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第三章 箱庭編

箱庭Ⅰ 出立

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 エリフィーズでの交戦があってから三日が経とうとしていた。アルエット達はエリフィーズを発つ準備をしていた。

「では、お世話になりました。ゼーレン卿。」

 ルーグとアムリスに荷造りを一任し、アルエットとガステイルはゼーレンに深々と頭を下げる。

「ガステイルちゃんは、殿下について行く選択を選んだのね。」
「はい。族長のことをよろしくお願いします。」
「うふふ、そこは今までお世話になりました、っていうところじゃないの?」
「族長に関してはそれ以上に心配ですので。それに、その言葉は口に出してしまったら、もう帰って来れなさそうな気がしましたので……」
「心配性すぎないかしら。でも、ガステイルちゃんらしくていいかもね。」

 ゼーレンはそう言って、ガステイルの頭をガシガシと撫でる。

「あら、反撃しないのね。」

 ゼーレンが不思議そうにガステイルに尋ねる。ガステイルは頬を染め目を逸らしながら、

「たまには、こういうのも悪くないので。」

 と呟く。それを聞いたゼーレンはガステイルを力強く抱きしめる。ガステイルは慌てて拒絶し

「うわっ、ちょっと、それは流石に!!」

 無理やりゼーレンを引き離す。ゼーレンは残念そうにため息をついた。そして、微笑みを浮かべていたアルエットに向き直す。

「アルエットちゃん……」
「なんでしょうか、ゼーレン卿。」

 ゼーレンは言葉を選ぶように黙りこみ、暫く思案する。アルエットはゼーレンの態度を不審がる。そして、ゼーレンはゆっくりと口を開く。

「この先、貴女はきっと大きな壁にぶち当たり、厳しい選択を強いられると思うわ。いつ、どんな壁か具体的には私も分からないけど……」
「それは、戦闘面の話でしょうか。」
「いいえ、もっと貴女の根幹に関わる話よ。でも、絶対に一人で抱え込まないこと。貴女にはを信頼して着いて来ている子達がいるの。自分自身を見失っても、そのことだけは忘れないでちょうだい。」

 いつになく真剣な眼差しでアルエットに諭すゼーレン。そこへ、

「アルエット様ー!荷物運び手伝って貰えませんか!」

 ルーグが大きな声でアルエットを呼ぶ。アルエットは伺いを立てるようにゼーレンを見つめると、ゼーレンはにこりと微笑み、

「行ってやりなさいな。」

 と告げる。アルエットはコクリと頷き、ルーグの元へ駆け出す。

「本当に、隠したままでいいんですかね。」
「……遠からず、アルエットちゃんは自分で気付くと思うわよ。」
「だったら……」
「今じゃダメなのよ。今自分が魔族側だと知ってしまったら、彼女は居場所を完全に見失ってしまう。女王に命令されたという義務ではなく、彼女自身による理由ができないと……」

 ゼーレンは考え込む。ガステイルはふとルーグ達の方に目をやる。

「まあ、なるようにはなりますよ、きっと。」
「ガステイルちゃんにしては、随分楽観的な考え方じゃないの。」
「はは、やっぱり毒されてますかね。でも、あれを見たらそうも思いますよ。」

 ガステイルはルーグ達を指さして言う。

「アルエット様……自分の荷物くらい運んでくださいよ!」
「今手が塞がってるの。」
「ル、ルーグさん頑張ってください!」

 大量の荷物を運ぶルーグ、小さな袋を2つ持って運んでいるアルエット、ルーグを応援するアムリス。その光景にゼーレンも思わず頬が緩んでしまう。

「確かに、老人の取り越し苦労かもね。」

 ゼーレンの言葉に、ガステイルは笑顔で頷く。

「あなた達!魔王なんて軽く捻って、みんな無事で帰ってくるのよ!!特にルーグちゃんとアムリスちゃんはまだまだしごき足りないんだから!!」

 ゼーレンが大きな声で三人に告げ、手を振った。

「うっ……悪寒が……」
「嘘でしょう……」

 げんなりとするルーグとアムリス。荷物が積み終わり、ガステイルがゼーレンに一礼し急いで三人に合流すると、そのまま馬車は出発していった。


 馬車内部、アルエットはルーグの隣に座り揺られていた。向かいにはガステイルがアムリスの作ったサンドイッチを食べている。

「もう、ガステイルさん。」
「?」
「ここ、汚れてますよ。」

 アムリスは口元を指してそう言った後、懐から布を取り出し、ガステイルの口を拭く。

「なぁっ!」
「夢中になるくらい食べてくれるのは嬉しいですけど、少しはしたないですよ。」

 ガステイルの頬をさすりながら目の前で口元を拭くアムリス。

(ち、近っ……)

 吸い込まれそうな瞳、水分も多く柔らかそうな唇、触れそうになるほど近くにいるのに荒れている箇所が見当たらないサラサラな肌。アムリスの不意打ちにガステイルは顔を真っ赤にし、目を逸らした。

「あ、ありがとうございます……」

 対岸でその様子を見つめていたアルエットは、サンドイッチをむしゃむしゃと頬張りながらルーグに尋ねる。

「楽しそうだよね、二人とも。」
「まあ、そうですね。姉弟みたいでいいじゃないですか。」
「姉弟、ねぇ……。」
「アムリスさんは大家族だって言ってましたし、流石に手慣れてますね。あ、これ本当に美味しい!」

 アルエットは手を止め、思案に耽る。ルーグはアルエットのその様子に気付き、手に持っていたサンドイッチを一気に食べて飲み込み、尋ねた。

「……今度の王女殿下は、妖精種ニンフェリムの長命を引き継いでいるといいですね。」
「ルーグにしては随分察しがいいじゃない。」

 アルエットの妹――ヴェクトリアの娘はこの200年間何人も生まれていた。様々な時代の権力者が次期女王の父親の座を狙い、ヴェクトリアもそれを受け入れていたからだ。しかし、母親の長い寿命を遺伝したのはアルエットただ一人であった。もはやヴェクトリアも次代に子孫を残す意味を感じておらず、後継者も決める気は無い様子である。それでも女王の寵愛を求めるために彼女との子を狙う輩は多いもので、つい5年ほど前にも女の子が生まれたばかりであった。

「ここまで私以外が普通の寿命だと、私の方がおかしいような気がしてくるわ。」

 ルーグは一瞬、黙り込み思案する。

「ルーグ?どうかした?」
「ああいえ!なんでもございません……いえ、アルエット様の父親に理由があるのではないかなと少し思いましたが、それだけです!」

 あからさまに慌てるルーグに、アルエットは不審な目線を送るが、

「お父様か……物心ついた時にはもういなかったから、どんな人だったか知らないんだよね。」

 と呟く。

「いずれにしても200年以上前の人ですし、十中八九亡くなってますよね。」
「そうね。あとルーグ、口拭きなさい。」
「えっ、どこですか?」

 ルーグは布を取り出し、アルエットに尋ねる。

「右側のちょっと下のとこ……そう、そこ。全く、あんたまで何してんのよ。」
「ちょっと慌てて食べたので……」
「別に慌てる理由なかったでしょ。目的地もまだまだ先なんだから。」
「そういえば、次はどこに向かうんでしたっけ。」
「最終的な目的地は魔族領のグレニアドールという都市。デステールがそこにいるはずよ。」
「デステール……!」

 前回のフォーゲルシュタット郊外での交戦を思い出したルーグは息を呑み、全身に力を込める。

「今の俺たちで勝てますかね……?」
妖羽化ヴァンデルンを使わせないのは大前提ね。それでもまだ分が悪いけど。」
「そうですか……。」
「まあでも、グレニアドールまでかなり遠いからね。一旦途中のガニオという宿場町に立ち寄るわ。」

 アルエットがそう言った後、二人を沈黙が支配する。ガタガタという車輪の音が屋形に響いていた。
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