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三章
36.一番会いたくない人に会ってしまいました
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テレーズ様は俺を拘束したまま、本当に出て行ってしまった。ちょっとぉ!本気ですか?!
後ろ手を椅子に縛られている俺は、まず自力でほどけないか格闘した。出来うる限りの動きをしてみたが、全くほどけそうにない!俺は近くにいるはずの、メアリーに呼び掛けた。
「メアリー!来てくれ~!たすけてくれ~!」
しかしメアリーはいない。あいつまた逃げやがったな…!俺は仕方なくもう一度手を引き抜こうと手を引っ張った。しかし手を引き抜こうとした時にバランスを崩して、椅子ごと床に倒れてしまった。床のふかふかしたカーペットが大分、音を吸収したが、まあまあ騒がしかったから、誰か来てくれるはず…。俺は期待したのだが…見事に誰も来る様子がない。
俺はついに涙をこぼした。
ひっく、と嗚咽をこぼしていると、扉が開く音がした。開いたのは、寝室側の陛下の部屋の扉…。
俺は期待した。陛下……?
しかし、俺を見下ろしたのは、その場所で一番出会いたくない人物だった。
「アルノー殿下…。なぜこんなお姿をされているのですか?」
ナタはそう言ってくすくすと笑った。しかし、腕の拘束は解いてくれるらしい。腰に差した飾りにしか見えない細身の剣で、縄を切り落としてくれた。
「あ、ありがとう。」
「いえ、お安い御用です。」
ナタは夜闇の精に相応しい、美しい笑顔を俺に向けた。
「アルノー殿下は想像以上に可愛らしい方だ。こんなに涙を流してどうしたのですか?ひょっとして…。」
ナタはまたくすくすと笑っている。俺はその顔を見ながら、ただただ茫然とした。どうしてナタが陛下の部屋からでてくるのだ…?それって、まさか…?
ナタは俺の涙を手で拭う。そしてその涙の付いた指ををペロリと舐めた。俺でさえ分かる、性的なことを匂わせる舐め方…。
「私が陛下と親密になってくやしいのですか?貴方は私には勝てないですものね…?」
ナタは先ほど舐めた指で、優雅に陛下の寝室を指さした。
陛下の寝室から出て来たナタ…否が応でも二人の関係を俺に想像させる。俺は顔から血の気が引くのを感じた。
俺の表情の変化を見たナタは、また、怪しげに笑う。
「好きなんですね…陛下を…。政略結婚でしかないというのに、本気で好きになってしまったんでしょう?なんて馬鹿でかわいいアルノー殿下…。ふふふ。じゃあさ、試してみない?」
「試す…?」
俺が問いかけると、ナタは俺を抱きしめて手を握った。俺の手を自分の頬に充てて、至近距離で見つめ合う。
「あなたに陛下が夢中になる薬があるよ…?男でも、妊娠が出来る薬…。とある、天才医師が作ったと言われているんだ…。それがあれば、あなたはこの場を追われないし、第二夫人におびえることもなくなるでしょう…?」
「ま、まさかそんな…。」
「よく考えて返事して。かわいいアルノー…。」
ナタは俺を抱きしめてキスすると、また陛下の部屋の扉から出て行った。
ナタの言った薬なんて、あるはずがない。
ナタがどういうつもりで言ったのか、調べる必要がある…。けれど…。
俺は“男児を妊娠する薬”を飲んだ妃たちを批判的な目で見ていた。そんな良くわからない薬を飲んでまで男児が欲しいのか…?すでに陛下の子供は複数いるはずだ、と。
しかし自分も、頭では理解していても、目の前にニンジンをぶら下げられたら、もぎ取って飲み込んでしまいそうになる。窒息する危険性でさえ、甘美な味に思えて…。だって、もし、そうなったらどれだけいいのだろう……。
俺はまた、王女達がくれた割れた鏡を見つめた。
鏡には決してかわいくはない、醜い心の自分が映っている。俺にはこの鏡を貰う資格がない。しかもこんなに、粉々に壊してしまって…返すこともできない。
俺はそのまま、割れた鏡をぼんやりと眺めていた。
後ろ手を椅子に縛られている俺は、まず自力でほどけないか格闘した。出来うる限りの動きをしてみたが、全くほどけそうにない!俺は近くにいるはずの、メアリーに呼び掛けた。
「メアリー!来てくれ~!たすけてくれ~!」
しかしメアリーはいない。あいつまた逃げやがったな…!俺は仕方なくもう一度手を引き抜こうと手を引っ張った。しかし手を引き抜こうとした時にバランスを崩して、椅子ごと床に倒れてしまった。床のふかふかしたカーペットが大分、音を吸収したが、まあまあ騒がしかったから、誰か来てくれるはず…。俺は期待したのだが…見事に誰も来る様子がない。
俺はついに涙をこぼした。
ひっく、と嗚咽をこぼしていると、扉が開く音がした。開いたのは、寝室側の陛下の部屋の扉…。
俺は期待した。陛下……?
しかし、俺を見下ろしたのは、その場所で一番出会いたくない人物だった。
「アルノー殿下…。なぜこんなお姿をされているのですか?」
ナタはそう言ってくすくすと笑った。しかし、腕の拘束は解いてくれるらしい。腰に差した飾りにしか見えない細身の剣で、縄を切り落としてくれた。
「あ、ありがとう。」
「いえ、お安い御用です。」
ナタは夜闇の精に相応しい、美しい笑顔を俺に向けた。
「アルノー殿下は想像以上に可愛らしい方だ。こんなに涙を流してどうしたのですか?ひょっとして…。」
ナタはまたくすくすと笑っている。俺はその顔を見ながら、ただただ茫然とした。どうしてナタが陛下の部屋からでてくるのだ…?それって、まさか…?
ナタは俺の涙を手で拭う。そしてその涙の付いた指ををペロリと舐めた。俺でさえ分かる、性的なことを匂わせる舐め方…。
「私が陛下と親密になってくやしいのですか?貴方は私には勝てないですものね…?」
ナタは先ほど舐めた指で、優雅に陛下の寝室を指さした。
陛下の寝室から出て来たナタ…否が応でも二人の関係を俺に想像させる。俺は顔から血の気が引くのを感じた。
俺の表情の変化を見たナタは、また、怪しげに笑う。
「好きなんですね…陛下を…。政略結婚でしかないというのに、本気で好きになってしまったんでしょう?なんて馬鹿でかわいいアルノー殿下…。ふふふ。じゃあさ、試してみない?」
「試す…?」
俺が問いかけると、ナタは俺を抱きしめて手を握った。俺の手を自分の頬に充てて、至近距離で見つめ合う。
「あなたに陛下が夢中になる薬があるよ…?男でも、妊娠が出来る薬…。とある、天才医師が作ったと言われているんだ…。それがあれば、あなたはこの場を追われないし、第二夫人におびえることもなくなるでしょう…?」
「ま、まさかそんな…。」
「よく考えて返事して。かわいいアルノー…。」
ナタは俺を抱きしめてキスすると、また陛下の部屋の扉から出て行った。
ナタの言った薬なんて、あるはずがない。
ナタがどういうつもりで言ったのか、調べる必要がある…。けれど…。
俺は“男児を妊娠する薬”を飲んだ妃たちを批判的な目で見ていた。そんな良くわからない薬を飲んでまで男児が欲しいのか…?すでに陛下の子供は複数いるはずだ、と。
しかし自分も、頭では理解していても、目の前にニンジンをぶら下げられたら、もぎ取って飲み込んでしまいそうになる。窒息する危険性でさえ、甘美な味に思えて…。だって、もし、そうなったらどれだけいいのだろう……。
俺はまた、王女達がくれた割れた鏡を見つめた。
鏡には決してかわいくはない、醜い心の自分が映っている。俺にはこの鏡を貰う資格がない。しかもこんなに、粉々に壊してしまって…返すこともできない。
俺はそのまま、割れた鏡をぼんやりと眺めていた。
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