上 下
13 / 51
一章

13.ランタンを上げよう

しおりを挟む
 騎士団が後始末を終えると、運河の岸辺、船着き場周辺はまた、賑やかさを取り戻していった。ランタンが上がるのではないかと、人々は今か今かと待っている。

 騒がしい人々の波から、マリクが現れた。ローレンを見つけるとイライラとした様子で大股で歩き近づいてくる。

「ローレン!こんなところにいたのかよ!俺を手伝うはずだろうがっ!お前俺の騎士だろ?!」
「俺はまだ見習いです。マリク様の専属なんてとんでもない。それに、騎士祭りが中止になったのなら婚約者のお披露目も中止になったのではないですか?」
 婚約…!そうだ!今日、マリクとローレンの婚約が行われるんだった…。ローレンが助けに来てくれたから忘れていた。思い出すと、また悲しくて胸が痛んだ。

「フン…。二度とエヴラール辺境伯家に入ろうと思わなくなるくらいに滅茶苦茶にしてやろうと思っていたのに…ただ単に中止になっただけだ。父上を見損なった。母上を真実、愛していると思っていたのに、側室なんて…!母上がどんなに憔悴していることかっ!だいたい俺はアルファのローレンより優秀なんだぞ!それなのにこの国の法律はおかしい!」
 マリクはそう、息まいている。父上の側室、ということは…今回婚約しようとしていたのはマリクではなくエヴラール辺境伯、本人?エヴラール辺境伯の側室との婚約をめちゃくちゃにするため、マリクは俺から花を取り上げたのか?巷では、噂が間違って伝わっていたのだろうか。
 俺は思わずローレンに尋ねた。

「お二人が婚約するのではないのですか?」
「はあ?!マリク様と俺が婚約…?!しないよな、そんなこと!なあ、マリク様!」
「な…な…、ないよ…!ないない!ないけど…。なんでそんなこと、わざわざ聞くんだよ!」
 ローレンの問いかけに、マリクは真っ赤になって、かなり動揺している。…本当に、違ったんだ…、良かった。俺はホッとして、力が抜けた。力が抜けてぼんやりした俺の顔を見たローレンは、眉を寄せて怒ったような顔をする。

「ノア、お前…また俺より噂を信じて、俺とマリク様のこと、誤解していたのか?それで俺との約束をすっぽかして教会を出て行って、あの男に捕まった…?」
「…そ、それだけが理由じゃ…ないけど…ごめん… 」
  約束をすっぽかしたのは結果的に俺の方だ。俺が素直にローレンに謝ると、ローレンは少し表情を和らげた。

「それだけじゃないって、あとは何?」
「…俺を養子にと言っている方がいると…借金も返してもらえると言われて… 」

 ローレンは俺の返事を聞くと口を引き結び、先ほど和らげた表情をまた曇らせた。そのまま俺をじっと見つめた後、俺の手を引いて走り出す。


 ローレンは俺を連れて岸辺に準備してあった、ランタンを積んだ小さな船に勝手に乗り込んだ。乗り込んだのは帆もないオールで漕ぐ小さな船。積んであるのは俺たちが作った、ランタンだ…。

「ノア…ランタンを上げよう。」
「でも、俺、船を漕げないし、ローレンも疲れているのに…。」
「俺は大丈夫。休んで少し魔力も回復したし、オールで漕ぐ船だから!」

 俺が頷くと、ローレンはオールを漕いで船を出した。船が出て少しすると、マリクがローレンを追って来て「戻ってこい!」と岸辺で叫んでいるのが聞こえる。マリクが酷く怒った様子なので、俺は戸惑ってローレンに尋ねた。
 
「ローレン様…、マリク様が呼んでいますが…戻らなくても良いのですか?」
「ノアと、ランタンを見る約束だった。マリク様とは約束していないし、俺はあいつの部下じゃない。」
「でも、二人はアルファとオメガで…近くにいたら惹かれあって発情して…運命の番かもしれなくて… 」
「ノア、俺の運命を勝手に決めるなよ!」

 ローレンはひとつ、紙で作ったランタンを俺に持たせた。

「ノア…。俺の運命は俺が決める。ノアも選んでくれ、自分で…。」

 ローレンは俺をまっすぐ見つめる。

「エリーのふりをして書いた手紙…。あれはノアの気持ちだろう?『つれていって、あなたがすきです』って… 」

 ローレンは向かい合って、ランタンを持つ俺の手を上からそっと握った。お互いの瞳にお互いを映したまま、沈黙する。

「答えてくれ 」

 俺は涙が込み上げて答えられずに、でもはっきりと頷いた。

 俺が頷くと、ローレンは重ねた手の中のランタンに魔力で火をつける。次第にランタンの中の空気は熱を帯びて膨張し、ふわふわと夜空へ浮かび上がっていく…。

「…ノア。俺と家族になろう。成人したら、結婚しよう?だから養子になんてなるな 」
「ローレン… 」
「ちゃんと俺が、ノアを守れるようになる。今日みたいなことは二度とないから、誓って…。だからノアも約束してくれ。他の男について行くな 」
「でも…いいの…?おれ、ベータの男で…子供もできないし…。それに借金もあって… 」
「一緒に返していけばいい。一緒にいたい。好きなんだ。ノア… 」

 ローレンに引き寄せられて抱きしめられた。俺も好き、大好き…。でも涙で、言葉が出てこない。

「ノア…俺はずっと、毎週礼拝で俺がノアの前に立つのは、ノアに同情しているからだと思っていた。けど、違った…。好きだったんだ。ずっと… 」
「俺も…ローレン様が… 」
「ノア… 」
 
 俺たちは抱き合って口付けた。口付けの合間、見つめあってお互いの想いを確認する。ランタンは既に、遥か上空に浮かび、辺りは星あかりの僅かな光のみ。俺たちは暗闇に紛れて小さな船で二人きり、永遠を願った。


 しかしいつの間にか、辺りに船が数隻、すぐ側までやって来ていた。ランタンを上げるための船。しかも船の中から俺たち…いや、ローレンを呼ぶ声がする。

「おい、ローレン!何やってんだよ!仕事しろ!」
「マリク様…。今日はもう、仕事納めです。あと数時間で新年なのですから 」
「勝手な事言うなっ!戻ってこい!」

 ランタンを浮かべる為の船に乗ってやって来たマリクはローレンに向かって怒鳴っている。やっぱりマリクは…ローレンが好きなんだろうな、と俺は思った。ローレンは恋愛に疎いから気付く素振りもないけれど。

 ローレンは俺にもう一つ、ランタンを手渡した。

「一緒に… 」
「…うん 」

 俺たちはもう一度一緒に、ランタンを浮かべた。それは俺の夢、希望そのもの。

 周囲の船からも、たくさんのランタンが次々に浮かび、俺たちのランタンは直ぐに見えなくなってしまった。けれど…、ローレンがいれば見失わない。ないない尽くしの、俺にできた唯一の…希望の光…。
 
 その夜は二人でずっと、空に浮かぶランタンを眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

「その想いは愛だった」騎士×元貴族騎士

倉くらの
BL
知らなかったんだ、君に嫌われていたなんて―――。 フェリクスは自分の屋敷に仕えていたシドの背中を追いかけて黒狼騎士団までやって来た。シドは幼い頃魔獣から助けてもらった時よりずっと憧れ続けていた相手。絶対に離れたくないと思ったからだ。 しかしそれと引き換えにフェリクスは家から勘当されて追い出されてしまう。 そんな最中にシドの口から「もうこれ以上俺に関わるな」という言葉を聞かされ、ずっと嫌われていたということを知る。 ショックを受けるフェリクスだったが、そのまま黒狼騎士団に残る決意をする。 夢とシドを想うことを諦められないフェリクスが奮闘し、シドに愛されて正式な騎士団員になるまでの物語。 一人称。 完結しました!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱でちょっと不憫な第三王子が、寵愛を受けるはなし。 ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。 イラストを『しき』様(https://twitter.com/a20wa2fu12ji)に描いていただき、表紙にさせていただきました。

恋愛スイッチは入っていません! 宰相補佐と近衛騎士様では何も起こらないと思っていたら、婚約してました

nano ひにゃ
BL
仕事のためになれなれしくしていた相手と噂になっていたのを無視していたら、本当に婚約してしまっていた。相手は近衛兵の副隊長でさらに公爵家の血筋。それに引き換え自分は宰相に取り立ててもらって補佐の仕事はしているが身分はなんとかギリギリ貴族を名乗れる家の出。 なんとか相手から解消してもらえないかと相談することにしたが、なんとも雲行きが怪しくなっていく。 周りからかなり評判のいいスパダリ溺愛攻めと隠れスパダリの受けが流されながらもそれなりに楽しくやっていくお話です。 R表現は予告なく入ります。無理やりはないですが、不本意な行為が苦手な方はご注意ください。 ストーリーに変更はありませんが、今後加筆修正の可能性があります。 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】ハシビロコウの強面騎士団長が僕を睨みながらお辞儀をしてくるんですが。〜まさか求愛行動だったなんて知らなかったんです!〜

大竹あやめ
BL
第11回BL小説大賞、奨励賞を頂きました!ありがとうございます! ヤンバルクイナのヤンは、英雄になった。 臆病で体格も小さいのに、偶然蛇の野盗を倒したことで、城に迎え入れられ、従騎士となる。 仕える主人は騎士団長でハシビロコウのレックス。 強面で表情も変わらない、騎士の鑑ともいえる彼に、なぜか出会った時からお辞儀を幾度もされた。 彼は癖だと言うが、ヤンは心配しつつも、慣れない城での生活に奮闘する。 自分が描く英雄像とは程遠いのに、チヤホヤされることに葛藤を覚えながらも、等身大のヤンを見ていてくれるレックスに特別な感情を抱くようになり……。 強面騎士団長のハシビロコウ‪✕‬ビビリで無自覚なヤンバルクイナの擬人化BLです。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

処理中です...