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追想
追想-5-
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夜明けが近い。二人はベッドに転がったまま互いのどこかに触れていた。
腕枕をして剛史はぼうっと胡桃の髪を弄っている。体が包まれているようで幸せだった。
指で彼の背中をなぞっていると、ふと終わりたくないという願望が話題を口に出してくれる。
「ねえ剛史さん」
「ん……?」
「“あいしてる”って他の言葉では何て言うの?」
「他の言葉?そうだな」
言いながら傍らにあったスマートフォンを持ち検索を始める。手先をじっくり眺めて体を密着させる。調べることは好きみたいで画面に釘付けになっている彼を観察する。隣にいるだけでこんなにも幸福な気持ちになれる。
「げっ、読めねえ、当たり前か」
「どんな感じ?あ、アイラブユーはさすがに知ってるから省いてね」
「はいはい。えっと……韓国語でサランヘヨ、中国語でウ、ウォーアイニー?」
「へえ、中国語もその漢字をあいって読むんだ。他には?」
「フランス語でジュテーム」
「なんか剛史さんっぽくないね」
「くーるーみー?」
片手で胡桃の右頬をつねる。
笑いながら謝るとむすっとして剛史は続きの言葉に挑戦した。
「ドイツ語でイッヒリーベディヒ……言いづら。ロシア語でヤーティビ……やめた。ギリシャ語でセアガ」
「も、もういいです、剛史さんの言い方っ……」
笑いが止まらない。いちいち語尾を強く言っているので、まるでAIロボットがカタコトのように喋っているようだ。おかしくてお腹がよじれてくる。
ますます膨れっ面になって検索を続けていると、ピタリと剛史の指が止まった。
笑いで涙を拭く胡桃の耳に口を近づける。
「Ti a mo」
不意打ちでしかもやけに流暢な言葉で、胡桃は体が震えた。
低音で囁かれて熱がまた上昇していく。
「イタリア語、これは俺も知ってる。曲や歌詞によく使われているもんな」
「う、うん」
「……でもやっぱり愛しているがいい。俺達にはこれがいい」
呟きながら彼女の耳たぶを噛んで笑う。頬を林檎のように赤く染めた彼女を見ただけで、落ち着いていた肉体にまた力が湧いてくる。いつも思うが、彼女の仕草にいつ自分のスイッチが反応するか分からない。というかほとんどの仕草に発情していると思う。
あと、彼女は声に弱い。表情を見ただけで堕ちたなと分かる。嬉しくなる。
このまま支配できたらいいのに。
ずっとここで彼女を閉じ込めておけたら。
……でも、彼女を一番にはできない。自分の安寧は既に別の場所にある。
――それでも、俺は胡桃の体も心も欲しい。何もかも全てが欲しい。
ふと現れた“情動”に剛史は体を委ねてしまった。
彼女の喘ぎ声に興奮する。もっと叫んでほしいと思う。自分はおかしいのだろうか。
ただの恋人でいられたら、どんなに楽だっただろう。ただの愛し合う二人でいられたら。
どうしてこんなに残酷なのか。自分は何故こんなに醜いのか。分からない。
夢中で食らいつき、何度も刻みつける。
彼女が涙を流している姿には見ないフリをした。
朝日は無情にも昇ってくる。
目を開けたくなくて胡桃は眠っているフリを続けていた。
隣から起き上がる気配。何かを見て小さくため息を吐いた彼。
ずっと頭を撫でてくれた手がそっと離れる。髪にキスしてくれて完全にベッドから降りたのが分かった。ガサゴソと服を片付けて着替え始める彼。
察してしまった。夢の時間の終わりだ。
ぎゅっとシーツを握る胡桃に彼は気付いていないだろう。
部屋から出る前に彼の声が降ってきた。
「……おやすみ」
――ずるい。ずるくて卑怯な貴方。私の全てを捕らえて離さない貴方。
扉が閉まって音が消えた後、胡桃は顔を玄関の方へ向けた。
誰もいない。出て行く足音が聞こえる。
「……あいしてる」
声に出さずに口だけ動かすと、視界が歪み始める。大量の涙が乾いたシーツをまた濡らしていく。
何度涙を流せば許してもらえるのだろう。泣き疲れてそのまま死んでしまいたい。
彼に出会ってから心も体も狂ってしまった。情緒が揺れて乱れる。
「っ……ううっ」
声を殺しながら泣くことしか出来ない。
まるでこの世界全てが自分を嫌っているように思える。
朝日は私を祝福してくれない。また彼のいない日々が始まる。
腕枕をして剛史はぼうっと胡桃の髪を弄っている。体が包まれているようで幸せだった。
指で彼の背中をなぞっていると、ふと終わりたくないという願望が話題を口に出してくれる。
「ねえ剛史さん」
「ん……?」
「“あいしてる”って他の言葉では何て言うの?」
「他の言葉?そうだな」
言いながら傍らにあったスマートフォンを持ち検索を始める。手先をじっくり眺めて体を密着させる。調べることは好きみたいで画面に釘付けになっている彼を観察する。隣にいるだけでこんなにも幸福な気持ちになれる。
「げっ、読めねえ、当たり前か」
「どんな感じ?あ、アイラブユーはさすがに知ってるから省いてね」
「はいはい。えっと……韓国語でサランヘヨ、中国語でウ、ウォーアイニー?」
「へえ、中国語もその漢字をあいって読むんだ。他には?」
「フランス語でジュテーム」
「なんか剛史さんっぽくないね」
「くーるーみー?」
片手で胡桃の右頬をつねる。
笑いながら謝るとむすっとして剛史は続きの言葉に挑戦した。
「ドイツ語でイッヒリーベディヒ……言いづら。ロシア語でヤーティビ……やめた。ギリシャ語でセアガ」
「も、もういいです、剛史さんの言い方っ……」
笑いが止まらない。いちいち語尾を強く言っているので、まるでAIロボットがカタコトのように喋っているようだ。おかしくてお腹がよじれてくる。
ますます膨れっ面になって検索を続けていると、ピタリと剛史の指が止まった。
笑いで涙を拭く胡桃の耳に口を近づける。
「Ti a mo」
不意打ちでしかもやけに流暢な言葉で、胡桃は体が震えた。
低音で囁かれて熱がまた上昇していく。
「イタリア語、これは俺も知ってる。曲や歌詞によく使われているもんな」
「う、うん」
「……でもやっぱり愛しているがいい。俺達にはこれがいい」
呟きながら彼女の耳たぶを噛んで笑う。頬を林檎のように赤く染めた彼女を見ただけで、落ち着いていた肉体にまた力が湧いてくる。いつも思うが、彼女の仕草にいつ自分のスイッチが反応するか分からない。というかほとんどの仕草に発情していると思う。
あと、彼女は声に弱い。表情を見ただけで堕ちたなと分かる。嬉しくなる。
このまま支配できたらいいのに。
ずっとここで彼女を閉じ込めておけたら。
……でも、彼女を一番にはできない。自分の安寧は既に別の場所にある。
――それでも、俺は胡桃の体も心も欲しい。何もかも全てが欲しい。
ふと現れた“情動”に剛史は体を委ねてしまった。
彼女の喘ぎ声に興奮する。もっと叫んでほしいと思う。自分はおかしいのだろうか。
ただの恋人でいられたら、どんなに楽だっただろう。ただの愛し合う二人でいられたら。
どうしてこんなに残酷なのか。自分は何故こんなに醜いのか。分からない。
夢中で食らいつき、何度も刻みつける。
彼女が涙を流している姿には見ないフリをした。
朝日は無情にも昇ってくる。
目を開けたくなくて胡桃は眠っているフリを続けていた。
隣から起き上がる気配。何かを見て小さくため息を吐いた彼。
ずっと頭を撫でてくれた手がそっと離れる。髪にキスしてくれて完全にベッドから降りたのが分かった。ガサゴソと服を片付けて着替え始める彼。
察してしまった。夢の時間の終わりだ。
ぎゅっとシーツを握る胡桃に彼は気付いていないだろう。
部屋から出る前に彼の声が降ってきた。
「……おやすみ」
――ずるい。ずるくて卑怯な貴方。私の全てを捕らえて離さない貴方。
扉が閉まって音が消えた後、胡桃は顔を玄関の方へ向けた。
誰もいない。出て行く足音が聞こえる。
「……あいしてる」
声に出さずに口だけ動かすと、視界が歪み始める。大量の涙が乾いたシーツをまた濡らしていく。
何度涙を流せば許してもらえるのだろう。泣き疲れてそのまま死んでしまいたい。
彼に出会ってから心も体も狂ってしまった。情緒が揺れて乱れる。
「っ……ううっ」
声を殺しながら泣くことしか出来ない。
まるでこの世界全てが自分を嫌っているように思える。
朝日は私を祝福してくれない。また彼のいない日々が始まる。
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