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一章

9.約束

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 ローレンが実家に帰って、一週間。ローレンがいない日常は長く退屈なものだった。今日の礼拝にも、ローレンの姿はない。とうとうローレンはマリクと番になって婚約でもするのではないか…?アルファならエヴラール辺境伯家へ婿に入れるかも知れないし、エドガー家も血のつながらないローレンを厄介払い出来て一石二鳥。
 ーーと言うのが修道院での定説になりつつあった。
 今日、礼拝に現れたのは四十過ぎの男だけ。先日言っていた本を手渡された。
「ありがとうございます。でも、寄付は手続きが必要で…。あちらで行っています。お願いできますか?先日、手続きをせず絵本を受け取って叱られてしまって… 」
 そう言うと、男は黙って寄付の受付所へと向かった。そこから、俺に届く可能性は限りなく低くなるが…。俺はローレンとの先日の約束を守ったのだ。ローレンは俺と画家のギルドへ行くことと本を持って来ること、二つの約束をしたから、今はそれを信じたかった。

 礼拝に来た信者達が帰ったのを見送った後、簡単な掃除をしてその日の仕事を終える。俺がゴミを持って教会の外に出ると、クレマンが息急き切ってやって来た。

「ノア!少し良いかい!?」
「え、ええ… 」

 クレマンは興奮しながら俺を教会の裏庭に連れて行った。いつもエリーが寝ていたベンチに腰掛けて俺にずい、と近寄る。

「ノア、喜べ!お前を養子にしたいという方が現れた!貿易商をしておられる外国の方なのだが…。ほら、運河の向こう、岸祭りのランタンを見るために沢山船がでるだろう?あのうちの一艘をお持ちの大金持ち!」
「な、なぜそのような方が…?」
「先週、私が商談でお会いした時、お前の話になってなあ。慈善事業に大変熱心な方で、ぜひ、うちの子にと。読み書きも教えて下さるとおっしやっている!良い話だろう?」
 突然の話過ぎて、俺は戸惑った。外国に行くなんて想像したこともない。そんなことしたらローレンに二度と会えなくなってしまう。それに…。
「ありがたいお話ですが、私はエヴラール辺境伯に借金があり、にもかかわらず修道院で育てていただいたという恩義がございます。それを返さずに逃げる事など、できません 」
「それがな、ノア!借金ごと返して下さると言うのだ!こんな良い話、二度とないぞ!」
 借金ごと?まさか…。両親が残した借金は金貨十枚…加えてエヴラール辺境伯様の家宝を持ち出したとか。そんな大金ごと、俺を…?
「し、しかし…。養子の話は司祭を通す決まりになっています。司祭に相談をして参ります 」
「養子縁組の担当はウルク司祭だろう?だめだ!あいつは。仲介料を中抜きしていると聞く。私はエヴラール辺境伯に直接話をするから!ノア、よく考えなさい。考えたら私に言うんだよ?ほら、もう直ぐ騎士祭りだろう?その直前の礼拝の日に返事をしておくれ。そうすれば騎士祭りの時に紹介できるから 」
 クレマンはいい返事を待っているから、と言って帰って行った。

 ーー養子…。借金を返してもらえて、読み書きまで教えてもらえるなんて…。こんないい話、もう二度とないだろう。
 けれどまた、ローレンとの約束が頭をよぎった。養子になったら何不自由なく暮らせるかも知れないけれど、ローレンとの約束が実行される事はなくなる。
 どちらも、両方を叶える術は無いのだろうか?もしかして俺があのお伽話の王子とオメガの隠し子だったりしないのだろうか?そうすれば…。

 俺は沈んだ気持ちのまま部屋に戻り、ローレンと作った物語を読み返した。物語は王子が魔王を倒すため城を飛び出し少年と出会う所までというまだ序盤の段階だ。紙を何枚も重ねて二つ折りにし、真ん中を紐で閉じて本のような形にしたそれは、最後まで書かれておらず、頁は沢山余っている。
 俺は途中を飛ばして一番最後の頁に、王子と少年がランタンを上げる挿絵を描いた。物語の中だけでも永遠を誓いたかった。物語のだけでも…。
 

 翌日は安息日。安息日は、朝湯を沸かす仕事だけで、あとは自由だ。安息日は入浴に来る者も少ないので、いつもより丁寧に身体を洗える。身支度を整えて浴場を片付け部屋に戻ると、ローレンが待っていた。

 一瞬、見間違いかと思った。

「ノア、突然すまない。部屋を片付けもせずに。これ約束していた本。それと… 」
 ローレンは時間がなくて慌てているのか、話しながら荷物の中からあれこれ取り出して俺に手渡す。
「あとこれ、入浴の時に使えるように乾きが早い麻布。修道院は男ばかりで危ないやつもいると聞く。ノアはもう十四だから、入浴の時はもう少し身体を隠した方がいいと思って。それから…これは赤切れの薬。」 
 寄付は届けないとダメだと怒っていたのに良いんだろうか?俺はじっとローレンを見ていた。
 ローレンは俺に色々と手渡したあと、少し真剣な顔をした。
「父上に言われたんだ。自分の意思を通したいのなら力を持たなければならない、と。俺にはまだその力がない。だから…今は家に帰って、父上のもとで勉強しようと思う 」
 だからここを出ていく、その挨拶で今日、ローレンは来たようだ。嘘がつけなくて真面目なローレンらしい。俺がわかった、と頷くとローレンは微笑む。
「今年はもう、残りわずかだ。ギルドに行くのは来年になってしまうけど…騎士祭りは一緒に行かないか?ノアと一緒に作ったランタンが上がるところを見たいんだ。」
 マリクを放って俺と騎士祭りに行っても良いんだろうか?マリクと番になったのでは、ないの…?
「でも、ローレン様にはマリク様が…。マリク様のフェロモンであの日、ローレン様とマリク様は番になったって、みんな言っていて…。」
「はぁ?!なってない!俺は検査の後からオメガのフェロモンを無効化する抑制剤を飲んでいるからそう言った事にはならない!」
「抑制剤…?」
「ああ…。俺も知らなかったんだけど、アルファ用の薬があるんだ。オメガのフェロモンを制御する作用で魔力が弱くなるんだけど…、まあ、問題ない薬…!だから番にはなってない。俺より、噂を信じるなよ。ノア… 」
「で…でも、マリク様は… 」
「マリク様は…?あいつも俺となんか嫌だって。本人もそう言ってるから間違いない 」
  俺はローレンの発言を聞いて戸惑った。だってそれは…『ローレンが相手なんて嫌だ』とマリクが言うような場面があったと言う事だ。それに、マリクがローレンに惹かれていることはマリクの態度を見ればわかる。嫌だと言うのはきっと、強がりのはず。分かっていないのはローレンだけだ…。

「ローレン様は…分かってない…。ひょっとして誰かに恋をしたことがないとか…?」
「誰が何を分かってないって?それ、ノアだろ。ノアに言われたくないんだけど… 」
 ローレンに分かってないと言われて俺は少しムッとした。ローレンは俺の膨らんだ頬をまた摘んで押す。
「ノアお前…エリーを使って俺に『好き』って言ったくせに、どうして俺とマリクを番だなんて言うんだよ…?」
 ローレンに頬を掴まれたまま、視線を合わせて言われて俺は赤面した。
「あ、あれは…、エリーの気持ちを言っただけ… 」
「本当に?」
「うん… 」
「…本当?」
 ローレンに何度も尋ねられて俺は思わず目を伏せた。あれが自分の気持ちだと、ローレンに言えるわけがない…。俺が黙っていると少しして、ローレンが「仕方ないな」と言ってから笑う気配がした。伏せた目を開けるとローレンは甘く微笑んでいる。
「…騎士祭り、一緒に行こう。約束… 」
「うん 」
 俺はまたローレンと約束の指切りをした。今年の終わりの騎士祭りと、来年になってから行く画家のギルド。ローレンとは来年までは、会えるようだ。…その先は…?いつまで…?

 ローレンが帰っていくと俺は月明かりに祈った。もう少しだけ、夢を見たいです、神様…。
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