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第六章 決戦編

決戦ⅩⅩⅣ アザミの人生評

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 私、本当はお姉ちゃんが欲しかった。

 外で喧しく騒ぎ立てていつも私を置いていくお兄ちゃん達を必死に追いかけるんじゃなく、一面の花畑でお姉ちゃんと女の子のお友達と輪になって、いっぱい花飾りを作ってそれをかぶせあったりして笑いたかった。

 私が誰かと喧嘩したときはその相手に仕返しにいくんじゃなく、お母さんたちを呼んできて隣で私と同じ目線で話を聞いて同情して欲しかった。

 毎日毎日外でバカみたいにふざけて遊ぶんじゃなく、たまにはお淑やかにお洋服やお化粧やお料理を見てもらって、一緒にいろいろ試したりしてみたかった。

 たまに意見が衝突してお互いいがみ合って、でも絶対最後には根負けして私の言うことを通してくれるんじゃなく、同じ性別として譲れないところは絶対譲れないと言い張って、その日は絶対に口を聞かないって二人で意地張って、でも一晩寝たらそんなことすっかり忘れていつもの仲良し姉妹に戻ってたりして……。

 私が女に生まれたのが間違いだったのか。私が男でお兄ちゃんとは兄と弟だったならば、この関係は上手く行ったのだろうか。そんなことを考えるときもあったけど……とにかく、私はお兄ちゃんなんかよりもお姉ちゃんの方が欲しかった。

「うああっ……」

 お兄ちゃんなんて嫌いだ。私を240年も放っておいたくせに急に私の前に立ちはだかって私の兄を名乗るわ、お母様は実の母親ではなく故郷を滅ぼした仇敵だとか言って私の目の前で惨たらしく殺すわ、かと思えばもはや魔王の下につく必要はないとか言って私を殺すのを躊躇し、代わりに魔王に殺されかけてどこかに身を隠すわ。挙句の果てに魔王城の目の前で喧嘩をふっかけてきたと思えば、最期は私を魔王から庇って死んじゃって……バカ。バカだから嫌い。それなのに

「ああああっ……」

 10歳で家族も同族も失って……同族の復讐とたった一人残った妹を取り戻すためだけに生きて、そのためには魔族も人間も全て利用し尽くす覚悟で一生を燃やしたのに。その結果、世界で唯一愛を費やした実の妹には仇敵扱いされて嫌われ、魔王には裏切り者として殺されるなんて……バカでマヌケ。世界一の大馬鹿者。

「あああっ、あああ……」

 それなのに、なんで涙が止まってくれないの?今どき独りよがりな兄妹愛なんて流行らないわよ。泥臭くて、不器用で、普段は全然大事にしてくれないしお母様を殺したことは絶対に許さないって言ってるのに、なんで私のために簡単に命を捨てられちゃうの?今までお兄ちゃんと私……二人ぼっちだったのに、先に逝っちゃうと私が一人ぼっちになるじゃない。

「待ってよ……お兄ちゃん……」

 240年前と同じだ。私が必死でお兄ちゃんに助けを求めてしまって、お兄ちゃんの存在を隠したかったお母さんが殺された。それなのに私は、また同じ過ちを繰り返しお兄ちゃんに縋るのだ。殺したくなるほど憎かったお兄ちゃんに。

 ネカルクの触手が迫っている。お兄ちゃんが命と引き換えに心臓を一つ潰してくれたおかげで妖羽化は解け触手のスピードは激減している。見切るまでは容易だった。しかし、身体が動かない。地面が私を離してくれない。涙がとめどなく溢れ身体に力が入らない。私は避けることを放棄してしまっていた。

 ルーグの声が聞こえる。うん、分かってる。動いて避けなきゃ死んじゃうのは分かっているんだ。そんなに叫ばなくても聞こえてるよ。……いや、嘘。なんて言ってるか聞き取れない気がする。私が泣いている声でかき消されているのかも。まあ、戦場で泣く方がおかしいんだけど。

 そうこうしている間にも触手はぐんぐんと近付き、私の命へと迫ってくる。その間合いは回避不能のものとなり、私は死を実感する。私……死ぬんだ。まあ、長すぎる人生だったな。普通死ぬときってできなかったことを後悔するはずだけど、普通の人が後悔しそうなことはだいたいやったんだよなぁ。
 あはは、ルーグったらすっごい必死な顔でこっち見てる。ルーグ……私じゃなくて普通の女の子と幸せに暮らすのよ。貴方ならいい人がきっと見つかるから。
 お母様……魔王討伐なんて、私には無理でした。ごめんなさい。今からそっちに行くから、いっぱい叱って、もう一度声を聞かせてください。

 次の瞬間、ゴスッという鈍い音が響いた。ネカルクの触手がアルエットを貫いた音……ではなく、アルエットの背中から生えた何かが触手ごとネカルクを貫いた音であった。

「ウガァァァァ!!」
「え……?」

 私は正気に戻り、自身の背中から生えたそれをまじまじと見つめた……いや、見つめるべくもなく、それがかつて自身と何度も死闘を繰り広げた男の物だと、見紛うはずもなく本能が告げた。

「白い翼……もしかしてデステールの……?」
「信じられない……もしかしてさっき殿下を庇ったときに奴の血が混ざったからか?」
「だとしても荒唐無稽すぎるわ、血が混ざっただけでこんなことになるなんて!」
「ああ……だけど現に今起きてることじゃねえか。俺はなんだって信じるぜ、魔王に勝つためならよ!!」

『最後の最後、一番大事な瞬間だけでも間に合って良かった……もう手が届かないなんて絶望はこりごりだからな。』

 お兄ちゃんの声がそう、聞こえた気がした。身体を貫かれ呻き続けるネカルクを見つめ、私は再び立ち上がる。
 熱い……激しく熱を帯びた魔力が、私の血液を駆け巡る。いつだって私のことを考えず、手を握り自分勝手に引っ張り回した……どこか懐かしいと思える拍動が私の身体を包み込む。

 私の妖羽化ヴァンデルンが不完全……あの時の”私”の推理は間違ってなかった。でもそれは、お兄ちゃんの妖羽化ヴァンデルンだって同じだったんだ。私はそんなことを考えながら、ネカルクを睨みつけ叫んだ。

「……妖羽化ヴァンデルン!!!!」
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