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1章

2.貴石

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「アナベルは私似で、兄弟の中で一番可愛いから、きっと豊穣祭で見染められてしまったのね。」

 母、シンシアは少し悲しそうに微笑んだ。この国では同性婚は認められているし、上位貴族では後継争いを避けるために男性同士で婚姻することも珍しくない。
 シンシアもその事は承知しているから、悲しんでいるのは同性婚が理由ではないはず。
 
 

 この国では、婚姻して迎え入れる側が自分の瞳の色の貴石を贈る風習がある。贈られた側はそれを嵌めたアクセサリーを身につけて嫁ぐのだ。
 アナベルはギルフォードの瞳の色、碧の貴石を想像して、数日は心躍らせていた。
 しかし、輿入れの日が、一日一日と近づくにつれてそれは焦燥に変わっていった。

 いくら待ってもギルフォードから貴石が贈られてこなかったからだ。

 政略結婚で無理やり決められた相手だからだろうか?
 理由ははっきりわからなかったが、歓迎されていないのではと考えて、アナベルは次第に塞ぎ込んでしまった。
 
 シンシアの「見染められてしまった」と言うのは、塞ぎ込むアナベルを慰めるためのものだった。同性婚を嘆いたように見せかけて、シンシアは「見染められたのよ」と、暗にアナベルを慰めようとしたのだ。

 本当に見染められたらどんなに良かっただろう?アナベルはぎこちなく笑った。母を心配させるなんて、もう成人しているのに情けない。

「でもやはり私は男です。剣も扱ってきましたし、母上のように滑らかな手ではありません。剣だこもあります。それに男性の中では華奢な方ですが、女性と比べれば、可愛いとは言えません 」

 シンシアを心配させないように、アナベルは精いっぱいおどけて見せた。

 シンシアはアナベルの手を包み込んで微笑んだ。

「アナベル。あなたは本当に可愛いわ。特にモール家の者の中でも1番深い緑の瞳。きっとイーリス様に愛された証拠よ 」

「母上、ありがとうございます… 」

「アナベル、あなたを最も引き立てる、貴石を用意しました。お祖母様が使っていた、立派な銀の台座に嵌めてピアスにしたのよ。貴石には、お父様があなたを守るように魔力を込めて下さったの 」

  シンシアはそういうと、ピアスをアナベルの耳に飾った。小ぶりだけれど、輝く新緑の貴石が付いている。

 アナベルは静かに涙した。シンシアの気持ちが嬉しかった。



 
 アナベルはその夜、モール家の城の中にある教会で祈りを捧げた。モール家は北の山に座す神、イーリスを信仰しており、祖先はイーリスの声を聞くことが出来たとされる。

 アナベルはイーリスに問いかけた。

「幼い頃お慕いしたギルフォード様と望まれないまま婚姻を結ぶのは辛いのです。こんな気持ちでいるのは、貴族として心構えが足りないでしょうか…?」

 夜通し祈っていたが、アナベルの問いかけに対する、イーリスの答えを聞くことは出来なかった。
 
 
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