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【第57話:取り戻すため】

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 魔人との戦いから数日が過ぎた。
 特に大きな出来事もなく、セギオンの街までの強行軍や激しい魔物との戦いが嘘のような平穏な日々だ。

 あの後、オレのS級冒険者としての証言と、皮肉にもレダタンアの力で記憶が消された事が手助けとなり、疑いの晴れたダルド様は正式にこの街の領主となった。

 リシルの魔眼の酷使による疲労も翌日には回復しており、オレも聖魔剣レダタンアを全力で使った反動なども特になく、この数日は毎日のように街に出かけてちょっとした観光を楽しんでいる。

 セギオンの街は質実剛健といった雰囲気の街で、飾り気は少なく、実用重視といった作りになっていた。
 これはこの国で唯一未だに戦闘が頻繁に行われている領である事がそうさせるのだろう。
 城壁の高さもただ高いだけでなく、一般的な街の城壁よりも厚く強固なつくりをしており、魔物や魔人の襲撃に備えてバリスタなどの巨大な兵器も備わっているのが目についた。
 後で聞いた話だが、騎士団が街から離れずに陣を組んで待ち構えていたのも、それらの兵器を有効に使う為だったようだ。

 また、街の住人も辺境の街で日頃から魔物の脅威と向かい合って生きているせいか、肝っ玉の据わった者が多いように感じる。
 ただこれは、何件か寄った食事処の女将さんがたまたまそうだっただけかも知れないが……。

 微睡みの中でこの数日の事をぼんやりと思い出していると、部屋の扉越しに声がかけられた。

「テッド~? 起きてる~?」

 この街に来てからは、ダルド様の強い意向もあり、用意して頂いた部屋で寝泊まりしている。
 もちろんリシルとは同じ部屋ではなく、彼女はオレの向かいの部屋に泊まっている。
 朝はいつも一緒に来賓用のこの屋敷で用意して頂いているので、お腹が空いて呼びに来たのだろう。

「ねぇ起きてる~? お腹が空いたから朝食にしない?」

 どうやら的中のようだ。

「あぁ、起きてる! すぐに用意するから少し待ってくれ!」

 オレは聖魔剣だけ腰にさすと、手櫛で軽く髪を整えてドアを開く。

「ねぇねぇ。今日の朝ごはんは何だと思う?」

 キラキラしたオッドアイの瞳で楽しそうに尋ねてくるその姿は、歳相応の少女そのものだ。
 まぁ、毎日絶品と表現しても問題ないレベルの朝食を用意してくれているので、それも仕方ないのかもしれないが。

「そうだな。エンダ豆が使われていない事だけ祈っていれば、味に間違いは無いんじゃないかな?」

 三日目の朝食だっただろうか?
 その日も絶品と評して問題ないレベルの料理が出てきたのだが、メインの肉の煮込み料理に、リシルの嫌いなエンダ豆が大量に使われており「そんなに落ち込むか?」という程に落ち込んでいたのだ。

「もぅ! せっかく楽しみにしているのに、そういう事言わないでよ!」

 そんな他愛の無い会話を楽しみながら、その日も始まったのだった。

 ~

 幸いにも朝食にはエンダ豆は使われておらず、二人で極上の料理に舌鼓を打ったあと、日課となっている冒険者ギルドに向かっていた。
 ただ、今の俺は隣国から流れてきたという設定のS級冒険者テッドとして扱われており、非常に行動しずらい。

「これはこれはテッド様! 今日はどのような依頼をお探しですか?」

 ギルドの中に入ると、たまたま受付近くで何か作業の指示を出していたのサウザンが話しかけてきた。
 サウザンはギルドマスターにしては珍しく、冒険者あがりではない。
 詳しくは知らないが、どこかの領で役人の仕事をしていたらしく、オレにだけでなく皆に腰の低い男のようだ。

 一般市民には大量の魔物と魔人が攻めてきた話は伏せられているのだが、さすがにギルドマスターには話が通っており、すっかり英雄視されてしまっているのもその態度を必要以上に低姿勢にしているのかもしれないが……。

 しかし、このような態度を取るのはサウザンだけではない。
 この国に暫くいなかったS級冒険者が現れたと噂になっているようで、冒険者の中にもオレに憧れの視線を向けてくるものが増えてきていた。

 昔は実際にS級冒険者として活動していたので、同じような扱いを受けていた事もあるのだが、この15年の間ですっかり冴えない冒険者としての生活が染みついてしまっており、何だかとても居心地が悪い。

 それに、C級冒険者としての依頼をこなしたいのだが、今の状況でそんな依頼を受ける事が出来るわけもなく……。

「そうそう! 魔人国との境にある森での調査依頼があるのですが、いかがですか?」

 このように非常に高ランク向けの依頼ばかり勧められるのだ。

「ふふふ。S級冒険者も楽じゃないわね」

 そっと腕を組んで小声でオレにだけ聞こえるように呟くリシル。

「いや。悪いな。余程の理由がない限り、まだ暫くは依頼を受けるつもりはないんだ。そもそもダルド様との契約も残っているしな」

 そう言ってリシルの腕を振り払って断りをいれる。

 慟魔には遠方にいる相手に情報を届ける魔法がある。
 もしかすると勇者が生きていたという情報が既に伝わっているかもしれず、そんな危険な状況で魔人国にリシルとたった二人で近づくなど死にに行くようなものだ。

 そもそもこの街に留まっているのは、魔人国ゼクストリアにオレの情報が伝わって、魔人どもがこの街にちょっかいをかけてくる可能性があるというのも一つの理由なのだ。
 ダルド様からも出来れば暫くこの街に留まって力を貸してほしいと言われているし、逆に今はダルド様に力を貸して貰っている状況なのだから、街を離れるような依頼を受けれるわけがなかった。

「そうですか~。残念ですが仕方ないですね。それでは今日も訓練場の方で?」

 だいたいギルドマスターこの男も毎日のことだし把握しているはずなのだが、受ける者の少ない依頼を捌きたいのかもしれない。

「あぁ。今日も屋内のほうの訓練場を借りる事になっているんだ。オリビアさんはまだ来ていないのか?」

 この数日は主にこの街の観光を楽しんでいたのだが、一昨日からはダルド様にお願いしてオリビアさんに鈍った身体を鍛え直すため、訓練を手伝ってもらっていた。
 元々はギレイドさんに訓練を付けて欲しいとお願いしたのだが、信じられない事にオリビアさんは近接戦闘においてもギレイドさんよりも数段強いとのことで、オリビアさんがその役を受けてくれたのだ。

「オリビア様は今日はまだ来られておりませんね。しかし、S級冒険者という頂点に登り詰めても訓練を欠かさないその姿勢は他の冒険者にも見習って貰いたいものですね」

「そうですよね~。長い間C級のままでのんびり依頼をこなしている冒険者とかには特に見習って欲しいですよね~」

 リシルが笑いを堪えながら揶揄ってくるが、事実だけに言い返せない……。

「あぁ……そうだな。そんな奴もいるだろうが、きっとそういう奴も心を入れ替えて頑張る時が来るんじゃないかな……」

 それでも何か言い返そうと、ごにょごにょと言い訳を口にしていると、突然背後から声がかかった。

「そうね。毎日少年のようにがむしゃらに頑張っているんじゃないかしら?」

 そこにはこの数日で鬼教官となったオリビアさんの微笑む姿があったのだった。
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