上 下
67 / 165
第三章 箱庭編

箱庭ⅩⅦ 純粋の毒婦

しおりを挟む
「向けられた負の感情に応じて効果が上がる強化魔法……」
「私たちは今まで、無意識に相手を強化しちゃってたわけね……」
「その通りよぉ。貴方達ったら、怒りと正義の心をちょっとくすぐってあげるだけであんなに気持ちのいい負の感情をごちそうしてくれるんだもの。嬉しくて嬉しくてたまりませんでしたわぁ。」

 クリステラは悦に浸り、身体をビクビクと震わせる。

「舐めやがって……だけどよ、本当に手の内を晒して大丈夫だったのか?」
「んぅ?どういうことですの?」
「あんたに負の感情を向けると強くなるってんならよ、俺たちがお前に対して感情を抱かずに戦えばいいんだろ?」

 クリステラはガステイルの言葉に、高らかに声をあげて笑う。

「あはははは!何を抜かすと思えば……とんだ絵空事ね。その証拠に、ほら。」

 クリステラはアムリスの方を指さし、ガステイルはそちらを向く。アムリスは剣を支えにしながら立ち上がり、クリステラを睨みつける。

「そちらの田舎娘から、ビリビリと負の感情が流れ込んで来てますのよぉ。さっきからずっとね。」
「アムリス!落ち着け!」

 アムリスはギリギリと歯を食いしばり、ガステイルに押されて後ろへ下がる。

「よほど、腹に据えかねた何かがあるみたいねぇ。わたくしには心当たりがありませんのに。」

 クリステラはやれやれと首を振り言い放つ。

「ガステイル君……ごめんなさい。私どうしてもあの人のことは許せないの。ドニオさんのこともロマリアって魔族のことも、食べられた孤児院の子供たちのことも……」

 アムリスは目に涙を浮かべながらガステイルに告げ、ガステイルの手を払う。

「あらぁ、なるほどねぇ。わたくしがアタラクシアを追い出された経緯を知ってたのね。だったらその話、もっと詳しく聞きたくない?」

 クリステラはニイと口角を上げながら提案する。

「……罠だな。おおかたより深い憎悪を抱かせて魔法の効果を上げるためだろう。」
「あらぁん、冷たいわねぇ。やむを得ない事情で起きた事故かもしれないのに。それに、そっちの子が少しでも回復できた方があんたたちに有利になるかもしれないでしょう?」

 ガステイルはアムリスとクリステラを交互に見る。剣を地面に突き立て肩で息をしながらなんとか立っているアムリスを見て、ガステイルは歯を食いしばりながら苦渋の決断を下す。

「……アンタの言う通りだ。時間稼ぎがしたい。」

 クリステラは微笑みを浮かべ、自身が追放されるまでの過去を語り始めた。


 聖地アタラクシアを囲む竜の牙と呼ばれる山々、その麓にある都市ゲリュオネシュタットでわたくし――クリステラ・バートリーは生まれた。ゲリュオネシュタットは竜の牙の周囲ではアタラクシアの次に大きな都市で、わたくしの生活に不自由は全くありませんでしたわ。親は二人とも敬虔な信徒としてアタラクシア中で評判の司教様だったわ。街を歩けば

「あら、バートリー司教の子供たちだわ!」
「ご両親に似て、利発そうな子達ね。正教の未来も明るいわね!」

 と、そんな声が飛び交うような環境で育ったわ。だからもう教会に入っていたお兄様達と同じように、わたくしも何の疑問も持つことなく教会に仕えるようになったの。
 修道院に入ってからも評判は止まらなかった。

「バートリーの兄妹は皆優秀だな。」
「去年聖騎士に任命された長子は、魔族の都市を既に四つも落としたらしい。」
「なんと!とんでもない天才だな!」
「ああ。だが、あそこの兄妹の白眉は長女のクリステラだぜ。修道院に入ってからというもの成績も聖魔法の腕もトップを維持し続けているらしいぜ。」

 街ではそんな噂話が止むことは無かったわ。街だけでなく、教会でも噂され続けたの。権力問題が絡む上層部はともかく修道院みたいな下っ端だと、清貧な人間しかいないからほぼ全員が善意100%で私たちのことを褒め称えるの。親兄妹はみなそのことを誇りとし、良き模範たるべく自分を磨き続けたわ。
 私は退屈だったわ。私の中では当たり前だと思っていることを褒められても、嬉しくもなんともないもの。今自分が立って歩けることを褒められてもなんだコイツって思うわよね、それと同じ。でもね、やっぱり私が成績トップを走り続けるとやがて不満を持つ子が出てくるのよね。私の場合はいつも3番目の成績だった子がそうだったわ。成績発表や魔力測定の度に彼女は激しい敵意を向けてきたの。わたくしに向けられた、初めての嫉妬、憎悪、僻み……それまでの人生でで一番心地よかった瞬間よ。だからわたくしは彼女にこう言った。

「良かったらうちの部屋でお菓子でも食べながら一緒にお勉強でもしませんこと?」

 と。彼女もわたくしに追いつくチャンスだと思ったのか、二つ返事で受け入れたわ。その日の修行を終え二人でわたくしの部屋に向かい、中に入ったところでわたくしはその子の後頭部を近くにあった花瓶で思いっきり殴り、気絶させたの。そのうちに手足を拘束し、監禁する準備を進めたわ。ほどなくして目を覚ました彼女は

「なにこれ!解いて!部屋に帰しなさいよ!!」

 と威勢よくわたくしに突っかかってきました。ああ、やはりこの子ならわたくしの望んだ快楽を齎してくれると、その時わたくしは確信いたしました。ですが、流石に立場を少し弁えていただきたかったので、台所から包丁を取り出し両の踵に突き刺しました。

「いやぁぁぁぁぁ!!!いだい!いだいよぉぉぉぉ!!!」
「これでもう逃げられませぇん。貴女はもうわたくしを楽しませる道具に過ぎないのですよ。さあ、もっともっと負の感情をわたくしに捧げるのです……」

 彼女がわたくしを見る目が変わりました。怒りからだんだん恐怖と絶望に染まっていきます。やはりこの二つは格別に美味しい負の感情だとわたくしは思いました。なので……この日から10日間、負の感情の実験がてら彼女でいろいろ試してみることにしました。

 そういえば、彼女の名前を言ってませんでしたね。ええと確か……ああ、忘れてしまいましたぁ。残念ですわぁん。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』 見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装… 俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。 突然の事で戸惑うクラスメート達… だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。 「またか…」 王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。 そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。 そして俺はというと…? 『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』 「それよりも不知火君は何を得たんだ?」 イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。 俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。 その場にいた者達は、俺の加護を見ると… 「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。 『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』 王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。 まぁ、その方が気楽で良い。 そして正義は、リーダーとして皆に言った。 「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」 正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。 「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」 「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」 「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」 「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」 「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」 「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」 「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」 俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。 「その…鎧と剣は?」 「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」 「今迄って…今回が2回目では無いのか?」 「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」 俺はうんざりしながら答えた。 そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。 いずれの世界も救って来た。 そして今度の世界は…? 6月22日 HOTランキングで6位になりました! 6月23日 HOTランキングで4位になりました! 昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°. 6月24日 HOTランキングで2位になりました! 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

特殊スキル持ちの低ランク冒険者の少年は、勇者パーティーから追い出される際に散々罵しった癖に能力が惜しくなって戻れって…頭は大丈夫か?

アノマロカリス
ファンタジー
少年テイトは特殊スキルの持ち主だった。 どんなスキルかというと…? 本人でも把握出来ない程に多いスキルなのだが、パーティーでは大して役には立たなかった。 パーティーで役立つスキルといえば、【獲得経験値数○倍】という物だった。 だが、このスキルには欠点が有り…テイトに経験値がほとんど入らない代わりに、メンバーには大量に作用するという物だった。 テイトの村で育った子供達で冒険者になり、パーティーを組んで活躍し、更にはリーダーが国王陛下に認められて勇者の称号を得た。 勇者パーティーは、活躍の場を広げて有名になる一方…レベルやランクがいつまでも低いテイトを疎ましく思っていた。 そしてリーダーは、テイトをパーティーから追い出した。 ところが…勇者パーティーはのちに後悔する事になる。 テイトのスキルの【獲得経験値数○倍】の本当の効果を… 8月5日0:30… HOTランキング3位に浮上しました。 8月5日5:00… HOTランキング2位になりました! 8月5日13:00… HOTランキング1位になりました(๑╹ω╹๑ ) 皆様の応援のおかげです(つД`)ノ

処理中です...