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着物で行くか、歩きやすい洋服で行くかものすごく迷った。でも耳雨と行く花見がこれで最初で最後かもしれないと思うと。…いや、耳雨に、来年もましろの着物姿を見たい、と思って欲しい。一番綺麗な自分を耳雨に見せたい、と思い、着付けの本を買い込んで、自力で丁寧に着てみた。
玄関先で既に疲れていたけど、扉を開くと外は春の宵の匂いがする。その空気を吸い込んで、足袋と草履でそろそろと駅に向かう。
「ましろ、こっち!」
耳雨が呼んでる。長い腕を上げて。
待ち合わせは二人の最寄りの駅の中間の辺りの駅。近くに桜の名所である川べりの公園がある。
待合室のベンチから立ち上がると、耳雨が少しのけぞって目を丸くする。
「着物、変?」
「ましろ…抱きしめたい」
ひとこと、そう呟く。ぼくの頬に火がつく。
「思ったことをそのまま口に出さないの!」
こんな人混みの中で、まったくもう。
「いや、もう少しちゃんと見せて」
耳雨が少し離れたまま、ぼくの着物姿をチェックする。
全体に扇をあしらった柄の小紋に朱色の帯。母が生前僕の為に用意してくれたもの。まだ肌寒いので緑のショールで肩を包んでいる。
「きれいだな」
「着物が、でしょ?」
「お前の着物姿が、だ」
「一所懸命自分で着付けたんだよ。本当におかしくない?」
ぼくの声がどんどん小さくなる。恥ずかしい。
耳雨が、ぼくの短い髪に挿した飾り櫛を手で触れて
「こんなところまで手を抜いてない」
と言った。
「お母さんの形見なんだ」
と答えた。
お母さん、空から見ていますか? ここにいるこの人がぼくが恋した人です。
「行こうか」
耳雨がぼくに右手を差し出す。ぼくは左手をその手にそっと繋いだ。まっすぐ耳雨の顔を見上げる。
耳雨が夜の中に歩き出しながらぼそっと言った言葉は忘れない。
「やっぱり、可愛い」
絶対に、忘れない。
ぼくたちは川べりの行列の中、手を繋いでゆっくり歩いた。満開の夜桜と月が二人を見降ろしている。
「耳雨、きれいだね、桜」
半歩前をゆく耳雨の背に話しかけた
「すごくきれいだ」
耳雨が顔を上げたまま言う
絶妙にライティングされた桜の花びらの一枚一枚が夜空に透けて見える。
「桜って匂いがあるんだな」
「え?感じる?」
「匂ってご覧、かすかに、だけど」
言われてぼくも少し顔を上げ、花の匂いを探った。
「わかんないけど、この、シンと澄んだ空気の匂いかな?」
「そう。少し凛とした気持ちにある」
人の波に押されて立ち止まることはできない。ぼくたちはそれからしばらく黙って二人を包む桜の香りをたどりながら、花の色の美しさに惹かれて歩いた。
川面が水鏡になって夜桜を映して、ところどころに、落ちた花びらが固まって花筏を作ってる。
「まるで日本画の中にいるみたい」
ぼくは桜並木にフレームインする耳雨の端正な表情に見惚れながら呟いた。
「俺にはましろが花のひと枝に見えるよ」
耳雨が零れるような笑顔を見せる。
玄関先で既に疲れていたけど、扉を開くと外は春の宵の匂いがする。その空気を吸い込んで、足袋と草履でそろそろと駅に向かう。
「ましろ、こっち!」
耳雨が呼んでる。長い腕を上げて。
待ち合わせは二人の最寄りの駅の中間の辺りの駅。近くに桜の名所である川べりの公園がある。
待合室のベンチから立ち上がると、耳雨が少しのけぞって目を丸くする。
「着物、変?」
「ましろ…抱きしめたい」
ひとこと、そう呟く。ぼくの頬に火がつく。
「思ったことをそのまま口に出さないの!」
こんな人混みの中で、まったくもう。
「いや、もう少しちゃんと見せて」
耳雨が少し離れたまま、ぼくの着物姿をチェックする。
全体に扇をあしらった柄の小紋に朱色の帯。母が生前僕の為に用意してくれたもの。まだ肌寒いので緑のショールで肩を包んでいる。
「きれいだな」
「着物が、でしょ?」
「お前の着物姿が、だ」
「一所懸命自分で着付けたんだよ。本当におかしくない?」
ぼくの声がどんどん小さくなる。恥ずかしい。
耳雨が、ぼくの短い髪に挿した飾り櫛を手で触れて
「こんなところまで手を抜いてない」
と言った。
「お母さんの形見なんだ」
と答えた。
お母さん、空から見ていますか? ここにいるこの人がぼくが恋した人です。
「行こうか」
耳雨がぼくに右手を差し出す。ぼくは左手をその手にそっと繋いだ。まっすぐ耳雨の顔を見上げる。
耳雨が夜の中に歩き出しながらぼそっと言った言葉は忘れない。
「やっぱり、可愛い」
絶対に、忘れない。
ぼくたちは川べりの行列の中、手を繋いでゆっくり歩いた。満開の夜桜と月が二人を見降ろしている。
「耳雨、きれいだね、桜」
半歩前をゆく耳雨の背に話しかけた
「すごくきれいだ」
耳雨が顔を上げたまま言う
絶妙にライティングされた桜の花びらの一枚一枚が夜空に透けて見える。
「桜って匂いがあるんだな」
「え?感じる?」
「匂ってご覧、かすかに、だけど」
言われてぼくも少し顔を上げ、花の匂いを探った。
「わかんないけど、この、シンと澄んだ空気の匂いかな?」
「そう。少し凛とした気持ちにある」
人の波に押されて立ち止まることはできない。ぼくたちはそれからしばらく黙って二人を包む桜の香りをたどりながら、花の色の美しさに惹かれて歩いた。
川面が水鏡になって夜桜を映して、ところどころに、落ちた花びらが固まって花筏を作ってる。
「まるで日本画の中にいるみたい」
ぼくは桜並木にフレームインする耳雨の端正な表情に見惚れながら呟いた。
「俺にはましろが花のひと枝に見えるよ」
耳雨が零れるような笑顔を見せる。
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