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第52話 デニス国王の苦悩

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「ヘレンっ!」

「……、……」

「デニス国王が寛大なのを良いことに、出過ぎたことを申しおって!」

「……、……」

「その方ごとき小娘が言わんでも、陛下とて考えておるわっ!」

「……、……」

ルメールがこのときとばかりに、怒りを爆発させた。

 先ほどから鬱憤が溜まっていたのが、すべてヘレンに矛先が向いたようにも見える。



 ちょ、ちょっと待てよ……、ルメール。

 今、デニス国王が良いって言ったからヘレンは率直に言っただけだろう?

 それなのに、怒鳴りつけるって何だよ。



 だけどさ……、ヘレン。

 俺には良く分からないけど、ルメールの言うことももっともだと思うんだ。

 施政者には色々考えるところがあると思うよ。

 デニス国王だもん……、何の策もなく戦争を続けているとは思えないんだ。



「良い……、ルメール。わしが何でも良いと言ったのだ」

「ですがっ!」

「良いと言っているのが分からんのか……」

「……、……」

ルメールは、尚も不満そうであったが、デニス国王の言葉に従った。



「デニス王に申し上げます……」

「レオンハルト将軍?」

「ヘレンはその場の思いつきで申しているのではありません」

「……、……」

「彼女は、以前から度々同じようなことを申しておりました。お願いですから、もう少し話を聞いてやってもらえないでしょうか?」

「ふむ……」

「ヘレンは聡明な子です。きっと、何か考えがあって申しているに相違ございません」

「うむ……。ヘレン、言いたいことがあるなら、すべて申してみよ」

レオンハルトは、必死の面持ちでヘレンを庇った。

 デニス国王は深くうなずくと、ヘレンを思いやるように柔和な笑みを浮かべながら話の続きを促した。



「デニス国王陛下様、ルメール宰相様……。小娘の分際で出過ぎたことを申して、申し訳ございません」

「……、……」

「ですが、私には此度の一件と戦争には深い関わりがあるように思えてならないのです」

「……、……」

「ですので、僭越を承知の上で、国王陛下様のお言葉に甘えさせていただきます」

「……、……」

ヘレンは、ルメールが激怒したことも、国の重大事であることもまったく気にしていないかのように、淡々と語り出した。






「私は、ホロン村で寝起きするときには、必ず朝市に参ります。朝市には生活に必要なものを求める者達が集い、私はその片隅で、占いをして生計を立てております」

「……、……」

「占いとは、人の声に耳を傾ける商売でございます。ですから、私の耳には、生活に関わるすべての声が入って参ります」

「……、……」

「私が占いをしていて思うのは、その声のほとんどが戦争に起因していると言うことでございます。ある者は、戦地にいる連れ合いを想い、そして、ある者は、戦争で果てた命に想いを馳せるのでございます」

「……、……」

「ですが、そんな民達が、一度たりとも国王陛下への不満を漏らしているのを、私は聞いたことがありません。デニス国王陛下なら、必ず最善の施政をして下さると、民が信服しているからでございます」

「……、……」

「ただ……、民達は疲れております。長年にわたって戦争をしていることに……。デニス国王陛下のせいではないと信じてはいても、実際に生活のそこここに出てくる戦争をしていることで生じるひずみに、疲弊しているのでございます」

「……、……」

「戦争は、ギュール共和国側が一方的に仕掛けて来ているのも、民は存じております」

「……、……」

「我がロマーリア王国が、唯一の交易港であるマルタ港を維持せんと防戦していることも……」

「……、……」

ヘレンは、ここまで語ると、目を伏せた。



 何か言い辛いことがあるのか……。

 それとも、考えをまとめているのか……。

 傍から見ている俺には、まったくうかがい知れない。



「先ほども申しましたが、此度の一件には、戦争が深く関わっております」

「……、……」

「暗黒オーブを扱ったバロールは、他国からの誘いを執拗に受けておりました。そして、裏切りのオーブは、暗黒オーブとバロールを手に入れるために、他国からアリストスの手に渡りました」

「……、……」

「この他国に関しては、これからアリストスとバロールを尋問すれば具体的な国名が発覚するとは思いますが、まず間違いなくギュール共和国側の何処かの国でございましょう」

「……、……」

「バロールは、アリストスの思惑で尋問がなされていないようですので、早急に尋問をお願いいたします」

「……、……」

ヘレンは、チラッとルメールの方を見た。



 そっか……。

 都合の悪いことがバロールの口から漏れるといけないので、アリストスがルメールを操って尋問を先延ばしにしていたのか。

 だから、拷問をされた形跡がないって、アイラは言っていたんだな。

 ……って言うか、そんなこと、ちっとも気がつかなかったよ、俺……。



「アリストスは、捕らえられる前にこんなことを申しておりました」

「……、……」

「昔、デニス国王は裁きのオーブを持たない状態で操られたと聞いている。今は裁きのオーブに護られて、まったく効かないけど……、と」

「……、……」

「つまり、デニス国王陛下が、即位する前に裏切りのオーブに操られたことがあると申していたのでございます」

「……、……」

「国王陛下様なら、これが何を意味するかお分かりでございましょう」

「……、……」

「そうです。即位する前のデニス国王陛下が、シュレーディンガー家に代々伝わる聖剣が盗み出されるのに一役買ってしまったと言うことです」

「……、……」

誰も、一言も発せられなかった……。

 デニス国王の顔は青ざめ、ルメールは驚愕の表情でポカンと口を空いたまま、緊縛呪でも受けたかのように固まっている。



 ゴードンは、アリストスの言葉を直接聞いているので、薄々察していたようだ。

 沈痛な面持ちで、ヘレンの次の言葉を待っている。



「私は、デニス国王陛下を責めているのではありません。裏切りのオーブを度々王宮に送り込んだ者は、それほど巧妙かつ執拗にロマーリア王国を狙っていると言うことを言いたいのでございます」

「……、……」

「偉大なるデニス国王陛下とて、裁きのオーブに護られなければ、他のオーブの力には抗しきれない……。敵は、そのことを熟知しております」

「……、……」

ヘレンは、語るのを止めた。

 沈黙が、居並ぶ者達を支配する。



 何かさあ……。

 凄く話が大きくて、俺には良く分からないんだけど、こういうことか?



 ヘレンが戦争を止めて欲しいと言ったのは、今回の件と聖剣が盗まれた件が深く関わっているから、それをまずは解明すべき……、ってことなんだろうな。

 解明すれば、自ずと対処する相手が決まってくるから、それからそいつに対して最善の手を打てば良いと……。

 そうすれば、戦争は止まるってことか。



 うーん……。

 ヘレンって、マジですげえな。

 人としての器の差を感じるよ……、俺。






「うむ……」

沈黙を破ったのは、デニス国王であった。

 その顔はまだ青ざめたままだ。



「ヘレン……。その方の申し分、しかと分かった。つまり、その方は、アイラの望みも、エイミアの望みも、その方の望みも、すべて根は同じで、それを解決しなければ望みは果たされないと申すのだな?」

「……、……」

「今までは裏切りのオーブに良いようにされていたが、此度の件で解決の糸口が見えたと申すのだな?」

「……、……」

「今までは望めなかった戦争を収めることが、今は望めると申すのだな?」

「仰せの通りでございます。ロマーリア王国は、暗黒オーブと言う、新たな力を得ましたので……」

ヘレンは、キッパリと言い切った。



 ……って、もしかして、俺も何かするのか?

 ヘレン……。
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