9 / 59
【第8話:世界の揺らぎ】
しおりを挟む
「はじめて笑顔を見せたわね。勇者さん」
リシルの言うその言葉にオレは動けなかった。
一瞬、失った過去が蘇るような錯覚に発する言葉を見失ってしまう。
「ふふふ。驚いて言葉も出ないようね。いたずら大成功と言ったところかしら? 勇者テッドさん」
リシルの言う通り、どう返して良いかわからず言葉が出てこない。
「私ね。色々調べたのよ? 王都の王立図書館の閲覧許可まで貰ったんだから。どうしてあなたの存在が無かった事になっているのかまではわからなかったけれど……魔王を倒した勇者パーティーは『導きの五聖人』と呼ばれている。それなのに4人しか知られていない。さらに言えば、そんな歪な状態に疑問を覚える大人がいない。不思議だったわ」
なぜオレの事を知っているのか疑問だったが、その答えはオレの期待したものではなかった。
数少ない魔王との戦いについて書かれた文献などから辿り着いたのだろう。
オレは一瞬世界の記憶が戻ったのかと期待してしまった。
眩しかったオレの過去が戻ってきたのかと期待してしまった。
記憶の中のあの人の顔がオレに語りかける。
『あなた……誰なの?』
いや……とうの昔にそんな生き方は諦めたはずだったのにな……。
ただ、一瞬でも蘇った感情がオレの心を深く深く沈めて行く。
「いったい何のことだ? こんな見窄らしい辺境の冒険者を捕まえて」
気付けば、自分でも驚くほど冷淡な声で答えていた。
「え? 惚けなくても良いじゃない? 私、このためにわざわざセーラン王国の王都から来たのよ」
そう言ってまだ食い下がろうとするリシルだったが、そこに魔物の気配が忍び寄る。
「惚けてなどいない。それよりまだゆっくり話し込んで良いような状態じゃない。話は村に戻って事態が収束してからで良いか?」
幾分冷静さを取り戻したオレは魔物の気配がする方に目を向け、リシルに話の終わりを告げる。
リシルはまだ話を続けたかったようだが、自身でも魔物の気配を感じとったのだろう。肩を少し上げる仕草をして、仕方ないという様子で一応の納得をしてくれた。
「わかったわ。この異常事態が収束したら話を聞かせてよね。あ。それが今回のお礼って事にするね♪」
ウインクしながら楽しそうに「約束だからね♪」と続ける姿を見て、この子は転んでもタダで起きないなとちょっと気持ちが軽くなったのだった。
~
それからしばらくの後。
オレたちは村への帰りも幾度となく戦闘を余儀なくされながらも、オレの攻撃魔法とリシルの剣術によって何とか村まで後わずかの所まで来ていた。
「それにしてもこの魔物の異常発生はいったい何なんだ?」
オレの半分愚痴のように口をついて出た疑問は、予想外にリシルからその答えを聞くことになった。
「これは『世界の揺らぎ』のせいよ」
思わず歩みを止めたオレは、見知らぬ言葉に質問を重ねる。
「その『世界の揺らぎ』って言うのはいったい何なんだ? 聞いた事ない言葉なんだが?」
「それはそうでしょうね。冒険者だとAランク以上、貴族でも領地を持っている人たちにしか知らされていない事だからね」
「ん? それだと何でBランクのリシルが知っているんだ?」
「え? それは……私の家は領地は持っていないんだけど、ちょっと特殊な貴族なのよ」
まさかの貴族様だった……。
「っ!? 申し訳ありません……貴族様とは知らずに失礼な態度を取っておりました」
正直オレはもう貴族とはあまり関わりあいたくない。
それもあってオレは反射的に頭を下げて今までの態度を謝ると、リシルはその言葉と行動に怒り出す。
「やめてよ! 家が貴族と言っても親が名誉貴族なだけで私は貴族ではないし、ちょっと理由があって知っているだけで領地持ちでもないわ。だいたい私が貴族だったとしてもそんな態度、ぜ~ったい! 禁止だから!」
名誉貴族ならその娘も準貴族扱いなのだが、本気でオレの取った態度に怒っているようなので素直に従う事にする。
決して面倒だからではない。
「そ、そうか? まぁリシルがそう言うならオレは全然かまわないんだけど?」
「じゃぁそうして! 今度そんな態度取ったら無礼討ちにするんだから!」
冗談で言っただけだろうが、無礼討ちと言うのは、その昔貴族に対して度を越した礼を失する対応をとった場合に斬り捨てても罪に問われないと言ったものだったはずだが、丁寧な対応をとって斬り捨てられるのは何だか納得がいかないな……。
まぁそもそもその制度自体大昔に廃止されているのだが。
「とりあえず無礼討ちはゴメンなので、無礼な態度を取っておくことにするよ。さっきの『世界の揺らぎ』の話はまた村に着いたら教えてくれ」
オレはそう言って苦笑しながら、村に向かって歩みを再開するのだった。
~
村の門が見えた時、一人の女性がこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。
「セナ!! セナー!!」
叫びながら近づいてきたその女性に、オレは背負っていたセナをおろしてやる。
「母さん……心配かけてごめん……」
セナが少し申し訳なさそうに発するその言葉は、母親の抱擁によって受け止められた。
「まったく! 冒険者になってすぐにこんな事危険な目にあうなんて、あんたどんだけついていないのよ! 母さん昨日から一睡もできなかったんだから!」
「ごめんよ……またテッドさんに助けられちゃった」
そう言ってオレに視線を向ける親子。
「まぁその……なんだ。たまたま救える状況だったから手を差し伸べただけだ。気にしなくていいから」
少し苦笑いしながらそう言うと、リシルが後ろでくすくすと笑っていた。何か恥ずかしい……。
しかし、本当に助けられて良かった。
そう思いほっとしたその時だった。
森の奥で何かが破壊されたような轟音が響き渡った。
リシルの言うその言葉にオレは動けなかった。
一瞬、失った過去が蘇るような錯覚に発する言葉を見失ってしまう。
「ふふふ。驚いて言葉も出ないようね。いたずら大成功と言ったところかしら? 勇者テッドさん」
リシルの言う通り、どう返して良いかわからず言葉が出てこない。
「私ね。色々調べたのよ? 王都の王立図書館の閲覧許可まで貰ったんだから。どうしてあなたの存在が無かった事になっているのかまではわからなかったけれど……魔王を倒した勇者パーティーは『導きの五聖人』と呼ばれている。それなのに4人しか知られていない。さらに言えば、そんな歪な状態に疑問を覚える大人がいない。不思議だったわ」
なぜオレの事を知っているのか疑問だったが、その答えはオレの期待したものではなかった。
数少ない魔王との戦いについて書かれた文献などから辿り着いたのだろう。
オレは一瞬世界の記憶が戻ったのかと期待してしまった。
眩しかったオレの過去が戻ってきたのかと期待してしまった。
記憶の中のあの人の顔がオレに語りかける。
『あなた……誰なの?』
いや……とうの昔にそんな生き方は諦めたはずだったのにな……。
ただ、一瞬でも蘇った感情がオレの心を深く深く沈めて行く。
「いったい何のことだ? こんな見窄らしい辺境の冒険者を捕まえて」
気付けば、自分でも驚くほど冷淡な声で答えていた。
「え? 惚けなくても良いじゃない? 私、このためにわざわざセーラン王国の王都から来たのよ」
そう言ってまだ食い下がろうとするリシルだったが、そこに魔物の気配が忍び寄る。
「惚けてなどいない。それよりまだゆっくり話し込んで良いような状態じゃない。話は村に戻って事態が収束してからで良いか?」
幾分冷静さを取り戻したオレは魔物の気配がする方に目を向け、リシルに話の終わりを告げる。
リシルはまだ話を続けたかったようだが、自身でも魔物の気配を感じとったのだろう。肩を少し上げる仕草をして、仕方ないという様子で一応の納得をしてくれた。
「わかったわ。この異常事態が収束したら話を聞かせてよね。あ。それが今回のお礼って事にするね♪」
ウインクしながら楽しそうに「約束だからね♪」と続ける姿を見て、この子は転んでもタダで起きないなとちょっと気持ちが軽くなったのだった。
~
それからしばらくの後。
オレたちは村への帰りも幾度となく戦闘を余儀なくされながらも、オレの攻撃魔法とリシルの剣術によって何とか村まで後わずかの所まで来ていた。
「それにしてもこの魔物の異常発生はいったい何なんだ?」
オレの半分愚痴のように口をついて出た疑問は、予想外にリシルからその答えを聞くことになった。
「これは『世界の揺らぎ』のせいよ」
思わず歩みを止めたオレは、見知らぬ言葉に質問を重ねる。
「その『世界の揺らぎ』って言うのはいったい何なんだ? 聞いた事ない言葉なんだが?」
「それはそうでしょうね。冒険者だとAランク以上、貴族でも領地を持っている人たちにしか知らされていない事だからね」
「ん? それだと何でBランクのリシルが知っているんだ?」
「え? それは……私の家は領地は持っていないんだけど、ちょっと特殊な貴族なのよ」
まさかの貴族様だった……。
「っ!? 申し訳ありません……貴族様とは知らずに失礼な態度を取っておりました」
正直オレはもう貴族とはあまり関わりあいたくない。
それもあってオレは反射的に頭を下げて今までの態度を謝ると、リシルはその言葉と行動に怒り出す。
「やめてよ! 家が貴族と言っても親が名誉貴族なだけで私は貴族ではないし、ちょっと理由があって知っているだけで領地持ちでもないわ。だいたい私が貴族だったとしてもそんな態度、ぜ~ったい! 禁止だから!」
名誉貴族ならその娘も準貴族扱いなのだが、本気でオレの取った態度に怒っているようなので素直に従う事にする。
決して面倒だからではない。
「そ、そうか? まぁリシルがそう言うならオレは全然かまわないんだけど?」
「じゃぁそうして! 今度そんな態度取ったら無礼討ちにするんだから!」
冗談で言っただけだろうが、無礼討ちと言うのは、その昔貴族に対して度を越した礼を失する対応をとった場合に斬り捨てても罪に問われないと言ったものだったはずだが、丁寧な対応をとって斬り捨てられるのは何だか納得がいかないな……。
まぁそもそもその制度自体大昔に廃止されているのだが。
「とりあえず無礼討ちはゴメンなので、無礼な態度を取っておくことにするよ。さっきの『世界の揺らぎ』の話はまた村に着いたら教えてくれ」
オレはそう言って苦笑しながら、村に向かって歩みを再開するのだった。
~
村の門が見えた時、一人の女性がこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。
「セナ!! セナー!!」
叫びながら近づいてきたその女性に、オレは背負っていたセナをおろしてやる。
「母さん……心配かけてごめん……」
セナが少し申し訳なさそうに発するその言葉は、母親の抱擁によって受け止められた。
「まったく! 冒険者になってすぐにこんな事危険な目にあうなんて、あんたどんだけついていないのよ! 母さん昨日から一睡もできなかったんだから!」
「ごめんよ……またテッドさんに助けられちゃった」
そう言ってオレに視線を向ける親子。
「まぁその……なんだ。たまたま救える状況だったから手を差し伸べただけだ。気にしなくていいから」
少し苦笑いしながらそう言うと、リシルが後ろでくすくすと笑っていた。何か恥ずかしい……。
しかし、本当に助けられて良かった。
そう思いほっとしたその時だった。
森の奥で何かが破壊されたような轟音が響き渡った。
0
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~
一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。
彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。
全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。
「──イオを勧誘しにきたんだ」
ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。
ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。
そして心機一転。
「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」
今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。
これは、そんな英雄譚。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる