上 下
1 / 3
『俺が普通じゃなくなった日』

001 『俺は普通に生きている』

しおりを挟む
「おはよう!」

 今日も朝から元気に登校した俺は、多口名太郎。

 あだ名はタロ。

 普通の男子高校生だ。というか、普通に過ごしたいだけなのだ。

 だから、陰キャだの陽キャだのというキャラ設定もなければ、特別頭が良いわけでも、悪いわけでもないし、運動神経が良いわけでも、悪いわけでもない。

 少しだけ、キャラ設定があるとすれば、146センチという低身長なところだけ。

 身長に関しては、正直諦めている。なんせ、小学校を卒業してから高校2年になる5年間の間に伸びたのは、わずか5ミリ。

 哀れみの目を向ける同級生は多いが、これから先、身長が伸びることはないと、俺自身が受け入れているのだから、大きなお世話だ。

 突然変異でも起きない限り、俺が変わることはない。それが俺にとっての普通なのだ。

「タロ君、おはヨン様!」

「いや、いつの時代の挨拶だよ!」

 使っていた人がいるのかすら、怪しい一昔前の韓流スターの名前を使った挨拶をしてきたのは、幼なじみの玲波綾。

 あだ名はレイちゃん。

 漢字を並び替えると綾波レイになるからという理由で、ついたあだ名なのだが、名前負けしない程度には可愛い容姿をしている。

 ちょっとは可愛い幼なじみがいるという時点で、他の男子よりは良いステータスではあるが、レイちゃんには彼氏がいるため、俺が幼なじみと発展するようなラブコメ要素は一切ない。

 なので、俺の辞書には、恋愛という二文字はない。

 というか、もし俺がレイと付き合ったりしたら、それこそ注目の的になってしまう。

 美女と野獣ならぬ、美女と珍獣だ。

 そんなことを考えていたら、何か言いたげな顔をして、レイが俺を見つめている。

「なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」
「ううん、今日のニュース見たかなって」
「ニュース? いや、ニュース見てる時間とかないし、興味ないから」
「だよね! タロ君だもんね!」
「どういう意味だよ。んで、なんか面白いニュースでもやってたのか?」
「……実は今日の夜に、彗星が地球の横を通過するみたいで、流れ星がたくさん見られる日なんだって!」
「ああ、流れ星か」

 どうせ、彼氏と見に行くとか、そういう惚気話をしたいだけの前振りだろう。

 ごちそうさまです。

 流星に願い事をすると叶えてくれるなんていうロマンチックな迷信があるけど、本当に叶うのなら、何事もなく平凡な生活を送って、そのまま老衰で苦しまずに人生を終えたいという些細な願いを叶えて欲しいものだ。

「それでね、流れ星見に行きたいなって思って」
「ああ、はいはい。彼ピッピと見に行くんでしょ。明日また、感想聞いてやるよ」
「違うよ! タロ君と見に行こうかなって思って誘ってるの!」

 レイが俺を誘ってる?

 これは予想外の展開だ。

 いやいや、冷静に考えろ。彼氏がいるのに俺と見に行くなんてありえない。

 そうだ。きっと、クラスメイトの何人かと一緒に行くから、そのうちの一人として誘っているだけだ。

 そうに違いない。

「え? ああ、別に良いけど、他に誰が行くの?」
「タロ君と私だけだよ?」

 まさかの2人きり⁉︎

 この展開はなんだ。俺にはラブコメ要素なんてないと、心の中で豪語したばかりだぞ。

 それなのに、なんだその顔は。なんだその姿勢は。わざわざ、俺の目線に合わせて、前屈みになって上目遣いまでして、こいつ本気で誘ってるのか⁉︎

「どうしたの? 顔赤いけど」
「べ、別に赤くないし、ちょっと息止めの世界記録に挑戦してただけだし」
「急に!? このタイミングで!?」
「別に良いだろ! てか、なんで俺と二人きりで見に行くんだよ。彼氏はどうした?」
「トモくんは、インハイ予選が近いみたいで、自主練があるから一緒に行けないみたいで」
「なるほどね」

 危ねえ!

 危うく、彼氏と別れて幼なじみの俺の存在が恋愛対象に昇格して、ラブコメ展開突入とか、期待しちまったじゃねえか!

 今何も聞かずに流れ星なんて見に行ってたら、その場の雰囲気で告白して、大火傷してたところだ。

 冷静になるために、あえて、もう一度言っておこう。

 俺の人生に、ラブコメ要素なんて断じてない!

「じゃあ、今日の夜8時に裏の公園で待ち合わせね!」

「ういー」

 俺とレイの家は隣同士で、小さい時からよく遊んでいた裏の公園で待ち合わせることになった。

 生まれて初め見る流れ星は、恋人でもなければ、好きな人でもない。ちょっとくらい良いなとは、思ったこともあるけど、ただの幼なじみになるなんて、思いもしなかった。

 まあ、一人で見るよりは良いか。

 ただ、星を見に行くというだけのイベント発生に、妙に緊張してしまった俺は、期待しても何も起こらないことを知りながら、変に妄想だけを膨らませていた。

 気づけば、放課後になっていた。

「帰ろ」

 俺は普段、歌なんて歌わないのだが、自然とバンプの天体観測を何十回も繰り返し口ずさみながら、家に帰っていた。

 だって、俺は普通の健全な男子高校生ですから!
しおりを挟む

処理中です...