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第三章 異世界の馬車窓から

フジ家の書と跡取りさん

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フジ家の書物によると、フジ家の初代は大正時代の医者で、

【藤 寅親(とらちか)】

と言う六十代の男性だ。

江戸時代から続く薬師の家系で、薬だけでは救えない人もいる事を憂い、オランダやドイツに留学し、西洋医学を学んだスペシャリストだった。

時代的に人の身体を切り開いて治療をする事を厭う事もあったそうだが、周りに何を言われても受け流し、常に新しい医学を積極的に取り入れ、多くの人々を救った人物のようだ。


【二度目のドイツ留学に行く途中、嵐に巻き込まれ船が沈没、そのまま海の藻屑となるものだと思っていたのに、気づけば見知らぬ室内。

身体を動かそうにも、頭痛や倦怠感、目眩や吐き気などに襲われて動く事もままならぬなか、近くに蹲っていた着物を着た若い男が、力を振り絞り立ち上がり、前方に居る異国の衣装を身に付けた者達に詰め寄って行くのを見ていた。

男は額に汗を浮かべ、顔色からしても自分と同じ様に体調が思わしく無いようなのに、しっかりと立ち上がり対峙する。

その胆力に見とれ、船と一緒に沈んだ筈なのに、ここはどこなのか、自分と同じく蹲る他の男達は何者なのか、自分達を取り囲む異国の者は一体何なのか…。

諸々の事柄が些事に思え、黙って成り行きを見守っているうちに、立ち上がった男の周りを光が取り囲んだ。
かと思うと、その光は男の体の中に吸収されていった。
大丈夫なのかと思っていると、男はニヤリと笑って聞いたことの無い言葉を紡ぎ始めた。】


そんな感じの事が書き連ねている。
ユゲ家の書物と同じ様な内容だ。

この後、当時の国王に頼まれて、戦いで負傷した多くの兵士を救ったそうだ。

魔物と和解した後、領地を貰える事となったそうだが、この世界に来てうんと若返り、知識はそのままで若い体力を手に入れた事だし、出来ればこのまま人の多い場所で自分の知識を活かしたい、と病院を建ててもらい、この地に根付いたそうだ。

妖精の祝福のおかげで時間は沢山あるので、自分の知識と技術を子供達に伝え、更にこの世界独自の薬草の研究をし、数多くの新薬も開発し、この国で【医療の父】と呼ばれる存在となったそうだ。


凄いなぁ。

時が有ったからこそかも知れないけど、偉大な人だったんたな。
英雄って戦いが優れた人の事だけじゃ無いんだな。

英雄として呼び出されたんじゃなくて良かったと思ってしまう、小心者の僕だった。


*****


フジ家の書物は半分近くが医療関係の事だったので、本当読むのに時間もかかったし、疲れた。

フジ家の滞在期日も終わり、城に戻る為に馬車に乗り込んでいた時、遠くから声を上げながら近づいて来る男が一人……。

「スイさ~~~~ん!」

黒髪の若い男がスイの名前を叫びながら走って来る。

「……チッ!」

それに気づき舌打ちをするスイ。
あれは一体誰だろう?

黒髪だから英雄家系の人だろうし、タタンジュの為に東の森へ行ってたと言うフジ家の次男か?

「スイさ~ん、会いたかった~~!」
両手を広げ駆けて来る男を無視して、僕の背中を押し馬車に押し込み自分も乗り込む。

「ああ、スイさん!待ってよ、待って!
ボクだよ、貴方のイツだよ!」
目前で閉まった馬車の扉に張り付き、中を覗いてくる男。

「ウチ様、コレは一応フジ家の跡取りのフジ・ウル・イツですが、祝福を沢山お持ちのウチ様には縁の無い者だと思いますので、忘れて下さって結構ですよ」

男に背を向け、ニッコリ笑いながら告げるスイに、
「ああ、やっぱりスイさんは素敵だ」
と打ち震える男、イツ。

……変態か?

「スイさんが家に来てるって聞いて急いで帰って来たのに、もう城へ戻るんですか?」

「……コイツに伝えるなって言ったのになぜ知っているんだ?」
嫌そうに呟くスイに、
「家からの依頼で契約農家から野菜を持って来た配達人の下男に頼まれて空の籠を取りに来た近所のおばさん」
早口で一気に言うイツ。

何だそりゃ。

家の人からではなく、回り回って耳に入ったのか。
家の人に口止めしてても、何処から話が漏れるかは分からないって事だな。

「そんなに遠回りしてもボクの耳に入るなんて、これって運命だよね?
これはもう、二人は一緒に末永く幸せに暮らすしか無いよね?」
「寝言は寝てから言ってください」
「分かった、寝てから言うから一緒に寝て隣で聞いてて!」
「………………」

あー…眉間にシワを通り越して渓谷が出来てるよ。

「ねえ、馬車を降りて一緒にお茶でもしようよ。
何なら他の事でもいいよ」
「何度も言いますが、私は貴方のことが嫌いです」
おお、ハッキリ言うなぁ。

「嫌よ嫌よも好きのうち、なんでしょ」
なんてポジティブな。

「全くもってそんな事は一切有りません。
第一私は異性の方と一緒になります。
同性の方は問題外です」
「それは知らないからだよ。
ボクが新しい扉を開けてあげるから、怖がらなくて良いよ」
いやー、何だか凄い人だなぁ。

「怖がって居ませんし、扉は閉じたままで結構。
万が一同性の方と結ばれるとしても、貴方だけは有り得ません」
「明日の事はわからないよ」

凄いよなあ、こんな不機嫌オーラ全開のスイに、これだけズバズバ言われてもちっともめげない、鋼のメンタル。
でもスイにとっては災難でしかないな。

これは家に居ない時を狙って来訪して、家の人達に口止めする気持ちはよくわかる。
他人事なら漫才見てるみたいだけど、当事者だったら厄介この上ない。

「王をお待たせして居ますよ、直ぐに馬車を出して下さい」
とうとう会話を諦めて、御者に告げる。

「ああ、スイさん、行かれてしまうのですか?
国王をお待たせする訳にはいかないので、今日は顔を見れただけで良しとしましょう。
次に会えるのを楽しみにしてますね。
寂しかったらいつでも訪ねて来て下さいね~」

まだ色々と話し続けているイツを残して馬車は走り出す。
角を曲がりイツの姿が見えなくなると、スイは大きなため息をついた。

「…………お疲れ様でした…」
「お見苦しい物をお見せしてすみませんでした。
あれで優秀でなければ、せめて跡取りで無ければキュっと…………」

キュっとって何ですか?!

その後も口にこそ出さなかったけど、イツに対する怒りが狭い馬車の中を満たして、とても居心地が悪い帰宅の道中でした。






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