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1話 中卒ニート、異世界へ

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 甲子園――それは野球を愛する者なら誰もが憧れる夢のステージ。
 親友の千代田と必ず甲子園に行くと誓い合い、2人で野球の名門高校を受験した結果、見事に僕だけ落ちるのであった。
 こうして夢破れ、僕の青春は無事終了するのだった。


「いや、終わってたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 僕は受かる気満々で購入した名門高校の制服を着ながら発狂していた。
 バカなりに努力したにもかかわらず、報われることはついになかった。
 今、思えば中学3年間ずっとベンチ外でレギュラー入りも叶わず卒業を迎えた僕は野球においても努力が実ることはなかった。自分の才能のなさに何度涙したか分からない。
 頭がすこぶる悪くて、運動神経も皆無で、おまけに背もめっぽう低い。もはや人生そのものが罰ゲームなのではないかと疑うレベルだ。
 それにひきかえ親友の千代田は頭がすこぶる良くて、運動神経は抜群で、おまけに高身長の眉目秀麗のモテモテ野郎だ。もはや人生そのものがチートすぎるレベルだ。
 当然、千代田は名門高校に余裕で受かり、入学前から早くも期待のルーキーとしてマスメディアからも注目を集めていた。
 この世に神がいるならば生まれながらの格差を人間に設けた罪を償うために地獄の業火で是非とも焼かれていただきたいものだ。
 僕は苦渋に満ちた表情で名門高校の制服を脱ぐと、すぐさまゴミ袋にぶち込んでやった。


「こらこら、高かったんだから捨てるのはもったいないっしょwww」


 僕の双子の妹であるユウコはゴミ袋から名門高校の制服を救出すると、サイズをチェックするように自らの身体に当て始める。
 ユウコは兄である僕と違い、文武両道の優等生なのだが、一つだけ共通していることがある。それは外見であり、姿形や声まで瓜二つで似たような服を着ていたら先ず見分けがつかないレベルなのだ。


「私、男子の制服の方が良かったかも……」


 中卒ニートコースが確定した兄の僕とは裏腹に妹のユウコは今年から華々しく名門高校への入学が決まっている。
 親友と妹が勝ち組コースを歩んでいく中、落ちるところまで落ちた僕は底辺コースまっしぐらだ。底辺は大人しく福祉にでも繋がって、勝ち組が納めた税金で養ってもらうとしよう。


「もう僕には必要ないからあげるよ」
「へぇ、もらっていいんだ。だったら、女子の制服はユウタにあげる♡」


 そう言うと、ユウコはセーラーブラウスとスカートの制服一式を持ってきた。


「いやいや、ユウコが春から着る制服でしょうが」
「私、入学は辞退するつもりだから。春からは中卒ニートライフを満喫するっしょ!」
「はあ⁉︎ 正気か! せっかくのチャンスをふいにするなんて……世の中には行きたくても行けないバカが山ほどいるんだぞ!!!」
「だって学校と制服が嫌なんだもん。そんなに行きたきゃ、ユウタが私の制服着て行けばいいじゃん」


 我が妹の提案に僕は雷を打たれたような衝撃を覚えた。
 確かに傍目からは僕とユウコの区別は先ずつかない。僕がユウコの代わりに入学し、野球部に入部さえできればワンチャンあるかもしれないではないか。


「よ~し、兄である僕が妹のために名門高校へ3年間通ってあげよう。そうすればユウコは登校しなくても高卒の資格を得ることができちゃうぞ」
「わぁ~い、学校に行かなくても出席したことになるとかマジ最高っしょ!」


 卒業できたとしても僕自身の経歴は中卒だが、そんなことはどうだっていい。甲子園に行くことさえ出来れば我が人生に一片の悔いなしだ。
 かくして僕は親友の千代田と甲子園に行く夢を叶えるために妹のユウコとして名門高校へ入学するのであった。




ーーー




 入学式を終えて、さっそく僕は野球部のグラウンドに来ていた。


「ここが夢にまで見た名門高校野球部か。僕、ホントに入学しちゃったんだな」


 キンと響く打撃音が耳に入ってきた。金属バットがボールを叩く良い音だ。
 整備されたグラウンドには親友の千代田目当ての女子生徒が群がっていた。
 入学式が終わったばかりだというのに早くも部員達は練習に励んでいる。


「あれ?……ユウコちゃん」


 期待の新星としてレギュラー入りが入学時点で確定している千代田が僕の存在に気がついた。だが、僕のことをユウコの方だと信じて疑っていないようだ。


「わざわざ俺に会いに来てくれたのかな?」


 千代田が僕に歩み寄って来た次の瞬間、銃声がした。
 すぐ近くにいた千代田の頭部から血がほとばしり、膝を崩した。


「おのれ~、ちょっとばかし顔が良くて才能があるからってチヤホヤされやがって! お前なんかこうしてくれるわ!!!」


 お手製の銃から雨滴の如く発射される銃弾が千代田の腹、胸、手足を問わず穴を穿っていく。電気ショックを喰らったように体がのけぞり、僕の背後まで千代田は吹き飛ばされる。


「うへへ、ざまあみろ!!! 女にモテるヤツには天誅あるのみ!」


 おびただしい量の血の染みが地面に広がっていき、千代田は動かなくなった。
 あまりにもショッキングな地獄絵図に僕は目の前が真っ暗になった。




ーーー




 気がつくと、僕は文明レベルが地に落ちたような荒廃とした街にいた。


「ユウタ……気がついたんだね」


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれた瞬間、僕は愕然とした。


「千代田……千代田なの⁉︎」


 凄惨な最期を遂げたはずの千代田を目の前にした僕は感極まって思わず抱きしめる。


「良かった……生きてたんだね!」
「ユウコちゃんじゃなくて、やっぱりユウタの方だったか♡」


 僕の親友だけあって千代田にはすぐ見破られてしまった。


「よく分かったね。やっぱり、千代田には全てお見通しか」
「あぁ、最初に見た時からユウタだとは思ってたよ。それで今、ハグされて確信した。ユウタは感激すると、事あるごとに抱きついてくるからさ♡」


 そういう言い方をされると、まるで不審者みたいだが、確かに僕はしょっちゅう千代田に抱きついているような気がしないでもない。僕のせいで千代田にまでゲイ疑惑が生じ、いつも周囲の人間からは恋人同士に見えるとからかわれていた。


「なんかゴメン……男同士なのにスキンシップ激しくて……」


 謝罪すると、千代田は僕の頭をポンポン撫でながら抱きしめ返してきた。


「いいんだよ、むしろ光栄だからさ。それよりも、ここはどこなんだろ?」


 今更になって僕も現在地がどこなのか気になり始める。
 本当に日本なのかと疑うレベルの街並みに終始圧倒されながら辺りを見回すと、醜悪な面構えのチンピラ集団に囲まれていた。


「デュフフ、女がいるぜぇ~」
「女、ほちいよぉ~」
「男は細切れにして、女の方はみんなで輪姦まわそうぜ」


 女を輪姦まわそうと吐かしているが、一体どこに女がいるのだろうか……。


「まずい!……コイツら、ユウタのことを狙っているぞ」


 千代田に言われて、自分が今はユウコの制服を着ていることを思い出した。
 僕は慌てて、千代田の後ろに隠れた。
 千代田は僕の肩に腕を回すと、優しく抱き寄せてくれた


「大丈夫だ、無視して行こう」


 無視して行こうとすると、巨大バズーカを持った男が千代田の尻を蹴り上げた。
 千代田は何ともない様子だが、僕はこの状況に脚が震え、玉の汗が出た。


「おい、見ろよ。震えてるぜ」
「なかなか可愛いじゃねえか。見世物小屋に売ったら、億万長者になれるぜ」
「いやいや、オレたち専用のオナペットにしようや」


 バズーカ男が僕に手を触れようとした次の瞬間、バズーカ男は後ろに吹き飛ばされ、背中から倒れた。
 一瞬の出来事で何をしたのかは分からないが、千代田のした事だというのは分かった。


「この野郎ッ!」


 坊主頭は小銃を抜くと、千代田に向けて発砲した。
 パーンという銃声と共に硝煙が上がる。


「千代田ッ!!!」」


 思わず千代田の名を悲鳴のようにあげた。


「いやはや、びっくりしたぞ。なんか俺、すげえ強くなったみたいだ……」


 驚くべきことに千代田は素手で銃弾を受け止めていたのだ。


「モンスターだって一発で倒せる銃なのに……こいつ化け物だ!!!」


 男たちは恐怖におののきながら急いでその場を去っていった。


「千代田、強すぎでしょ! いつから、そんなに強くなったの⁉︎」
「分からない。ここに来てから急にパワーがみなぎってくるような高揚感を覚えるんだ……おや、あれは何だろ?」


 裸で磔にされた男の子達が苦悶の叫び声をあげているのが目に入った。


「今日もまた、生意気なウジ虫共を捕らえた! これより、Ωの公開処刑を行う!」
「誰か助けてくれぇ~ッ!!!」
「ぼくたちは何も悪いことはしてないんだ!!!」


 必死の嘆願も聞き入れられることなく容赦ない鞭の雨が男達を襲う。


「ふはははッ!!! せいぜい喚くがいい! 貴様らが苦痛に喚くたび、この世は浄化されていくのだ!」


 高らかに嗤いながら鞭を叩きつけていく残虐非道な蛮行に千代田の怒りが爆発する。


「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」


 千代田は脳天をかち割る勢いで鞭を振るう男の頭にかかと落としを決めると、本当に頭が割れて血がブシャッと赤いシャワーの如く周囲に飛び散りまくる。
 スプラッター映画のような光景に思わず貧血を起こしてしまいそうだ。


「助けていただき誠にありがとうございました」
「本当に感謝してもしきれない程、感謝しております」


 先程まで磔にされていた男の子達を救出すると、熱心に感謝の言葉をかけられる。


「礼には及ばないさ。俺は千代田。Ωと呼ばれていたが、君たちは一体どうして処刑されそうになってたんだ? この街には来たばかりで何が何やらサッパリ分からなくてね」


 千代田の問いに男の子達は順を追って説明し始める。
 彼らの話によると、Ωとは子供を産むことに特化しており、妊娠出産のリスクが少なく、健康的な子を多く産める性らしい。Ωは出生率を上げるために妊娠出産が義務付けられているそうだ。
 体が頑丈で病に強く、優秀で統率力に優れたαの男からの性的アプローチを断った為に彼らは処刑されそうになったと涙ながらに語ってくれた。
 Ωはフリーのαやβ(一般男)を惹き付けるフェロモンを常に出しており、そのせいで体目当てで迫ってくる男が後を絶たないらしい。


「それにしても女の人を生で見るのは初めてです」
「女の人を連れてるなんて、さすがは千代田様です!」


 Ωの男の子たちは物珍しそうにこちらを見やる。実際は妹の制服を着ているだけの男なんだけど……。


「そんなに女が珍しいのか? 確かに見渡す限り、男ばかりではあるが……」


 千代田の言にΩの男の子たちはキョトンとした様子で返答する。


「そりゃあ、そうですよ。女の人がこんなスラム街にいるはずないですから」
「そうそう、ここではドラゴンやペガサスよりも希少価値がありますよ」


 どうりで先程から周囲の視線が僕ばかりに刺さるわけだ。スプラッター全開の惨殺を行なった千代田よりも注目される理由をやっと理解した。




ーーー




「この世界のことはだいたい分かった」


 この世界の歴史の教科書を古書店で盗んできた千代田は丸々読み終えたらしく、僕に説明し始める。
 千代田の話によると、この世界は天地開闢した時に1人の神が魔法と区別がつかないほどに進んだ科学文明を有する高度な人類を創造した。だが、地上は争いの絶えることのない世界であり、便利さにかまけて彼らの生活も腐敗していった。
 そこでただ一人善良だった男――アギトは世界を正しく導こうと孤軍奮闘したが、悪行に酔う人々によって不幸な最期を遂げるのであった。
 アギトの悲運を哀れんだ神は彼の亡骸に自らの生命と力を根こそぎ与え、超人として復活させると人類を断罪する役目を命じるのだった。
 神の代行者となったアギトは人類を粛清すべく巨大隕石を地上に激突させ、人々が生んだ文明にピリオドを打った。津波が大陸を洗い、撒き上げられた大量の粉塵が太陽光を遮り、酸性の雨が大地を浄化した。
 アギトによって文明から解放された人類は物資に乏しく、明日の食事さえままならぬ世界で真面目に働くようになった。
 そして神の御業でアギトは人々にオメガバース的な性別を与え、この世に全く新しい性役割を設けた。
 それがα、β、Ωである――。


「なるほど、それで現在に至るわけか」


 この世界の大まかな成り立ちは理解したが、僕たちが何故この地へと呼び出されたのかは未だ不明だ。
 一体全体、僕と千代田は今後どうやって生きていけば良いのだろうか。


「ユウタはどうしたい? 俺はユウタの選択を一番に尊重するよ」
「う~ん、僕は……千代田と一緒に甲子園に行きたいかな」


 この期に及んで甲子園に執着する僕に千代田は腹を抱えて笑い始める。


「はははッ、その格好で甲子園に行くのかい? それだと選手としてではなく、マネージャーとして行くことになるぞ♡」
「うん?……あぁ、そうか!!!」


 ユウコの身代わりで入学するということは女子として野球部に入部することになる。つまり男子として試合に参加することは疎か一緒に練習することも出来ない。今まで考えつきもしなかった。だが、それでも僕は……。


「甲子園に行きたい。もっと正確に言うと、千代田と一緒に青春を謳歌したいんだ!」


 僕の言に千代田は再び爆笑すると、こちらの身体を高い高いするように抱きかかえる。


「俺もユウタと青春がしたい! そしてユウタと、ずっと一緒にいれたら良いなって思う……♡」


 少しばかり照れくさそうに言う千代田が無性に愛おしく感じられた。
 千代田となら知らない世界であったとしても絶対に大丈夫。僕にとって千代田は人生の全てであり、僕が生きる理由そのものだから――。
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