上 下
62 / 165
第三章 箱庭編

箱庭ⅩⅡ 五年前②〜ドニオの視点から

しおりを挟む
 竜族、それはかつて神と地上の覇を争った種族。もはやおとぎ話の登場人物でしかない存在の名前に、アルエットは耳を疑った。

「竜族……実在したのか!」
「ワシもあの子から聞いた時にゃ腰を抜かしたよ。どこで出会ったのか、今までどこに暮らし隠れていたのか、他にも竜族の生き残りは存在するのか……質問は尽きなかった。」
「それで、竜は何と?」
「彼女とは"竜の牙"で出会った。私はそこに身を隠していたがある日致命傷を負い、彼女に助けられたのだ。同胞は……私の知る限りでは存在しない、と彼は教えてくれたよ。」
「竜の牙ですって!?」

 アムリスが急に大きな声をあげ、勢いよく椅子から立ち上がる。

「そうか……教会の子じゃと、知っておるのかもしれんのう」
「アムリス、知ってるの?」
「はい。竜の牙とはアタラクシアを囲む山脈のことです。かつて神々が竜族との争いに勝利したとき、生き残りの竜族を最も激しかった戦場跡とされる現アタラクシアの地下に封じ、地上に信仰の本拠を建てることで蓋をしたと言われています。」
「つまり、シャガラの父親はその封印から抜け出して、ドニオさんの娘さんと結ばれた……ということ?」

 アルエットの質問にアムリスは少し思案し、首を振った。

「いえ……その場合教会のアラートが反応するはずです。少なくとも10数年前にそのような事例はありません。むしろ、その竜族の方は初めから封印などされていない可能性が高いと思います。」
「封印されていない竜族がいるの!?」
「はい。教会の手配書の中に何個か、その時代の遺物が残り続けていました。そして、シャガラ君と同じ苗字の竜族の大物が一人、その中にいました。」
「その大物って?」

 アルエット達は固唾を呑んでアムリスの言葉を待つ。

「竜族の王の五男、アマト・ズメイです。」
「アマト・ズメイ……竜族の王子ねぇ。」
「アムリスさん、なんで今まで黙ってたんです?シャガラさんが名乗った時から気付いてたんじゃありませんか?」

 ガステイルはアムリスに問い詰めるように尋ねる。アムリスは俯きながら

「すみません……記憶が曖昧だったのと、たまたま苗字が一致しただけで血縁関係があるとは思えなかったんです。」

 と謝罪する。

「ガステイル。あまりアムリスを責めてやるな。街でたまたま会っただけの子供が竜族の末裔だとは流石に思わないでしょう。」
「それもそうですね。すみません。」
「アマト・ズメイか……まさか神代の伝承でしか語られぬ者が生きておるとはな……いや、まだ彼がそうだったと決まったわけではないんじゃが。」

 ドニオはそう言い、ガステイルのお茶が無くなっているのを見つけると、カップを回収し台所に戻っていった。

「そうなると、シャガラ君の両親が早死にしたのが気になりますね。」
「確かに、神代から生き続けている竜族が急死するとはなかなか考えにくい。むしろ子供を置いて失踪したと考える方が自然……」
「いや、彼は間違いなく死んだよ。」

 台所からポットとガステイルのカップを持って現れたドニオは、言葉を続ける。

「ワシと娘とシャガラの三人で死に目を看取っておる。妙なことを遺しておったよ。」
「妙な遺言?」
「シャガラに向かってのう。何か困ったときは身体に力を入れて……妖羽化ヴァンデルンと唱えなさい、と。」
妖羽化ヴァンデルンだって!?」

 アルエットが机をバンと叩き、身体を乗り出す。

妖羽化ヴァンデルンって、魔族の技じゃないんですか!?」
「元々は、竜族が人に擬態している形態を解除する呪文じゃと。それを魔族が強化形態の橋渡しとしてアレンジさせたのが今の妖羽化ヴァンデルンなんじゃよ。名前は同じでも全くの別物じゃの。」

 ドニオの説明を聞き、アムリスはハッとして呟く。

「もしかして、ルーグさんの仮説の通り、妖羽化ヴァンデルンしたシャガラさんが暴走したんじゃ……。」

 アムリスの推測に、ドニオは目を半分伏せながら答える。

「正解じゃよ。五年前、ワシへのいじめに怒り狂ったシャガラが竜に変身し、ガニオの全てを焼き払ったんじゃ。」

 三人は顔を引き攣らせ、ごくりと息を呑む。

「ワシは後悔したよ……もともと父親が死に母親も流行病で亡くしたシャガラの様子を見るため、必要以上にガニオでの商売を広げたんじゃ。そこで買った恨みなぞ、シャガラが無事に生きていくためなら軽いものじゃと思っておった。無理にでも着いてこようとするシャガラを止める勇気もないくせに、大それたことはするもんじゃないのう。一頻り暴れ終わったシャガラは、人間の姿に戻ると深い眠りについたよ。街の人間は全滅だった。」

 ドニオは震える手でカップを掴み、口元に持っていく。水面に映る自身の顔をしばらく見つめ、お茶を飲むことなくカップを戻し、話を続けた。

「ワシではとてもどうしようもなかったんじゃ……眠っているシャガラを連れてギェーラに帰ると、家の前に修道服の女がおった。」
「え……修道女……?」
「見た目は20代くらいに見えたのう。その女はワシを見るなりこう言ったんじゃ……『やり直す力が欲しくないですかぁ?』と。藁にもすがる思いでな、ワシは食い気味にはいと答えた。すると女は首元から青い石がついたネックレスを取り出してワシに渡したんじゃ。」

 そう言って、ドニオは首元のネックレスを、先の宝石が見えるように取り出した。

「この石を身につけた途端、魔力が際限なく湧き始めた。これだけの魔力があれば、とワシは一計を案じたのじゃ……ワシの傀儡魔法で、滅びる前のガニオを再現しようとな。」

 アムリスとガステイルは言葉を失う。アルエットは少し考える素振りをみせ、

「……なるほどな。ヴェレットの家の前で聞いた自在に動く人形は、お前の力だけじゃ作れないって意味だったわけだ。」

 と言葉を続ける。ドニオはその通りと言わんばかりに首を縦に振る。

「定型の会話文……傀儡魔法の古文書によるとアルゴリズムと言うらしいのじゃが、そのアルゴリズムを全ての人形に埋め込み、人間の可動域に設定した動作回路を取り付けていったんじゃ。建物のミニチュアを用意するのも含め、寝ずに三日かかったのう。シャガラが起きたのもそれくらいじゃったから、ギリギリ間に合ったってところかの。そうして、ワシは人形で再現した今のガニオを作り、シャガラをそこに繋ぎ留めた。奇しくも、シャガラの先祖の竜族と同じようにのう……。」

 ドニオはそう言い、お茶を一気に飲み干した。

「ドニオさん……そのシスターの名前って、クリステラ・バートリーではないですか?」

 ドニオは図星だと言わんばかりの顔をし、微笑みながらアムリスに告げた。

「む?お知り合いかい?もしも会うことがあれば、ギェーラのドニオがその節は世話になったと言っておったと伝えておいてくれんかね。」
「え?いや、その人は……」

 突如、地鳴りがアムリスの答えを遮った。ガニオの方角から劈く雄叫び。

「まさか……!」

 四人は全く同じ嫌な予感を覚え、ドニオの家を飛び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない

AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。 かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。 俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。 *書籍化に際してタイトルを変更いたしました!

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

電光石火の雷術師~聖剣で貫かれ奈落で覚醒しましたが、それはそれとして勇者は自首して下さい~

にゃーにゃ
ファンタジー
「ありとあらゆる魔獣の動きを完全に停止させることしかできない無能は追放だッ!」 クロノは魔獣のからだに流れる電気を支配するユニークスキル雷術を使いこなす冒険者。  そんなクロノを勇者はカッとなった勢いで聖剣で刺し貫き、奈落の底に放り投げた。 「いきなり殺しとか、正気か?」死の淵で雷術が覚醒、体内の電気をあやつり身体を超強化する最強スキルに覚醒する。  覚醒した雷術で魔獣をケチらし奈落最深部へ。 そこで死にかけの吸血姫の少女を救い、びっくりするほどホレられる。一方、勇者パーティーは雷術師クロノを失ったことでドンドン迷走していくのであった。 ※本作は主人公の尽力で最終的には『勇者サイド』も救いのある物語となっております。

処理中です...