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第56話 戦いの予感
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「母の意志か……」
「……、……」
「そうか、おまえも孤児だったな……、ヘレン」
「はい……」
バロールは静かに目を開けると、再びヘレンを見つめた。
「おまえ達の中に、母の温もりを知っている者はいるのか?」
「エイミアは幼少の頃に……。アイラの母は産後の肥立ちが悪く、アイラが産まれるとすぐに亡くなったそうで、母の温もりを知りません」
「ふんっ……。揃いも揃って、皆、今は母がおらんのか」
「……、……」
ニヤリと皮肉そうに笑うバロール……。
「おまえ達……。その身の上で、本当に国に忠誠を誓えるのか? 国のために働くことに違和感がないのか? ロマーリア王国は、おまえ達が辛いときに、手を差し伸べてくれたのか?」
「……、……」
「俺はそうは思えなかった。だから、王宮にも従わなかった」
「……、……」
「だが、暗黒オーブは裏切りのオーブを排除することに協力したのだな」
「……、……」
そうだよ……。
三人とも、躊躇なく戦いに身を投じたし、暗黒オーブはそれに協力してくれた。
なあ、バロール……。
俺の仲間は凄いだろう?
だけど、このロマーリア王国には、信じられる確かな人がいるし、ホロン村はいつも優しく俺達を迎えてくれるから……、だと思うぞ。
温もりって、母だけが与えてくれるわけじゃないんじゃないか?
俺には母がいるけど、俺が本当に辛いときに、一度だって手を差し伸べてくれたことはなかったぞ。
いじめられていると訴えたら、
「義彦が弱いからよ……。もっと強くなりなさい。すべてあなたのせいよ」
と、散々言われたし、痴漢の冤罪の件では、
「あなたなんて産むんじゃなかった……」
とまで言われたからな。
それとも、俺は恵まれた環境にいたから、甘えていただけなのかな?
両親がいて、とりあえず食べる物にも困ってはいなかったからさ。
だけど、俺は俺で、一生懸命生きてきたと思っているんだけどな。
そして、いつも満たされなかったんだが……。
すべてを失って猫になった今の方が、満たされていると思うのは、俺の錯覚なのかな?
「良いだろう……。すべて教えてやる」
「……、……」
バロールは、自身の中で何か納得がいったのか、穏やかにそう言った。
「俺にしきりと接触してきたのは、パルス自治領だ」
「パルス自治領……、ですか?」
「ふふっ……、意外そうだな」
「パルス自治領と言えば、ロマーリア王国とは同盟の間柄でございますから……。それに、パルス自治領には疾風のジンと称せられる僧侶がおられたはず。疾風のジンを中心とする僧侶達と民衆が一体となって統治しているのは有名でございます」
「そうだ。だから、今までは平穏でいられたんだ」
「……、……」
「だが、状況が変わったんだ」
「……、……」
「パルス自治領の同盟関係で一番勢力のあるロマーリア王国が戦争で手一杯だから、庇護が受けられない。そこにギュール共和国が圧力をかけてきてな。ロマーリア王国に出荷しているセイロの木の出荷を差し止めろと言ってきたらしい」
「セイロの木……?」
「俺は良く知らんが、木の皮と他の薬草を混ぜると、疫病の特効薬になるんだそうだ。戦争が起っているマルタ港近辺では、この特効薬の効く疫病が蔓延しているらしいのだ」
「……、……」
「同盟関係を続けるには、特産品であるセイロの木の出荷は続けたいし、かと言って、ギュール共和国の要求を突っぱねるだけの国力もパルス自治領にはない」
「……、……」
「そこで、暗黒オーブの力に目を付けたってわけだ」
「……、……」
「ギュール共和国側の要求を突っぱねられれば、また平穏に暮らせるのだからな」
「……、……」
「だが、俺は暗黒オーブの力を失ってしまった」
「……、……」
「今頃、パルス自治領では、ギュール共和国側に付くか、これまで通りロマーリア王国と同盟関係でいるかで揉めているだろうよ。とりあえず、セイロの木は出荷停止にしているらしいしな」
「……、……」
バロールは、話を切ると、薄く笑った。
自嘲の笑みか、それとも、俺達にこの事態を解決するだけの器量があるか問うているのか……。
「ブランからは、他国から色々と誘いがあったように聞いていますが、パルス自治領以外では、何処から誘いがあったのでしょうか?」
「他の誘いは、まだ俺に正体を明かさなかった。ギュール共和国側の何処かの国であることは間違いないがな」
「では、アリストスに裏切りのオーブを与えた国に心当たりはありませんでしょうか?」
「ない……。だが、パルス自治領を脅している国と同じだろうよ。一度、パルス自治領の僧侶と他国の遣いが、俺のところで鉢合わせになったことがあってな。そのとき、僧侶が苦々しい顔をしていたのを覚えている」
「……、……」
「俺が知っていることは、これですべてだ。どう役立てるかはおまえ達次第……。まあ、精々頑張るんだな」
そう言うと、バロールは俺を見つめた。
いや、俺ではなく、俺の首輪に付いている暗黒オーブを見つめていたのだろう。
暗黒オーブは、そのバロールの目に、鮮やかに光る姿を見せ続けるのであった。
「そうか……。パルス自治領か」
ヘレンからの報告を聞き、ゴードンが呟いた。
「セイロの木の話、ゴードン総長様は御存知でしたか?」
「うむ……。それにしても、よりによってエイミアがこの件に絡んでくるとは……」
「どういうことでございますか?」
「セイロの木から作る特効薬はな、エイミアの父にしか作れんのだ」
「……、……」
「だが、現地には特効薬の材料が不足しておってな。だから、特効薬の在庫が作れず、エイミアの父はいつまでも帰郷できんのだ」
エイミアは、ゴードンの話を聞き、深くうなずいた。
……ってことは、もしかして、パルス自治領さえ元の通りに同盟関係になれば、エイミアのお父さんは帰ってこられるってことか?
おいおい……。
エイミア、これはパルス自治領に行って、是が非でも問題を解決しなきゃいけないんじゃないか?
ギュール共和国が絡んでいるみたいだから、何か、また、戦いが起りそうだな。
俺も、腹を括って頑張るから、心配しなくていいよ……、エイミア。
「ゴードン総長様……。私達がパルス自治領に赴いた方が良いと思われますが、いかがでございましょうか?」
「行ってくれるか? まあ、デニス王とルメール宰相にはからねばならぬが、そうしてくれると助かることは間違いない」
「アイラが外交の特使になりますし、丁度良いかと……」
「……、……」
「パルス自治領との交渉は私がいたします。アイラには、武闘家同士、疾風のジンと折衝してもらいましょう。エイミアには、セイロの木の手配を任せれば特効薬の方もすぐに何とかなりましょう」
「……、……」
「あとは、暗黒オーブの力をコロに示してもらえば、万全ではございませんか?」
「そうだな……」
ゴードンは、口では色良い返事をしているが、何処か浮かない顔をしている。
「何か、心配事でもございますか?」
「いや……」
ヘレンがすかさずゴードンの気配に気がつき尋ねたが、ゴードンは何も言わなかった。
「……、……」
「そうか、おまえも孤児だったな……、ヘレン」
「はい……」
バロールは静かに目を開けると、再びヘレンを見つめた。
「おまえ達の中に、母の温もりを知っている者はいるのか?」
「エイミアは幼少の頃に……。アイラの母は産後の肥立ちが悪く、アイラが産まれるとすぐに亡くなったそうで、母の温もりを知りません」
「ふんっ……。揃いも揃って、皆、今は母がおらんのか」
「……、……」
ニヤリと皮肉そうに笑うバロール……。
「おまえ達……。その身の上で、本当に国に忠誠を誓えるのか? 国のために働くことに違和感がないのか? ロマーリア王国は、おまえ達が辛いときに、手を差し伸べてくれたのか?」
「……、……」
「俺はそうは思えなかった。だから、王宮にも従わなかった」
「……、……」
「だが、暗黒オーブは裏切りのオーブを排除することに協力したのだな」
「……、……」
そうだよ……。
三人とも、躊躇なく戦いに身を投じたし、暗黒オーブはそれに協力してくれた。
なあ、バロール……。
俺の仲間は凄いだろう?
だけど、このロマーリア王国には、信じられる確かな人がいるし、ホロン村はいつも優しく俺達を迎えてくれるから……、だと思うぞ。
温もりって、母だけが与えてくれるわけじゃないんじゃないか?
俺には母がいるけど、俺が本当に辛いときに、一度だって手を差し伸べてくれたことはなかったぞ。
いじめられていると訴えたら、
「義彦が弱いからよ……。もっと強くなりなさい。すべてあなたのせいよ」
と、散々言われたし、痴漢の冤罪の件では、
「あなたなんて産むんじゃなかった……」
とまで言われたからな。
それとも、俺は恵まれた環境にいたから、甘えていただけなのかな?
両親がいて、とりあえず食べる物にも困ってはいなかったからさ。
だけど、俺は俺で、一生懸命生きてきたと思っているんだけどな。
そして、いつも満たされなかったんだが……。
すべてを失って猫になった今の方が、満たされていると思うのは、俺の錯覚なのかな?
「良いだろう……。すべて教えてやる」
「……、……」
バロールは、自身の中で何か納得がいったのか、穏やかにそう言った。
「俺にしきりと接触してきたのは、パルス自治領だ」
「パルス自治領……、ですか?」
「ふふっ……、意外そうだな」
「パルス自治領と言えば、ロマーリア王国とは同盟の間柄でございますから……。それに、パルス自治領には疾風のジンと称せられる僧侶がおられたはず。疾風のジンを中心とする僧侶達と民衆が一体となって統治しているのは有名でございます」
「そうだ。だから、今までは平穏でいられたんだ」
「……、……」
「だが、状況が変わったんだ」
「……、……」
「パルス自治領の同盟関係で一番勢力のあるロマーリア王国が戦争で手一杯だから、庇護が受けられない。そこにギュール共和国が圧力をかけてきてな。ロマーリア王国に出荷しているセイロの木の出荷を差し止めろと言ってきたらしい」
「セイロの木……?」
「俺は良く知らんが、木の皮と他の薬草を混ぜると、疫病の特効薬になるんだそうだ。戦争が起っているマルタ港近辺では、この特効薬の効く疫病が蔓延しているらしいのだ」
「……、……」
「同盟関係を続けるには、特産品であるセイロの木の出荷は続けたいし、かと言って、ギュール共和国の要求を突っぱねるだけの国力もパルス自治領にはない」
「……、……」
「そこで、暗黒オーブの力に目を付けたってわけだ」
「……、……」
「ギュール共和国側の要求を突っぱねられれば、また平穏に暮らせるのだからな」
「……、……」
「だが、俺は暗黒オーブの力を失ってしまった」
「……、……」
「今頃、パルス自治領では、ギュール共和国側に付くか、これまで通りロマーリア王国と同盟関係でいるかで揉めているだろうよ。とりあえず、セイロの木は出荷停止にしているらしいしな」
「……、……」
バロールは、話を切ると、薄く笑った。
自嘲の笑みか、それとも、俺達にこの事態を解決するだけの器量があるか問うているのか……。
「ブランからは、他国から色々と誘いがあったように聞いていますが、パルス自治領以外では、何処から誘いがあったのでしょうか?」
「他の誘いは、まだ俺に正体を明かさなかった。ギュール共和国側の何処かの国であることは間違いないがな」
「では、アリストスに裏切りのオーブを与えた国に心当たりはありませんでしょうか?」
「ない……。だが、パルス自治領を脅している国と同じだろうよ。一度、パルス自治領の僧侶と他国の遣いが、俺のところで鉢合わせになったことがあってな。そのとき、僧侶が苦々しい顔をしていたのを覚えている」
「……、……」
「俺が知っていることは、これですべてだ。どう役立てるかはおまえ達次第……。まあ、精々頑張るんだな」
そう言うと、バロールは俺を見つめた。
いや、俺ではなく、俺の首輪に付いている暗黒オーブを見つめていたのだろう。
暗黒オーブは、そのバロールの目に、鮮やかに光る姿を見せ続けるのであった。
「そうか……。パルス自治領か」
ヘレンからの報告を聞き、ゴードンが呟いた。
「セイロの木の話、ゴードン総長様は御存知でしたか?」
「うむ……。それにしても、よりによってエイミアがこの件に絡んでくるとは……」
「どういうことでございますか?」
「セイロの木から作る特効薬はな、エイミアの父にしか作れんのだ」
「……、……」
「だが、現地には特効薬の材料が不足しておってな。だから、特効薬の在庫が作れず、エイミアの父はいつまでも帰郷できんのだ」
エイミアは、ゴードンの話を聞き、深くうなずいた。
……ってことは、もしかして、パルス自治領さえ元の通りに同盟関係になれば、エイミアのお父さんは帰ってこられるってことか?
おいおい……。
エイミア、これはパルス自治領に行って、是が非でも問題を解決しなきゃいけないんじゃないか?
ギュール共和国が絡んでいるみたいだから、何か、また、戦いが起りそうだな。
俺も、腹を括って頑張るから、心配しなくていいよ……、エイミア。
「ゴードン総長様……。私達がパルス自治領に赴いた方が良いと思われますが、いかがでございましょうか?」
「行ってくれるか? まあ、デニス王とルメール宰相にはからねばならぬが、そうしてくれると助かることは間違いない」
「アイラが外交の特使になりますし、丁度良いかと……」
「……、……」
「パルス自治領との交渉は私がいたします。アイラには、武闘家同士、疾風のジンと折衝してもらいましょう。エイミアには、セイロの木の手配を任せれば特効薬の方もすぐに何とかなりましょう」
「……、……」
「あとは、暗黒オーブの力をコロに示してもらえば、万全ではございませんか?」
「そうだな……」
ゴードンは、口では色良い返事をしているが、何処か浮かない顔をしている。
「何か、心配事でもございますか?」
「いや……」
ヘレンがすかさずゴードンの気配に気がつき尋ねたが、ゴードンは何も言わなかった。
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