野球少年未満

政粋

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6.エビっ子

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 その後も死のリレーは顧問が来ない日は、何度も敢行された。


 主催者が毎回チーム分けをするのが面倒だったのであろう、最初のチームのまま固定メンバーでリレーが行われ続けた。


 当然、ハンデを抱えた俺達のチームは、勝てるはずもない。


 いつも何かしらの罰ゲームを受けていた。


 パンツ一丁で校外を走らされたり、足りないボールをスポーツ用品店から万引きする様に命じられたり、シンプルにビンタだったり、罰ゲームは多岐に渡った。




 豪田くん本当にありがとう。

 皮肉だよ。



 そんな3年生を放し飼いにしている、我らが顧問の話を少しだけしておこう。



 野原監督、通称エビっ子は、部活動の顧問以外にも、担任のクラスを持ち、担当教科も複数受け持っている為、なかなかに忙しく、平日の放課後の練習に顔を出す事が少ない。


 時間の合間を縫っては、一般的な熱心な部活顧問程度には熱く指導をしているのだが、エビに365日休み無しで鍛えられ続けてきた3年生からすると、物足りないのか頼りないのか…


 現監督への3年生からの信頼は薄い。


 そんな中、6月のある日、3年生の最後の夏の大会へ向けた練習も本格的になってきた頃、ちょっとした事件が起きた。


 ノック中にエラーした山内先輩に、エビっ子が激を飛ばした。


 それに対して山内先輩が不貞腐れた態度を取る。

 

 山内先輩が練習中に不貞腐れる事は、北中野球部あるあるなので誰も気に止めていなかった。


 しかし、その日はいつもと違った。


野原監督「もっと追えば、捕れたろ!!もう一丁!!」



 キーン!!



山内「………。」

 エビっ子のノックしたボールは山内先輩の横を素通りしていく。

 山内先輩はエビっ子を冷たい眼で見つめたまま、ボールを追おうとすらしない。


野原監督「お前、やる気あんのか!?やる気ないなら、帰れ!!!」


山内先輩「………。」


 虫の居所が悪かったのか、不貞腐れた山内先輩はノック中にも関わらず、帰り支度をして、部室に向かって歩き始めてしまったのだ。


野原監督「おい!山内!本当に帰ってどうすんだよ!!」


 振り返った山内先輩は、わざと聞こえるように怒鳴りながら捨て台詞を吐く。


山内「あーあ!!、エビの時の方が良かったなあ!!!!」


 3年生達は海老沢監督の熱い指導の元に成長して来た。前監督と現監督、比べたくなくてもどうしても比べてしまう。


 山内先輩は、鬼になりきれないどっち付かずの生ぬるい野原監督の指導方針に、ついに痺れを切らしてしまったのかもしれない。


野原監督「……おい、ちょっと待て!」



 山内先輩を小走りに追いかけるエビっ子、レフト側の奥、グラウンドの出入口の傍の部室前、追いついたエビっ子と山内先輩が話し込んでいる。


 会話の内容までは聞こえない距離、さすがのエビっ子も山内先輩に怒っているのか、鉄拳制裁でも食らわせるのか?もしかしたら、掴み合いの喧嘩になる可能性も……



 部員全員が固唾を飲んで2人の様子を見守っていた。




__次の瞬間。俺達は目を疑った。




 エビっ子が山内先輩に向かって帽子を取り、深々とお辞儀をして謝っているのだ。


 そして、話がついた2人は歩いて戻ってきて、山内先輩は守備位置へ、エビっ子はノックバットを持って定位置へ。



野原監督「次、セカンド!いくぞ!」



 そして、何事も無かったかの様に練習が再開された。


 山内先輩は3番ショートの不動のレギュラー。攻めも守りも中軸を担う、北中野球部には絶対不可欠な戦力だ。問題児とはいえ、既に県内の強豪高からもスカウトの声も掛かっている。

 
 夏の大会の予選間近で替えの効かない選手を失う訳にはいかない、強豪北中野球部を復活させるためには、山内先輩の力を借りるしかない。



 それは理解はできるが……



 激を飛ばされ不貞腐れて帰ろうとした問題児に、頭を下げて戻って来てもらう監督。

 

 その一挙手一投足を見せられた俺は、何か言いようのない虚無感に襲われた。


 ライトから今中先輩の下品な笑い声が聞こえた様な気がする。


 細野キャプテンの何かを諦めたような表情が印象的だった。



 この出来事は、全部員が無意識に監督に対して感じていた不満や違和感を、明確に自覚させるに至った大きな事件だった。




 俺達の監督は無力だ。

 はっきりとそう、思った。




 
 しかし、月日は残酷に流れていく。


 そのまま7月となり、3年生の最後の晴れ舞台。


 全国中学校軟式野球大会の市の予選が始まった。
 
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