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第六章 決戦編

エピローグ② 想起:ルーグ

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 生まれた時から、俺の主人は決まっていた。
 ユールゲンとはアルエット様を護衛し、はアルエット様を斬る……そのために誰よりも近い場所でアルエット様を監視し続けるための一族。まだアルエット様の顔も知らない頃からそう教育されていた俺は、それが当たり前のことであり感情を挟む余地はないと聞かされ育って行った。
 初顔合わせのことはよく覚えている。あの日はいつにも増して父上の訓練が厳しく、傷だらけでボロボロになった俺は城の近くの水飲み場で傷を洗い喉の乾きを潤していた。

「痛っ……」

 傷口に染みる水に顔を少し歪めながら、それでも俺はこの傷が未来への糧となると、誇らしく微笑んでいた。そんな俺に、一人の女性がハンカチを手渡した。

「精が出るな。」
「え……あ、ありがとうございます。」

 艷めく黒の長い髪、神秘的な黒と赤のオッドアイが彼女をより神秘的に彩る。その姿に俺の心は奪われていた。

「きれい……」
「な……なぁっ!?」
「お姉さん、お城の人ですか?」
「え?あ、あぁ……一応な。」

 アルエット様は咳払いをしながら、どこか他所へと目を逸らす。そこへ、

「コラァ!ルーグ、何を道草食ってやがんだぁ!!」

 俺を探しに来た父上が、アルエット様と鉢合わせる。その瞬間、父上はアルエットの姿に驚きながら

「アルエットお嬢様!?こちらで何を……」
「散歩よ。」
「ル、ルーグ!!お前も挨拶をしなさい!!」
「え……あ、アルエット……お嬢しゃま!!」

 盛大に噛んだ俺は顔を真っ赤にし口を押さえる。アルエット様はその様子を見て吹き出して笑い、父上は恥ずかしさと怒りでゆでダコのような顔をしながら俺に拳骨を一つ落とす。

「いだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「お嬢様、倅が粗相を……他にも気分を害されることはございませんでしたか?」
「そうね……綺麗って褒められたから、嬉しくなったわ。ありがとね。」
「め、滅相もございません!ほら、お前も頭を下げるんだ!!」

 アルエット様に頭を下げた父上に頭を押さえつけられ、俺は頭を下げた。アルエットは愛想笑いをしながらその場を去っていった。それを見送ってから父上は俺に

「あれが護衛対象で……なおかつユールゲンの標的だ。いいかルーグ、あの女に一切の感情を抱くな。守る場合も殺す場合も無機質に、そうでないとお前が後悔するだけだ。肝に銘じておけ。」
「……分かりました、父上。」

 それが、俺とアルエット様の出会いだった。お嬢様という呼び名を噛んだ俺はそれ以降お嬢と呼ぶようになり、アルエット様の護衛としてビジネスライクな関係と割り切って過ごしてきた。だからあの日のキス、そしてお嬢の告白で……俺は初めて『間違っていた』と、そう思い知った。

「ルーグさん、ルーグさん!!」

 王城、玉座の間の前。ボーッとしていた俺に隣りのアムリスさんが大きな声で呼びかける。我に返った俺はアムリスに謝罪する。

「あ……すみません。少し、昔のことを思い出して……。」
「これから謁見です……我々二人で説明をしなければならないんですから、頼みますよ。」

 ガステイル君は途中でエリフィーズで降りて別れたため、今は俺とアムリスさんしかいない。彼女の言う通りだ……しっかりしないとな。そう気を引き締めた瞬間、目の前の扉がギギギと音を立てて開いた。俺たちは玉座に向けて敷かれたカーペットの上を歩き、玉座の間の中央付近で傅く。カーペットの先の玉座には新女王アドネリア・フォーゲルが佇んでいた。傍らには教皇デミス・ラクシアも立っている。

「ルーグ・ユールゲン、アムリス・ミレア……此度の魔王討伐、大義であった。」
「はっ!!!」
「このフォーゲルシュタット奪還においても最重要かつ最難関の任務であったが、お見事であった。よくぞ生きて帰ってきてくれた!」
「あの、僭越ながら……」
「分かっています。姉上のことでしょう??むしろあの強大な魔王と戦って死者一人は誇るべきことです……お二人は胸を張ってください。」
「「……はい。」」

 胸がズキズキと痛むような感覚を我慢しながら、俺は殿下の顔を見上げる。周りの文官達による俺たちの賞賛が聞こえるたびに、胸の痛みが強くなっていく。横目で見つめたアムリスさんは、拳を小さく震わせていた。
 式典は盛況のうちに締められ、アムリスさんと俺は早々と抜け出した。緊張の糸が切れため息をつく二人、その状況で俺は口を滑らせる。

「なんとか、誤魔化せましたねぇ……」
「ええ、これできっと良かったはずです。アルエット様が生きていることを私達で隠しておけば……」
「ふむ、アルエット様は生きておるのじゃな?」
「誰ッ!?」

 俺たちの背後には、いつの間にか教皇デミスが立っていた。

「教皇聖下ッ……!?」
「詳しく聞きたいのう……その話。」
「ぐぅっ……」

 逃げられそうにないと思った俺たちは観念してデミスに本当のことを打ち明けた。デミスは驚きを隠せないといった顔をしたが、すぐに髭を擦りながら、

「なるほどのう……」

 と神妙な顔で呟いた。

「教皇聖下……このことはアドネリア女王には何卒ご内密に。」
「ふぅむ……本当にそれで良いのかのう?」
「アドネリア女王陛下にとってアルエット様は今や唯一の肉親。そのアルエット様が……陛下の言葉が原因で人間の世界から離れたと知ってしまうと、復興途中のこの国にとって悪影響を及ぼすと思いました。」
「アドネリア女王の言葉……?」
「はい。アルエット様の心を決めたのは……魔族の居ない国を作るという陛下の意思でした。ですからそれを女王陛下に伝える訳にはいかなかったので、いっそアルエット様は魔王と相討ちになったとお伝えした方が陛下のためだと思いました。」
「そうか、お主たちの気持ちもよく分かった。確かに陛下に伝えるとなるとあまりに辛すぎる真実じゃのう……。」

 デミスは目を閉じふぅと息を吐き、腕を組んだまま黙り込んでいた。やがてデミスは目を開け、優しく微笑みながら踵を返し、

「まぁ、聞かなかったことにしようかのう。」

 そう言い、城の奥へと消えていった。俺はアムリスさんと顔を見合わせ、その場にぐったりと崩れた。

「とりあえず、もう帰りましょうか。」
「えぇ……もう誰が聞いているか分かりませんからね。」

 俺はよっこらせと呟きながら立ち上がり、アムリスさんの手を引き立たせる。そして王城の出口の方へと歩みを進める。

「アムリスさんはいつアタラクシアに?」
「明後日、教皇聖下が戻るのと一緒に帰ろうと思っています。」
「急ぎますね……なにはともあれ、ご武運を!」
「……ええ!」

 王城の外、拳をかち合わせた俺たちはそれぞれの道へと歩き始めた。
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