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『君の知らない魂の記憶』

022 『Cooperation』

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「警戒態勢モードへ移行します。保護対象《吾妻ユウラ》。敵戦力対象捕捉。前方上空100mに熱源体の反応あり。軌道計算完了。狙撃者として認識完了」

 目の前で起こったことを瞬時に分析し、宮城ヒロが何者かに狙撃されたのだと判断したルカは、警戒態勢に入っていた。

「……え、は? ちょっと待て、狙撃って誰が⁉︎」
「宮城ヒロの肉体が粒子の分散したことを考慮した結果、自衛隊が開発中の最新兵器《粒子分散型光線銃》を使用された可能性100%。光線の入射角度から算出した結果。故意に狙撃された可能性99.9%。狙撃者との距離50mまで接近しています。対処方法は2つ。跳躍可能距離まで接近後に撃墜するか、直ちにこの場を離れるか。判断を願います」
「くそ! 何がどうなっているんだ!」


   ◆◆◆

 誰がこんなことをした?
 自衛隊か?
 俺はちゃんと八王子隊長に任せてほしいと言ったよな?
 信用されてなかったのか?
 それとも、《BLACK》か?
 なんでこのタイミングで狙撃したんだ?
 宮城ヒロが言おうとしていた「彼は、君の」なんだ?
 《BLACK》が、俺のなんだっていうんだ?
 訳がわからない。

   ◆◆◆


 一瞬の出来事に、様々な憶測が脳内を駆け巡る。

 何をするべきなのか。何を考えるべきなのか。目まぐるしく思考を巡らせるが、混乱の中でユウラは正しい判断がつかないでいた。

「嫌ぁぁぁあああ!」

 姿なき宮城ヒロが着ていた紋服袴を抱きしめながら、叫び続けるユキ。

 ——ユキさん。……考えている時間はないか。

「ルカ、警戒態勢を解け! 今は誰が狙撃したのか確認するのが先だ! 俺は、ユキさんの中にある核燃料を処理する!」
「え!?」

  ユウラは当初の計画通りに、《未來ミナ》を元に作られたユキに使用されている核燃料を取り出し、核爆発を阻止することを最優先に対処することに決め、狙撃手をルカに任せようと指示を出したが、核燃料の話を聞いたルカは、初耳だったからなのか意外そうな顔をしている。

「急いでくれ! このままだと不味いことになる!」
「わ、わかった! 行ってくるね!」

 ユウラはヴィジョンを開き、時間を確認する。


 2107/09/01 PM07:43


 ——爆発まで残り17分か。誤差を計算に入れても10分弱。取り出すだけなら間に合うか。

 ユウラは急ぎ、核燃料を取り出そうとユキのもとへ駆け寄り、

「ユキさん!」

 と、泣き叫ぶユキの両肩を掴み、声を掛ける。

「いやあああああ!!」
「うぐっ……」

 宮城ヒロの消滅によって、システムにバグを蓄積し始めたユキは、リミッターが外れトラックすら投げ飛ばしてしまうほどの力でユウラをなぎ払い、軽く吹っ飛ばしてしまった。

 壁を突き抜け、そのまま外へと放り出されてしまったユウラは痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がろうとしたとき、狙撃者の姿を確認させに行っていたルカが猛烈な速さで駆け寄り、ユウラを抱き抱えてその場を離脱した。

「……ルカ。まだ、核燃料を取り外せていない。早くユキさんのところに戻ってくれ」
「行っても無駄だよ」
「ど……どういうことだ?」
「ユキさんの体は、《未來ミナ》を元に作られていないみたい」
「じゃあ、《未來ミナ》は⁉︎」
「あそこにいる……」

 高速で移動するルカが指差す方向には、異様に大きく見える赤みがかった満月を背に漆黒の翼を広げている人型の物体。腰まで伸びる髪の毛がゆらゆらと風になびくたびに、月明かりが透かして見せるミントグリーン。

「……嘘だろ。どうして未來ミナが」

 事件の日、目に焼きついて消えることのないその姿は、紛れもなく《未來ミナ》だった。

「アハハハハ! 私ヲ愛シテクレルノハ、アナタダケ! ダカラ私モ、アナタヲ愛シテ、愛シテ、愛シ続ケル」

 まさに狂気。狂いに狂った未來ミナは、ただ愛を叫ぶのみ。

「あなたって、俺のことじゃないよな」

 あまりの悍ましさに、ユウラの背筋が凍りつく。

「アナタノタメダケニ、私ハ存在スル。ダカラ、私トアナタノ邪魔ヲスルヤツハ、皆消エレバイイ。消エチャエ! 消エチャエ!」

 狂乱した《未來ミナ》は、発狂しながらユウラたち目掛けて、白い閃光を乱射し始めた。

「くそ! このままじゃ、核爆発を阻止するどころか、俺たちまで塵にされるぞ!」

 ユウラは全速力で走りながら躱すルカにしがみつきながら、八王子クダイに連絡を試みる。

「こちら吾妻ユウラ! 明治神宮に《未來ミナ》が現れて、攻撃を受けています! 至急、応援をお願いします!」

 決死の思いで、助けを求めるも八王子クダイからの応答はない。

 ——ダメか。《未來ミナ》が侵入してきたから、プロテクトが作動していないと思ったけど、通信ができないってことは、プロテクトはちゃんと作動してるってことだよな。

 外部との通信手段は断たれ、《未來ミナ》に応戦することもできない。絶体絶命のピンチに為す術もないと、ユウラが諦めた瞬間。無反応だった通信機からノイズ音が聞こえ始めた。

「こちら吾妻ユウラ! 誰か、この通信を聞いている人がいたら返事をしてください!」

 すると、

『……ま、……える? づま、聞こえ……ら、応答して! 吾妻!』
「神埼か⁉︎」

 聞こえてきた声の主はユウラたちのあとを追っていたスズナだった。

『良かった、ようやく繋がったみたいね。まったく、あんたを追って明治神宮に来てみたら、プロテクト装置が作動しているせいで、中に入れないし連絡もつかないし、一体全体何が起こっているのか説明してくれるかしら?』

 プロテクトがマジックミラーのようになっているせいか、敷地内の様子を把握できていないスズナは淡々と訊く。

「説明はあとだ! 今すぐこっちに来てくれ! 《未來ミナ》が現れて攻撃をされている!」

 ルカに抱えてもらっているとはいえ、いつ当たってもおかしくない光線を回避しながら、詳細を伝えている余裕がユウラにあるはずもない。

『宮城ヒロとの交渉が失敗したってことなのかしら?』
「違う! 宮城さんと一緒にいた《Alice》は《未來ミナ》じゃなくて、宮城さんの彼女を再構築で蘇らせた……って、ああ、もう! とにかく、ややこしいことになってるんだよ! 急いで中に入って来てくれ!」

 鬼畜なまでの攻撃に、ジトッとした嫌な汗かきながら、どうにかして温度感に差があり過ぎるスズナに危機的状況を理解してもらおうと、必死なユウラ。

『私に命令しないでと、何回言えば良いのかしら。私も早く中に入りたいのだけれど、プロテクトは作動させたら解除するのに結構時間が掛かるのよ』
「どれくらい掛かる⁈」
『5分弱くらいかしら』
「30秒で終わらせてくれ! 長く保ちそうにない!」
『一人では無理よ。だから、あんたもどうにかして解除を手伝いなさい』
「馬鹿野郎! こっちは逃げ回るのに必死だって言ってるんだよ!」
『誰がバカですって⁈ 私が、どれだけ必死にやってるのか分からないの⁈』

 冷静すぎると思っていたスズナの声が、僅かに震えているようにユウラは聞こえた。

「もしかして、泣いているのか?」
『別に泣いていないわよ。私があんたのことを心配で泣くとでも思っているのかしら……ズズッ』

 明らかに鼻水をすすっている音が聞こえた。なんやかんやで、自分のことを泣くほど心配してくれているのだと知ったユウラは、焦りと恐怖で淀んでしまって瞳の色を変えた。

「神崎。勝負のこと忘れてないよな?」
『ええ、覚えているわ』
「負けず嫌いのお前には悪いけど、になりそうだな」
『……ふふっ。良いわ。で許してあげる。だから、絶対に諦めないことね』
「もちろんだ」

 スズナは涙を拭い、穏やかに笑みを浮かべ、ユウラもまた笑みを浮かべていた。

『吾妻のヴィジョンに解除コードを送信したわ。赤く反転しているところが、まだ入力できていない部分。プロテクト装置は、内側と外側に入力パネルが付いているから、あんたは私が入力している東側のプロテクト装置がある場所に移動して、私が入力していない列の解除コードの入力をお願い』
「東側か……」

 東側は、乱射を続ける《未來ミナ》のいる方角だった。

『どうしたの?』
「いや、なんでもない。神埼は、そのまま解除に集中してくれ」
『じゃあ、また後で』
「ああ、また後でな」

 通信を切ったユウラに、焦りと恐怖は微塵もなかった。

「ルカ。東側のプロテクト装置まで移動して、解除コードを入力する間、《未來ミナ》を引きつけられるか?」
「100%大丈夫とは、言えないけど頑張ってみる!」
「よし、まずはプロテクト装置のところに俺を降ろしてくれ」
「うん!」

 頻りに降り注ぐ白い光線が、明治神宮境内にある建物や桜並木を次々に光り輝く粒子へと変えていく中、ルカは縦横無尽に駆け回り、ユウラを東側のプロテクト装置へと運ぶ。しかし、あと一歩でプロテクト装置へ辿り着こうというところで、《未來ミナ》の放った光線がルカの左足をかすめる。

 掠めた箇所から、宮城ヒロと同じように光が広がっていくのを見たユウラは、ルカの脚の付け根に手を伸ばし、取り付け部分のロックを解除。全身に光が広がる前に左足を取り外した。バランスを崩したルカは、ユウラを抱えたまま、地面を滑るようにしてプロテクト装置の前に辿り着く。

「大丈夫か⁈」
「うん! お兄ちゃんは早くプロテクトを解除して! 私は《未來ミナ》を食い止めるね!」

 ルカは片足て立ち上がると、次の攻撃を仕掛けられる前に地面を強く踏み込み、天高らかに跳躍し、《未來ミナ》の眼前に飛び出した。

「邪魔サレルノ嫌イ。邪魔モノは消ス! 消ス! 消ス!」

 《未來ミナ》は銃口をルカに向けると引き金を引いた。だが、跳躍の勢いをそのまま蹴りに転じたルカの右足が光線よりも一瞬だけ早く、《粒子分散型光線銃》を蹴り上げる。

 的を外れた光線は、明治神宮を包み込むように張り巡らされたプロテクトをなぞる。

「絶対にお兄ちゃんの邪魔だけはさせないんだから!」

 ルカは落下する前に、《未來ミナ》の胴体に腕を回ししがみついた。

「邪魔、邪魔、邪魔! 私ノ邪魔ヲスルコトハ、許サナイ。絶対ニ許サナイ」

 再び、銃口をルカに向けようとしたとき、下から何かをへし折るような音がした。

 音に反応したルカが下に視線を送った瞬間、放たれたそれは《未來ミナ》の右翼に命中し体を大きく揺らす。直撃したのは、荒々しく折られた木材。役目を終え、落下する木材を目で追うルカの瞳に映ったのは、宮城ヒロを失った悲しみを通り越して激昂するユキだった。
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