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幕間8 ミーティアの迷走
しおりを挟む「もう知りませんわ……!お兄様なんか……!」
ミーティアは、闇雲に座標を設定して、滅茶苦茶にワープホール内を突っ走って、無茶苦茶に転がり込んだ出口から落ちた。
びちゃ、と嫌な音がする。見ると、真紅のドレスが水を含んだ泥で汚れていた。
頭が冷たくなっていく。……、いつの間にか、雨が降っていたようだ。
「……、最悪、ですわ……」
先程まで怒りやら悔しさやら苛立ちやら、よくわからない感情と衝動に突き動かされて動いていたのに、もう一歩も動けないような気がした。
いったい、自分は何をしているのだろう。
この世界の人間を早く滅ぼさないといけないのに、その人間には無様に負けて。
おまけに、兄は、きっとその人間が好きなのだとわかって。
ここに来る前は、「お兄様と、お兄様をたぶらかした女をぶっ飛ばす!」と目標を立てていたのに、泣いて喚いて叫んで捨て台詞を吐いて、逃げてきてしまった。
……、ショックだった。
マジカル・ポラリスに、ミーティアの力は遠く及ばなかった。
それでも、もしかしたら、メテオリトも一緒に戦ってくれていたら、勝てたかもしれなかった。
マジカル・ポラリスから助けてくれたことには感謝している。あの後、逃げられていなかったら、どうなっていたことか……、考えたくもない。
だけど、助けてくれたということは、ミーティアがマジカル・ポラリスを含む、マジカル・ステラの三人と戦っていたところを見ていたということだ。それがわからないミーティアではない。
そんなことをするぐらいだったら、見ていないで、一緒に戦ってくれたら良かったのに。
そしたら、この世界を侵略する、足がかりぐらいにはなったかもしれなかったのに。
「お兄様は、わたくしのことなんか、どうだって良かったのですわ……!」
悔しくて、悲しくて、嘆いても嘆き切れない。
振り下ろした拳は、ただ汚い泥水を跳ねさせるだけだった。
雨に紛れて、どれが自分の涙なのかもわからない。
「マドモアゼル。小さなマドモアゼル」
……、雨の間から、歌うような、優しい声が聞こえた。
それは、ミーティアを、いつも可愛がってくれた声だった。
ここにいるはずのない声。
懐かしい声。
「……、アステル、お兄様」
呟いておきながら、「嘘だ」と思った。
だって、「ブラックホール」との戦いで、行方不明になってしまったから。
雨の音に紛れて、とうとう都合よく自分を甘やかしてくれる声まで聞こえるようになってしまったのだろうか。
水溜まりに、自分の顔が映る。雨粒が打ち付けられてボコボコになった、無様な顔だった。
しかし、その向かいに、傘を持った顔が映る。
雨粒が止んで。水面が平らになって。
ミーティアは、思わず顔を上げた。
「アステルお兄様!」
泥まみれの手も、構わずに抱き着いた。
それは、確かに懐かしい長兄だった。
ミーティアの都合のいい幻覚なんかじゃない。
温もりもあって、抱き着くことが出来て、彼は確かにここにいる。
「こんなところにいらっしゃったのですね……!もうコメット王国は大変で……!ずっと、ずーっと、皆で、お探ししていたのですよ……!?」
もう何も怖くないと確信した。
彼さえいてくれれば。
天才とまで呼ばれ、父王からも母后からも、国民からも信頼されていた、長兄のアステルがいれば。
絶対に、何もかも上手くいく。
それだけでも、この原始的な田舎の世界に来た甲斐があったというものだ。
あの田舎娘達を蹴散らして、この世界を乗っ取って、それで――。
「すまない、マドモアゼル。君は、誰なんだい?」
一瞬、世界から、彼の声以外、音が聞こえなくなってしまった。
「……え?」
縋り付いていた腰から、顔を上げる。
目の前にあったのは、困ったように眉尻を下げた、紛れもないアステルの顔。
だけど……、何故だろう。
ずっと会いたかった兄なのに、何故か、違和感がある。
そして、それは、次の発言でより明らかなものとなった。
「君は、私のことを、知っているのかい?」
腕を離して、後退る。
この人は、兄じゃない。
顔も何もかも、紛れもなく同じだけど。
アステルじゃない。
ミーティアに向かって微笑んで、頭を撫でてくれた、優しい長兄じゃない。
「教えてくれないか。私は」
「……、いや」
ひくりと、喉が鳴る。
認めたくないと、無意識に頭を横に振り、目の前の事象を拒否している。
ここは何処なのだろう。
本当にこれは現実なのだろうか。
悪夢でも、見ているのではないか。
「ちかよらないで」
嘘だ。
こんなの、絶対嘘だ。
信じない。
信じたくない。
「私は、誰だったんだい?」
兄の顔をした、誰か。
ミーティアの知らない、誰かが、アステルの顔をしている。
ミーティアの、目の前で。
「いやぁぁぁぁあああ!!!!」
全力で逃げ出した。
もう何も怖くないと一瞬前までは思っていたのに、もう何もかもが怖かった。
誰も信じられない。
何も信じられない。
それでも、刻一刻と敵は迫っていて、そのために、この世界を滅ぼさなくてはならない。
……、そんな仕事は、ミーティアには荷が重すぎた。
当たり前だ。だって、今までは、アステルが、メテオリトが、どうにかしてくれていたのだから。
誰もミーティアに期待なんかしなかったのだから。
「もう嫌……もう嫌ですわ…… 」
自分が泣いているのか、それとも雨が視界を潤ませているのか、わからなかった。
そして、何から逃げているのかもわからずに、ただがむしゃらに走った。
少しでも離れたかった。メテオリトからも……、アステルの顔をした誰かからも。
誰にも頼れないのに、コメット王国にも帰ろうと思えなかった。
ただ、全てのモノから離れたかった。
「痛っ」
ドン、と誰かにぶつかる。
反動で、尻もちをついてしまった。
バシャン、と、また泥水がドレスに跳ねる。
「ごめんなさい!大丈夫?……、って」
もう逃げる気力もなかった。
どうやら、ミーティアにとって、この世界はとことん悪夢らしい。
「ミーティア、ちゃん……?」
手を差し伸べてきた人物に抵抗も出来ず、ミーティアの意識は、そのまま暗いところに落ちていってしまった。
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