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四章

47.人質

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 ジャメルは恐怖で返事ができない俺に、語り掛ける。
 
「アルノー様…何故王女殿下達があなたにあんなに簡単に懐いたのか…わかりますか?あなたは想像だにしないでしょうが…妃たちは王女達に無関心だったのです。腹を痛めて産んだ我が子だというのに…。同じ部屋にいても遊んでやったりはしなかった。部屋に集まるのは団欒が目的ではなかったのだから当然です。それなのにあなたときたら子供たちと一緒に、鬼ごっこにかくれんぼ…クッキーを焼いたり、鏡を細工したり…刺繍…。楽しかったでしょうねぇ…。」

 ジャメルはナイフを首に突き立てたまま、俺の耳元で笑った。

「先代王妃たちの不正な支出のせいで後宮に金がないというのにあなたは、子供たちに“慎ましい生活を学ばせる”と言って孤児院に出かけ、自らも贅沢とは無縁な生活をし…妃たちの潔白を信じ子供たちを慰めた。それでついに、あなたはイリエス・ファイエット国王を落としてしまわれた…。どこか冷たく、後宮を傍観していたあの男を…。あの男の心を射抜いたのは貴方の善良な心だった。……しかし、私はイリエスなんかより…そのずっと以前から、貴方の心根の美しさを知っていました。そんな貴方に恋をし…貴方を愛した。」

 ジャメルは俺の頬に自分の頬を擦り寄せた。
 え…?最後…、なんていった?

「愛しています。アルノー様。恋などした事がなかったのに…こんな事は生まれて初めてです。貴方を好きになってしまいました。私に貴方の全てを預けていただけるというなら、命に変えても貴方を守ります。」

 メアリー…いや、ジャメルが俺を、好き?そんな事になる、きっかけってあった?全然思い浮かばない…!

「ご心配召されるな。金ならある。国外に逃げる手配も整っています。ちゃんと、フォルトゥナの花が咲かない国を選びました。あれがあると貴方はお辛いでしょうから…。暖かい国で、治安は良くもなく悪くもない。大丈夫、安全に身を隠せます。」

 ナイフの刃先は冷たく、俺はぶるりと震えた。ジャメルと逃げるかここで死ぬかの二択…?それしか選択肢がないなんて、そんな…。本当に…?

「若い貴方のこと…それも考えています。ちゃんと。私は老人ですが、きちんと貴方を満足させる予定です。」

 ジャメルが、あらぬものを俺に擦り付けたのを感じて、鳥肌がたった。まさか…そんな…。

 俺が答えあぐねていると、痺れを切らしたらしいナタが叫んだ。

「おい、ジャメル!アルノーを人質にして逃げるつもりなんだろう!?それなら俺も一緒に連れて行ってくれよ!」
「アルノー様は人質などではない。だからお前とは別行動だ。」
「なっ…!?まさか…ほ、本気なのかよ…!」
「チッ、黙っていろといった筈だが…。失敗した時にどうするかも計画してあるはずだ。全て、計画通りにしろ。」
「お前…まさか、本気で、俺を捨てて、アルノーと…?」

 ナタは頬を紅潮させ、唇を震わせている。まるで泣くのを我慢している子供のような顔…。

 ナタの様子にジャメルは気づかない。ジャメルは吐き捨てるように言った。

「全て準備してある。早く出ていけ。」

 その言葉でナタはついに、涙を流した。

「ふざけるなよ、ジャメル!俺を捨てて、そんな奴と逃げるっていうのかよ?!」

 ナタは腰に刺した剣を、スラリと抜いた。余りの所作の美しさに見惚れてしまった。しかしそれはナタが相当な腕前だという事だ。

「初めからその計画だったはずだ。」
「それは…計画が失敗して逃げるなら確かに、散り散りになった方がいいと思ってた…。でもジャメルがアルノーと逃げるなら、話が違ってくるじゃないか…!」
「違わない。初めから、お前と俺は共犯だ。別々に行動した方がいい。人質が欲しいならお前も誰か見繕え。後宮に、王女が何人かいる。」
 王女を人質に?俺は背筋がゾッと寒くなるのを感じて、恐る恐るナタを盗み見た。

「そういう事じゃないっ…!」
 
 ナタは王女を人質に取ることを、泣きながら否定した。
 同時に叫んで剣を振り下ろしたが、感情がこもり過ぎて大振りになったのか、ジャメルは俺ごと難なくかわし、ナタを足蹴りして床にひっくり返した。
 
 ナタはひょっとして…。

 俺がナタに気を取られていると、ジャメルは俺の腕をより強く掴んで引き寄せた。

「…という訳です、アルノー様。アルノー様にはこの後、気絶して頂きます。次に目が覚めたら船の上ですよ。」
「そ、そんな…!嫌だっ!」
「アルノー様、今聞いたでしょう?貴方が私についてこなければ、王女がどうなるか…。でもご安心ください。ひと月もすればきっと慣れます。大切にしますから。それに余り暴れると、気絶するまで苦しいですよ?大人しくして下さい。」

 メアリーはそう言って俺の正面に回ると、俺の腹を殴ろうとした。王女を人質にすると言われたら、逃げられない…。しかも今陛下は不在だ。なんて馬鹿なことをしたんだ…!
 俺は黙って従うしかなくなった。

「大丈夫、怖がらないで。殺したりしません。絶対に。」

  ジャメルはうっそりと微笑んだ。

 それからジャメルが腕を振り上げたのと、ナタの叫び声が聞こえたのはほぼ同時だった。

「ジャメル!この野郎!!」
「チッ!馬鹿が!」

 ジャメルは俺を捕まえたまま、ナタにナイフで応戦する。ジャメルがいくら強いと言っても、小型のナイフに剣…しかも俺を庇いながらだ。

 流石にジャメルも俺が足手纏いになったらしい。俺を床に投げるように転がすと「伏せていろ!」と叫んだ。

 そうやって俺を庇ったジャメルは、やや体勢を崩した隙に、ナタにナイフを弾かれた。

 まずい…!

 俺は応戦するため、さっきジャメルに弾かれた自分の剣を取りに走った。これは、俺がメアリーに頼んで買ってきて貰った剣だ。

 俺は剣を取って振り返ると、既にナタが迫っていた。ナタはすぐに俺に剣を振り下ろす。俺も応戦したが、呆気なく俺の剣は弾かれてしまった。

 ナタは涙を流していた。

「お前なんかに、ジャメルは渡さない。」

 やっぱりお前、ジャメルを…!
 いう暇も無く、ナタは俺に剣を振り下ろした。
 今度こそ…!もうだめだっ…!


 俺は目を瞑って、その瞬間を耐えようとした。

 しかし痛みは襲ってこない。綺麗に切られると痛くないのかもしれない。俺がそっと目を開けると、目の前にはジャメルがいて、俺を庇うようにして覆い被さるところだった。

 ジャメルはぶつかる様に俺を抱きしめた。

 直後、熱い血潮が飛び散る。


「メアリー!」












 アルノーの召使から「アルノー様が後宮にいない」と聞いた私は、アルノーはナタの塒に行ったと考えた。
 教会でも、後宮に戻ってからも、アルノーは塞ぎ込んでいたから…きっと何か誤解して飛び出していったのでは無いか…、朝会った時に、不用意に話をし過ぎたのだ…と。

 しかしナタの塒に、アルノーの姿はなかった。何故だ…?何処に行った…?

「陛下!確認していただきたいものが御座います!」
「何だ…?」
「手紙が一通ございました!宛先が、アルノー殿下宛になっております!」
「アルノー宛だと?」

 その手紙には確かに「アルノー・ヴァレリー様」と書かれている。なぜ?

 なぜ、アルノー宛の手紙がこんな所に?
 乱暴に封を切って、私は直ぐに中身を検めた。
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