上 下
24 / 30

第24話 木原の決断

しおりを挟む
「ごめんね、せっかく半休をとってもらったのに……」
「いえ……」
私達は中高層調整課を出ると、すぐ側の喫茶店に入った。

 まだ、10時過ぎなので、私が仕事に行くまでには時間がある。
 木原も県庁で用事があるのは午後からだと言う。
 そこで、二人で少し話し合うことにしたのだ。

 木原は先ほどから、中高層調整課に行っても成果に乏しかったことを何度か謝っている。

「ただね、やはり立駐機が焦点なことには変わりがないと思うんだ。まだ相手の出方も分からないし、一概にダメと決まったわけではないから」
「そうですね。でも、私は業者と接してきて思いました。彼等は簡単に引き下がるようなことはしないと。もし本当に覆いが壁になってしまうのなら、防音や防塵のための覆いの方をそんなに簡単に約束するとは思えないので……」
木原は慰めてくれているつもりのようだが、私は不安ではあるがそれほど落ち込んではいなかった。

「木原さん……。私、思ったんです。最初はたかが日照のことだと思っていたんですけど、これは本当に大変なことなんだと。彼等も生活が懸かっていると言うことが嫌と言うほど分かりましたし、木原さんの仰る、政治は皆平等に受けられると言うことがどれほど大切なことかも分かりました」
「……、……」
「だから、たとえこちらの主張が通らなくても、やれることはやったと思えると思います。それくらい今回の件は、私にとって良い勉強になりました」
「……、……」
私は率直に、今感じていることを話した。

 もちろん、主張が通って立体駐車場が二階建てになるに越したことはない。
 しかし、主張が通ることも大事だが、木原に接して小百合から教わるのと同じような人生の教訓を得たことは、私にとって同じくらい貴重なことだと思うのだ。

「まあ、晴美さんがそう言ってくれると少し気が楽になるけど、その気持ちはまだ胸の奥に仕舞っておいてね」
「……、……」
「もう、どうしようもないと諦めてからでも遅くはないからさ」
「……、……」
木原はそう言って優しく微笑みかけてくれる。

 そう、彼はまったく諦めてはいないのだ。
 木原の優しげな物腰の奥には、断固たる決意が秘められているのが私にも感じられる。




「僕は、最初から疑問に思っていることがあるんだ」
「疑問ですか?」
「うん……。業者は何故そんなに立駐機の台数に拘るのだろうと」
「それは、マンション本体が薄利だからではないですか? 立体駐車場の賃料が入れば少しでも利益になるでしょうし……」
「まあ、それはそうなんだけど……」
「……、……」
どうしてそんなことが気になるのだろう?
 私でも業者が立体駐車場に拘る理由が分かるのに……。

「晴美さんは、こんな話を聞いたことがないかな? 若者の車離れがかなり進んでいる……、って」
「あ、そう言えば聞いたことがあります。免許を取る人自体も減っているんですよね? ネットニュースで読みました」
「そうなんだ。特に、都市部でそれが顕著でね」
「……、……」
「地方は車がないと生活出来ない環境の人も多いけど、都市部では交通インフラが発達しているから、どうしても車がなくては生活できない人は少ない」
「……、……」
「これからマンションを購入する人は、基本的に若い人だからね。だとすると、駐車場がなくてもそれほど困らなくなっているんだ」
「……、……」
「これは統計上も間違いのないことだし、実際にウチのマンションだって十五台分しか駐車場がないけど、数台分は空いているだろう?」
「そのようですね。理事会の議事録にそんなことが書いてあった気がします」
「隣のマンションに、何台分の駐車場が出来るか知ってる? 僕は数えてみたんだけど、全部で二十四台分もあるんだよ。その内、立駐機の分が十八台。つまり、一階あたり六台分ずつと言うことになる」
「……、……」
「だったら、三階建てなんかにしなくたって良いと思わない? 二階建てにして十八台分確保すればそれでもウチのマンションより多いんだよ」
「……、……」
そうか……。
 業者は不自然なことをしているのか。

 木原の言うことは筋が通っている。
 万が一にでも、確認申請が下りないなんて事態が起れば、立体駐車場に拘るなんてバカバカしいし……。
 しかも、いくら立体駐車場を造っても、全部が埋まるとは限らないのだ。

「晴美さん……。僕も業者に会ってみようと思う。それで、立駐機の覆いのことや台数が不自然に多いことを率直に聞いてみようと思うんだ」
「……、……」
「彼等も別に理不尽なことがやりたいわけではないはずなんだ。それなりの理由があるはずだよ」
「……、……」
「だけど、こちらにも都合があるし、晴美さんの言うように器物の影で生活しろと言うのは理不尽だ」
「……、……」
「だから、もし、どうしても向こうが譲らなかったら、そのときは建築審査会を開くことを要請しよう」
「建築審査会?」
「そう……。建築確認申請を行うときに、疑義があれば複数の専門家にその是非を問うことが出来る。それが建築審査会と言う制度なんだ。僕は市議に知り合いがいるからね。話せば必ず力になってくれる」
「……、……」




 裕太ママ晴美の一言メモ
「確かに私の友達にも車の免許を取ってる人って半分くらいしかいないかも。車で出掛けるとお酒も飲めないし、そんなに需要がないのも分かるような気がするかな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

RICE WORK

フィッシュナツミ
経済・企業
近未来の日本、長時間労働と低賃金に苦しむ社会で、国民全員に月額11万円を支給するベーシックインカムが導入され、誰もが「生活のために働かなくても良い」自由を手にしたかに見えました。希望に満ちた時代が到来する中、人々は仕事から解放され、家族との時間や自分の夢に専念できるようになります。しかし、時が経つにつれ、社会には次第に違和感が漂い始めます。 『RICE WORK』は、経済的安定と引き換えに失われた「働くことの意味」や「人間としての尊厳」を問いかける物語。理想と現実の狭間で揺れる人々の姿を通して、私たちに社会の未来を考えさせるディストピア小説です。

努力法-努力すれば報われる世界-

鬼京雅
大衆娯楽
努力法が発令された世界での人類。 ※小説家になろうでも掲載中

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

コント:通信販売

藍染 迅
ライト文芸
ステイホームあるある? 届いてみたら、思ってたのと違う。そんな時、あなたならどうする? 通販オペレーターとお客さんとの不毛な会話。 非日常的な日常をお楽しみください。

処理中です...