絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮

あさ田ぱん

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二章

26.後宮の呪い

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 鏡の間はいわく付きだ。俺はサロンの会員達を鏡の間は避けて、いつも練習をしている広間に集めた。

 時刻はもう夕方。集合時間は過ぎたが、一人遅れている。その一人と言うのはデュポン公爵夫人だ。
「全く!王家からの招待で遅れるなんて…!」
 テレーズ様は苛立ちを隠さない。俺はその、テレーズ様の圧力に負けて「車寄せまで迎えに行って参ります!」と言わざるをえなかった。

 メアリーと一緒に広間をでて走っていくと、ナタとすれ違った。
「アルノー様、そろそろ豊穣祭の練習の時間ではありませんか?こんな時間にどちらへ?」
 こんな時間なのに、なんて、ナタもまだ広間に来ていないではないか。ナタは部屋があるだけで妃ではないから部外者なのだが、客人達はナタを楽しみにしているから、呼んでおいたのに…!
「まだ、いらっしゃっていない方がおられまして、迎えに行くところなのです。」
「そうですか、では私は先に行っております。」

 ナタとすれ違った後は誰とも合わなかった。俺は急ぎ車寄せに向かう。

 車寄せには馬車が停まっている。家紋を確認すると、デュポン公爵家のものだ。なんだ、到着しているのではないか、と俺は安堵した。
 しかし馬車の近くに、夫人の姿もデュポン公爵家の召使い達の姿もない。

「まさか、道に迷われたのでしょうか?」
「ここまで来る時にはすれ違いませんでしたから、反対側に行かれてしまったのかもしれません。」

 来た道と反対側へ、メアリーと俺は二手に分かれて探すことにした。メアリーは兵士の訓練所の方へ、俺は後宮へ向かう。後宮が見えてくると微かに誰かが叫ぶ声が聞こえた。

 嫌な予感がして、おれは声のする方向に走った。

「誰か!来てくださいっ!」
「どうしました?!」

 走って近付くと、デュポン公爵夫人が蹲っていた。声を上げたのはデュポン公爵家の執事の男のようだ。デュポン公爵夫人から少し離れたところで、がたがたと身体を震わせている。

「の、呪いです…!湿疹が出ています…!」
「なんだって?!」
 
 俺はデュポン公爵夫人に駆け寄って、苦しんでいる背中をさすった。顔色は真っ青…。

「大丈夫ですか?!」
 呼びかけたが、はあはあと荒い呼吸音のみで、返事はない。俺は執事の男に向かって叫んだ。
「何か思い当たることは?!」
「な、何も…。車寄せに到着した後、お手洗いに行きたいとおっしゃって、こちらに…後宮にさしかかると、突然蹲って…!や、やはり呪いなのではないでしょうか?!」

 急に具合が悪くなった?いや、手水に行きたいと言った時点で具合が悪かった可能性もある。俺はまた執事の男に向かって叫んだ。

「夫人を医務室へ運ぼう!王城に行って誰か、呼んできてくれ!王城の方が人がいる!城に着いたらヒューゴ医師を呼ぶように言づけてくれ!頼む!」

 男は震えながら頷くと、走って人を呼びに行った。
 俺はデュポン公爵夫人の背中をさすりつつ、全身を観察した。以前陛下が俺にしたように、顔、首筋、胸元と視線を落とすと、胸元に薄く湿疹が浮き上がっている。確かに、俺の胸にできた花粉による湿疹とは質が違う。まだ薄い色だが赤黒く、少しただれている。なんだか恐ろしい見た目だ…。

 俺が背中をさすると、デュポン公爵夫人は口元を抑えて嗚咽を漏らしている。吐き気があるのだろうか?

「デュポン公爵夫人!吐きたいときは、吐いてしまった方がいいのです!」

 悪いものを食べたのなら、それで落ち着く可能性もある。俺は必死に背中をさすったが、うまく吐けないようだ。

「デュポン公爵夫人!失礼します!」

  俺は思い切り吐かせることにした。教会の治療院で誤飲に対処したことがあったから方法は知っている。カミーユ夫人の頭を胸の位置より下げ、横向きにうつ伏せにして抱き抱えた。次にみぞおちを膝で圧迫し、同時に背中を叩く。何回か繰り返した後、デュポン公爵夫人は大量に嘔吐した。血も混じっている。
 一通り吐き出したのを確認してから、喉に吐き出したものかつまらない様に俺はポケットからハンカチを取り出してカミーユ夫人の口の中を拭った。顔にも吐瀉物がついているので、同じハンカチで拭う。俺も夫人の吐瀉物を浴びていたが、掛かったのは服だけだったので諦めて、ハンカチはポケットの中にしまった。

「アルノー殿下!」

  走って駆けつけてきたのはヒューゴ、デュポン公爵家の執事と、それに城の兵士達だ。

「ヒューゴ!?」
「こ、これは一体…?!」
「今、一通り吐いて落ち着きました!血も混じっていて…。ヒューゴ、デュポン公爵夫人を城の医務室へ運びましょう!」
「それは私達がいたします…!アルノー殿下は吐瀉物を浴びておられる。何か悪いものを食べて吐いたのならまずい…!すぐに落として着替えを!誰か、殿下を着替えさせてくれ!頼む!」

 城の兵士たちは俺を訓練場の前の水場に連れて行き、池の様な所から水を汲み、そのまま思い切り俺に浴びせた。
 初夏ではあるが、真水を浴びるのは流石に辛い。

「つ…冷たぁー!」

  冷たいと苦情を言ったが兵士たちは容赦なく、水をかけ続けた。吐いたものが悪いものだったら大変だからだとは思うが余りにも容赦ないので俺は涙目になった。

 汚れが落ちた頃、兵士達がザワザワとし始めた。流石にまずいと思ったのだろうか?兵士の一人が、俺におずおずと上着を差し出したのでありがたく上着を借りて、後宮に戻る事にした。

 後宮に戻るとメアリーが待っていた。
「アルノー様!湯を用意いたしましたので、こちらへ!」
 
 浴室に入って服を脱ぐ時に、ポケットのハンカチに気が付いた。服は水をかけられて汚れは大方落ちていたが、ハンカチはポケットに入っていたから汚れがついたまま。
 俺はハンカチを洗おうと浴室に持って入り、汚れをを水で流そうとして、目を疑った。

 ハンカチにはドス黒い塊が付着している。

 何だ…これは…?血?いや、違う。

 明らかに食べ物などではない。触るのさえ憚られるようなもの。

 デュポン公爵夫人が吐いた時は少量で、血と混じっていて気が付かなかった。
 これが原因で、苦しんでいたのだろうか…?――状況から考えれば、間違いない。

 じゃあ何故?これを食べたのは、どうして?こんな物、自ら食べたりするだろうか?知っていたら、食べないはずだ。じゃあ、無理やり食べさせられた?いや、誰かに騙されて食べさせられたか、何かに混入していて食べてしまったと考える方が自然だ。無理矢理食べさせられたか、もしくは飲まされたのなら城に来る前に騒ぎになっているだろう。

 デュポン公爵夫人を騙して、こんな恐ろしいものを食べさせたのは誰なんだ?目的は?下手したら、死んでいた。湿疹も胸に浮かんでいたのだ…。

 湿疹…王妃達もそれが広がって、亡くなったとされている。デュポン公爵夫人も放っておいたら、同じ様な結末を辿ったのだろうか?

 同じような、結末?

 すると王妃達も、何者かに騙され、この恐ろしい何かを食べて、亡くなったのではないか?

 それは誰かに騙されて、殺されたということ?

 呪いだと、見せかけて……。


「アルノー殿下!」

  浴室の外から俺を呼ぶヒューゴの声が聞こえて、俺は息を呑んだ。


「困ります!ヒューゴ様!アルノー様は今、入浴中です!」
「アルノー殿下が先ほど着ていた服はどこです?!それを渡していただきたい!」
「それなら、さっき下郎に渡しました。今頃水場で洗濯している筈です。」
「なんだって?!」
 ヒューゴはバタバタと出ていったようだ。俺は浴槽の中で身を潜めていた。

 なぜ今日、ヒューゴは後宮に居合わせたのだ?俺の服を探しているのは、デュポン公爵夫人が吐いたものを確かめるため…?本当に、原因を追究して予防するため?

 本当に?

 陛下は「誰も信じるな」と仰った。それは何故…?

 風呂をでて、俺はそのハンカチを隠した。
 誰にも、見つからないように…。


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