槍使いのドラゴンテイマー

Ⅰ ～邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う～

【第99話：忘れてたな】

　ジルによる魔法拘束を解かれた魔王てとらぽっど……ただのテトラは、オレの元まで駆け寄ってくると、こうべを垂れて跪いた。

「ルルー……これはいったい何が起こっているの？……にゃ」

　リリーとルルーの２人は、泣きじゃくっている間に事態が進展し過ぎていて、まだ状況についていけていないようだ。

「リリー……なんかライバルっぽいのが増えているの……にゃ」

　そしてジト目で睨んでくるリリーとルルーふたりから静かな殺気が……。

「ジル！！　ご主人様って何だ！？　どうしてこんな事になってる！？」

　オレはとりあえず二人の矛先がこっちに向かないようにジ・ル・が・悪・い・ん・だ・よ・アピールをしておく。

≪うむ。簡単なことだ。人格を創り出して肉体を委ねると、ある程度その人格に肉体が引きずられるのだ。今回の場合は成熟している人格のショウを封印した事によるものだ≫

　ただ、肉体は既に『原初の魔王 ショウハブロ』の完全な目覚めによって本来の姿を取り戻していたため、元の魔王てとらぽっどまでは若返らなかったそうだ。

「なるほど……って、聞きたいのはそこじゃないから！？　なんでオレの事をご主人様とか言って跪いているんだ！？」

　しかし、ジルは質問の意味がわからないと言った様子で、

≪跪くのは主の配下としては当然の行いではないか。女性配下としても相応しい言葉遣いをするように弄っておいたぞ≫

　何か問題でも？　とか言いそうな感じだ。
　何を弄ったかは聞くまい。

「ちょっと色々ツッコミたい所満載なんだが、百歩譲って配下にしたってのは置いておこう。だけど、な・ん・で『ご主人様』なんだよ！？」

　オレはジルに向かってそう叫んだのが、予想していない所からその回答がもたらされた。

「あぁ……コウガ……それはルルーのせいかもしれない……にゃ」

　そう言うリリーは逃げようとしていたルルーの襟首を掴んでいた。

「だ、だって……リルラが人族の礼儀作法とか言葉遣いとか聞いてきたんだけど……」

　そう言って最後は尻すぼみに、ごにょごにょ言っている。

「ルルーが途中で教えるのが面倒臭くなって……『とりあえずわからない時は、女の子なら偉い人には『ご主人様』って言っておけば大丈夫』って言ってたの……にゃ」

　ルルーがリリーから逃げようとジタバタしているが、意外とルルーは姉であるリリーに頭が上がらない所があるので、途中で観念してうな垂れている。

「でも、それはリルラなら大丈夫って言う意味。まさか一緒にいたジルさんが聞いていると思わなかった……にゃ」

「む……確かにリルラの容姿ならって言うのはわかる気はするが……とりあえずジル。オレの事は普通に『コウガさん』と呼ぶように言い聞かせてくれ」

　とりあえずこんな色気を兼ね備えた美少女に、「ご主人様」って呼ばれるのは色んな意味で勘弁して欲しい。
　そう思ってジルに直すように頼んだのだが、

≪主よ。すまないが、直接弄って指定した呼び方は変更できない。それと一度弄ったら１年ぐらいは間を開けないと色々壊れてしまうのだが良いだ……「やめろ！？　オレが我慢します！！」≫

　ダメだ。諦めよう……何だか戦闘より疲れた……。

「ルルーのせいでもあるからコウガを強く責められない……にゃ」

　でも、とばっちりで責めらるのは何とか免れたようで、少しホッとしたのだった。

　～

　それからオレは杏と柚子の本体である竜の牙を回収し、リリーとルルーがどうしてこの数時間でここまで劇的に強くなったのか、リリーとルルーの２人から話を聞いていた。

「だいたいの話はわかったよ。ところでジル……その時間がゆっくり流れる空間ってのはアレか？　前に杏と柚子から逃げ回っ……戦闘訓練してる時に発動させていた魔法か？」

≪おぉ。さすがは主。良くわかったな！≫

　変だと思ったのだ……。
　いくら逃げ回っ……大きく移動しても広場から何故か出れないし、何時間も戦闘訓練してる気がするのに一向に日が傾かなかったのだから。

「ジル……あの時たしかたいした魔法じゃないから気にするなって言ってなかったか？」

　《うむ。さすがに我もこの『トリアデン王国』丸ごととなると少々骨が折れるが、あの程度の広さなら全く大した事ないぞ？》

　聞いたオレがバカだった。
　と言うか……少々骨を折って頑張れば、国丸ごと時間の流れを変えれるんだな……。

「ところでジル。もう一つ、いやもう２、３質問があるんだが……」

≪何でも聞いてくれて構わない。わからなければ千里眼や世界の記憶にアクセスして調べてみよう≫

　えっと……いつもそうだがジルと話していると、突っ込みたい世界の記憶とか単語がポンポン飛び出してくるのだが、鍛え抜いたスルースキルを使って話を続ける。

「そ、そんな大きな話じゃない。まずは……セツナをどこにやった？」

≪……あ……≫

　こいつ忘れてたな……それに、そっと目線を反らしてるつもりだろうが、今ジルは１０mを超える巨体だからな。

「とりあえず……セツナに連絡取れるんだろ？　事情説明してこの後どうするか指示をしてやってくれ」

　何気にリリーとルルーも今ごろ「あれ？」とか言ってセツナを探していた気がするが気のせいだと思う。たぶん。きっと。

≪うむ。ちょっと困っておったがもう大丈夫だ。我もかなり近くまで飛んできていたので、一旦こちらの場所を教えて向かってもらう事にした≫

「セツナはジルに何か恩があるような事言っていたが、あまり雑に扱ってやるなよ……」

　ジルもさすがに忘れていたのはちょっと悪いと思ったのか、少し反省しているようだ。

「それで次の質問だが……妖精のセイルってのが数週間前から監視……そばに仕えているそうなんだが、どう言う事だ？　あと、ジルから許可を貰っていると聞いたんだが聞き間違いだよな？」

　少しでもこの憤りが伝わるように、恨みがましい全力のジト目でジルを見上げておく。

　さすがのジルも、オレの全力のジト目に何かを感じ取ったみたいで少し狼狽えている。

≪そ、それはだな……≫

　ジルが何かを話そうとしたその時、

≪それは私から話させて！　使・徒・様♪≫

　声が聞こえてきた辺りを振り返って見・上・げ・る・と、その先の空間が歪み始める。

「誰だ！？」

　今まで、転移魔法は何種類か見ているがそのどれとも違う気がする。

≪挨拶が遅れちゃったね。私は妖精女王。使徒様ならクイちゃんって呼んでくれて良いよ！≫

　ちゃんづけはちょっと……。

　オレの誰何にそう答えたのは、人間の子供ほどもありそうな大きな妖精だった。
　何かカリンとこの宿を思い出すな……。

「セイルの仕えている方ですか。オレのことは知っていそうですが冒険者のコウガです。って……すまないが、話の前に後ろの空間が歪んでいるのはいったい？」

　こうやって話している間にも空間の歪みがどんどん大きくなっていっているのだ。

　すると、ジルがそこで感心するように声をあげる。

≪ほう。これは次元連結魔法か？　妖精族の秘術と呼ばれている魔法だな≫

　そしてその次の瞬間、歪んでいた空間の表面に、澄んだ湖面に広がる波紋のような波が広がると景色が一変した。

　その魔法の現象にも驚かされたが、

「コウガさん！！　無事だったんですね！！」

　その景色の奥からヴィーヴルが飛び出してきたのに更に驚かされる。

「ヴィーヴルこそ無事で良かった！！　そうか匿ってもらってたって……」

　そしてオレの胸に飛び込んでくるヴィーヴルと、横で静かな殺気を燃え上がらせるリリーとルルー。
　オレはそっとヴィーヴルの両肩を掴んで少し離れてもらうと、ひとつ咳払いをして、

「そ、それよりいったいアレは？」

　オレが指差した先には、空を舞う無数の妖精たちと、多数の人がこちらに向かって歩いていた。

≪私の管理する妖精界よ。そして私の子であり、その住人である妖精たちと……竜人の皆さんよ≫

　なぜこれほどの竜人たちが？　その中にはさっきまで一緒に戦っていたゼイル達の姿だけでなく、ざっと見ても１００人ほどの人の姿が見えたのだった。