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第六章 決戦編

決戦ⅩⅤ 届かぬ母、拒絶する子③

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 次の日、フレンヴェルは本を抱え城の医務室のベッドで眠るネカルクの元へと駆けて行った。頭に包帯をぐるぐる巻きにしていたネカルクはゆっくりと上体を起こし、本を抱えたフレンヴェルへと視線を下ろす。

「……どうしたんだい?フレンヴェル。」
「母さん。僕でもできること……いや、僕がするべきことがようやく分かったんだ。ここを見て欲しい!」

 フレンヴェルは昨晩魅入られるように読んでいた頁を開いた。ネカルクは上体を乗り出すように本を覗き込む。フレンヴェルは本の上の文字を指さしながら、ネカルクに説明する。

「これは……?」
武器変化アモルフォーゼの魔導書だ。魔力を体外に放出できない僕じゃ使うことができない、クラウディに伝わる秘術……とある一つの手段を除いて。」
「まさか、お前は……」
「自分自身を対象にすれば、魔力は体内で完結する!これなら、僕もみんなを守れる!!」
「……ッ!!」

 ネカルクは勢いよくフレンヴェルの手から魔導書を奪う。なすがまま魔導書から手を離してしまったフレンヴェルは呆然とネカルクを見上げていた。ネカルクは静かに、しかしフレンヴェルをしっかりと睨み見下ろしていた。

「愚か者!お前がそんなことを背負う必要はない!そこまで余も落ちぶれてないわ!!」
「違う!背負うとかそんなんじゃない!僕はもう嫌なんだ……毎日のように人間と争い、傷を負って帰ってくる母さんを見ているだけの日々はッ!!だから、背負うんじゃない!せめて隣で、貴女を守る盾になりたいんだ!!」
「そんなものは要らん!!バーゼルも死に、せめてあなただけでも生き続けていて欲しいって気持ちが……どうして分かってくれないのじゃ!!」
「だったらせめて、僕に心配させないでよ!!魔王の力で人間なんて軽く捻って、こんな大怪我もすることなく……いつもの稽古みたいに、余裕ばっか振り向いて帰ってきてよッ!!!!」

 フレンヴェルの瞳には涙が浮かんでいた。その必死の形相にネカルクは思わず言葉に詰まってしまう。しばらく逡巡のあまり顔が七変化するネカルク、やがて眉を顰めながらフレンヴェルを真っ直ぐ射抜くように見つめ、口を開いた。

「だいたい、元に戻れるかどうか……それどころか、そんなことをしてお前の命が無事で済む保証なんぞどこにもないじゃないか。」
「そこは大丈夫。武器になった僕を持って『導を解いて』と唱えれば元に戻れるから。」
「だからって、今ここでやる理由は……」
「ぶっつけ本番じゃ、間に合わないことだってある……昨日みたいに。」

 ネカルクはその言葉に思わず顔を背け、正面へと向き直し両肘をついて手のひらにおでこを乗せた姿勢をとる。しばらくもごもごと口元を動かしていたが、やがて一つ大きく息を吐いた。

「それで、どうすればいいのよ?」
「母さんは僕にきっかけの魔力を流し込んでくれればいい。そうすれば僕が残りを何とかしてみせるから。」

 ネカルクは黙って下唇を噛み締めたまま、左手をそっとフレンヴェルの頭部へと乗せ、魔力を少し集中させ送り込んだ。フレンヴェルは微笑みながらお礼を飛ばし、目を閉じ魔力を体内で循環させながら準備を整えていく。


「700年経って、改めてこの時のことを考えて気付いたことなんだが……この時の母さんは本当に心が参っていたんだと思う。目の前で夫のバーゼルに死なれ、息子には余計な心配をかけているとカミングアウトされ、無理やり僕の口車に押し切られる形で流されてしまった。普段なら一笑に付していたはずの子供の戯言に耳を傾けてしまった……全てが、タイミングが悪すぎた。全身に魔力が漲る感覚のまま、僕は感情のまま張り叫んだ。」
「導け、『武器変化アモルフォーゼ』ッ!!」

 フレンヴェルの言葉と共に、その体から眩い光が八方に放たれる。ネカルクと医務室の魔族たちはその様子に慌てふためく。

「なんだこれは……なんでお前の身体からこんなものが!?」
「せ、聖の魔力だ!痛ぇ!!」
「どういうことだ!?どうなってるんだよ!!」

 フレンヴェルから放たれた純粋な聖の魔力は、光となって周囲の魔族たちを貫いていく。ネカルクも思わず防御姿勢を取る。

「ただの聖の魔力じゃない……ここまで純粋な聖の魔力は初めて見る。まさか……魔力を放出できないのは特異体質なんかじゃなく、魔族の血を引いた自身の体を傷つけないための防衛本能……!?」

 フレンヴェルを包む光が晴れ、剣と化したフレンヴェルが姿を現した。華美な装飾も相まって神々しい気配に満ちたその姿は、魔王の息子の成れの果てとは到底信じられないほど聖の魔力に満ちていた。ネカルクは慌ててベッドから飛び降り、フレンヴェルの柄へと手を伸ばし、掴もうとした。しかしフレンヴェルに触れたその指先から、ネカルクの右手が音を立てて蒸発した。

「掴……めない……」

 迸る純粋な聖の魔力は、魔族の体組織を焼いてしまう。ネカルクは焼けていく右手の指先を呆然と見つめていた。
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