上 下
4 / 129

第4話 拉致

しおりを挟む
 まったく、なんて威力だ。

 俺は、今まであんな切れ味の鋭い打撃を見たことがない。



 ……と言うか、俺が人として生きてきた世界より、格闘のレベルが段違いに高いのかも知れない。



 アイラは決して体格が良い方ではない。

 女性にしてはやや背が高いくらいかもしれないが、人の頃の俺と較べても、少し低い。

 長袖のカットソーのような上着と、スリムボトムなパンツを着ているので分かりにくいが、比較的スレンダーな感じで筋肉ムキムキと言うわけでもない。



 その身体で、人だった頃の俺から見ても大男なブランを、一撃で倒してしまったのだ。



 アイラは、自身が倒したブランを見下ろしていた。

 ブランは完全に意識がなく、遠目からでも白目をむいているのが分かる。



 しかし、それでも、アイラは戦闘時の緊張を解いてはいないようだった。

 格闘にはそれほど詳しくない俺だって、ブランがすぐには立ち上がっては来ないことが分かるのに……。

 ブランは脳震盪でも起こしているのか、ピクリともしない。






「おい……。そこでこそこそ隠れている連中。出てこいっ!」

ブランからようやく目を離したアイラが、突然、大声で呼びかけた。

 辺りには誰もいないように見えるが……。



「もう一度言う……。いるのは分かっているんだ。出てこいっ!」

アイラは、もう一度呼びかけると、広場の向こうに建つ靴屋の方を睨んだ。



 すると、靴屋の陰から、ぞろぞろと男達が姿を現したではないか。



 男達は皆、手に武器を持っていた。

 剣や槍、鉞のようなものを持っている奴もいる。

 全部で12、3人ってところか……。



 しかし、男達の一番後ろから現れた黒いローブをまとった男は、何も持ってはいなかった。

 ただ、他の男達にはない、尋常ではない殺気を帯びており、俺の目にもこいつがボスだと言うことは分かった。



「お前がバロールか?」

アイラは、男達が広場に勢揃いし動きを止めると、ローブの男を指さし、戦いの後の興奮を感じさせないような冷静な口調で尋ねた。



「そうだ……。小娘、ブランを倒した手並みは、見事だったぞ」

ローブの男はフードを取ると、剃り上げた頭部を晒して、アイラに応じた。



「フン……。街のチンピラ集団にいる割には、傭兵は良い腕をしていたよ。だが、そいつが一番腕が立つって言うのなら、お前等が何人束になってかかって来ようと、あたしを倒せやしない」

「ふふふ……。大した自信だな。だが、お前の言うことはもっともだ。ブランは、王国軍に部隊長として招集がかかったくらいなのだからな」

「だったら、分かるだろう? ヘレンのことは諦めろ。何があったかは知らないが……」

「そうはいかん。その占い師は、この私に、屈辱の未来が訪れる……、と予言しやがった。今や、近隣の街や村を六カ所も取り仕切っている、このバロール様に向かってな」

「屈辱の未来……?」

「そうだ。悶え苦しんだ後、王国に捕らえられ、敢えない最期を遂げるんだそうだ」

バロールは、そう吐き捨てるように言うと、ヘレンを睨み付けた。



 ヘレンは、自身が関係した揉め事が起っていると言うのに、依然、座ったまま、目を瞑っている。

 ……って言うか、もしかして、寝てないだろうな?



「何を言ってやがる。ヘレンの占い通りになりそうじゃねーか。大体、徴兵を逃れたゴロツキを集めて弱い者いじめしてるだけのおまえらが、処罰されない方がおかしいだろ」

「ふふふ……。先日来た、王国の警備兵達も、同じ事を言っていたぞ。だが、全部、返り討ちにしてやったがな」

「何っ?」

「一個小隊が全滅させられたなんて、王国も発表は出来ないみたいだがな」

バロールは、不敵な笑みを浮かべながら、自らの戦果を誇った。



 一個小隊と言えば、4、50人もいるはずだ。

 それを、このバロールが……?



「フン……。じゃあ、警備兵の代わりに、あたしがヘレンの予言を実行してやるよ。占いに拘ってここに来たことを後悔させてやるっ!」

「ふふふ……。小娘、おまえに出来るかな?」

アイラもバロールも、自信たっぷりのようだ。



 バロールの手下達が武器を構え、バロール自身もローブの袖を捲る。



 アイラは、ブランと戦った時のように、両腕をダラリと下げると、リズムをとるようにステップを踏み始めた。






「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

突如、バロールは呪文のようなものを唱え出した。



「……、何だ?」

アイラは呟く。

 アイラから余裕の笑みが消えた。



「……、精霊の僕、バロールがここに緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ! ムンっ!」

バロールは呪文を唱え終えると、アイラに向かって右手を振りかざした。

 すると、その右手からは、黒い煙のようなものが立ち上り、一メートルくらいの球が形成された。

 そして、球が煙で漆黒の闇に染まると、超高速でアイラ目がけて襲いかかったのだ。



「サアっ!」

アイラは暗黒の球を避けるために、大きく横に飛び退く。

 しかし、付いて行くように暗黒の球は軌道を変え、アイラの側面に直撃した。



「くっ……、……」

暗黒の球は、みるみるうちにアイラに吸収されていく。

 アイラの口から、思わず苦しそうな呻きが漏れた。



「ふふふ……。動けないだろう? おまえがいくら優秀な武闘家でもな」

「く、くっ……」

バロールは、当然とばかりに苦しんでいるアイラを嘲笑う。



 アイラは身動きがとれないのか、暗黒の球を受けた姿勢のまま、バロールを睨み付ける。



「さあ、おまえら、この小娘を片付けて、ヘレンを連れて行くのだ」

バロールはニヤリと笑うと、部下達に命令を下した。

 命令を聞き、鉞を担いだ男が、身動きのとれないアイラに近づく。



「残念だったな、ネーちゃん。これでお前も終わりだっ!」

鉞を振りかぶり、男は、アイラ目がけて撃ち下ろした。



「うっ……、うう……」

しかし、男の鉞は、アイラに命中することはなかった。

 それどころか、男の腹には、アイラの右拳が突き刺さっているではないか。



「ば、バカな……。緊縛呪を受けて、動けるなんて……」

「くっ、くく……」

「こ、こいつ、化物か?」

「くっ……、……」

バロールは血相を変えた。

 まさか、アイラが動けるとは思わなかったらしい。



 ただ、アイラも自由に動けるわけではないようだ。

 相変わらず苦しそうな呻きを漏らし、その場から動かない。



「ちっ、まあ、いい……。おまえら、武闘家は放っておけ。どうせそこからは動けん。それより、占い師を連れて行け」

バロールは、何をするか分からないアイラを放置し、部下にヘレンの拉致を命じた。



 ヘレンは、男達が腕をとって連れて行こうとしても逆らわず、何事もなかったかのように、連れられて行った。

 ただ、チラッと身動きのとれなくなったアイラを見て、心配そうな表情はしていたが……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

私が公爵の本当の娘ではないことを知った婚約者は、騙されたと激怒し婚約破棄を告げました。

Mayoi
恋愛
ウェスリーは婚約者のオリビアの出自を調べ、公爵の実の娘ではないことを知った。 そのようなことは婚約前に伝えられておらず、騙されたと激怒しオリビアに婚約破棄を告げた。 二人の婚約は大公が認めたものであり、一方的に非難し婚約破棄したウェスリーが無事でいられるはずがない。 自分の正しさを信じて疑わないウェスリーは自滅の道を歩む。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

お粗末な断罪シナリオ!これって誰が考えたの?!

haru.
恋愛
双子の兄弟王子として育ってきた。 それぞれ婚約者もいてどちらも王位にはさほど興味はなく兄弟仲も悪くなかった。 それなのに弟は何故か、ありもしない断罪を兄にした挙げ句国外追放を宣言した。 兄の婚約者を抱き締めながら... お粗末に思えた断罪のシナリオだったけどその裏にあった思惑とは一体...

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

処理中です...