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第四章 自由な旅路
死神の慟哭
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「『懐中電灯』」
俺とエディスさんは、神火の水上バイクに乗ったまま洞窟内の水路を奥に進む。中は迷宮ではなく暗かった為、生活魔法の『懐中電灯』で前方を照らしながら、ゆっくりと警戒しながら進む。
「今の所、俺の死神の慟哭に反応がないから、大丈夫だと思うが、油断するなよ」
「わかってますよ。それにして、この微かな瘴気の気配は何なんでしょうね」
瘴気の残滓の感じる方へと進んで行くと、相変わらず何かいる気配は感じないが、徐々に瘴気が濃くなってきていた。すると、後ろにいるエディスさんの身体が震えているのを感じた。エディスさんの様子をみると、胸を押さえ顔が青くなっていた。
「エディスさん? おいおい、どうしたんだ! 顔が酷いぞ!」
「……ヤナ君、心配してくれるのは嬉しいけど……顔が酷いって……後ろから潰しますよ?」
「何を!?」
「ナニを」
「ひぃ!?」
エディスさんに脅されながら、先に進む事を促された。少しエディスさんの様子を気にかけながら、更に先に進んで行くと、開けた場所にでた。そこには、水がない場所が広がっていた。
「ぐぅ……ここは……瘴気が澱んでますね……はぁはぁ」
岸に上がると、確かに瘴気がもう残滓とは言えないほどに、空間を澱ませていた。俺は腕輪と指輪を外して、今にも倒れそうなエディスさんを抱きかかえた。
「……ヤナ君……何を……」
「仕事熱心なのも程々にしろよ……ったく、『神火の真円』『形状変化』『神火の纏い』」
神火で作った薄い膜が俺とエディスさんを護るように、薄く纏わり付いた。俺は再び腕輪と指輪を装備し直した。こんな洞窟内で、腕輪と指輪を外した状態で動いたら、どうなるか分かったものではない。
「どうだ? 少しは楽になったか? 瘴気は、遮っているとは思うが」
「……これ……は……」
突然、エディスさんの目から涙が流れた。
「どうした!? 瘴気が原因じゃないのか?」
「いえ、ごめんなさい。大丈夫。おろしてくれていいですよ」
エディスさんは、少し申し訳なさそうに苦笑して、抱きかかえている俺に下ろすように言ってくる。
「あぁ……悪いな。この『神火の纏い』だがな、俺とエディスさんを包む様に作ったから、この状態じゃないと駄目なんだわ。誰も見てないんだし、我慢してくれ」
「……本当に?」
「あぁ、本当だ」
「なら仕方ないですね。特別に許してあげます。落とさないでくださいね? ふふ」
神火に護られているせいか、エディスさんの表情が大分穏やかになっていた。この状態だとエディスさんの顔が大分近い。この至近距離で穏やかに俺に身を預ける様に安心しながら、エディスさんは俺に微笑みかける。
「……それは、反則だろう……」
「何が?」
「いや、こっちの話だ。さぁ、ちょっと見て回るぞ」
ギャップ萌えとは、かくも恐ろしいものであったか。
そして、エディスさんを抱きかかえながら、周辺を歩いて回ると明らかに、誰かがいた痕跡があった。
「エディスさん、これは誰かいたみたいだな。それに若干の戦闘の跡も見られるが、これはかなり最近だぞ?」
「そうですね。でも、ここにいた人は何処に移動したのでしょうね?」
「そうだなぁ、ん?」
「どうしたんで……っきゃ!」
「静かに……誰か来た」
「むぐもぐ……」
入り口から誰かくる気配を感じたので、物陰に駆け出し隠れた。移動する際にエディスさんが悲鳴をあげたので口を手で抑え、声を出さないようにした。
「もぐ……」
「おっ、ごめんな。そんなに顔が赤くなるまで、息塞いじゃったぐぇえ!……誰か来るから……肘打ちとか……鬼か……」
エディスさんが、顔を真っ赤にして肘打ちをしてきたのを必死に耐えていると、さっき俺たちが岸に上がった水面に水の中から少女の顔が出てきた。当然俺の神火の水上バイクも解除しているし、俺たちも神出鬼没で気配を消している。相手は俺たちの存在に気付いていない様子だった。
「(どうしますか?)」
「(今日の目的の、人魚の少女なんだが……)」
エディスさんと囁きあっていると、少女が地面に突っ伏して泣き出してしまった。流石に隠れているのも、バツが悪い感じがしてきたので、ゆっくり刺激しない様に少女の前に歩いて出て行った。
「こんにちわぁ、どうもぉ……悪い人じゃないですよぉ」
「……ヤナ君……」
エディスさんに呆れた顔をされたが、泣いている知らない少女への話しかけ方なんて、知らない。今度、コウヤにでも聞いておこう。
少女はガバッと顔を上げて、また水中に潜ろうとしたので、慌てて叫んだ。
「待ってくれ! 俺は、瘴気纏いキングクラーケンをぶっ飛ばしに来た冒険者なんだが、何か知らないか!」
それを聞いた瞬間、少女はピタッと止まり、こちらに顔を向けていた。
「……あなた達、エドと同じ冒険者なの?」
「エドってのが誰か分からんが、俺はCランクの冒険者のヤナだ。俺が今抱っこしてるのが、王都支部のギルド職員のエディスさんって、暴れるな! 落ちるだろ!」
エディスさんは、俺が自己紹介している最中に、自分がお姫様抱っこで人前に出ていることに気がついて、俺の腕の中で暴れだした。
「あだ! 至近距離で殴るな! ちょ! 待って! やめて!」
このままいると、瘴気纏いに会うまでにボコられそうだったので、少女に一声かけて待っててもらい、水面の再び神火の水上バイクを創り移動した。
「次に人前でやったら、捩じ切って……やりますよ?」
「そんなに!?」
「えっと、話しかけてもいい?」
少女が遠慮がちに聞いてくるので、勿論了承した。
「私は、人魚族のネミア。もしかしてヤナは、昨日私助けてくれた人?」
「やっぱり、あの距離からでも見えてたんだな。そうだ、昨日高台から手助けさせて貰った」
「人魚族は水中でも、外でも両方目が良いからね。ありがと、助かったよ」
「偶々見つけただけだからな、気にするな。それより、なんでこんな処に?」
そう聞くと、途端にネミアは顔を暗くした。
「ここに、エドを休ませていたの。エドはこの間、瘴気纏いキングクラーケンの討伐に参加していたのだけれど、大渦に巻き込まれて船が大破して……」
「この間の討伐隊に参加していて、冒険者のエド……ネミアさん、もしかしてエドってAランク冒険者のエドリード?」
その問いに、ネミアは静かに頷いた。
「彼は生きていたのね。他の人達は?」
「私は、彼しか助けられなかった……」
「しょうがないさ。人の腕は、そんなに大勢助けられる程大きくないんだから」
「うん……それで、私は回復魔法が使えたから、ここまで彼を運んで来て外傷は回復したんだけど、意識が中々戻らなかったの」
そこでネミアはここでエドリードを看病していたらしい。どうやって、看病したんだろうと思ったが、人魚族のスキルで、足短時間ならヒレを足に変える事が出来るらしい。足に変わった時に、服はどうなるんだと考えそうになった瞬間に、エディスさんに屑を見る目で見られそうになったので、無心になった。
二日目に、エドリードは目を覚ましたらしい。そこでネミアに助けられた事を知り、討伐隊が自分以外に全滅した事を悟ったそうだ。
「エドは、激しく怒っていたの。なんでも魔族が居たらしくて、そいつに『騙された』と言っていたわ」
「何を『騙された』んだ?」
「それを聞こうとした時に、実際に現れたの」
「まさか魔族か?」
その魔族は、どうやらここを嗅ぎつけたらしく、瘴気纏いキングクラーケンを従えてやってきたらしい。
「エドは傷は直していたんだけど、体力も魔力もまだ戻っていなくて……更に、魔族がエドの仲間が全滅した事を散々煽ってきて、エドも目が覚めたばかりで冷静になれなくて」
魔族の挑発に耐え切れず飛び出したエドリードは、魔族に叩きのめされたらしい。そして、魔族がネミアに目を向け攻撃しようとした所で、エドリードは魔族にネミアの命乞いをしたそうだ。
そして魔族はそれを見て、嗤いながら言ったそうだ。
「『この子を助けても、良いですよ? ただし、その場合は貴方は私と共に街を襲って頂きますが、どうしますか? クックック、少女の命の為に、街の人間を殺せますか?』」
「クズが……」
「ヤナ君、ネミアさんが怯えているので、抑えて……ね?」
俺は相当酷い顔をしていたらしく、ネミアが俺から離れて震えている。
「……悪い。それで、ネミアがここにいるって事は、エドリードはネミアを選択したって事だな?」
「うん……それで、エドは首輪を付けられて、魔族に連れて行かれたの。私は追いかけようとしたら、エドに『来るな!』と止められて」
それでも、魔族達が去った後にも、数日探して回っていたところ昨日魔物群れに襲われて、俺に助けられたらしい。
「その首輪なんだが、奴隷の首輪だろうか?」
「私、奴隷の首輪を見た事ないからわかんない」
「そうか……でもまぁ、クズのやる事だ。きっとそう考えておいた方が良さそうだな。ルイがいれば、ちょっとくらい首を斬っちゃっても治せるし、首輪を切ってしまえば……ん?」
俺が助ける方法を考えていると、エディスさんまで、俺からできるだけ離れて座っている。ネミアさんいたっては、涙目で顔を青くしてふるふる震えていた。
「いや、だから、助ける方法をだな……逃げるな逃げるな……大丈夫だって、痛いのなんて一瞬だから、すぐさま聖女の回復で治せばいい。むしろ治る時なんて、気持ち良いくらいだぞ?」
「ひぃ!?」
「ヤナ君……」
二人からドン引きされた気がしたが、スルーした。
「もし、エドが街を襲い出したらどっちにしろ彼を救って……私の所為なの! 私が弱いかったから……弱いからエドが魔族に……私が弱いから、悪いの……」
「違う! それは違うぞ!」
俺は、弱いのが悪いと言いながらどんどん心に絶望が広がっていくネミアさんの言葉を、遮り叫んだ。
「今回悪いのは全部、魔族なんだよ。どっちに成ろうとも、エドリードは俺が救ってやる」
ネミアさんは、魔族について行ったエドリードが生きているにしても、無事では済まないと覚悟しているのだろう。魔族から無事に解放出来るかもしれないし、人の敵として討伐されるかも知れない事を分かっているのだ。
そんな時に、アシェリから呼出があった。
「『ヤナだ。どうした?』」
「『アシェリです! 海から魔物の大群が、浜辺に迫ってきてます!』」
「『なに!? クソ! このタイミングか! わかったすぐ戻る! アシェリはギルドに向かい、その事を報告しろ! 俺は勇者達に連絡を! って、ルイから丁度今呼出が入った! ギルドへの連絡頼んだ!』」
アシェリはすぐさま返事をして、ギルドに向かった。アシェリとの通話を回線遮断して、ルイからの呼出を受ける。
「『ヤナだ! そっちは、なんかあったのか!』」
「『ルイだよぉ。そっち? ヤナ君の方は、なんかあったの?』」
「『海岸に海から、魔物の大群が向かっている! アシェリが発見し、今ギルドへ走らせてる! ルイ達も防衛に向かってくれ!』」
ルイはそれを聞き、周りにいたのであろう他の勇者達にその事を伝えている。
「『それなら、丁度良かったよ! 心強い助っ人が、戻ってきてくれたんだよ!』」
「『助っ人? 戻ってきた?』」
俺は、それを聞いた時に、通話ごしのルイに対して死神の慟哭が発動し、死の気配を感じた。
「『なんと! 行方不明になってたAランク冒険者のエドリードさんが、すぐ横に……』」
「『ルイ! そいつから離れろぉおおお!』」
俺は、最悪の結末を振り払うかのように、通話越しに叫んだ。
「『ヤナ君? エドリードさんが、どうし……』」
次の瞬間、何かが斬られる音と、誰かの悲鳴が聞こえ、直後にルイとの通話が勝手に切れた。
「くそぉおおおおお!」
そして海岸の崖の洞窟の中に、ヤナの咆哮がこだました。
俺とエディスさんは、神火の水上バイクに乗ったまま洞窟内の水路を奥に進む。中は迷宮ではなく暗かった為、生活魔法の『懐中電灯』で前方を照らしながら、ゆっくりと警戒しながら進む。
「今の所、俺の死神の慟哭に反応がないから、大丈夫だと思うが、油断するなよ」
「わかってますよ。それにして、この微かな瘴気の気配は何なんでしょうね」
瘴気の残滓の感じる方へと進んで行くと、相変わらず何かいる気配は感じないが、徐々に瘴気が濃くなってきていた。すると、後ろにいるエディスさんの身体が震えているのを感じた。エディスさんの様子をみると、胸を押さえ顔が青くなっていた。
「エディスさん? おいおい、どうしたんだ! 顔が酷いぞ!」
「……ヤナ君、心配してくれるのは嬉しいけど……顔が酷いって……後ろから潰しますよ?」
「何を!?」
「ナニを」
「ひぃ!?」
エディスさんに脅されながら、先に進む事を促された。少しエディスさんの様子を気にかけながら、更に先に進んで行くと、開けた場所にでた。そこには、水がない場所が広がっていた。
「ぐぅ……ここは……瘴気が澱んでますね……はぁはぁ」
岸に上がると、確かに瘴気がもう残滓とは言えないほどに、空間を澱ませていた。俺は腕輪と指輪を外して、今にも倒れそうなエディスさんを抱きかかえた。
「……ヤナ君……何を……」
「仕事熱心なのも程々にしろよ……ったく、『神火の真円』『形状変化』『神火の纏い』」
神火で作った薄い膜が俺とエディスさんを護るように、薄く纏わり付いた。俺は再び腕輪と指輪を装備し直した。こんな洞窟内で、腕輪と指輪を外した状態で動いたら、どうなるか分かったものではない。
「どうだ? 少しは楽になったか? 瘴気は、遮っているとは思うが」
「……これ……は……」
突然、エディスさんの目から涙が流れた。
「どうした!? 瘴気が原因じゃないのか?」
「いえ、ごめんなさい。大丈夫。おろしてくれていいですよ」
エディスさんは、少し申し訳なさそうに苦笑して、抱きかかえている俺に下ろすように言ってくる。
「あぁ……悪いな。この『神火の纏い』だがな、俺とエディスさんを包む様に作ったから、この状態じゃないと駄目なんだわ。誰も見てないんだし、我慢してくれ」
「……本当に?」
「あぁ、本当だ」
「なら仕方ないですね。特別に許してあげます。落とさないでくださいね? ふふ」
神火に護られているせいか、エディスさんの表情が大分穏やかになっていた。この状態だとエディスさんの顔が大分近い。この至近距離で穏やかに俺に身を預ける様に安心しながら、エディスさんは俺に微笑みかける。
「……それは、反則だろう……」
「何が?」
「いや、こっちの話だ。さぁ、ちょっと見て回るぞ」
ギャップ萌えとは、かくも恐ろしいものであったか。
そして、エディスさんを抱きかかえながら、周辺を歩いて回ると明らかに、誰かがいた痕跡があった。
「エディスさん、これは誰かいたみたいだな。それに若干の戦闘の跡も見られるが、これはかなり最近だぞ?」
「そうですね。でも、ここにいた人は何処に移動したのでしょうね?」
「そうだなぁ、ん?」
「どうしたんで……っきゃ!」
「静かに……誰か来た」
「むぐもぐ……」
入り口から誰かくる気配を感じたので、物陰に駆け出し隠れた。移動する際にエディスさんが悲鳴をあげたので口を手で抑え、声を出さないようにした。
「もぐ……」
「おっ、ごめんな。そんなに顔が赤くなるまで、息塞いじゃったぐぇえ!……誰か来るから……肘打ちとか……鬼か……」
エディスさんが、顔を真っ赤にして肘打ちをしてきたのを必死に耐えていると、さっき俺たちが岸に上がった水面に水の中から少女の顔が出てきた。当然俺の神火の水上バイクも解除しているし、俺たちも神出鬼没で気配を消している。相手は俺たちの存在に気付いていない様子だった。
「(どうしますか?)」
「(今日の目的の、人魚の少女なんだが……)」
エディスさんと囁きあっていると、少女が地面に突っ伏して泣き出してしまった。流石に隠れているのも、バツが悪い感じがしてきたので、ゆっくり刺激しない様に少女の前に歩いて出て行った。
「こんにちわぁ、どうもぉ……悪い人じゃないですよぉ」
「……ヤナ君……」
エディスさんに呆れた顔をされたが、泣いている知らない少女への話しかけ方なんて、知らない。今度、コウヤにでも聞いておこう。
少女はガバッと顔を上げて、また水中に潜ろうとしたので、慌てて叫んだ。
「待ってくれ! 俺は、瘴気纏いキングクラーケンをぶっ飛ばしに来た冒険者なんだが、何か知らないか!」
それを聞いた瞬間、少女はピタッと止まり、こちらに顔を向けていた。
「……あなた達、エドと同じ冒険者なの?」
「エドってのが誰か分からんが、俺はCランクの冒険者のヤナだ。俺が今抱っこしてるのが、王都支部のギルド職員のエディスさんって、暴れるな! 落ちるだろ!」
エディスさんは、俺が自己紹介している最中に、自分がお姫様抱っこで人前に出ていることに気がついて、俺の腕の中で暴れだした。
「あだ! 至近距離で殴るな! ちょ! 待って! やめて!」
このままいると、瘴気纏いに会うまでにボコられそうだったので、少女に一声かけて待っててもらい、水面の再び神火の水上バイクを創り移動した。
「次に人前でやったら、捩じ切って……やりますよ?」
「そんなに!?」
「えっと、話しかけてもいい?」
少女が遠慮がちに聞いてくるので、勿論了承した。
「私は、人魚族のネミア。もしかしてヤナは、昨日私助けてくれた人?」
「やっぱり、あの距離からでも見えてたんだな。そうだ、昨日高台から手助けさせて貰った」
「人魚族は水中でも、外でも両方目が良いからね。ありがと、助かったよ」
「偶々見つけただけだからな、気にするな。それより、なんでこんな処に?」
そう聞くと、途端にネミアは顔を暗くした。
「ここに、エドを休ませていたの。エドはこの間、瘴気纏いキングクラーケンの討伐に参加していたのだけれど、大渦に巻き込まれて船が大破して……」
「この間の討伐隊に参加していて、冒険者のエド……ネミアさん、もしかしてエドってAランク冒険者のエドリード?」
その問いに、ネミアは静かに頷いた。
「彼は生きていたのね。他の人達は?」
「私は、彼しか助けられなかった……」
「しょうがないさ。人の腕は、そんなに大勢助けられる程大きくないんだから」
「うん……それで、私は回復魔法が使えたから、ここまで彼を運んで来て外傷は回復したんだけど、意識が中々戻らなかったの」
そこでネミアはここでエドリードを看病していたらしい。どうやって、看病したんだろうと思ったが、人魚族のスキルで、足短時間ならヒレを足に変える事が出来るらしい。足に変わった時に、服はどうなるんだと考えそうになった瞬間に、エディスさんに屑を見る目で見られそうになったので、無心になった。
二日目に、エドリードは目を覚ましたらしい。そこでネミアに助けられた事を知り、討伐隊が自分以外に全滅した事を悟ったそうだ。
「エドは、激しく怒っていたの。なんでも魔族が居たらしくて、そいつに『騙された』と言っていたわ」
「何を『騙された』んだ?」
「それを聞こうとした時に、実際に現れたの」
「まさか魔族か?」
その魔族は、どうやらここを嗅ぎつけたらしく、瘴気纏いキングクラーケンを従えてやってきたらしい。
「エドは傷は直していたんだけど、体力も魔力もまだ戻っていなくて……更に、魔族がエドの仲間が全滅した事を散々煽ってきて、エドも目が覚めたばかりで冷静になれなくて」
魔族の挑発に耐え切れず飛び出したエドリードは、魔族に叩きのめされたらしい。そして、魔族がネミアに目を向け攻撃しようとした所で、エドリードは魔族にネミアの命乞いをしたそうだ。
そして魔族はそれを見て、嗤いながら言ったそうだ。
「『この子を助けても、良いですよ? ただし、その場合は貴方は私と共に街を襲って頂きますが、どうしますか? クックック、少女の命の為に、街の人間を殺せますか?』」
「クズが……」
「ヤナ君、ネミアさんが怯えているので、抑えて……ね?」
俺は相当酷い顔をしていたらしく、ネミアが俺から離れて震えている。
「……悪い。それで、ネミアがここにいるって事は、エドリードはネミアを選択したって事だな?」
「うん……それで、エドは首輪を付けられて、魔族に連れて行かれたの。私は追いかけようとしたら、エドに『来るな!』と止められて」
それでも、魔族達が去った後にも、数日探して回っていたところ昨日魔物群れに襲われて、俺に助けられたらしい。
「その首輪なんだが、奴隷の首輪だろうか?」
「私、奴隷の首輪を見た事ないからわかんない」
「そうか……でもまぁ、クズのやる事だ。きっとそう考えておいた方が良さそうだな。ルイがいれば、ちょっとくらい首を斬っちゃっても治せるし、首輪を切ってしまえば……ん?」
俺が助ける方法を考えていると、エディスさんまで、俺からできるだけ離れて座っている。ネミアさんいたっては、涙目で顔を青くしてふるふる震えていた。
「いや、だから、助ける方法をだな……逃げるな逃げるな……大丈夫だって、痛いのなんて一瞬だから、すぐさま聖女の回復で治せばいい。むしろ治る時なんて、気持ち良いくらいだぞ?」
「ひぃ!?」
「ヤナ君……」
二人からドン引きされた気がしたが、スルーした。
「もし、エドが街を襲い出したらどっちにしろ彼を救って……私の所為なの! 私が弱いかったから……弱いからエドが魔族に……私が弱いから、悪いの……」
「違う! それは違うぞ!」
俺は、弱いのが悪いと言いながらどんどん心に絶望が広がっていくネミアさんの言葉を、遮り叫んだ。
「今回悪いのは全部、魔族なんだよ。どっちに成ろうとも、エドリードは俺が救ってやる」
ネミアさんは、魔族について行ったエドリードが生きているにしても、無事では済まないと覚悟しているのだろう。魔族から無事に解放出来るかもしれないし、人の敵として討伐されるかも知れない事を分かっているのだ。
そんな時に、アシェリから呼出があった。
「『ヤナだ。どうした?』」
「『アシェリです! 海から魔物の大群が、浜辺に迫ってきてます!』」
「『なに!? クソ! このタイミングか! わかったすぐ戻る! アシェリはギルドに向かい、その事を報告しろ! 俺は勇者達に連絡を! って、ルイから丁度今呼出が入った! ギルドへの連絡頼んだ!』」
アシェリはすぐさま返事をして、ギルドに向かった。アシェリとの通話を回線遮断して、ルイからの呼出を受ける。
「『ヤナだ! そっちは、なんかあったのか!』」
「『ルイだよぉ。そっち? ヤナ君の方は、なんかあったの?』」
「『海岸に海から、魔物の大群が向かっている! アシェリが発見し、今ギルドへ走らせてる! ルイ達も防衛に向かってくれ!』」
ルイはそれを聞き、周りにいたのであろう他の勇者達にその事を伝えている。
「『それなら、丁度良かったよ! 心強い助っ人が、戻ってきてくれたんだよ!』」
「『助っ人? 戻ってきた?』」
俺は、それを聞いた時に、通話ごしのルイに対して死神の慟哭が発動し、死の気配を感じた。
「『なんと! 行方不明になってたAランク冒険者のエドリードさんが、すぐ横に……』」
「『ルイ! そいつから離れろぉおおお!』」
俺は、最悪の結末を振り払うかのように、通話越しに叫んだ。
「『ヤナ君? エドリードさんが、どうし……』」
次の瞬間、何かが斬られる音と、誰かの悲鳴が聞こえ、直後にルイとの通話が勝手に切れた。
「くそぉおおおおお!」
そして海岸の崖の洞窟の中に、ヤナの咆哮がこだました。
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