上 下
41 / 161
第三章 異世界の馬車窓から

熊澤さん

しおりを挟む

マルチーズ擬きを保護した僕は、音の子を呼んでスイに連絡を取った。

「スイさんごめんなさい。
後でちゃんと謝るから、音の子に付いてきて下さい」

声に焦りが出てたのか、分かりましたと答えたスイは、本当にすぐに来てくれた。
グルグル回ってただけで、案外近くに居たみたいだね。

「あの、この子怪我しているんだけど、この辺りに動物を診てくれる医者は居ないですか?」

言いながら上着に包んだマルチーズ擬きをスイに見えるように掲げると、スイと後ろに居る護衛が息を飲んだ。

「ウチ様、その獣から手を離して下さい」
スイが強張った表情で告げてくる。

「いや、でもこの子脚に怪我してるから」
僕が反論しても硬い表情のまま、
「危ないですから獣を下ろしてそっとこちらへ来てください」
と譲らない。

後ろの護衛も黙って頷き、腰の剣に手をやる。
え?この子斬るつもり?
冗談じゃないよ!

「全然危なくないから!大人しい子だから剣から手を離して下さい!」

上着毎マルチーズ擬きをぎゅっと抱き込むと、小さく息を吸ったスイが、控える様にと護衛を下がらせた。

剣から手を離した護衛は3メートル程後ろに下がってくれた。
これですぐに斬りかかっては来れないよな。

スイはこちらに向き直り、
「いいですかウチ様、その獣は【タタンジュ】と言います。
小さいけれど魔獣で、牙には即効性の強い神経毒が有ります。

見た目は小さく可愛いでしょうけど肉食で、自分より大きな動物も、毒で弱らせて爪で切り裂き食べます。
勿論人間でも軽く噛まれただけで倒れます」

へー、肉食なんだ。
毒を持ってるのは想定内だったよねと、慌てない僕を見て、スイの表情が厳しくなる。

「聞いてらっしゃいますか?
危険な毒を持っているのですよ、早くその獣を離して下さい」
のほほんとしている僕に、スイの声はだんだんイラっとしてきた。

「大丈夫だって、なー」
言いながら首を傾げて小さな頭に頬ずりをする。
マルチーズ擬き……タタンジュはお返しとばかりに頰を舐めた。

「そんなバカな……」
「タタンジュは人に慣れない魔獣だろ?」
離れた場所で護衛さん達がざわざわしているけど、気にしない。

「それよりこの子怪我してるんだって。
お医者さんに連れてって」
重ねて言うと、イマイチ納得出来ないと言う顔をしているけど、
「……ではこちらへ………」
と、スイが歩き出す。

護衛さん達も小声でボソボソ言いながらも、後から付いてくる。


辿り着いたのは、元の目的地のフジ家(け)だ。

フジ家は医者の家系で、親族で様々な医療行為をしているとの事。
そこで家畜も診てくれると言うので、魔獣でも診てくれるのではないかとスイが言う。

「すみませーん」
僕がドアを開け、中に声をかけると、
「ああ、患者さんかね。
今ちょっとバタついてるけど、急患かね?」

ビックフッド?

デカくてゴツくて、髭と前髪で顔が隠れてるうえに、髪も着ている服もこげ茶なので、パッと見た目が有名なUMAだ。

「あの、動物も診てくれると聞いたのですけど」
僕が聞くと、こちらをちらりと見る……前髪で目が見えないけど、見えてるのかな?

「そ、そいつは!」
デカイ図体に似合わず、身軽に駆け寄って来たけど、近くで見ると一層デカイよ、2メートル以上は確実にあるよね。

上着に包まれたタタンジュを見て、建物中に響き渡る位の大声で叫ぶ。

「居たぞー!!!!」

近くに居たから耳が痛い……。

大声を聞きつけた人達がわらわらと集まって来た。

「居たか!」
「何処に居たの?」
「見つかったか!」

どうやら立て込んでるって言うのはこの子を探して居たのかな?
僕の疑問をスイが問う。

「取り込んでいるとの事でしたが、もしかしてこの魔獣が逃げ出したのを探していたのですか?」
「ああそうだ。
タタンジュはな、牙毒が有るだろ?
その毒はやり方次第で薬になるんだ。
だからここで飼育しようと思うんだな」
スイの表情が怖い。

「毒を持つ魔獣を飼育する場合は届出が必要です。
フジ家からの届出は無かったと思われますが?」

その言葉にビックフッド……もとい、フジ家の男性は「あ、ヤベッ!」って顔をした……のか?
顔は見えないけどそんな雰囲気だ。

「……無許可、ですよね」
ゆっくりと確認すると、
「いや、二日前に家に来たばかりで、これから手続きするところだったんだ。な!」
後ろに居る人々に同意を求めると、後ろの人達はうんうんと頷く。

「……まあ皆さんは忙しいですし、今回は被害も出ていないようですから、良しとしましょう。
但し報告はさせていただきます」
「あ~仕方ないよな、それがアンタの仕事なんだから」
「届出は至急、今からお願いします」

言葉は『お願い』でも響は『すぐやれよ!』だよね。
後ろの人達震えてるし。

「おーい、誰か手続き頼む~」
大男が声をかけると、僕が、俺がと我先に奥へ引っ込む。
きっとこの場から……スイから逃げたかったんだね。

気持ちはわかるよ、うん。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜

黒木箱 末宝
ファンタジー
これは、はみ出し者の物語。 現代の地球のとある県のある市に、社会に適合できず、その力と才能を腐らせた男が居た。 彼の名は山城 大器(やましろ たいき)。 今年でニート四年目の、見てくれだけは立派な二七歳の男である。 そんな社会からはみ出た大器が、現代に突如出現した上位存在の侵略施設である迷宮回廊──ダンジョンで自身の存在意義を見出だし、荒ぶり、溺れて染まるまでの物語。

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

Vの世界で理想の美少女やってたら、幼なじみに見られた……俺。

花月夜れん
恋愛
ゲームの動画配信をしている、私、ミツキは猫耳の超可愛い美少女です☆ すみません、ミツキはアバターです。中身は俺。高校二年生の男。遠坂樹です。 「可愛いから、ごめんなさい」「女の子みたい、ごめんね」そうやってフラれ続けること50回。俺はついに、美少女に出会った。画面のむこうにいる最高の女の子。 俺の理想の美少女。中身は俺だけどな! そんなこんなでV活動を始めてしまったある日、自室でゲーム配信中、いつもなら鍵をかけているはずのドアがあいて、年下の幼なじみマキちゃんが見ていたんだ。美少女やっているところを……。 これは、V(ヴァーチャル)の世界で理想の美少女やってたら、幼なじみに見られた俺と見てしまった幼なじみの女の子のお話。 短いほわほわしたラブコメです。 小説家になろうとカクヨムでも投稿しています。

明日は晴れますか

春紗
ファンタジー
そこは国で一番美しく魔法の技術も高く誰もが理想とする活気ある領地だった。だが、ある日を境にゴーストタウンのような領地へと変わってしまった。瘴気に覆われ…作物は実りにくく…住人はほんの数人…建物は廃墟だらけ…呪いの魔法使いの噂…そんな領地を昔のように快適で素晴らしい場所へと変えていく 『私はここを素晴らしい場所へと変えるために来ました。約束は必ず果たすそれが私のモットーです』 策略、チート、技術、知識、有能な部下…この領地昔より…いや、国で一番最強の領地へと成り上がっている これは、13歳の謎に満ちた彼女が領地開拓をする物語。彼女は何者なのか…なぜ領地を守るのか… 最恐の領地から最高の領地へと成り上がる

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...