上 下
60 / 129

第60話 オーブの相性

しおりを挟む
「アイラ様……」

「……、……」

「アイラ様……、お聞きになって下さい」

「……、……」

まだ戦おうとしているアイラに、先ほどオリクと名乗った僧侶が必死に話しかける。

 しかし、アイラは何も言わずステップを繰り返す。



「アイラ様……。私は今、ジン様にご意向を伺って参りました。お会いになられるそうです」

「用があるなら、ジンがここに来れば良い……」

「そ、それは……」

「行をやっているんだろう? だったら、ここに出てきてあたしと戦え」

「……、……」

「あたしはジンと手合わせするために来た。他にも用はあるけど、あたし自身の力を試したいんだ」

オリクは、頑なに戦いたがるアイラに何も言えない。



 やっぱ、そういうことだよな……、アイラ。

 サイラス程度じゃ物足りないんだろう?

 観ててそう思ったよ。

 格下相手じゃなく、自分の力をすべて発揮出来るような相手を欲しているんだよな。



 俺にも、最近、分かってきたよ。

 本当の強者って言うのは、自分より明らかに弱い相手と戦うのが苦痛なんだな。



 俺はさ……。

 いじめられてる側だったから、強者ってのは、弱い奴に勝っても嬉しいのかと思ってたんだ。

 俺に暴力を振るう奴等は、どれもそういう輩ばっかりだったからさ。



 でも、アイラくらいになると、そんなちんけな勝利には意味がないんだな。

 さっきまでも、嬉々として戦っているように見えたけど、あれはこれからジンと戦えるかもしれない喜びに打ち震えていただけであって、別に、目の前の敵と戦っていることが嬉しかったわけじゃない……。



 何かさ……。

 俺が、アイラとジンの戦っているところが観たかったわけも分かったよ。

 俺は、アイラが本当の意味で戦っている姿を観たかったのかもしれない。

 だから、今なら、ちゃんと言えるよ。

 アイラの気持ちが分かる……、ってさ。



「アイラ……、戦いは終わりよ。ジン様にお会いしましょう」

ステップを踏み続けるアイラに、ヘレンが止めるように促す。



「終わり……? 話す前に、あたしはジンと戦いたいんだ。話はそれからでも良いだろう?」

「ううん……、もう終わりなのよ。ジン様は戦えないの……」

「戦えない?」

「ええ……。私の推測が合っていれば、ジン様は、今、床に臥せっているわ」

「どういうことだ?」

「それは、会えばわかるわ。ほらっ、オリクさんだって困っているじゃない」

アイラはステップを止めた。

 その表情は、いかにも無念そうだ。



 オリクは、ヘレンに深々と一礼する。

 その仕草からすると、ヘレンの言っていることは正しいのかもしれない。



 だけど、ジンが床に臥せってるってどういうことだよ。

 ヘレン……、どうしてそんなことが分かるんだ?



「サイラスは、最近、副館主になったのか?」

黙っているオリクに、アイラが静かに尋ねる。

 ステップを止め、少し、気持ちの昂りが収まってきたのか、アイラからは先ほどまでの威圧的な雰囲気も消えようとしている。



「ご察しの通りでございます」

「そうか……、だからか。若すぎると思ったんだ。それに、サイラスはまだ組織を背負う器じゃないよな……。これから伸びる良い素材だとは思うけど」

「……、……」

「武闘殿のレベルは、こんなものじゃないはずなんだ。少なくとも、あたしが昔見た武闘殿の上位者は強かったよ」

「……、……」

「その前の副館主は、どうした?」

「亡くなられました……」

「戦ってか?」

「はい……」

「……、……」

オリクは、本来なら答えたくないのか、言葉少なに応えるだけだ。



「アイラ……、分かったでしょう?」

「うん……」

「ジン様と会いましょう。会えば、詳しい話も分かるわ」

「……、……」

ヘレンの言葉に、アイラがうなずく……。



 ちょ、ちょっと待ってよ。

 俺には、全然わからないんだけど?



 アイラ……。

 残念だったな。

 でも、また、全力で戦う機会はあるよ……、きっと。



 アイラとヘレンがうなずき合う中、エイミアだけが、忙しそうにアイラに叩きのめされた僧侶の面倒を看るのだった。






「こ、これは……?」

アイラは思わず声を上げた。

 簡素なベットに、初老の男性が全身を包帯にくるまれた姿で横たわっている。



「アイラ殿……。こんな姿で、お恥ずかしい限りです」

「……、……」

「拙僧は、戦いに敗れ、もう、一年も床に臥せっております」

「……、……」

も、もしかして、これがジンか?

 ちょっと、俺が抱いていたイメージと違うなあ。

 中肉中背の体躯だし、物腰も柔らかいし……。

 ……って、包帯姿だから、弱々しく見えるだけかもしれないけど。



「それ、火傷だろう? 全身をそんなに火傷するって……」

「炎帝の炎撃にやられ申した」

「炎帝?」

「はい……。ギュール共和国の選帝侯、炎のオーブを頂くテイカー候です」

アイラは驚いたようで、言葉に詰まる。

 それを見て、ジンは、

「拙僧の修行不足です」

と、寂しそうに笑って見せた。



「いえ……。体術では、明らかにジン様が勝っておりました」

オリクが、俺達の後ろから無念さをにじませながら言う。



「一年ほど前のあの日……。炎帝テイカー候は、突然、軍勢を引き連れて、このパルス自治領に参りました。そして、ジン様に一対一の戦いを挑んだのです」

「……、……」

「最初は、ジン様が優勢に勝負を進めておりました。体術でテイカー候の槍を完全に封じていましたから……」

「……、……」

「しかし、体術では不利だと悟ったテイカー候が、炎撃を使いだすと戦況は一変し、ジン様は苦境に立たされたのです」

「……、……」

「ジン様の疾風斬は、ことごとくテイカー候の炎の壁に阻まれ、テイカ―候の炎撃は、ジン様の風防御に返って勢いを増すばかり……」

「……、……」

「つまり、風と炎……。オーブの相性が勝負を分けたのでございます」

「……、……」

オリクは、語りながら、涙をこぼしている。

 それほど武闘殿とジンにとっては衝撃的な敗戦だったと言うことか……。



「言うな……、オリク」

「ですが……」

「拙僧は風のオーブに、これまで数多の戦いで世話になってきた」

「……、……」

「それに、かつて、オーブを持たんでも、拙僧を打ち負かした御仁もおられる」

「……、……」

「オーブの相性など、言い訳にはならない。そうではないですか? アイラ殿……」

「……、……」

そうオリクをたしなめると、ジンはアイラに向かって微笑んだ。



「……、……」

「アイラ殿とは、以前、お会いしておりますな」

「……、……」

「お父上は、ご健在でございますか? ジェラルド=シュレーディンガー様は……」

「覚えているのか? あたしのことを……」

「はい……。その、何者をも射尽くすようなまなざし……。当時から、少女のものとは思えませんでした。とても鮮烈に覚えておりますよ」

「……、……」

「拙僧は思っておりました。いずれ、この子は素晴らしい武術家になると……。そして、いつか拙僧の前に現れると……。」

「それなのに、武闘殿を女人禁制にしたってのは、どういう了見なんだ?」

「ふふふ……。アイラ殿のような方は、世に何人もおられませんから……。それに、禁を力尽くで破れるので問題ありますまい」

「……、……」

「ただ、出来ればアイラ殿と戦いたかったです。お父上に敗れたときのように、熱く、コクのある戦いを……」

「……、……」

「ですが、この身体では……」

そこまで言うと、ジンは目を閉じた。



 もう、アイラと満足には戦えない……。

 ジンの姿には、そんな想いがにじみ出ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

処理中です...