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しおりを挟む派遣先の社屋への経路を彩る銀杏並木は黄色い小さな扇の葉を舗道に舞い落とし、街は晩秋の様相に包まれていった。ぼくはワインレッドのミディ丈のスカートを選んで御機嫌な感じで舗道を踊るように歩いた。
以前から登録していた派遣会社から依頼された仕事に、久しぶりに短期で挑戦するようになった。
仕事内容は雑務やキャンペーンなどがメインで、意外と一人称はほぼ使わなくてすむし、必要なときは大体、「わたくし」と余所行きの言い換えが出来るので何とかやり過ごしている。
働くことにはなかなか慣れなくてしんどいが、仕事の忙しさと街の深まりゆっく秋の薫りへのワクワクで、耳雨のことをほぼ忘れてしまえるのがありがたい。
志彦に呼び出されてから一か月が経っていた。
2回目会ったことで耳雨と同じあの顔、あの印象的な、内側から輝くような美しさの顔は目に焼きついている。でも、もう会っちゃいけない人なんだ。
恋しい。耳雨が恋しい。思い出にさえしちゃいけない人。
そんなことより、と思う。少しでも働けるようにならなくては、と。一刻も早い社会復帰を。忘れなきゃいけない出会いより、そちらの方が大切だ。
「復帰」か…。戻るほどの処に行きついたことはないのかもしれない。
中学時代、学級崩壊で毎日ガラスが割れる音、物が壊れる音を散々聞かされる日々にうんざりしたぼくは、穏やかな高校生活を望んで無理に進学校を受験し、やっと補欠で合格した。しかし、ほどなくぼくは登校拒否になった。勉強・部活・友達を作るとかみんなが出来ることが自分にはできない。
ぼくは、みんなが悠々と歩いている水面の足の裏を、海の底で見上げて動けない貝のような気持ちだった。
高校だけは卒業してほしいという両親の願いで、ぼくは卒業日数をやっとのことでクリアして約束を果たした。
就職活動のプレッシャーにも耐えられるはずもなく、卒業後、すぐに派遣会社に登録した。高卒の身にはできることが限られているが、少しずつ働きながら、情報処理の講習を受けたりしてスキルをアップしていったことで仕事も増えていった。
ただ、団体生活に慣れていない身には、長く続く仕事はつらすぎた。長期の仕事で疲弊するようになったぼくの、登校拒否以来のうつ症状は増々悪化していった。
―――――ソンナフウジャ、ヨノナカイキテユケナイヨ。―――――
誰かが言った言葉が胸の中で常に広がっていた。
二十歳になると、母が振袖レンタルを予約してくれた。ぼくは恥ずかしかったけど、藤色の大人しい柄を選んで着てみた。嬉しかった。短い髪のままだったが母が少しの化粧を施してくれた。
成人式会場では誰もぼくに気づいたり声をかけてくれる人はいなかった。だからぼくは神社にお参りに行くなど思いも及ばず、誰とも口を利くことも無く帰宅した。悲しい気持ちだったけど、両親が一緒にスタジオまで行って写真を撮ろうと言った。これも親孝行だろうかと、笑顔でカメラに収まった。帰りにカフェに行って、みんなでケーキを食べた。幸せだなと思った。少しだけど明日から頑張ろうと思った。
だけど、その翌日からぼくは、まったく家を出られなくなった。
ぼくは、通院以外家にずっといて、具合の少しいい時には何とか単発の仕事をして、後日寝込んでしまう、という日々を過ごしていた。
そんな娘の様子に両親はどんなに将来を憂えていただろう。
ある日、両親が交通事故で亡くなった。
咄嗟に自殺かと思った。いや、心中?
親戚は一同揃って、それを否定した。こんな可愛がっていた娘を一人見捨てて死のうなどとあの人たちは思わんよ、と。
そして、一人で生きていける手続きを甲斐甲斐しく付き添ってくれて、手伝ってくれた。
以来、両親の遺した一軒家に一人で暮らしている。
世界が重すぎて、ただ、疲れ果てて。こんな日々を壊してくれる何かを待ちながら。
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