯と、迷宮都市国家デキスにあるギルド本部のギルドマスターだと耳打ちして教えてくれた。

(ギルドマスターって、案外若いんだな)

 大学生くらいにし見えない黒髪黒目のボサボサの頭をした青年が、やる気のなさそうな半眼でガストフ支部長と話していた。青年はいたってダルそうな様子で話しているが、ガストフ支部長は反対に興奮している様だった。

 話をよく聞いていると、ガストフ支部長は魔物が迷宮から氾濫することを未然に防ぐ為に、早急に迷宮核ダンジョンコアを破壊したいが、ギルドマスターは報告された内容から魔物の大氾濫スタンピードは、避けられないと判断し、そんな中で貴重な上級ランクの冒険者に無駄死の可能性がある事はさせられないという事だ。

(どっちも分かるが、どうするつもりかな)

 ガストフ支部長が更にヒートアップしそうなところで、サーレイス大臣がそれを止めて他の四大諸侯面々に、王都へ兵を出せるか聞いている。

「『申し訳ないがそれは厳しいぞ、サーレイス大臣。発生している迷宮は東西南北全ての方角にあり、王都に若干近いというものの溢れた魔物の大群が、こちらに来る可能性も高い。この状況では、どこも先ずは、防衛してから実際に向かった先に救援という形しかあるまい』」

 問題の迷宮は、確かに距離的には王都に近いが、各方角の諸侯の領地から遠いかというと、そうではない。王都に兵を送り出した結果、魔物の大氾濫スタンピードが王都に向かわなかった場合、手薄になっている都市は確実に大損害を被る。

 更にその事が、冒険者の王都への派遣が出来ない理由に一役かっていた。王都含むどの都市にも魔物の大氾濫スタンピードが向かう可能性がある以上、王都だけに戦力を集中するわけにはいかないのだ。

(それで、ガストフ支部長は原因の排除を提案しているんだな)

「おい、Sランクを集めれば五十階層くらい半日程度で、迷宮核ダンジョンコアまで踏破できるだろう!」

「『おいおい、ガストフさんよ。頭冷やせよ、彼奴らSランク達がまともに動くわけねぇだろ。結局この状況じゃ、お偉いさんが言うように、魔物の大氾濫スタンピードが向かった先を救援するしかねぇよ』」

「全て王都に向かってきたら、どうする気だ!」

 ガストフ支部長の怒鳴り声に、画面に浮かぶ顔はどれも声を発しなかったが、ギルドマスターの青年だけは、静かに告げた。

「『増援が来るまで耐えろ。若しくは、今から王都を捨てろ。どちらか二択だ』」

 ガストフ支部長が、それを聞いて激昂しそうな瞬間に、王が言葉を発した。

「そうなるだろうな。サーレイス、王都から民を逃す事は可能か?」

 サーレイス大臣は少し考えた後に、難しい顔をして口を開く。

「職業にもよりますが、まず難しいでしょうな。王都の民は大半が、ここに生活の基盤があります。王都から移動を促したとしても、中々移動せんでしょう。それに、冒険者に依頼しない限り移動にも命掛けでございますからな」

「やはり、そうなるか。諸侯達よ、各地魔物の大氾濫スタンピードに備えよ。王都以外に魔物が向かった場合は、向かった先に王都から援軍を送り、挟み撃ちにする。王都に向かってきた場合は、援軍が来るまで防衛だ。ケイル騎士団長は騎士団及び衛兵を王都防衛の為の配置に切り替えろ。宮廷ライア筆頭は、街を囲む城門及び城壁に、結界魔法及び強化魔法で壁を堅固なものとせよ」

 王は、ガストフ支部長にも依頼を出す。

「ガストフ支部長よ、ジャイノス王国より王都支部ギルドへ緊急指定クエストの依頼を出す。頼んだぞ」

「えぇ、任せてください」

 そして王は、俺を見た。

「そして、ヤナ殿よ。この国の危機ピンチなのだが、お主ヒーローはどう動く?」

 王は、ニヤニヤしながら俺を見る。

「全く、素敵な聞き方をしてくれるな。そうだな…….迷宮は、俺が破壊しに行く」

 それを聞いた本部ギルドマスターが、俺に向かって聞いてくる。

「『お前は、ガストフ支部長が話していた最近Bランクになったヤナだったか?』」

「あぁ、成り立てほやほやだ」

「『王都中に閉じこもってりゃ、運が・・良けりゃ助けが間に合うぞ?』」

 実際問題、四つの迷宮が全て王都に向かった場合は、とても増援が間に合うとは思えない。運良く・・・四方向にばらけたらいいが、そんな事は恐らく無いだろう。

「一つでも迷宮を潰せれば、その運も上がるだろうさ。それに、今回のコレなんだがな、クソ野郎達の悪巧みな気がしてならんしな」

「『クソ野郎?』」

「あぁ、悪神と魔族共のクソ野郎達だな」

 ギルドマスターは、それを聞いて眠たそうだった半眼を見開いた。

「『仮にも神を"クソ野郎"か、くくく』」

「あぁ、あの野郎には盛大に喧嘩を売っているんでね。くだらねぇ策なんぞ、ごり押しで吹き飛ばせば、問題ないだろう?」

 そこまで言うと、ギルドマスターは爆笑した。

「『アッハッハッハ! お前、面白い奴だな! 死なずに生き残ったら、本部に会いにこい。 お前勇者の子孫だろ? 勇者の子孫は、変態脳筋が多いからな。俺は、面白い奴は好きだ」

 俺はちらりと、アメノ爺さんを見る。

「儂は例外じゃ脳筋では無い

「いやいや、あんたこそそのまんま脳筋だよ」

「ヤナ殿には、言われたく無いわい」

 そして、俺が何処の迷宮から破壊しに行くかの話し合いがされた。

 すんなり決まったのは、この間ゲソ野郎に襲われ、戦力が低下している東の迷宮を最初という事と、最後は現在勇者達一行が向かっており、防衛戦力としてかなり堅固になると予想される南の迷宮ということだ。

 結局、東の次は反対方向だが西に決まった。これは、ギルド本部からの救援を確保する狙いだそうだ。

 大まかな方針が決まったところで、あとは王都側の細かい打ち合わせになるという事で、一旦全体会議は終わり、魔道具に映し出されていた三人の諸侯とギルドマスターの顔が消えた。

「アメノ爺さんとエイダさんは、これからどう動くんだ?」

 俺は、セアラの護衛の任務が無い二人はどうするか聞いてみた。

「儂らは、少しでも魔物の大氾濫スタンピードの時に、手強い魔物が紛れ込まんように、王都周辺の掃除じゃよ」

「なるほど、だからエイダさんもメイド服じゃないのか」

「ふふふ、私の勝負服ですよ? 似合いますか?」

「そんな嗤い顔で、聞いて来るな!」

 俺は、二人のこれからの行動を確認した後に、頼みごとをする。

「それなら、俺の仲間のアシェリという獣人の子供を一緒に連れて行ってくれるか? 子供だがDランクの冒険者だ。それにランクこそDだが、俺と毎日鍛錬・・・・をしているから、邪魔にはならん筈だ」

「「ヤナ殿ヤナ様と毎日……可哀想に」」

「いやいや、あんたらも大概だからな?」

 二人にアシェリの事を了承してもらい、次に宮廷筆頭魔術師のライアさんに話しかける。

「ライアさん、王都の防衛結界や強化にセラ・・という俺の仲間を使ってもらえませんか。結界魔法が得意ですから、おそらくかなり助けになると思います」

「セラ? 結界魔法……あ!」

 ライアさんは、チラリと王を見た後に答える。

「勿論、皆さん・・・が良ければ、大変助かります」

「ん? 今は・・、セラは俺の従者だから、俺がいいと言えば大丈夫だろ?」

 チラリと王を見る。

「ぬおぉおおお! 『俺の』だとぉおお! サーレイス! 俺の剣を持ってこい!」

「王よ! お待ちくだされ! 私も槍を持ってまいります!」

 王とサーレイスが騒ぎだそうとした所で、エイダさんが静かにおっさん二人にそっと呟く。

「王もサーレイス大臣も、あんまり騒ぐとまた・・セアラ様にお仕置きされますよ?」

「「ひぃ!?」

 それを見て俺が笑っていると、エイダさんがこっちを見て嗤う。

「ヤナ様も、あんまりお二人をからかうと、今の『セラは俺のモノだ』発言を、セラ・・様に伝えますよ? フフフ、その際は私もご一緒しますが」

「やめろ!? それにそこまで言っていないぞ! それに、思い出した! あんな呪われた金棒を武器として渡すな!」

 俺たちがギャァギャァ騒いでいると、ガストフ支部長がぼそりと呟いた。

「王城の面子とこれだけ騒ぐヤナは、本当に何者なんだ……?」

 その呟きに、答える者は誰もいなかった。



 昼頃に王城での会議は終わり、そのまま宿に戻るとセアラとアシェリの二人も丁度ギルドから出てきて、宿屋に歩いて向かっているのが見えた。

「二人も丁度だったな。このまま昼飯でいいか? 話は食いながらしようか」

「「はい」」

 屋台で昼飯を食べながら、二人に王城での会議の内容を話した。アシェリは俺の師匠達と一緒に魔物の討伐する事に、身を引き締めるような表情をし、セアラは自分の力を民のために活かすことが出来ることに、力の入った顔をしていた。

「二人とも気負いすぎるなよ? なんにせよ、俺が迷宮踏破をしている間は、現場の指揮に従ってくれ。緊急時は迷わず呼出コールを使え」

 二人はしっかり頷き、昼食を食べた後に城へ一緒について行った。

 門番に要件を伝え、先にアメノ爺さんとエイダさんがアシェリを迎えに来た。アメノ爺さんは孫を見るような目で、エイダさんはアシェリを見るなり抱きしめて、城にお持ち帰りしようとしたので全力で阻止した。

 三人は揃って、街の外の方に向かって歩いて行った。

 次にセラを迎えに、大臣・・が走ってくるのが見えたが、隣に立っていたセアラがため息を吐きながら、城の中から城門に向かって走り出してくる二人に容赦なく『四方を囲む壁貴方を逃さない』で囲っていた。

 勢いよく走ってこっちに向かってきている最中に、突然目の前に結界の壁が出現したため、どっかのコント集団のように思いっきり結界に激突していた。

「それでいいのか……王と大臣……」

 魔物の大氾濫スタンピードがなくても、この国を若干心配した瞬間だった。

 セアラは優雅に俺に一礼してから、おっさん二人の方に歩いて行った。

 門が閉まると、俺は二人を届けた後にギルドに向かった。

 受付にいるエディスさんに、ガストフ支部長へ今から東の迷宮に向かうことを伝えてもらうように頼み、ギルドを出ようとした時、エディスさんに呼び止められた。

「貴方がいない間、王都が魔物の大氾濫スタンピードに襲われても、あたし・・・が何とかする。安心して、行ってきてね」

「それは心強いな。じゃぁ、任せた。行ってくる」

 俺は、この時のエディスさんの若干の雰囲気の変化を感じたものの、そこまで気にはしていなかった。

 俺がギルドを出ると、広場では衛兵がしきりに、王都からの外出を禁止するお触れが出たことを叫んでいる。

 城門では、衛兵の数が増えており、物々しい感じへと変わっている。

 恐らく俺が出発してから、どんどん防衛の準備は進むだろう。



 そして、王都や各都市に暮らす人々は、『外』からの脅威に備え『中』に閉じ込められた。

 王都全体、そしてジャイノス王国全体に緊迫した空気が広がり、人々の自由は奪われた。
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