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第25話 木原 vs 田所
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「ピンポーンっ」
101号室のインターフォンを押すのは何度目だろう?
それに、こんなに緊張しながら押すのも……
今日は、小百合が裕太に会いに来ている。
そう、月の最初の日曜日だ。
偶然のこととは言え、これはとても有り難いことだった。
何故って、これから木原が田所と会うから……。
その場に私も同席させてもらう約束がしてあり、本当なら裕太も一緒に連れて話を聞くつもりだったのだ。
それが、たまたま月初めの日曜だったので、小百合に裕太を預けて、心おきなく木原と田所のやり取りを聞くことが出来ることになった。
木原は、建築審査会を切り札のように考えているようだ。
だが、それが必ずしも功を奏すとは限らないと説明してくれた。
建築審査会に出席する専門家達は、皆、建築関係の人々なのだそうだ。
だから、基本的に保守系の党派と繋がっていることが多く、業者寄りの考え方をすることが少なくないと言う。
それに、そもそもこの市は建設関係の利権が多く、以前の市長も元建設官僚だったらしい。
つまり、建築審査会でかなり明白な業者側の不備を指摘しないと、こちらの意見は通らないと言うことなのだ。
ただ、それでも業者にとって建築審査会は嫌なものらしい。
こちらに不備を指摘されないように、万全の備えをしなくてはならないから。
同じようでも、裁判と違って建築審査会には弁護士費用などはかからない。
もし、こちらが負けに等しいような状況に陥っても、損害賠償などは発生しないのだ。
だから、住民側にとっては争点さえあればやり得なのだと、木原は言う。
「あれ? 裕太君はどうしたの。連れてくるって言ってなかったっけ?」
「それが、ちょうどお義母さんが来てくれてまして、預かってもらってます」
「そう、それは良かった。裕太君も小難しい話を聞かされるのは嫌だろうからね」
「うふっ、そうですね」
木原はいつもと変わらず、気を遣ってくれる。
この細やかな心遣いこそが、木原の良いところだと私は思う。
「あ、そうだ、ちょっと紹介しておくね」
木原は私を事務所に招き入れると、リビングの奥を指さして言った。
「彼は川田君と言って、市民運動家なんだ。マンション問題なんかにも詳しい」
「一度、お目にかかったことがあります。木原さんがご不在のときに……」
「そうだったね。そう言えば、晴美さんが訪ねてきたことは、川田君から聞いたんだった」
「マンション問題に詳しいって、頼もしいですね」
「うん。昨年、世の中を騒がせたマンションが傾いた件を知っているだろう?」
「はい、市内で二件もありましたね」
「そうそう……。あれなんかも川田君はかなり良く知っていたりするんだ」
「……、……」
川田は、少しこちらを向いて会釈をすると、すぐに持っている資料に視線を戻す。
「今、隣のマンションの資料を読んでもらっている。彼なら何か僕が気がつかないことも分かるかと思って」
「……、……」
木原が気がつかないことが分かる?
川田と言う人は、そんなに優秀なのか。
申し訳ないけど、見た目はあまり冴えない人だけど……。
木原と違って、愛想も良くないし……。
「ピンポーンっ」
来たなっ!
きっと田所だ。
私はパイプ椅子に座って、ちょっと身を堅くする。
今日で何らかの答えが出るかも知れないと思うと、私が何をするでもないのに緊張が高まってくる。
「失礼します……」
田所は、相変わらずスッキリとした装いのスーツで現れた。
いつも通り、革のブリーフケースを持って。
「まあ、お掛け下さい。ご足労いただいてありがとうございます」
「いえ、こちらこそもっと早く木原様にはお目にかかるつもりでおりました。そちらからお声かけいただいて恐縮しております」
木原は、すっと立ってお茶を入れに行く。
川田は関心がないのか、ずっと資料に目を通したままだ。
「あ、申し訳ありません。お気を遣っていただいて」
「……、……」
田所は、木原に向かって頭を下げ、お茶をずずっとすする。
「では、始めましょうか」
「……、……」
「僕は説明会に顔を出せませんでしたが、晴美さんから大筋は聞いています。立駐機とその影のことも……」
「その件に関しましては、滝川様にお伝えした通りです」
「ああ、それは良く分かっています。ただ、どうしてそんなに駐車場が必要なのか、僕には理解できないんだ」
「……、……」
「田所さんも御存知でしょう? 何処のマンションも駐車場が余っているのは」
「……、……」
「もちろん、それはオーナーの意志なんだろうけど、多く造れば良いってもんじゃないよね?」
「……、……」
「どうして三階建ての立駐機が必要なのか、その理由を聞かせてもらえないだろうか?」
「……、……」
木原は打ち合わせ通り、話を始めた。
「理由でございますか……。それは端的に言えばオーナーの意志としか言いようがありません」
「ん? まあ、そうだろうけど……」
「それと、木原様は現状を仰っておられますが、将来的に駐車場が必要になる可能性については考慮されておられないのではないですか?」
「つまり、車を所持する人が増える可能性があると言うのかな?」
「はい……。これからはEV(電気自動車)やAIで走る自動運転車の普及が見込まれます。それらが現在の乗用車と同じように普及した場合に、駐車場が現状と同じ台数で済むとは限りません」
「……、……」
田所は穏やかな表情を変えず、静かに反論を開始した。
裕太ママ晴美の一言メモ
「き、木原さん、頑張って! 川田さんも、資料を見てばかりいないで、何か言ってあげてよ」
101号室のインターフォンを押すのは何度目だろう?
それに、こんなに緊張しながら押すのも……
今日は、小百合が裕太に会いに来ている。
そう、月の最初の日曜日だ。
偶然のこととは言え、これはとても有り難いことだった。
何故って、これから木原が田所と会うから……。
その場に私も同席させてもらう約束がしてあり、本当なら裕太も一緒に連れて話を聞くつもりだったのだ。
それが、たまたま月初めの日曜だったので、小百合に裕太を預けて、心おきなく木原と田所のやり取りを聞くことが出来ることになった。
木原は、建築審査会を切り札のように考えているようだ。
だが、それが必ずしも功を奏すとは限らないと説明してくれた。
建築審査会に出席する専門家達は、皆、建築関係の人々なのだそうだ。
だから、基本的に保守系の党派と繋がっていることが多く、業者寄りの考え方をすることが少なくないと言う。
それに、そもそもこの市は建設関係の利権が多く、以前の市長も元建設官僚だったらしい。
つまり、建築審査会でかなり明白な業者側の不備を指摘しないと、こちらの意見は通らないと言うことなのだ。
ただ、それでも業者にとって建築審査会は嫌なものらしい。
こちらに不備を指摘されないように、万全の備えをしなくてはならないから。
同じようでも、裁判と違って建築審査会には弁護士費用などはかからない。
もし、こちらが負けに等しいような状況に陥っても、損害賠償などは発生しないのだ。
だから、住民側にとっては争点さえあればやり得なのだと、木原は言う。
「あれ? 裕太君はどうしたの。連れてくるって言ってなかったっけ?」
「それが、ちょうどお義母さんが来てくれてまして、預かってもらってます」
「そう、それは良かった。裕太君も小難しい話を聞かされるのは嫌だろうからね」
「うふっ、そうですね」
木原はいつもと変わらず、気を遣ってくれる。
この細やかな心遣いこそが、木原の良いところだと私は思う。
「あ、そうだ、ちょっと紹介しておくね」
木原は私を事務所に招き入れると、リビングの奥を指さして言った。
「彼は川田君と言って、市民運動家なんだ。マンション問題なんかにも詳しい」
「一度、お目にかかったことがあります。木原さんがご不在のときに……」
「そうだったね。そう言えば、晴美さんが訪ねてきたことは、川田君から聞いたんだった」
「マンション問題に詳しいって、頼もしいですね」
「うん。昨年、世の中を騒がせたマンションが傾いた件を知っているだろう?」
「はい、市内で二件もありましたね」
「そうそう……。あれなんかも川田君はかなり良く知っていたりするんだ」
「……、……」
川田は、少しこちらを向いて会釈をすると、すぐに持っている資料に視線を戻す。
「今、隣のマンションの資料を読んでもらっている。彼なら何か僕が気がつかないことも分かるかと思って」
「……、……」
木原が気がつかないことが分かる?
川田と言う人は、そんなに優秀なのか。
申し訳ないけど、見た目はあまり冴えない人だけど……。
木原と違って、愛想も良くないし……。
「ピンポーンっ」
来たなっ!
きっと田所だ。
私はパイプ椅子に座って、ちょっと身を堅くする。
今日で何らかの答えが出るかも知れないと思うと、私が何をするでもないのに緊張が高まってくる。
「失礼します……」
田所は、相変わらずスッキリとした装いのスーツで現れた。
いつも通り、革のブリーフケースを持って。
「まあ、お掛け下さい。ご足労いただいてありがとうございます」
「いえ、こちらこそもっと早く木原様にはお目にかかるつもりでおりました。そちらからお声かけいただいて恐縮しております」
木原は、すっと立ってお茶を入れに行く。
川田は関心がないのか、ずっと資料に目を通したままだ。
「あ、申し訳ありません。お気を遣っていただいて」
「……、……」
田所は、木原に向かって頭を下げ、お茶をずずっとすする。
「では、始めましょうか」
「……、……」
「僕は説明会に顔を出せませんでしたが、晴美さんから大筋は聞いています。立駐機とその影のことも……」
「その件に関しましては、滝川様にお伝えした通りです」
「ああ、それは良く分かっています。ただ、どうしてそんなに駐車場が必要なのか、僕には理解できないんだ」
「……、……」
「田所さんも御存知でしょう? 何処のマンションも駐車場が余っているのは」
「……、……」
「もちろん、それはオーナーの意志なんだろうけど、多く造れば良いってもんじゃないよね?」
「……、……」
「どうして三階建ての立駐機が必要なのか、その理由を聞かせてもらえないだろうか?」
「……、……」
木原は打ち合わせ通り、話を始めた。
「理由でございますか……。それは端的に言えばオーナーの意志としか言いようがありません」
「ん? まあ、そうだろうけど……」
「それと、木原様は現状を仰っておられますが、将来的に駐車場が必要になる可能性については考慮されておられないのではないですか?」
「つまり、車を所持する人が増える可能性があると言うのかな?」
「はい……。これからはEV(電気自動車)やAIで走る自動運転車の普及が見込まれます。それらが現在の乗用車と同じように普及した場合に、駐車場が現状と同じ台数で済むとは限りません」
「……、……」
田所は穏やかな表情を変えず、静かに反論を開始した。
裕太ママ晴美の一言メモ
「き、木原さん、頑張って! 川田さんも、資料を見てばかりいないで、何か言ってあげてよ」
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