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【第6話:かばでぃとお人形】

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「あ、あの! 良かったら、うちの前まで送らせてよ!」

 思わず、そんな事を口走ってしまっていた。
 そして言ってしまってから、彼氏どころか、友達とも言えないような「ただのクラスメイト」という関係なのに、なんて馴れ馴れしい事をと後悔する。

 それに、なにか急に恥ずかしくなってきて、顔も熱い……。
 断られるのがわかっているのに、貴宝院さんの答えを待たなければいけない、この数秒が何だか凄く長く感じた。

 でも……、

「ん~、せっかくだから、送ってもらおうかな?」

 答えは意外なものだった。

「……え?」

「……え? 送ってくれないの?」

「あ、いや、もち、もちろん、送らさせて貰うよ」

 まさかOKされるとは思っておらず、ちょっと狼狽えてしまった。
 どういうつもりでOKしたのかわからないけど、ちょっとご機嫌なようで、何か口ずさみ始めた。

「(……カバディカバディカバディカバディ……)」

 カバディだった。

 その後、そのまま二人で「スーパーもってけ」を出ると、貴宝院さんお約束の「かばでぃ」の能力を使い、人目に付かない状態にしてから二人で並んで道を歩いた。
 なんでも、この近くのマンションに住んでいるらしい。

「ふふふ。神成くんって意外と面白いよね」

「え? そうかな? 特に面白いこともない、普通の高校生だと思うけど?」

 体格は少し小さめだけど、そこまでチビってわけでもなく、勉強にしても運動にしても、良くも悪くもない。いたって普通の成績だ。
 それに部活もしていないし、趣味と言えば小説を読む事ぐらいで、気の利いた話題も提供できない。

 そんな風に思っていたのだけど、貴宝院さんの印象は少し違うようだった。

「そんな事ないよ。まず、私の能力が効ない」

 こちらを振り向くと、人差し指を立てて、わざとらしく真面目な表情で力説するような演技をする。

 なんだこの可愛い生き物は……?

 今の一瞬で貴宝院さんに惚れそうになったチョロイ自分を全力で蹴飛ばす。

「あはは。確かにそれは特殊かもしれないね」

 でも、突然訪れたこの状況がなんだか可笑しくなってきて、意外と自然にそう話せた。

「それから……私の能力の事とか、なんか意外とすんなり受け入れちゃってるし。普通、もっと驚いたり、気味悪がったりしそうなものだけど、なんかそれどころか、逆に私を揶揄ってくるし?」

 確かに言われてみると、最初こそ凄く驚いたものの、今も含めて、その後は意外と普通に接している気がする。

「あははは……なんかラノベ読むのが好きだから、変わった能力とかに耐性があったのかも?」

「へ~、ラノベって、ライトノベルの事だよね? 私も一度読んでみようかな?」

「ほんとに!? それじゃぁ、今度何か貸そうか?」

 あ……ラノベ仲間が増えるかもと思って、つい前のめりになって必要以上に距離を詰めてしまった。
 一瞬、気持ち悪がられたかもと思ったのだけど、貴宝院さんはおかしそうに口に手をあてて笑っていた。

「ふふふ。ラノベ好きなんだね。それなら、ぜひ神成くんのお薦めをお借りしようかしら?」

 その笑顔は、普段遠目に見るどの笑顔よりも魅力的で、僕はほんの一瞬時が止まったように見惚れてしまった。

 だめだ……何僕は勘違いしているんだ……。

 それに僕のモットーは「平凡で平穏で平和な日常」だ。
 そう思い返すと、少し熱が冷めていつも通りの自分が帰ってきた。

「任せてよ。でも、その前に何系がいいかな?」

 そこからは、また普通に話が出来ていたと思う。
 あまりラノベの話ができる友達が周りにいないから、なんだかとても新鮮で、このまま本当に友達に慣れたらいいなぁとかも思ってみたり。

「えっと……もしかしてマンションって、ここのこと?」

 まさかと思いつつ立ち止まったそこは、この街で一番の高さを誇る超高層高級マンションの前だった。

「ん? そうだけど?」

「貴宝院さん、一言だけ良い?」

「え? な、なに、なんかまた目がジト目で怖いんだけど……」

 さっき普通の家って言ったよね? 言ったよね……?

「この家のどこが普通!?」

 どうしても、一言叫びたかった。

「ふぅ……スッキリした♪」

「ちょ、ちょっと~! 一人で叫んでスッキリしないでよ!?」

 でも、そのあと目が合うと、また何だかおかしくなって笑い合った。

「今日は、送ってくれてありがと」

「いや、僕がいた所で大した役には立たないんだけど、あんな話聞いておいて『はい、さようなら』っていうのが嫌だったから、ね。だから僕の自己満足のためだし、気にしないで」

「それでも、一人でカバディって呟きながら帰るよりは安心できたよ? ふふふ。だから、ありがと」

 最後の「ありがと」という言葉を聞いた時、なんだか心臓が跳ねたような気がした。
 このまま話していると馬鹿な高望みをしてしまいそうだ。
 だから僕はその事を必死に隠して、平静を装い、別れの挨拶をした。

「ま、まぁ、そう思って貰えたんなら良かったよ。それじゃぁ、その、また明日学校で」

「うん。また明日ね」

 僕は小さく手をあげてサヨナラの挨拶をすると、そのまま背を向け、来た道を戻るように歩き出したのだった。

 ~

 気付くと夕日が差していた。

「綺麗な夕日だな…………で、ここはどこだ……」

 スマホの地図を見ながら帰っていたのだけど、途中で電源が切れてしまい、盛大に迷ってしまった。

「参ったなぁ。こっちの方あまり来た事ないんだよね……」

 貴宝院さんと別れてから三〇分ほど経っているが、未だに高層マンションが見えているのが救いだろうか。

 最悪、貴宝院さんの住んでいるあのマンションの前には戻れると思うので、そこから再チャレンジするしかないか。

「それにしても、ちょっと疲れたな……少し休んでから行くか」

 普段、生活費を使い込まないようにあまり現金は持ち歩いていないが、さすがに、目の前に見える自販機でジュースを買うぐらいは持っている。

 僕は自販機でジュースを買うと、その自販機の向かいにあった小さな公園に向かう。
 ちょっと歩き疲れたので、せっかくだから公園のベンチでゆっくり飲もうと思ったのだ。

 だけどその時、一人の女の子が泣いているところに遭遇してしまう。
 わんわんと言うより、静かにしくしくと泣いている。
 下を向いて泣いているので顔が見えず、ハッキリとはわからないけど、歳は一〇歳にもなっていないのじゃないかな?

「一人ぼっちなのかな? ちょっとこのまま見てみぬふりするのも嫌だな……」

 周りに友達や保護者でもいないかと見回してみるが、この小さな公園にはその女の子以外には誰もいなかった。

 僕は出来るだけ怖がらせないように、ゆっくりと歩いて泣いている子の側まで行くと、しゃがんで目線を合わせてから声をかけた。
 ずっと俯いて泣いていたので、声を掛けられてから僕に気付いたようだ。

「お嬢ちゃん、どうしたの? だいじょうぶ?」

 その子は、一瞬ビクッと驚いてからこちらを見ると、

「お人形さん、どっか行っちゃったの……」

 と、答えた。

 迷子か、もしくは怪我でもしているのかと心配して声を掛けたんだけど、どうやら人形を失くしてしまって、それで泣いているようだ。

 特に心配するような事ではなかったけど、乗り掛かった舟だし最後まで面倒みるか。

「えっと、それはどんなお人形さんなのかな? 良かったら、お兄さんが一緒に探してあげようか?」

「え? ホントに!」

 僕が一緒に探してあげると言うと、その子はまるで花が咲いたような笑顔を見せて泣き止んでくれた。

 その顔は、少し赤く目を腫らしてこそいるが、まるでその子自身がお人形さんにでもなってしまったかのように整った顔立ちをしていて、ちょっと驚いた。

「うん。でも、もう暗くなりそうだから、見つからなかったら今日は諦めておうちに帰るんだよ?」

 僕がそう言うと、少し悲しそうな顔を見せたが、それでも小さく頷きを返してくれた。

 こうしてここに、僕と小さな女の子の二人だけの「お人形捜索隊」が結成されたのだった。
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