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第一話 噂
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七月の始め、昼間は暑く夜は肌寒い。まだ梅雨にも入っていないこの時期は中途半端に夏を彩り、道行く人々にはTシャツ姿の人もいれば上着を羽織っている人までいる。でこぼことした道路脇の歩道は、アスファルトを突き破って雑草が顔を出していて、夏休み前で浮かれている小学生の列が楽しそうにその雑草を踏みつけて遊んでいた。
歩道脇に建ち並ぶ商店には肉や野菜などの店が軒を連ねている。未だ、スーパーや大型ショッピングセンターなどがないこの地域は、どこか俗世から切り離されているかのようだ。取り扱っている売り物を示す古びている看板は、どれもツタ草やサビに覆われ、留めている金具も朽ち果てそうになっていた。
佐藤兄弟は、元は赤かったであろう赤サビ色の看板へと足を向けた。手前にある新鮮で採れたての野菜を素通りして真っ直ぐ肉屋へと向かう。
今日は豪華な鍋にしようと具材を選びに行っていたのだ。
同じアパートの一階端に住む、じいさん、大家の中曽根裕二が珍しく野菜をたくさんくれたのだ。この大家のじいさんとは腐れ縁で、昔からなにかと世話をやいてくれていた。今住んでいるアパートにはこのじいさんと、佐藤兄弟しか住んでいない。立地条件が悪すぎるのだ。ベランダから見える範囲はほとんどが崖で、その向こうは森が広がっている。命知らずか頭のおかしい人間。それか、金に縁のない人間しか住み着かないだろう。実際、そうなのだから。
安くていい豚肉を手に入れた兄弟は、歩道を歩いていた小学生達のように雑草のことごとくを踏みにじって歩いていた。
佐藤兄弟の弟、和真は噂話が好きでこんな話しを聞いていたのを思い出し、兄にそれとなく話題を振った。
『妖怪七変化』
一、それは虫の姿をしている。
二、それは蛇の姿をしている。
三、それは狛犬の姿をしている。
四、それは湖の水を飲み干す。
五、それは人の姿をしている。
六、それは人を食べる。
七、その姿を見てはいけない。
「なあ、それってどうなんだよ? そんな生き物いないだろ?」
兄の明徳は胡散臭そうな顔で言うと、和真は自分から振ったにも関わらず半ば呆れて言った。
「いないよ。いるわけないじゃん。妖怪七変化ってぐらいだから、妖怪なんでしょ。ただの噂話だよ。でもさ、でもさ! なんでこんな妖怪話しが広まったんだろうね? 昔なら分かるよ? 子供に言い聞かせたりさ。鬼が出るぞ~って。さっきの商店の店員やそこら辺の小学生までこんな話してるなんてさ。ちょっと変じゃない?」
兄の明徳は重だるくなってきていた買い物袋を持ち直しながら言った。
「さぁな。オカルト好きなお前が好きそうな話しではあるけどさ。誰も見たこともないんだろ? それ、よく出来た昔ばなしだよな。学校の七不思議みたいなもんかな。他所の地方の七不思議によっては内容が違うらしいけど」
兄の明徳はアパートへと向かう長い坂道を登り、先の長さを見てうんざりした。額の汗を手の甲で拭って言った。
「けど、七つ目のやつはなんなんだ? 見てはいけない? ハンッ! なんだよそれ、じゃあ七変化じゃないんじゃないか? 誰も見たことないから適当にボヤかしただけの気がするね。ああ、プンプンするね」
兄の明徳は臭い匂いでもするかのように鼻をつまんでみせた。
「なんだよ、僕が考えたわけじゃないんだから当たるなよ。そんな事より、具材これで足りるかな?」
「ああ、足りるだろ。十分だ。さあ帰ろうぜ。どうせ作るのは俺だけどな」
二人は長い坂道を登り、楕円形の土地に、生えたようなアパートの前にようやく辿り着いた。建物自体は、そのほとんどがツタに覆われ、建物の黒く変色した部分が辛うじて見える。まるで山の上に建つお化け屋敷のようだ。
「うす汚ねぇアパートだな、ほんと」
「ばか、大家に聞こえるだろ? 実際そうだけどさ」
そう言って二人は笑いながら(中曽根荘)と書かれている看板を横切り、備え付けられている今にも踏み抜いてしまいそうな階段を登って自分たちの古巣へと帰って行った。
歩道脇に建ち並ぶ商店には肉や野菜などの店が軒を連ねている。未だ、スーパーや大型ショッピングセンターなどがないこの地域は、どこか俗世から切り離されているかのようだ。取り扱っている売り物を示す古びている看板は、どれもツタ草やサビに覆われ、留めている金具も朽ち果てそうになっていた。
佐藤兄弟は、元は赤かったであろう赤サビ色の看板へと足を向けた。手前にある新鮮で採れたての野菜を素通りして真っ直ぐ肉屋へと向かう。
今日は豪華な鍋にしようと具材を選びに行っていたのだ。
同じアパートの一階端に住む、じいさん、大家の中曽根裕二が珍しく野菜をたくさんくれたのだ。この大家のじいさんとは腐れ縁で、昔からなにかと世話をやいてくれていた。今住んでいるアパートにはこのじいさんと、佐藤兄弟しか住んでいない。立地条件が悪すぎるのだ。ベランダから見える範囲はほとんどが崖で、その向こうは森が広がっている。命知らずか頭のおかしい人間。それか、金に縁のない人間しか住み着かないだろう。実際、そうなのだから。
安くていい豚肉を手に入れた兄弟は、歩道を歩いていた小学生達のように雑草のことごとくを踏みにじって歩いていた。
佐藤兄弟の弟、和真は噂話が好きでこんな話しを聞いていたのを思い出し、兄にそれとなく話題を振った。
『妖怪七変化』
一、それは虫の姿をしている。
二、それは蛇の姿をしている。
三、それは狛犬の姿をしている。
四、それは湖の水を飲み干す。
五、それは人の姿をしている。
六、それは人を食べる。
七、その姿を見てはいけない。
「なあ、それってどうなんだよ? そんな生き物いないだろ?」
兄の明徳は胡散臭そうな顔で言うと、和真は自分から振ったにも関わらず半ば呆れて言った。
「いないよ。いるわけないじゃん。妖怪七変化ってぐらいだから、妖怪なんでしょ。ただの噂話だよ。でもさ、でもさ! なんでこんな妖怪話しが広まったんだろうね? 昔なら分かるよ? 子供に言い聞かせたりさ。鬼が出るぞ~って。さっきの商店の店員やそこら辺の小学生までこんな話してるなんてさ。ちょっと変じゃない?」
兄の明徳は重だるくなってきていた買い物袋を持ち直しながら言った。
「さぁな。オカルト好きなお前が好きそうな話しではあるけどさ。誰も見たこともないんだろ? それ、よく出来た昔ばなしだよな。学校の七不思議みたいなもんかな。他所の地方の七不思議によっては内容が違うらしいけど」
兄の明徳はアパートへと向かう長い坂道を登り、先の長さを見てうんざりした。額の汗を手の甲で拭って言った。
「けど、七つ目のやつはなんなんだ? 見てはいけない? ハンッ! なんだよそれ、じゃあ七変化じゃないんじゃないか? 誰も見たことないから適当にボヤかしただけの気がするね。ああ、プンプンするね」
兄の明徳は臭い匂いでもするかのように鼻をつまんでみせた。
「なんだよ、僕が考えたわけじゃないんだから当たるなよ。そんな事より、具材これで足りるかな?」
「ああ、足りるだろ。十分だ。さあ帰ろうぜ。どうせ作るのは俺だけどな」
二人は長い坂道を登り、楕円形の土地に、生えたようなアパートの前にようやく辿り着いた。建物自体は、そのほとんどがツタに覆われ、建物の黒く変色した部分が辛うじて見える。まるで山の上に建つお化け屋敷のようだ。
「うす汚ねぇアパートだな、ほんと」
「ばか、大家に聞こえるだろ? 実際そうだけどさ」
そう言って二人は笑いながら(中曽根荘)と書かれている看板を横切り、備え付けられている今にも踏み抜いてしまいそうな階段を登って自分たちの古巣へと帰って行った。
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